天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392





 ……左屋敷大部屋……




 大部屋に戻った一行はテーブルを4人で囲って、これまで得た情報を整理していた。買い物に出掛けた4人はまだ戻ってきていない。
 大きなテーブルの上には石田が用意してくれた、紅茶とクッキーが置かれている。
 これまでに得た情報は左右の屋敷に隠されていた金庫と、その中に保管されていた『A』と『あ』のカード……その他に絵画等があったが……これといって屋敷の秘密に繋がりそうなものはなかった。
 「やはりこのカードが秘密に繋がっているのではないのか?」
 桃子がそう言うと、小林が言った。
 「私は将棋台とチェスボードが気になります……」
 「しかしそれは金庫の鍵だろ?もう解決済みじゃないか……」
 桃子と小林があれこれと問答をしている中で、縁は難しそうな表情をして顎を撫でている。
 すると石田が言った。
 「どうしたんや?さっきから黙って……」
 すると縁は大部屋に戻ってから初めて口を開いた。
 「いや……何かモヤモヤしたものがあるんだよ……」
 「モヤモヤ?なんやそれ?」
 「ギャラリールームと書斎に入った時に……違和感を感じた……」
 縁の言葉に桃子が反応した。
 「違和感?……何だそれは?」
 すると小林が言った。
 「ギャラリールームにあった色の無い絵じゃないんですか?」
 縁が言った。
 「それもそうなんだけど……何て言うかな……もっと空間的な違和感を感じた……」
 桃子が言った。
 「私は何も感じなかったが……それは感覚的な事か?」
 「かもしれないし……違うかもしれない……」
 桃子は呆れた様子で言った。
 「何だそれは?……」
 すると縁は立ち上がり、それを見た桃子は縁に言った。
 「何処へ行くのだ?」
 「少し外に出てくる……」
 そう言うと縁は大部屋を出ていってしまい、桃子も慌てて縁の後を追った。
 「待て縁……私も……」
 部屋に残された小林と石田は、お互いの顔を見合わせた。
 「これからどうなるんでしょう?」
 石田の問に小林は苦笑いで答えた。
 「さぁ……でも……大丈夫でしょう……そんな気がします」
 先に外に出た縁は、屋敷から少し離れて外観を観察していた。
 左右の異なったタイプの建物……屋敷を囲う竹藪の景色とはミスマッチなこの屋敷は……不気味とも神秘的ともとれる、独特な雰囲気に包まれていた。
 「あるべき姿に……か……」
 険しい表情で屋敷を見つめていると、玄関から桃子の姿を確認できた。
 和風の屋敷とそこから出てくる、カジュアルな服装の桃子もミスマッチだった。
 「屋敷に似合って……うん?……」
 桃子の様子に縁が何かに気づいた時だった……車が1台タイミングを見計らったかのように入ってきた。
 買い物に出掛けた4人を乗せた車だった。車は指定の位置に駐車し、車から政二を筆頭に他の3人も出てきた。
 縁が車に気をとられている間に、桃子は縁の隣に立ち並び呟いた。
 「帰って来たようだな……」
