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ノベルバユーザー329392

 葵は部屋にこもって、パソコンをいじっていた……。
 いつもの甘いアイスカフェラテを一口すすり……軽くため息をついて、呟いた。
 「やはり……開かないか……」
 すると……葵の部屋に美夢と有紀が入ってきた。
 有紀が葵に言った。
 「どうだ?開いたか?」
 「ダメです……開きません……やはりこの七桁のパスワードを解かないと、開かないようです。思い当たるワードは試してみましたが……」
 葵はパソコンのアプリ『AMS』を開こうと試みたようだが……どうやらダメだったようだ。
 葵はいつものように、自分の髪を指でクルクル回している。考え事をしている時の癖だ。
 葵は有紀に聞いた。
 「プールの水はどうでしたか?」
 有紀は淡々と答えた。
 「水質はいたって普通だ。例えるなら……水道水を、ろ過して飲めるくらいの水……泳ぐのには問題ない」
 「そうですか……で、皆さんはどうしてます?」
 美夢が答えた。
 「皆それぞれ楽しんでるよ、愛美さんと容子さんのOL組はプールで遊んでるし……九条さんと歩さんは広場でゴザ開いてビール飲んでる」
 葵が美夢に言った。
 「で……美夢は遊ばないのか?」
 「あんたを呼びにきたんでしょっ!ねぇ私たちも行こうよ……堂島さんがお茶飲ましてくれるって」
 葵はそっけなく答えた。
 「僕はこっちのほうが楽しい……」
 葵はパソコンから離れようとしない。そんな葵を見て、呆れ気味に美夢が言った。
 「あんたねぇ……協調性が無さすぎ……」
 頭を抱えた美夢を見かねて、有紀は葵に言った。
 「葵……まぁ、そう言うな……美夢の気持ちも察してやれ。それに気分転換も必要だ、そのために旅に参加したんだろ?」
 葵は時間を確認した。午後3時30分過ぎ……昼食を終えてから、約3時間部屋にこもっている。
 葵は有紀と美夢をみて言った。
 「わかりました……ちょうど甘い物が食べたかったところです。堂島夫婦にお茶菓子でもご馳走になりましょうか……もっとも苦いお茶は御遠慮しますが……」
 三人は部屋を出て、広場とプールの方へと向かった。
 三人が広場に到着すると、そこには皆、それぞれ楽しんでる光景がそこにあった。
 先程パーティールームにいた時とは違い、皆は正装から楽な私服に着替え、プールで遊んでるものは、水着だったり……それは様々だ。
 プールの中で愛美、容子……そして順平が、ビーチボールで遊んでいる。
 その光景をみた美夢は葵に言った。
 「私も泳ごっかな?葵は?……まぁあんたは泳がないか……」
 「よくわかってるな……」
 美夢は葵を気にせず、プールの中の三人に大きな声をかけた。
 「私も混ぜてもらって、いいですか?」
 愛美が手を振って大きな返事をした。
 「いいよっ!美夢ちゃん……早く着替えてきなっ!」
 返事をもらった美夢は「すぐ戻りますね」と言って、自分の部屋へと走って行った。
 走って行った美夢を見て有紀は葵に言った。
 「いいのか?葵も行かなくて……」
 「僕は甘い物を食べに来たのですから、泳ぐ必要はありません」
 「ふっ……そうか……ならいい……」
 そう言うと二人は広場でゴザを敷いてお茶を楽しんでいる、堂島夫婦の方へと向かった。
 すると二人に気づいた歩がジョッキを片手に、近づいてきた。
 「よぉ……お二人さん……どうだい?一緒に……」
 歩はかなり出来上がっているようで、色黒の顔が赤黒く見える。
 歩は長袖の白いシャツを着ているので、顔色しか確認できないが、だいぶ酔っているようだ。
 そんな歩を有紀は冷たくあしらう。
 「よるなっ!馬鹿がうつる……」
 有紀にシッシッと払われた歩は、しょんぼりして言った。
 「葵君……俺って可哀想だと思わない?いつもこんな扱いだぜ……」
 葵は少し歩に同情して言った。
 「そんなに落ち込まないで下さい……堂島夫婦にお茶菓子を御馳走になりましたら、そちらにも伺います」
 有紀は冷たい表情を変えずに言った。
 「葵、そんなやつは放っておけ!それに歩……お前もハメを外しすぎたら、プールに蹴り落とすぞ」
