文字語(もじがたり)

ノベルバユーザー329392





 ………銀行前………




 銀行前は警官隊や報道陣……そして多くの野次馬達によって騒然としていた。
 警察車両や報道陣の車両により銀行は完全に包囲されてはいたが……警察は決め手に欠いていた。
 警官隊を指揮する二ノ宮大和にのみややまと警部は、緊張感のある現場で少し苛ついた様子を醸し出していた。
 黒のスーツを身に纏い、ボサボサの髪を掻きむしりながら二ノ宮はぼやいた。
 「金が集まる給料日を狙いやがって……しかも悠長にピザなんか要求するたぁ……ナメやがって……」
 すると二ノ宮の部下でもある木下きのした刑事が、二ノ宮の元へと駆け寄ってきた。
 「警部っ!」
 「何だ?……」
 「ピザが届きました……」
 「そうか……犯人に連絡は?」
 「先程連絡をしましたが……人質の一人が受け取りにくるようです」
 「チッ……やはりそうきたか……。後は……犯人が約束通り一部の人質を解放するかどうか……」
 「警部………」
 二ノ宮は警官隊に指示を飛ばした。
 「ピザの受け渡しをするっ!人質が解放されるまで、警戒は怠るなっ!!」
 「はっ!!!」
 二ノ宮の怒鳴りに警官隊の背筋が伸びる。
 すると銀行正面入口のシャッター横の小さな扉から、スーツ姿の男が出てきた。
 「けっ、警部っ!あれっ!」
 焦った様子の木下に、二ノ宮は不快な表情をした。
 「うろたえるなっ!受け取りに来た人質だろう……ピザを用意しろっ!」
 二ノ宮は木下にピザを持たすと、木下を連れてその男の元へと向かった。木下は高く積み上げられたピザを、必死の形相で持ち、二ノ宮について行った。
 二ノ宮は男の元へ行くと、その男のつま先から頭までをじっくりと観察した。
 表情は人質になった恐怖心からか……緊張感があった。体にフィットしたスーツに整った頭髪……営業マンといったところだろう。
 「人質の一人ですね……名前は?」
 「えっ?あっ、はい……山本……山本大輔やまもとだいすけです……犯人は私が妙な真似をすれば、人質を一人殺すと言っています……ピザを持って戻らないと、人質が……」
 淡々とした二ノ宮の語り口調に、山本は少し戸惑いながらも、自分のおかれた状況を説明した。
 二ノ宮は質問を続けた。
 「わかりました……それでは、わかる範囲で結構です……いくつか質問を……」
 「は、はい……」
 「犯人は何名ですか?」
 「犯人は3人で……それぞれ拳銃を持っています……」
 「では人質の数は?」
 「従業員と客を合わせて……約30人ほど……」
 「犯人は何名か人質を解放すると言っていましたが……その雰囲気はありましたか?」
 「は、はい……解放する人質の選別をしていたので……本当だと思います……」
 二ノ宮は髪を掻きむしりながら呟いた。
 「交渉の余地はあるか……」
 すると部下の木下は苦しそうに言った。
 「けっ……警部……」
 「何だ?」
 「ピザ……重いです……」
 木下の情けない声に、二ノ宮はまたもや不快な表情をした。
 「チッ…………。では山本さん……我々としては不本意ですがピザを持って戻って下さい……」
 「はい……わ、わかりました……」
 「それと……犯人に「次の要求」をするように言っておいていただきたい……」
 山本は表情を強ばらせ、黙って頷いた。
 山本がピザを受け取り、銀行に戻ろうとした時……二ノ宮は言った。
 「あっ……それと、人質の様子は?」
 「皆さん怯えていますよ……ただ、男が一人……騒いでいました」
 「男が?」
 怪訝な表情の二ノ宮に、山本は言った。
 「わざわざ犯人を挑発したり……はっきり言って迷惑ですよ……」
 山本はそう言い残して銀行に戻って行った。
 「騒がしく、犯人を挑発する男……それにこの地域……まさか……」
 二ノ宮はすぐにある人物と連想し、ニヤリとした。
 「この事件……長丁場を覚悟していたが……意外と早く終わるかもしれんな……」