 「そうみたいだね……」
 政二は二人に気がつくと、大きく手を振って話しかけてきた。
 「どうしたんやぁ?そんなところで?」
 桃子が答えた。
 「気分転換に外の景色でもと、思ってな……」
 「そうですかぁ……なかなかの景色やろ?」
 二人に近づいてくる政二とは対照的に、ミツと弘子は二人に一礼をして屋敷に入って行った。
 すると弁護士の小山が縁に話しかけてきた。
 「新井場君……どうでしたか?この屋敷は……」
 「どうとは?」
 「興味深い……っていう意味ですよ……」
 「確かに興味深いよ……外観も不思議だからね……」
 「不思議……和と洋に分かれているからですか?」
 「ああ……なんのために分けたのか……」
 すると小山は口角を上げた。
 「それ自体がヒントなのかも知れませんね……」
 「俺もそう思うよ……金庫の中身が関係していると思ったが……それだけじゃなさそうだしな」
 「ほぉ……あの二つを開けましたか……あっ、そうだ……僕が言った『適材適所』の言葉を覚えていますか?」
 「ああ……覚えてるよ……何を伝えたかったのかは……理解できてないけど」
 「フッ……美しいものは……適した場所にないといけないって……事ですよ。これは物にに限らず人にも言える事です……では……」
 小山はそう言うと、桃子と話している政二に「戻りましょう」と言い、政二を連れて屋敷に入って行った。
 屋敷に戻って行く小山を、怪訝な表情で見つめていた桃子は、縁に話し掛けた。
 「縁……あの男は何を言っていたのだ?」
 縁はニヤリとした。
 「フッ……ヒントをくれていたんだろ?」
 「ヒントを?……どういう意味だ?」
 「意味は……後々わかるさ……それより屋敷の秘密だ。9割りがたはわかったが……残りのピースがわからない……」
 縁の言葉に桃子は驚いた様子で言った。
 「ほとんどわかっているじゃないかっ!……残りの1割は何なんだ?」
 縁は難しそうな表情で言った。
 「う~ん……そうだな……それを行う事によって、何故答えが現れるか……そのカラクリがわからない……」
 「言っている意味がよくわからんぞ……」
 桃子は縁の考えが理解できないといった様子だ。
 「初歩的な事を見逃しているような……何なんだ?」
 考え込んでいる縁に、桃子は言った。
 「暗号屋敷なのかカラクリ屋敷なのか……よくわからんなぁ……誰が設計したのか……そう言えば……書斎とギャラリールーム……何か変だったな」
 桃子の「変だったな」の言葉に縁は敏感に反応した。
 「そうだよ……変だったよなっ?……俺も確かに違和感を感じたんだ」
 「私は違和感ってほどではないが……歩きにくかった……」
 桃子の言葉に縁は目を見開いた。そして不適な笑いをした。
 「ククク……歩きにくい……そういう事か……」
 そんな縁を怪訝な表情で桃子は見つめている。
 「……縁?……」
 「やっぱり初歩的な事だったよ……桃子さん」
 縁のしてやったりの表情に、桃子は声を弾ませた。
 「縁……お前……わかったのか?」
 縁はニヤリとした。
 「ああ……これでピースは揃ったぜ……」




