転生したらば平和に暮らせ

世林

二 王都へ行くだ

一晩あけてから、シルスはずっと考えていた。自分のパーソナルアビリティ、『周期解析』について。


「シルスさん、どうしました?全然食べてないみたいですけど……」
「ん、ああ、ちょっと考え事を……」
「まあ、記憶を失くしてるんですから、分からない事も多いですよね。」
「あ、そういえば記憶が無いんだった。」
「え、普通そんな大事な事忘れますか?」


 流れる様にディスられるシルスだが、現在はアシュリーの家で朝食を取っている。身元知れずの赤の他人をここまで親切にしてくれる人はそうそう居ないだろう。しかし、こんな会話の最中でも、シルスは考え事をしていた。


 オレの周期解析って、もしかして周期と解析の二つの能力だったりしないか?周期的に解析が自動で行われるなんてことないだろうし。う~ん、まだ分からないことだらけだな。いっそアシュリーさんに聞いてみるか。


「あの、聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞ。」
「パーソナルアビリティって一つしか持てないものなんですか?」
「ん~。難しい質問ね。最初から複数持っている人もいるし、増える人だっているから。でも、沢山扱える人でも記入してある能力名は一つみたいよ。」
「どう言う事ですか?」
「えっと、例えるとね。氷っていうアビリティと水っていうアビリティを持っているとするでしょう?でもステータスには氷水って書いてあるの。面倒臭いでしょう?」
「じゃあ、オレのアビリティも周期と解析の二つあるっていう可能性があるんですか?」
「うん。というか、多分そうなんじゃないかな。いいなぁ。二つも能力があるなんて。」


 そんなに珍しい事なんだ。


「ちなみに、アシュリーさんのパーソナルアビリティって何ですか?」
「そんな簡単に教えると思う?パーソナルアビリティはあんまり言いふらすようなものじゃないのよ?」
「す、すみません。」
「ふふふ。ウソウソ!私だけシルスさんのアビリティ知ってるのは不公平だもんね。」


そう言ってアシュリーが歩き出し、窓を開けた。そこからは彼女が育てた花や草が生い茂る庭が一望でき、それらを揺らしながら吹いてきた一陣の風は彼女の髪を優しく撫でる。


「私のパーソナルアビリティは絶対庭園。」
「ぜ、絶対庭園?」
「そう。私が庭だと定めた場所は、何を植えても絶対綺麗に育つの。それだけじゃなくて、誰も侵入できない絶対領域にしたり、地形とか環境を変えない絶対番地にしたり出来るの。」


 チートすぎるだろ。あれ?もしかしてオレの能力、弱すぎ!?


「でもまあ、私はお花を毎日きれいに見るっていう事ぐらいにしか使ってないけどね。そうだ!私からも質問して良いかな?」
「お、オレにですか。良いですけど……」
「何で女の子なのに『オレ』なんて言ってるの?庭で倒れてた時も男の人みたいな服着てたし。」
「あぁ、ええっと…それは……」
「もしかして、ちょっと言いにくい事?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど……実は、オレは男だったんです。今は女だけど。」
「え、記憶喪失なんじゃないの?」
「自分が男だったっていう事は覚えてる。でもそれ以外は何も…」
「成程、シルスさんは転生者なんですね!」
「て、転生!?まさかそんな事が……」
「ありますよ。というか転生してくる事例は沢山あります。今この国の王女様が転生者の一人ですし。王様が王女様にデレデレし過ぎて国政が大変でしたが、王女様が政治を行うとたちまち繁栄していきました。」


 王様、そのうち王女様に見放されそうだな。そんな事より、自分以外にもこの世界の外から来た奴が居るという事は、もしかしたら前の世界の話が聴けるかもしれない。心にとめておこう。


 すると、アシュリーが突然手を合わせながら「そうだ!」と言った。


「今日、王都へ行きましょう!シルスちゃんのお洋服を買いに行きましょう!」
「ふ、服ですか!?良いですよ別に!それに、シルス“ちゃん”なんて…」
「前の世界では男の子だったかもしれないけど、今は可愛い女の子なんだから。服装だって呼び方だって、女の子らしくした方が良いでしょ?ほら。私の事もアシュリーって呼んで?」
「えっ……あ、あ~……アシュ…リー……」
「うんうん。じゃあ、準備して行きましょうか!」





 王都はアシュリーの家から十分ほど歩いたところにあるらしいが、王都の中心部まで行こうとなれば数時間かかるらしい。そのため、王都の門までは徒歩で、そこから商店街までは魔動車を使って行く事になった。魔動車とは、その名の通り魔法で動く車の事で、お金を払うと目的地まで王都上空を飛んで案内してくれる。


「あの、ホントに買いに行くんですか?」
「ここまで来て言うの?」
「いや、でもオレお金持ってないし…」
「お金なら私が全部出すから、心配しないの。どうしてもっていうなら、自分のアビリティを活用できそうな仕事で稼いでもらってもいいけど。あと、敬語禁止!」
「わ、分かりま……分かった…」


 すっかりアシュリーのペースに飲み込まれているシルスと満足そうなアシュリー。魔動車の運転手から商店街に着いた事を聞くと、二人は早速洋服店に足を運んだ。そこには村娘が着てそうな質素なワンピースから、フリルや模様などの装飾が作りこまれた貴族服まで、種類も値段も様々な服が売られていた。


「シルスちゃん!この服なんかどう?」


 そう言ってアシュリーが持ってきたのは、黒を基調としたドレスに、スカート・袖・襟に大量の白いフリルが施された、所謂ゴスロリと言われる服だ。


「いやいやいやいやいや!そんな綺麗な服オレには似合う訳ないって!」
「何言ってるのよ。絶対に似合うわ!腰まで伸びた黒い髪と華奢な体。そこにゴスロリを合わせれば、もうそうれは尊い事間違いなしよ!」


