鬼哭迷世のフェルネグラート

トンテキ

六話 魔人


 急行した皐月達の目に映ったもの、それは普段と比べると遥かに規模が大きいヴィーデの襲撃だった。どうやら、民間人の避難が完全に終えておらず、そこかしこで逃げ惑う民間人の姿が見られる。このままでは、民間人に多大な被害が出るのは自明の理だ。

「ちょっと、観測班の連中は何やってたのよ!!」

 阿弥が誰に問いかけるでもなくその場で叫ぶ。一応、無線で先程会議を行っていた場所とは別の所にある本部とは繋がっているものの、そちらも現在混乱している為か、彼女が望むような返答が返ってくる事は無い。ただ一つ言えるのは、現状どこに行こうと混乱しきっているのは間違いない、という事だ。

「チッ……、まったく……!」
「苛つく気持ちは分からないでもないが、今はとにかく民間人の避難が先だぜ、隊長」
「言われなくても分かってる!」

 おどけながらも冷静な様子で眼下で起きている事を観察し、まずはどう動くべきかを進言する聖に噛みつく阿弥。対して、ペロリ、と舌を出して肩を竦めている聖のその態度は何を表しているのか。

「全員、エクリプスギアの準備!」
 阿弥がそう号令をかけると、それぞれが各々の形を持ったアクセサリーのような物に手をかける。そして、そのアクセサリーから一際まばゆい光が放たれたかと思われると、次の瞬間には、彼女達の姿が変わっていた。いや、正確には変身した、というべきか。

 エクリプスギア。
 エレクトラムと呼ばれる特殊なエネルギーを原動力とした、戦闘兵装だ。その力は、本来であればヴィーデにまともに対抗出来ない生身の人間ですら、敵を屠る事が出来る戦士と化す事が可能になる。エレクトラムがごく最近発見されたエネルギー物質であるため、未だ研究が進んでおらず、何故これらを原動力にすればヴィーデに対抗する事が可能なのかは不明だが、少なくとも対抗できる、この一点においては確かな事であり、それのおかげで人々の安寧が守られていると言っても過言ではない。
 しかしながら、このエクリプスギア……いや、エレクトラムには適合値と呼ばれるものが存在し、この適合値が低い場合、エレクトラムから満足なエネルギーを引き出す事が出来ず、エクリプスギアを起動する事が出来ない、出来たとしても、十全の力を発揮出来ないといった事も確認されている。
 つまり、ここにいる六人は、その適合値という条件をクリアし、エレクトラムに選ばれた存在であるという事。そして、そんな彼らを人々は守護役、海外ではプリベンターなとと呼ばれている。

「保泉! そこの男共を連れて避難誘導、及び救護活動に回って! 残った二人はアタシと来る!!」
「「了解」」

 矢継ぎ早に指示を飛ばすと、阿弥が腰に刺さった二刀を抜き放ち、敵の眼前へと躍り出る。それに続くのは、ナックルを嵌めた拳を強く握る奈乃香と、身の丈以上もある野太刀を担いだ雲雀だ。

「はああああああ!!」

 一番最初に飛び出したのは阿弥にも関わらず、いつの間にか彼女の前には奈乃香がいた。そして、敵の群れのほぼ中心に降り立ち、何をするのかと思いきや。

「も、え、ろおおおおおお!!」

 火焔を纏った拳を……地面に叩きつけた。
 刹那、炎が巻き起こり、紅蓮の颶風となって周囲に群がっていた個体や、今にも奈乃香へと飛び掛かろうとしていたヴィーデへと襲い掛かる。

「あんの馬鹿!! 周りの被害を少しは……考えないわけ無いわよねぇ!! 何しろ民間人の安全が第一だしね!!」

 抜き放った二刀で、こちらも周囲のヴィーデを瞬く間に裁断していく。その手際は鮮やかと言う他無い。まるで舞いでも舞っているかのような阿弥の二刀捌きを見ると、あれだけ粗雑な態度を見せていた彼女と同一人物とは思えない程だ。

「阿弥先輩! おっきいの行ったよ!!」
「先輩には敬語を使えって何回言えば……」
「お任せを」

 普段の奈乃香に対する不満点を上げようとしている阿弥を背にし、ゆらり、と一際大きなヴィーデの前に出たのは、野太刀を八相に構える雲雀だ。
 ぎらり、と普段はおっとりとした雰囲気を醸し出す目に光が走る。それは刃の光が反射したのか、それとも彼女の目に映った敵の姿かは分からない。ただ一つ、分かる事があると言えば、その状態で敵の前に立ったこと、そして、彼女が何をしようとしているのか全く理解していないヴィーデがいる事くらいだろうか。