 有紀は物騒な事を言っている。
 「ひとまず退散しまぁす……」
 そう言うと歩は逃げるように九条の元へ逃げて行った。
 「行くぞ、葵……」
 そう言われた葵は有紀について行った。
 この時……葵が「有紀には逆らわないほうがいい」と思ったのは……いうまでもない。
 堂島夫婦のいる広場のゴザに着いた二人は、夫婦のかもし出している空気に少し見とれてしまった。
 芝の上に敷かれた和風のゴザはけっして茶をてるには、少し貧相だが……光一が茶を点てている姿は、それら貧相な部分を包み隠すような爽やかさがあった。
 その横で夫を見つめているサキも実に絵になっていた。
 「ほぉ……」
 思わず有紀も感心した。
 先約がいたようで椿が光一の点てた、お茶を堪能している。
 椿は洋装だが…違和感がないほど、光一の空気にはまっている。
 葵と有紀に気づいたサキが声をかけた。
 「あら……お二人ともいらして下さったのね……さぁ、どうぞお座りになって……」
 サキに促され椿の隣に、有紀、葵の順に正座で座った。
 有紀は正座姿も様になっているが、葵慣れていないのかモジモジしている。
 そんな葵に光一は言った。
 「楽にするといい……あまりに型を気にすると、美味い茶も美味くなくなる……」
 葵は申し訳なさそうに言った。
 「そう言っていただければ有難いです。生活環境の事情で正座には慣れていませんので……」
 光一は葵の方を見る事なくお茶を点てながら言った。
 「ふっ……気にする事はない、今は正式な場ではないからな……」
 サキは笑顔で葵に言った。
 「月島さん……お茶もお酒も、楽しく飲む物なのよ」
 光一が言った。
 「わしは、ただ楽しんで欲しいだけだ……」
 サキが言った。
 「この人……普段は無愛想で頑固者だけど、ただ相手にお茶を楽しんで欲しいだけ……強面だから勘違いされやすいですけどねっ……」
 二人の話を聞き、葵は穏やかな表情で言った。
 「では、お茶をいただきましょうか……苦いのは正直苦手ですが…その後で食べる茶菓子はさぞ絶品でしょう……」
 「そうだなでは馳走になろうか……」
 そう有紀が言ったところで、椿が立ち上がった。
 「それでは私は業務に戻ります……どうもご馳走さまでした」
 椿はそう言って去っていった。
 椿と入れ替わる形になったが、御茶会は続く、葵はお茶を一口すする……もちろん作法など知るはずもない。
 葵はすすったお茶に苦味を少し感じたが、嫌な味ではない……不思議と体に染み渡る。
 「意外といけますねぇ…さすがは茶道家の先生です、苦いのが苦手な僕でも飲みやすい…」
 と、葵が言うように……光一の点てた茶はそれほどに飲みやすかった。
 一緒に出してもらった茶菓子を堪能している…葵と有紀に、サキが聞いた。
 「お二人はどうして……この旅に参加なさったのですか?」
 葵が出して貰った水羊羹をつまみながら答えた。
 「僕はただの代理です……僕と一緒に来た藤崎美夢……彼女の兄の代理です」
 有紀が言った。
 「そうだったか……確か……幼馴染みだったか?」
 「ええ……幼い頃からよく面倒を見てもらいました、一人っ子の僕にとっては兄のような存在です」
 サキが言った。
 「いいお兄さんなのね……」
 「ええ、彼の面倒見の良い性格は……刑事になった今でも変わりません」
 すると今まで黙っていた光一が驚いたように言った。
 「藤崎殿の兄上は警官か!?」
 葵は目を丸くして言った。
 「えっ、ええ……捜査一課の警部です。まぁ、キャリアですが……」
 光一は頷きながら言った。
 「警部殿に想い人はいるのか?いないなら……」
 サキが光一の言葉を遮る。
 「あなた!「亜美の婿に」などと言うつもりじゃないでしょうねっ?」
 サキが見透かされた光一はわずかながらの抵抗をした。
 「しかし……これはいい機会だぞ」
 「押し付けてはいけません!」
 有紀が言った。
 「夫人の言う通りだな……結婚などは当人同士で決めるのが一番だ。私は結婚などは考えた事すらない……」
 「まったく最近の若人は……」
 光一がぶつぶつ言い出したところで、葵はこの場を退散するように言った。