 本性を現したなアシュリー!こいつロリコンじゃねえか!女だからって油断してたが、仲が良くなったかなーと思った途端これかよ。


「お客様にはこちらがお似合いだと思いますよ。」


 そう言って店員が進めてきたものが、飾り気のない真っ白なワンピースに麦わら帽子という、何ともシンプルなものだった。


「おお。まだワンピースは慣れないけど、これならまだ着れそう。」
「ですよね!真っ白な布によく映える真っ黒な髪。風が吹くと体のラインが強調されるし、麦わら帽子とワンピースを抑えて笑う仕草なんかもう尊い!」


 お前も同類かよ!つかすぐ尊さを感じるなこいつら。


 その後もシルスは二人の着せ替え人形にされ、結局シルスの希望はほとんど汲まれず、彼女らが選んだ服を購入されてしまった。


「そういえば、最近ここらで怪しい人がうろついてるみたいですよ。」
「布教団体とか性悪な貴族とかか?」
「いえ、奴隷商だとか殺人鬼だとか、いろいろな噂があるんです。麻布のコートを被り、変な仮面を着けているそうです。くれぐれも気を付けて下さいね。お客様可愛いんですから。」
「あ、ありがとう……」


 途中まで真剣な顔で話していたと思えば、シルスの全身を嘗め回す様に見ながらニヤニヤしている。こんな奴の話など信じたくもないが、自分の身を守る為だ。警戒はしておこう。
とは言っても、まだオレは自分の魔法をよく理解してないから、出来る事は周りにあるものの解析ぐらいだな。周期がまだ分からないんだよなぁ。


「じゃあ、そろそろ昼餉ひるげを食べに行きましょうか。」
「そうだね。」
「気を付けて下さいね。またのご来店をお待ちしておりまーす!」


 店員の元気な声を背中に受け、昼食を食べに行く。

 今思ったが、夕餉とか昼餉とか、アシュリーは古臭い言い方するんだな。アシュリーって何歳なんだろ。


「今なんか失礼な事考えなかった?」
「い、いや?アビリティについて考えてただけだよ。」
「そうだねぇ。解析は何となく分かるけど、周期っていうのは私にも分からないよ。初めて見たよ。って、パーソナルアビリティなんだからそりゃそうか。」


 そんな話をしていると、アシュリーが足を止めた。どうやら目的地に着いたようだ。重みを感じる濃い色の木でできたそのお店は、ドアも窓も開けっ放し。店内はジョッキを持ったごついオッサン達が、真昼間から酔い潰れながら親睦を深めていた。


「『シュガディー』?」
「そう!ここは私の昔からの友達が経営してるお店。シュガディーはその友達の名前。」


 自分の名前を店名にしてるのかよ。


「ここ酒場だけど、お昼も開いてるんだね。」
「そうだね。王都は人が多いし、その分お酒に身を任せて酔っぱらいたいっていう人も多いんじゃない?さ、入ろう入ろう!」


 ドアの敷居をまたいで店に入ると、先程よりも店内のざわめきが耳に入る。ある卓では妻が冷たいだとか、またある卓では仕事を辞めさせられただとか、その内容は三者三様である。


「おーい、シュガー!来たよー!」


 アシュリーが名を呼ぶと、ボロボロのエプロンを着けた長身の男性がやってきた。


「おう、アシュリー。よう来たな。あと、シュガー呼ぶな言うたやろ。んで、そっちの嬢ちゃんは?」
「この子はシルスちゃん。昨日転生して来たばっかりなのよ。」
「どうも、シルスです。」
「おお、なんやエライしおらしい子やんけ。こんな酒場来たら気が滅入らへんか?」


 何か凄い関西弁が強い人だなぁ。ちょっと苦手なタイプかもしれない。


「シュガー、自己紹介忘れてる。」
「せやった。儂ん名前はシュガディー・ソールット。ここの酒屋のマスターやってんねん。ほい、アメちゃんあげるわ。」
「あ、ありがとうございます。」


 本当にここは異世界か!?バリバリの大阪人居るんですけど。まあ、バリバリとか言ってる自分もそうなのかもしれないけど…


「とりあえずバンバンと南蛮と生お願い。」
「あいよ。すぐ準備するさかい、ゆっくりしてってな。シルスの嬢ちゃんは何かいるか?」
「えっとー……」
「ジンジャーエールでいいんじゃない?」
「せやな。あんたまだ酒飲まれへんやろーし。」


 勝手に決められた。っていうかバンバンってなんだ!?南蛮はたぶんチキン南蛮の事だろうけど……


「バンバンって何?」
「ん?焼いた鶏肉の事よ。このお店特有の言い方。」
「そ、そうなんだ……」


 カウンターの上に掲げてあるメニューを見ると、『前略』やら『3ギ』やら、どこかで聞いた事があるが、一体何のことを指しているのか全く分からない名前が並んでいる。
絶対転生者が考えたに違いねぇ。


「おうおうおう、嬢ちゃんが酒場に迷い込んだか?」
「こんなむさ苦しい場所に花が咲いた見てーだ!」
「未成年なら酒は飲んじゃいかんぞー。」


 ガハハハと笑う周りのオッチャン達の声に圧倒されるが、彼らが悪い人でないのは見て取れる。こんな人達が集まるこの店は、きっといいところなんだろう。


「そういやぁ、さっき、近くでフードを被った奴見かけたぜ。もしかしたらあの噂の人物かもしれんから、嬢ちゃん気を付けな。」


 その人の話さっきからよく聞くなぁ。あんまり関わりたくはないなぁ。


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