 そして、次の瞬間

「きぃぇぇぇぇぇぇ!!」

 響き渡る奇声、否、猿叫だ。その叫びと同時に、一歩、たった一歩踏み込んで振り下ろされた野太刀は、無防備に真正面から向かってきていたヴィーデを捕らえ、そのまま両断する。
 大きさなど関係無い。ただ、振り下ろし、一刀で斬り伏せる。それが雲雀の修める示現流だ。

「ふぅ……。お粗末様でした」

 しかし、その凄まじい気迫はどこへやら、倒したヴィーデが灰となっていくのを見届けた雲雀は、いつもの調子に戻り、未だ戦いの渦中である奈乃香へと視線を向ける。
 どうやら彼女の方も大方倒し終わっているようだ。武器がナックルと、接近戦に特化していると思われがちだが、彼女はこの街の特戦課六人の中でも最も適合値が高い。街どころか、全国を見ても、彼女と同レベルなのが稀なレベルだ。それだけの適合値を誇る奈乃香だからこそ、エレクトラムから力を引き出し、あれだけの事が出来るのだ。

「これで……最後!!」

 最後の一体を殴り飛ばし、止めを刺す。存外、時間をかけずに一掃する事が出来た。後は皐月達がどこまで上手くやっているか、だが……。

「ん~……」
「?? どうかした?」
「いえね、ちょっと気になる事があって……」

 周囲に視線を向け、そして一望した後に雲雀が首を傾げる。何が気になると言うのか。

「これだけ派手にやっておいて、流石に今回は私も覚悟はしていたのだけど……、死傷者は?」
「そういえば……」

 阿弥も同じように辺りを見渡す。基本的に、彼女達の救助対象は生きている人間を優先し、運悪く命を落とした者に関しては後回しにするように教えられている。皐月達の動きが迅速だったにしても、この辺りはほんの数分前まで奈乃香が暴れていた場所だ。辺りには瓦礫どころか、道路の陥没や建物の倒壊が伺える。にも関わらず、目で見える範囲内では死人らしき遺体は存在しない。つまり、怪我人はいても、犠牲者はいないという事だ。

「それってつまり……」

 阿弥が何かに気付いたのか、口にしようとした時だった。

「これはまた、随分と派手にやってくれたもんだね」

 唐突に、頭上から聞こえた声に、思わず身構えてしまう三人。
 それは人の声のはずだ。本来であれば、生存者として喜ぶべき事柄にも拘わらず、彼女達は臨戦態勢を取った。
 何故か、その理由は簡単だ。彼女達を見下ろすような形で瓦礫の上に立つその人物の傍には、先程まで敵対行動をとっていたヴィーデが立っていたからだ。まるで、フードの人物を守るような立ち位置に、阿弥達は敵対心を隠そうともしない。

「……アンタ、何者よ」

 謎の人物の傍に控えるヴィーデは動きを見せない。しかし、いつ襲い掛かって来ても問題無いように、武器だけは構えておく。

「随分なご挨拶じゃないか。君達の仕事は、ヴィーデから民間人を守る事。なら、こうしてヴィーデに囲まれた僕を助けるのも君達の役目だろう?」
「……ハッ、冗談。どこの世界にヴィーデを侍らす一般人がいるのよ」
「世界は広い。それに比べれば、君の知っている事など微々たるものだとは思うけどね。ただまぁ、君達の判断は正しい。これ以上無く」

 ふと、フードの人物は片手を差し出す。身構えるも阿弥達。次の瞬間、彼女達の足下に奇怪な陣が浮かび上がり、そしてその中から倒したはずのヴィーデの集団が現れる。

「な!?」
「さて、もう一度見せてもらおうか、君達の力を!!」

 両手を広げ、空を仰ぐような仕草をとるその人物を、阿弥は忌々し気な目で見上げる。

「アンタ、一体……」

 そう問いかけられると、その人物、いや、彼はフードをとった。

「ボクは魔人連合が一人、エイジ!! 君達の時代に終幕を下ろす者だ!!」

 声高らかに、そう言い放った。

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く