 ……左屋敷大部屋……




 「わかったんかっ!?屋敷の秘密がっ!?」
 政二の驚きの大声が、部屋中に響いた。
 縁は指で耳を塞ぎながら、苦い表情で言った。
 「まぁね……今桃子さんと石田さんに準備をしてもらっている……」
 弘子が言った。
 「準備を?それで石田君……さっきからいなかったのね……」
 政二が言った。
 「準備ってなんや?」
 「お宝を引き出すための準備さ……もうそろそろいいだろ……ついてきて」
 縁はそう言って立ち上がると、皆についてくるように促した。




 ……右屋敷リビング……




 縁が皆をつれてきたのは、右屋敷のリビングだった。リビングはいつもと変わらない様子で、生活感はなかった。
 政二はリビングを見渡して言った。
 「いつもと変わらんけど……ここに何があるんや?それに小笠原先生と石田はどこにおるんや?」
 縁は不適に笑った。
 「それは後のお楽しみさ……それより……このリビングにはおかしな箇所が一つある。何処だと思う?」
 小林は難しそうな表情で言った。
 「先程も調べましたが……おかしな所は見当たらなかったですよ」
 縁は皆の表情を見渡した。小林と政二は難しそうな表情をし、ミツと弘子は目を丸くし、弁護士の小山は表情を変えずに縁を見ている。
 縁は一通り見渡し終わると口を開いた。
 「暖炉さ……」
 縁の言葉に小林と政二も目を丸くし、小林が言った。
 「きれいな大きな……立派な暖炉じゃないですか……おかしくないですよ……」
 小林と政二の反応に縁はニヤリとした。
 「中から見ればね……ただ外から見ればその理由ははっきりするよ」
 すると政二がハッとした表情で言った。
 「そうかっ!煙突やっ!右屋敷には煙突があらへんっ!」
 弘子は渋い表情をした。
 「煙突?……暖炉とどう関係が……」
 縁が言った。
 「大ありだよ……暖炉は火を利用するから暖炉を使用する時、一酸化炭素中毒を防止するために、必ず換気口……すなわち煙突が必要になるが……この右屋敷にはそれがない……」
 縁は皆の表情を見渡して、得意気に言った。
 「つまりこの暖炉はダミーって訳さ……」
 「ダ……ダミーやて?……」
 政二は呆気にとられている。
 すると小林は恐る恐る縁に聞いた。
 「そっ、それって……どういう事です?」
 小林にそう言われると、縁は暖炉へ行き、そこでしゃがんで暖炉の中にある薪を取りだし始めた。
 縁の様子を見て弁護士の小山の表情が、一瞬ピクッとなった。
 縁が薪を全て取り出すと、暖炉の中は空になり、底に一枚のベニヤ板が現れた。
 縁はニヤリとしてそのベニヤ板に手をかけて、力一杯ひっぺかえした。するとなんと、ベニヤ板の裏から鉄の引き戸が現れた。
 縁の行動を不思議そうに見ていた一同は、ベニヤ板の裏から現れた鉄の引き戸に、驚きを隠せないでいた。
 人一人が出入りできそうな、正方形の鉄の引き戸は、隠し財産を隠すには相応しい雰囲気を醸し出していた。
 驚きの表情のままで政二は言った。
 「そ、それで……その奥は……奥はどないなってるんや?……」
 縁は扉を弄りながら首を横に振った。
 「俺も見たのは初めてだからね……けど、案の定……鍵が掛かっているよ……」
 政二が言った。
 「開かへんのやったら、意味があらへん……ここまでか……」
 政二が残念そうな表情をすると、縁はニヤリとして立ち上がった。
 「それがわかったんだよねぇ……」
 縁の言葉にその場にいた者は揃って目を丸くした。
 政二は目を丸くしたまま、少し大きな声で言った。
 「何やてっ!?ほんまかいなっ!?……そっ、それで、どうやって開けるんやっ!?」
 縁は興奮気味の政二を制するように言った。
 「その前に……見てもらいたいものがある……」
 縁の勿体ぶった態度に、政二は怪訝な表情をした。
 「何や?……見てもらいたいって……はよ見せてくれ」
 「見てもらいたいものは……ここにはないよ……」
 「ほな何処にあるんや?」
 縁はその方向を指差した。
 「あそこだよ……」
 小林は縁の指差した方向を見て言った。
 「ギャラリールーム……ですか?……あそこは調べましたが……何もなかったじゃないですか」
 縁は不敵に笑った。
 「フッ……まぁ……正確には、ギャラリールームと書斎にそれがあるって、事だけど……」
 政二は再び目を丸くした。
 「何や?……いったいどういう事や?……訳がわからん……」
 縁は言った。
 「この扉の鍵は4桁の数字を合わせて開く仕組みだ……そしてその答えはギャラリールームと書斎にあるって事だよ……まぁとりあえずついてきてよ」




