天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

 有村は休暇を利用して墓参りに来ていた。
 窟塚村では結局休日を返上した為、休暇は今日になってしまったが、それを利用して墓地にやって来た。
 空は快晴で、妙な言い当てだが墓参りには最適だった。
 非番なのでいつものスーツ姿ではなく、グレーのシャツにジーンズと、楽な格好をしていた。
 有村は独り感慨深い表情で広い墓地にある、一つの墓石を眺めている。
 墓石には『新井場家之墓』と彫ってあった。
 「遅くなってすみません……。れんさん……」
 有村はそう呟くと。シャツの胸ポケットから煙草を取り出し、火を着けた。
 煙草に火が着いたのを確認して、それを墓石の前に置いた。
 「今日は僕も付き合いますよ」
 そう言うと有村はもう一本煙草に火を着けて、今度はそれを自分で吸った。
 「好きでしたよね……マイルドセブン……。僕には未だに良さがわかりませんよ」
 有村は喫煙者ではないので、普段は煙草は吸わなかったが、今日は特別な日なのだろう、渋い顔をして煙草を吸っている。
 「蓮さん……僕も来年40です。僕にも貴方の息子くらいの子がいても可笑しくはないんですが……未だに独り身です」
 有村はある程度煙草を吸うと、携帯灰皿を使い、煙草を処分した。
 墓石にある煙草からは、ユラユラと白い煙を漂わせている。線香の代わりのようだった。
 「貴方の息子は元気ですよ。いつも助けられています」
 そう言うと有村は墓石の前でしばし沈黙した。
 1分……5分……儚い表情で墓石を見つめている。墓に眠る者との想い出にふけっているのか、それとも別の事を考えているのか……。
 すると人の気配がした。墓地に一人黒服の女性が現れた。
 広い墓地なので有村の他に、墓参りに来ている人がいてもおかしくない。
 すると女性は有村の方に近づいてきた。肉眼で互いの顔がわかるほどの距離になり、互いに気付いた。
 女性は有村を確認すると、ニコリとして手を振った。
 有村は呟いた。
 「亜子あこさん……」
 「有村君……久しぶりね。来てくれてたのね」
 亜子と呼ばれるその女性は、縁の母だった。
 新井場亜子……いつもニコニコし、優しい縁の母であり、有村とも面識があった。
 有村は亜子に一礼をした。
 「お久しぶりです。偶然ですね」
 「ほんとうに……何年ぶり?よく来てくれているのでしょう?会いそうで会わないものね……」
 「ええ……余裕がある時は来るように……」
 「それにいつも縁がお世話になっているようで……。生意気でしょ?あの子……」
 有村は少し苦笑した。
 「いえ……世話になっているのは僕の方ですよ。それにあの能力です……生意気くらいが丁度いい……。でないと逆に不気味です」
 亜子も苦笑した。
 「ふふふ……確かにそうね」
 しばし二人の間に沈黙が走った。亜子はそうでもなかったが、有村は何処か気まずそうだ。
 有村はそんな雰囲気を悟られたくなかったのか、話を切り出した。
 「15年ですね……」
 有村の言葉に亜子は儚い表情で反応し、そのまま墓石を見つめた。
 「そうね……。早いようで……永かったわ……」
 有村は亜子の言葉に頷いた。
 「ええ……。それは僕にとっても同じです」
 すると唐突に亜子が言った。
 「縁……優しい目になったわ……」
 それを聞いて有村は少し微笑んだ。
 亜子は続けた。
 「桃ちゃんと出会って……だいぶ変わった気がするわ……。向こうであんな事があって、あの子……随分荒れたから……」
 有村は言った。
 「赤ん坊の頃しか知りませんから……。でも帰国した頃に比べると、確かに優しくなったかも……」
 「私……桃ちゃんには、本当に感謝してるのよ」
 有村は苦笑いした。
 「はは……それはお互い様で、桃子ちゃんも思っているんじゃないですか?」
 すると亜子もようやく微笑んだ。
 「そうね……」
 有村は再び墓石に向かい、そして墓石に微笑んだ。


 ……蓮さん……。貴方の息子は良い仲間を持ちましたよ……。





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