 「それでは僕は、もう行きます……ご馳走さまでした。とても味わい深かったです……」
 葵は有紀を残してその場を離れて、 歩と九条が待つ方へと向かった。
 葵が行く頃には、二人はすでに広場には居らず、プールサイドでのんびりしていた、時刻は午後四時前……辺りはまだまだ明るい。
 葵に気づいた歩が手招きする。
 「葵君!こっちこっち!」
 歩の表情を見て葵は言った。
 「酔いは覚めましたか?」
 歩は答えた。
 「ある程度ね……有紀に蹴り飛ばされちゃあ、たまらないからね……」
 九条がクスクス笑いながら言った。
 「ふふ、本当にいいコンビだ……君たちは……」
 「笑い事じゃないよ…九条も気を付けてあいつには接したほうがいい……」
 「ご忠告どうも……ただ僕は常識のある人間だからねぇ」
 「まぁ、「俺は紳士」って、空気を醸し出しているからね……九条は……」
 二人は冗談を交え笑いながら話している、同い年という事もあるかもしれないが、九条は歩の馴れ馴れしさが嫌ではなかった。
 幼少期から九条は『政治家の息子』と、いうだけで、腫れ物扱いをうけてきた。
 ただ……この旅に参加し、皆が九条司という一人の青年として接してくれている。特に歩に関してはただの『同級生』と、いった接し方だ。
 九条にとってこれ程、新鮮なことはなかった。
 葵がそんな心地よい気分の九条聞いた。
 「九条さんは、なぜこの旅に?一人旅のようですが……」
 九条は柔らかい表情で答えた。
 「ここ最近……休暇がとれなくてね。そしたら偶然知り合いの伝から、チケットをもらってね……それで思いきって休暇をとったのさ」
 九条が言うように、彼は実業家の傍ら……メディアにもでずっぱりで、休みがないのも納得がいく。
 「まだこの場所に安心したわけではないけど…今は楽しむしかないからね」
 歩が言った。
 「まぁ、あんまり考えてもしょうがないよ……あんまし考えすぎると有紀みたいになっちまうぜ……」
 その時だった……歩はいきなり後ろから蹴られ、プールに豪快に落ちた。
 バシャっと豪快に落ちた歩は、あわてて水面から顔を出した。
 歩の視線の先には有紀が仁王立ちしていた。
 「誰が私みたいになると?……」
 歩はあわてて言い訳した。
 「なんだよっ!悪口言ってないだろ!」
 「一連の話の流れからすると、どう考えても私の悪口だろ…」
 「だからってプールに落とすことないだろ!」
 「おかげで酔いも覚めただろ?」
 「もう覚めたっての!」
 「いいから着替えてこい!」
 そう言われた歩はプールから出て、腕に張り付いて気持ちが悪いのか……シャツの量袖をまくる。
 色黒の両腕は、いい感じの筋肉だが……よく見ると無数の傷や火傷跡などがある。
 歩は有紀にぶつぶつ言いながら、自分の部屋へ着替えに戻った。
 九条が有紀に聞いた。
 「片岡さん、歩に厳し過ぎないかい?」
 有紀は言った。
 「悪口を言うからだ……」
 葵は言った。
 「怒らせたら……恐いという事です。それよりも歩さんの腕の傷はなんです?」
 有紀は少し考えて答えた。
 「私から言えることは無い……だか、葵の観察力があればいずれわかるだろ……」
 渡辺 歩……カメラマン……腕にある無数の傷に火傷の跡……。
 葵は言った。
 「いや、今の彼に無駄な詮索はやめておきます……事情も有りそうですから……」
 有紀が言った。
 「ふっ、そうしてやってくれ……悪いやつではない」
 「ええ……今までの彼の言動から信頼はできます」
 各人それぞれがバカンスを楽しむなか、気がつけばもう午後五時になる……辺りは少しだけ夕方のように赤みが射してきた。
 葵は言った。
 「まったくもって不思議ですね……太陽が無いのに夕方ですか、演出が凝ってます」
 そうこうしている間に椿が皆を呼びに来た。
 少し早いが山村が夕食の用意をしたらしい、後一時間程で用意が完了するとの事だ。
 皆は一度に解散し、一時間後にパーティールームに集合する事となった。

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