気分は下剋上 アメリカ学会編

こうやまみか

18

 その、最愛の人にしては大荷物の中身が――1泊分の出張分くらいは有りそうだ――気になるのは仕方ないだろう。
「スケジュールの変更はないのだな?」
 薄い紅を刷いたような唇が密やかな声で確認してくる。
 当然ながら出張扱いなので――しかも教授職しか用意されないファーストクラスのチケットを脳外科の白河教授が今までの贖罪しょくざいと厚意で提供してくれるというオマケ付きだ。だから飛行機に乗れば熟睡するにも快適過ぎるスペースがあったので、激務&睡眠不足も何とか耐えきった――日程表は上司でもある最愛の人にも提出済みだった。
「はい。全ては予定通りだと思います」
 窓ガラスに映った最愛の人の唇、そして表情までが紅色の笑みの大輪の花を咲かせている。
 空港近くなので低空飛行をしている飛行機のライトがその笑みを直接照らしているのも眩い煌めきを放っていた。
「そうか……。それは良かった。時折、講演者とか学会の会長に近いポストに居る人間が患者さん絡みの重要な件で遅刻してくる場合は半日ずらすとか有るので……。今のところそういう連絡は入っていないのだな?」
 アメリカに行って講演をしたらトンボ帰りする積りだった。そうでなければ最愛の人の水の流れに似たダイナミックかつ流麗な手技を一回か二回分見落とすことにもなるので。
「はい。大丈夫みたいですよ。そういう連絡は分かったら直ぐに知らせてくれると聞いています。皆が忙しい中集まっているのですから、時間変更をする時には速やかに知らせると書いてありました。
 その連絡がないということは予定通りだと思います」
 安堵の吐息といきが桜の花を散らす春風のような趣きだった。
 電車を降りて空港の建物に入った。海を埋め立てて造っただけあって、少し油っぽい臭いはしていたものの解放感は味わえた。
「海は良いな……」
 最愛の人が隣を歩みながら祐樹を見上げている。そして柑橘系の香りが瑞々しく立ち上って、臭いを消していくようだった。
「そうですね。停年後の約束を覚えていらっしゃいますか?小さなクリニックを気ままに経営して豪華客船で廻る世界一周旅行に行くという」
 最愛の人が極上の笑みを浮かべて祐樹を見上げている。
「もちろん覚えている。
 しかし」
 

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