 ……Bar『桜』……




 Barの店員秋本大貴あきもとだいきは、テーブル席でノートPCを弄りながら、店内の液晶テレビを視聴していた。
 テレビでは朝から『東應とうおう銀行強盗事件』の中継がずっと放映されていた。
 秋本は掛けている眼鏡を指で上げて、テレビとPCを交互に見ている。
 すると店の2階から、眠たそうにアクビをしながら一人の女性が降りてきた。
 「おはよっす……桜さん……」
 「ふぁ~……おはよう……」
 秋本に桜と呼ばれる女性は、十文字桜じゅうもんじさくら……この店の店主だ。
 「また寝不足ですか?もう昼前っすよ」
 「女は夜は忙しいの……文也は?まだ来てないの?」
 桜はキャミソールにホットパンツ姿で、自慢の長いブロンドヘアーを掻き上げながら、冷蔵庫からオレンジジュースを取りだし、コップに注いだ。
 その姿は色っぽく、大人の女性といった感じだ。
 「文也さんなら……多分あそこっすよ……」
 秋本はそういうと、テレビ画面を指差した。
 秋本の仕草に、桜は状況を理解した。
 「銀行にお金を引出しに行って……ああなったって事?」
 「多分………」
 「で?状況はどうなの?」
 「膠着気味っすね……ネットでもこの話題で持ちっきりですよ」
 秋本はテレビと、ネットを照らし合わせていたようだ。
 「よほど計画に自信があるのね……」
 「確かに……銀行強盗は成功率が低いっすからね……それをするって事は、余程の馬鹿か……自信があるかってとこっすかね」
 「それにしても……文也もついてないわね……」
 「朝から報酬を取りに行くって……ウハウハで銀行に行ったっす」
 「はぁ~……で?秋本は何を調べているの?」
 桜の問に秋本はニヤリとした。
 「この銀行……なかなか面白いっすよ……」
 「面白いって?何が?」
 「噂っすけど……『裏貸金庫』があるって話です」
 「裏って事は……正規の貸金庫とは別に、貸金庫があるって事?」
 「そうっす……時価何千万の宝石や……金塊……」
 桜はピンときた表情になった。
 「なるほど……脱税などの裏金や盗品ね……で、その銀行に文也か……」
 「強盗団が少し気の毒っす……」
 秋本は文也の心配どころか、強盗団に同情している。
 すると店の電話が鳴って、ジリリリリリッと、店内に響き渡った。
 「もしもし……『桜』……ああ二ノ宮警部……」
 桜が電話に出ると、二ノ宮からだった。
 「えっ?文也?……戻って来てないわよ……」
 『落ち着いて聞けよ……桜庭はおそらく東應銀行にいて……そこで人質になっている』
 「でしょうね……」
 『でしょうねって……知っていたのか?』
 「ええ……テレビでやってるわ……銀行に行くって言っていたらしいから……」
 『そういう事か……』
 「で?何のよう?」
 『いいか……お前ら妙な動きをするなよ……桜庭は俺達が必ず……』
 ガチャンッ……桜は電話を一方的に切ってしまった。
 「二ノ宮警部っすか?」
 「そうよ……動くなって……」
 「警部も心配性っすね……」