 ……ギャラリールーム……




 ギャラリールームには夕陽が射し掛かり、中央には石田が立っていた。
 石田を見るなり政二は言った。
 「石田……こんな所におったんか?何をしてたんや?」
 石田に代わって、縁が言った。
 「石田さんには少し手伝ってもらっていたんだよ……」
 弘子が言った。
 「何を手伝ってもらったの?」
 すると今まで黙っていたミツが、部屋の異変に気づいた。
 「絵が……飾られてた絵が、違う……」
 ミツの言葉に政二が反応し、壁に飾られてた絵を見た。
 「ほんまや……この絵は……書斎のやつや」
 政二とミツの言うように、ギャラリールームにあった色の無い5枚の絵は、書斎にあった5枚の風景画に変わっていた。
 縁が言った。
 「桃子さんと石田さんには絵の交換を手伝ってもらっていたんだよ……」
 政二が言った。
 「ちゅうことは……小笠原先生は書斎にいるんか?」
 縁は頷いた。
 「その通り……桃子さんには書斎で待機してもらっている」
 小林が言った。
 「でも何故……絵の差し替えを?」
 縁はニヤリとして石田を見た。
 縁の視線を合図に、石田は部屋のカーテンを閉めた。部屋は薄暗くなり、それを確認した縁は部屋の照明のスイッチに近づいた。
 「こういうことさ……」
 そう言うと縁は部屋の照明の明かりを灯した。
 すると……壁に飾られてた絵に変化が表れた。
 自然に一同は声を揃えた。 
 「こ、これは……」
 絵にあった色彩は消えて……代わりにアルファベットの文字が、それぞれの絵に一文字づつ浮かび上がった。
 ……『M・A・I・K・O』……
 小林が言った。
 「これは……名前……ローマ字読みで『マイコ』……ですか?」
 縁が政二に言った。
 「知っている……名前だよね……」
 政二とミツは驚いた表情をしている。
 政二は呟くように言った。
 「娘の名前や……」
 政二の言葉に縁は軽く口角を上げて、スマホで桃子に連絡をした。
 「桃子さん……そっちはどうだった?」
 縁はスマホでしばらく桃子とやり取りをし、電話を終えて皆に言った。
 「書斎の絵からは、ひらがなで『ゆみこ』と出たようだよ」
 ミツが言った。
 「舞子まいこの妹の由美子ゆみこです……私たちの二人の娘……」
 政二は言った。
 「親父がなんで……どういう事や?」
 縁は言った。
 「リビングに戻ろう……説明はそれからだよ」




