気分は下剋上 アメリカ学会編

こうやまみか

12

「それはそうと、私が大荷物なのは――といっても他の乗客と比べたら少ないですが――当たり前なのですが、貴方は出勤の時にあんなに荷物が少ないのに今日は多いですよね?」
 最愛の人は社会人2年目くらいの女性グループよりも――多分休暇を取って海外観光に行くのだろう――瑞々しい笑みの大輪の花を咲かせていて、それがとても綺麗だった。
「それは関西空港に着くまで内緒だな……。一緒に学会に行けなかったので、せめてものはなむけというか……」
 どうやら見送りだけでは――それだけで充分過ぎるほど嬉しかったが――ないらしい。
 それに最愛の人の荷物からして餞別せんべつの品とも思えない。今聞いても良かったが、楽しみは後になるほど開けた時に喜びが募るのも事実だったので空港に着いてからのワクワク感を楽しみにしようと思った。
「そうですか。世界中で最も大切な貴方がそうおっしゃるなら、着いてからの楽しみにしておきます」
 「世界中で最も大切」はの部分は――普通の電車よりは座席もゆったりしているのは海外旅行の帰り道の疲労困憊ひろうこんぱいした人に合わせたのだろう――薄紅色の耳朶みみたぶ不自然にならない程度に唇を近づけて祐樹最愛の人しか聞き取れない音量とかとびっきりの甘い声で囁いた。
 するとソメイヨシノの花の薄紅色が濃さを増して八重桜の色と艶やかさに染まっていくのも、見ていてとても愉しい。
「北教授もいらっしゃるのだろう?あの人はアメリカの学会でも物凄く顔が広いので講演会の時は無理だろうが、その後のパーティというか打ち上げの席でどんどん紹介してもらえば良いと思う」
 最愛の人の所にも講演のオファーが外国から来ているらしいが「患者さんも多数抱えているので」という理由で断っていたらしい。最近耳にした確かな噂だった。
 一介の医局員でもある祐樹の上司である最愛の人が同行するのは確かに不自然だ。
 しかし、逆に教授職の最愛の人の講演は「どうしても聞きたい」と斉藤病院長に直訴続ければ叶えられる可能性が極めて高い。だから祐樹最愛の人が講演会に参加いた方が良いのではとも思うが祐樹最愛の彼は霞が関詣でですら嫌々参加している。
 国際公開手術のような世界中の外科医が集まって、そしてその世界レベルの外科医だと認めさせるような舞台には立つだろうが、それ以外は「祐樹と過ごしたい」と言ってくれる。
 そして薄紅色の薔薇の佇まいで座席に座っている最愛の人を見つめた。
 なぜなら。

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