気分は下剋上 アメリカ学会編

こうやまみか

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「もしかして確かめて下さったのですか?」
 最愛の人が動画付きのメールと推薦状を書いてくれた件は知っていて、当然感謝の念を抱いていた。そして正式な招待状が来た時も書類全部を見せたのはある意味当たり前のことだったが。
 ただ、会場となるホテルは最愛の人も行ったことのない所なのも聞いていた。
 その上、非喫煙者でもある彼が喫煙場所の有無を確かめてくれたのは、明らかに祐樹のためだろう。
 行ったことの有るホテルだったら――最愛の人は記憶力も驚異的なので、思い出そうとさえ考えればビデオを再生するような感じで色々なモノを頭の中に再現出来るという能力を持っている――記憶をたどれば大丈夫そうだが、足を踏み入れたことのない場所では当然無理だ。
「祐樹が救急救命室で物凄く忙しかった時とか、執刀医を務めた後にタバコを吸いに行くことは教えて貰っていたし、人前ひとまえで話すことは得意そうだが、やはり世界的にも名だたる外科医の前だと緊張するだろうと思って。
 そうなると、タバコを吸いに行くだろうな……とは思っていた。
 ほら、書店でのサイン会の時も吸っていただろう?あれよりもプレッシャーは掛かるだろうし。
 だからホテルに問い合わせをして、その返事がこれだ」
 前髪を後ろに流してくれていた最愛の人は水溶性のジェルを洗い流した後に鞄の中に几帳面な感じで折り畳まれた厚めの紙を手渡してくれた。
「有り難うございます、何から何まで……。
 個人的にはお土産を一生懸命考えてお気に召すものを買ってくる程度しか恩返しが出来そうにないのですが、学会終了後のパーティでは遠藤先生の論文を売り込んでくる積りです。
 ウチの病院で、世界的に認知されているのは北教授くらいですよね。
 私もそうそう『神憑り的な手技』は出来ない」
 世界の玄関とも入口とも呼ばれる空港のトイレらしく、利用する男性客は外国人ばかりだったのでその点は他人の耳を気にせずに話せる。
 まあ、他人に聞かれてマズいことは今のところ話してはいないが。
 「出来ない」と言った瞬間、鏡に映った最愛の人の唇が瑞々しい花のような笑みを浮かべた。ただどことなく苦い感じをたたえてはいたが。
「祐樹が成し遂げたレベルの手技は瞠目どうもくするほど素晴らしかった。あの時、あの状況では私が同じことをしても患者さんの命が有ったかは分からないだろう」
 ホテルの便箋に有り勝ちな分厚い紙を受け取って大切に仕舞いながら、最愛の人の手放しの賞賛を聞くと改めて喜びと誇らしさが胸につきあげてきた。
 そして。

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