 ……リビング……




 再びリビングに戻った一行は、書斎にいた桃子とも合流し、全員が揃う形になった。
 縁が桃子に言った。
 「どうだった?絵は……」
 「明かりを灯したとたんに、5枚の絵は真っ白になって、そのうちの3枚から文字が浮かび上がったよ」
 「やはり特殊な画方だったようだな……」
 縁と桃子が話していると、政二が二人に割って入った。
 「どういう事なんや?そろそろ話してくれると助かるんやけどな……」
 すると小林も政二に同調した。
 「そうですよ……どうしてこのカラクリに気づいたんですか?」
 二人の圧に少し戸惑いながら、縁は口を開いた。
 「あ、ああ……絵を差し替えるのは、ある程度わかっていたよ……。ただ……絵を差し替える事によって、どうなるかはわからなかった」
 弘子が言った。
 「わかっていた?……どうして?」  
 小林が言った。
 「そうですよ……書斎にあった絵は日本風景で、ギャラリールームにあったのは海外風景……特に変ではないですよ」
 すると桃子が言った。
 「画方だよ……」
 小林は目を丸くした。
 「画方?」
 縁が言った。
 「確かに絵の内容に変な所はない……でも使っている素材や画方が屋敷には合っていなかったのさ」
 すると弁護士の小山が言った。
 「なるほど……顔料と墨ですね……」
 小山の言葉に縁は反応した。
 「そう……書斎の絵は顔料で、ギャラリールームの絵は墨で描かれていたのさ……」
 すると小林はハッとした表情で言った。
 「そうかっ!だからギャラリールームの絵は色がないんですね……墨の絵に顔料はミスマッチだ」
 しかし小林とは逆に、弘子は納得できない表情で言った。
 「でもそれだけで、絵の差し替えまでは考えないんじゃない?」
 縁は微笑した。
 「カードさ……金庫にあった『A』と『あ』のね……」
 政二が言った。
 「二つの部屋にあった金庫のか?それがなんや?」
 「示していたんだよ……絵の差し替えを……」
 小林が言った。
 「あのカードがですか?」
 「そうさ……普通に考えれば和式である左屋敷の金庫に『あ』のカード、洋式の右屋敷に『A』を置いておくべきだけど……逆だった。つまり屋敷のオブジェに間違いがあると示唆していたのさ」
 桃子が続けた。
 「この屋敷でそれらしきものは、あの数枚の絵以外にないからな……」
 縁が言った。
 「それで絵をじっくり見てみたら……案の定さ……」
 政二が感心した表情で言った。
 「それで絵を差し替えたんか……でもまさか文字が浮き出てくるとはな」
 なにかを悟った様子の政二に、縁は尋ねた。
 「鍵の答え……もうわかっているんじゃなあのか?」
 政二は静かに頷いた。
 「察しはついとる……『24』と『15』二人の娘が生まれた日や」
 「開けるぜ……」
 縁がそう言うと、政二は黙って頷いた。
 縁は暖炉の隠し扉のそばに行き、扉を確認する。正方形の扉は暖炉の中にあるにも関わらず、冷たそうな鉄製だった。
 縁はダイヤル式の鍵を、政二に言われた数字に合わす……『2415』……入力を終えて扉に手を掛けると、あっさりと扉はスライドした。
 「開いたぜ……」
 扉をスライドすると、暖炉にポッカリと四角い穴が出来た。縁はその穴の先を確認した。先は真っ暗で奥に何があるのかは確認できなかったが、下に行く鉄梯子が付いていた。
 縁は皆に言った。
 「梯子で下に降りれるようになっているぜ。ただ、真っ暗だから懐中電灯か何があれば助かる……」
 すると政二が石田に言った。
 「石田……懐中電灯を2~3本持ってきてくれるかぁ?」
 「はい、旦那様」
 そう言うと石田は懐中電灯を取りに行くために、リビングを離れた。
 しばらくして石田が懐中電灯を数本持ってくると、そのうちの一本を縁に手渡した。
 縁は受け取った懐中電灯で穴の中を照らしてみた。
 「深いな……降りてみないとわからないか……」
 そう言うと縁は懐中電灯を片手に、穴にある梯子に足を掛けて降り始めた。
 縁の行動に小林は慌てた様子で言った。
 「ちょ、ちょっと……大丈夫なんですか!?」
 穴の存在はこの場にいる誰もが知らなかった……よって穴の先には何があるかはわからない。小林が慌てるのも無理もない。
 しかし縁は小林の心配を意に返さず言った。
 「罠とかの心配してるの?多分大丈夫だよ。それに入んないとわからないからね」
 そう言うと縁はカツカツと梯子を鳴らして降りていった。縁の体はすっぽりと入ってしまい、暖炉からその姿は消えた。
 桃子が言った。
 「次は私が行く……何事もなければ下からみんなを呼ぶ」