 ………銀行………




 人質の山本がビザを持って銀行に戻ると、覆面男は約束通り人質数名を解放した。
 支店長を連れて銀行の奥に行っていた覆面男も、目隠しをされた支店長を連れて戻ってきた。
 鋭い奥に行っていた覆面男が、人質を見張っていた覆面男の耳元で何かを話している。
 話を聞いた覆面男は警察に電話を掛けた。
 数回呼び出しコールがなった後、相手が出たのか……覆面男は受話器に向かって話始めた。
 「約束通り人質数名を解放した……次の要求を言う……」
 覆面男の話を人質達は黙って聞いている。
 「逃走用の小型ジェット機を用意しろ……そうすれば人質を解放してやる」
 そう言うと覆面男は一方的に電話切ってしまった。 
 覆面男の無茶とも言える要求に銀行内はざわざわした。
 「ジェット機って……」「それで逃げるのか?」「でもそれで解放されるなら……」「でも人質の全てとは……言ってないぞ……」などの様々な反応が飛び交う。
 もちろんその場にいた三咲も複雑な反応をした。
 「そんな無茶な要求を……」
 「ふ~ん……なるほどね……」
 三咲や他の人質の反応とは対照的に、文也は至って冷静だった。
 そんな文也の反応にもだんだんと慣れてきたのか、三咲は文也の反応に驚いた様子は見せずに、聞いてみた。
 「なるほどって……何がです?」
 「お前……ジェット機なんて用意出来ると思うか?」
 「その気になれば出来るんじゃ……」
 「そうかも知れねぇが……仮に用意出来たとして、それで逃げ切れると思うか?」
 文也の言葉に三咲はハッとした表情で、首を横にブンブン振った。
 「逃げ切れません……」
 文也はニヤリとした。
 「だよなぁ……今の世の中空は全て監視されている……逃げ切れるわけがねぇ……だとすればこの要求は……『フェイク』……」
 すると覆面男が人質達に向かって言った。
 「お前ら……昼飯にピザでも食っておとなしくしていろっ!……心配しなくても、もうすぐ解放してやるよっ!へへへ……」
 覆面男はピザを運んできた山本に、配るように指示をした。
 山本は覆面男に言われるままピザを配り出した。
 文也はピザを配る山本と、人質達をじっくりと観察している。
 やがて山本は文也と三咲の前に現れて、皆と同じようにピザを配った。
 「逃げなかったようだな……偉いえらい……」
 文也はニヤニヤしながらピザを受け取り、山本に嫌味を言う……山本は文也の嫌味を聞いていない振りをした。
 山本がピザを配り終えて、ようやく昼食をとることになった。しかし……状況が状況なので食事が喉を通る者も少なく、皆は相変わらず緊張感に支配されていた。
 しかしそんな中でも、文也は美味しそうにピザを頬張っている。
 三咲は呆れた様子で言った。
 「こんな時によく食べれますね……」
 「うるせぇよ……どんな状況でも減るもんは減るんだよ……お前、食わねぇならよこせよ……」
 文也は心配そうな三咲をよそに、三咲からマルゲリータピザを奪って、口に入れた。
 人質達が昼食をとるなか……三咲はあることに気がついた。
 「さっきから覆面男の姿が見えないんですが……」
 それを聞いた文也はニヤリとした。
 「気づいたか?……とうとう動き出しやがった……」
 「どういえ意味ですか?」
 怪訝な表情の三咲に、文也は答えた。
 「逃げたんだよ……」
 三咲は目を丸くした。
 「逃げた?……どこに?」
 「さぁな……しかしまだ近くにはいる……」
 「言ってる意味がわからないんですけど……」
 もし文也の言っている事が本当なら……警察が踏み込むチャンスだが……文也は動こうとせずに、どこか一点をずっと見つめている。
 「あの~……桜庭さん?」
 すると文也は呟いた。
 「『耳』の文字が消えた……今だな……」
 すると文也は立ち上がり、カウンターにある電話機まで一直線に向かった。
 周りの人質達は文也の行動をざわざわしながら見ている。
 文也が受話器にてを掛けたときに、ピザを持ってきた山本が文也に言った。
 「きっ、君っ!いったい何を?」
 「あん?警察に連絡をするんだよ……」