 桃子もそう言うと、暖炉の穴から梯子に足を掛けて、下へと降りていった。
 上から桃子が降りてくるのを確認した縁は、構わず先へ降りていく……2~3m程降りるとスペースが見えてきた。
 縁はスペースを懐中電灯で照らしながら慎重に降りていき、やがてそのスペースに到着した。
 穴を抜けると正方形の部屋が現れ、縁は梯子から体を離し、辺りを照らしてみた。
 縁は目を丸くした。
 「これは……」
 縁は部屋の天井を懐中電灯で照らした。蛍光灯が何本か設置されている。
 縁は壁を懐中電灯で照らし照明のスイッチを探した。すると梯子のすぐ側にそれらしきものを発見した。
 やがて桃子も部屋に到着し、縁の持っている懐中電灯を頼りに、縁のそばまで来た。
 「さすがに埃っぽいな……」
 暗くて桃子の表情はいまいちわらなかったが、おそらく渋い表情をしているのだろう。
 「明かりを点けるから、少し待って」
 縁はそう言って照明のスイッチをONにした。
 部屋に明かりが点り、部屋の全貌が明らかになると、縁と桃子はその光景に目を奪われた。
 そこにあったのは、黄金の群れだった。部屋の中央にその黄金の群れは、ドンとあり、壁には高価そうな絵画が飾られており、さらに部屋の奥にはおそらく大理石だろう……上に宝石と写真らしきものが飾られていた。
 その眩い黄金色の光に縁と桃子も目を奪われた。
 「なんと美しい……」
 桃子がそう呟くのも頷ける程に、それらは美しく、見た者を魅了する輝きを放っていた。
 「なんやこれは?……」
 縁と桃子の背後から声がした。声の主は政二だった。政二の他に石田と小山もいた。
 どうやらいつの間にやら下に降りて来たようだ。縁も桃子も黄金に目を奪われ、3人が降りて来たことに気づかなかったようだ。
 表情の変化があまりない小山も、さすがにこの光景に目を丸くした。
 「これは……素晴らしい……」
 石田に至っては声も出ずに、目を丸くして、ただ口を開いたまま突っ立っていた。
 政二が言った。
 「この黄金を娘二人に残したのはわかるけど……親父はなんでこんな回りくどい事をしたんやろ?」
 桃子が言った。
 「それは暗号が答えだろ……」
 「暗号が?どういう事です?」
 「もしかすると……二人の娘は不仲ではないのか?」
 政二は驚いた表情をした。
 「は、はい……でもなんでわかったんです?」
 桃子は自分の予想が当たった事に満足したのか、少しニヤリとして言った。
 「この黄金に限らず……相当の資産だ。姉妹が不仲でも不思議ではない……セレブな一族に、金銭トラブルは付き物だからな」
 桃子の決めつけた物言いに、縁は頭を抱えたが……政二は特に不快に思っていないのか、情けなさそうに頷いた。
 「お恥ずかしい話ですが……言わはる通りですわ……しかしそれと、この暗号屋敷なんの関係が……」
 桃子は言った。
 「不仲だからこそさ……」
 政二は再び目を丸くした。
 「不仲だからこそ?」
 「ああ……だからあえて暗号化し、黄金を隠した……姉妹で協力してこの部屋にたどり着くように……まぁこれは私の勘でもあるがな……」
 すると縁が言った。
 「書物に書かれていた『あるべき姿』というフレーズは……仲の良い家族のあるべき姿に、戻ってほしいという、先代の思いも込められていたのかも……」
 政二が言った。
 「二人の孫が小さかった頃を……仲の良い姉妹を胸に抱いて……この屋敷を建てたんかもなぁ……」
 政二の表情は少し儚げだった。娘は二人を不仲にしてしまった、親としての落ち度を……そんな孫を見せてしまった、父親に対する罪悪感など……色々な感情が入り交じっているのかもしれない。
 すると石田が言った。
 「でも旦那様……とうします?これ……」
 政二は微笑した。
 「元に戻す……この部屋は元通りに隠しとくわ……」
 石田が驚いた表情で言った。
 「何でですか!?……苦労して見つけたのに……」
 「儂らはなんの苦労もしとらん……見つけたんは小笠原先生と坊っちゃ……いや、新井場君や……」
 すると政二は小山に言った。
 「小山先生……」
 「なんですか?」
 「遺言書に娘二人にたいして、付け足したい事があります」
 「ええ……」
 「協力してこの屋敷の謎を解いて……そして二人で仲良く半分づつにしろと……」
 小山は頷いて微笑んだ。
 「ええ……付け足しておきましょう……」
 不仲な姉妹がこれだけで、元通りになるなんてわからない。だが、きっかけにはなるかもしれない。
 政二の表情からは「あとは二人の娘しだいだ」そんな感じが読み取れた。

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