 文也の言葉に銀行内は一気に騒然となった。
 「警察にだって!?」「犯人にばれたら……」「そう言えば犯人達がいないぞ?」「戻ってきたら殺される……」
 山本は言った。
 「君っ!いい加減にしろっ!さっきからなんなんだっ!」
 怒りの形相の山本は続けて文也に言った。
 「君の身勝手な行動が……皆を危険なめに遭わすんだぞっ!」
 山本の言葉に三咲は黙って何度も頷いた。
 すると文也はニヤリとした。
 「だったら止めてみな……その懐に隠し持っている……拳銃でな……」
 文也の言葉に人質達は目を丸くしたが……山本の表情だけは明らかに違っていた。
 「いっ……いきなり、何を……」
 山本は明らかに動揺していた。
 文也は言った。
 「お前は今思っている……『どうしてわかった!?』と……」
 「………!?………」
 山本は絶句した。
 文也はさらに言った。
 「さらにお前は『なんなんだこいつは!?』と思っている……」
 「なんなんだ……お前は!?……」
 山本の動揺している様子を見て、文也は満足そうな表情をしている。
 文也は薄ら笑いを浮かべた。
 「………桜庭文也………ただの探偵さ……」
 「ただの……探偵だと?……」
 文也の正体に、山本はただ目を丸くした。
 すると人質達が見守る中、文也は言った。
 「実に面白い計画だったけど……運がなかったな……」
 「何の……話だ?……」
 山本は惚けているが……文也は続けた。
 「あんたからは……浮かばなかったんだよな……恐怖に関わる『文字』が……」
 「文字?何の話だ?」
 山本は当然、文也の言葉の意味を理解していない。
 「恐怖心のない人質なんていないからな……おかしいと思ったんだ。でもすぐに納得したよ……あんたからは覆面男と同じ『文字』が浮かんだんだよね……『計』と『緊』……すなわちそれは、計画と、それを実行するにあたっての緊張感……」
 山本の額からは汗が浮き出て、それが頬をつたい顎まできていた。
 文也は言った。
 「さぁ……観念して拳銃を出しな……」
 山本は気でもふれたのか、文也の言葉に今度は不気味に笑いだした。
 「く、くくくく……おとなしくしておけば良かったものの……」
 すると山本は懐から拳銃を取り出して、それを文也に向けた。
 その様子に人質の群れから、複数の悲鳴が飛んだ。
 「キャーーーーッ!!」「けっ、拳銃だっ!」「ヒィーーーッ!」
 人質達は再び恐怖に教われ、皆は恐ろしそうな表情をしている。勿論三咲も例外ではなく、恐怖で表情を歪めていた。
 しかし……文也だけは違った……文也だけは変わらず不敵な笑みを浮かべて、山本を見下すように見ていた。
 そんな文也に山本は当然のように、不快感を露にする。
 「貴様っ!これはオモチャじゃねぇぞっ!」
 しかし山本の恫喝にも、文也は動じない。
 「知ってるよ……本物だろ?それ……」
 「なっ、何なんだ?……お前は……」
 拳銃を持った山本が、拳銃を持たない文也に気圧されている。それを見ていた三咲も、どこか文也に恐怖を覚えた。
 すると文也は言った。
 「ゲームオーバーだぜ……何故なら人質の中に警察が紛れているから……」
 「……何っ!?……」
 山本は一瞬文也から目をそらし……人質の群れを見た。
 人質の群れには、従業員と老人……若い女……それらしき者は見当たらなかったが……山本の頭からは文也の言葉が離れなかった。


 ………いるのか?………この中に………警察が……… 


 この山本の思考が、山本自身に隙を与えた……それを文也は見逃さなかった。
 文也はすかさず山本の腕を取って、拳銃を持つ手に目掛けて、飛び膝蹴りをかまして、拳銃を弾き飛ばし……山本の手を固定したまま、肘鉄を山本の顔面に炸裂させた。
 山本はそのまま後方に吹き飛ばされて、受付カウンターに背中を強打させ、そのままぐったりした。
 文也は倒れた山本を見下すように言った。
 「いるわけねぇだろ……警察なんて……バカかっ……」



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