天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392





 ……百合根池公園……




 日曜の午後ともなると、若い男女の憩いの公園なのだが……この日は違った。
 今朝殺人事件があった、この百合根池公園は基本封鎖されており、一部の場所しか使用ができない状態だった。
 先程、縁の携帯に有村から連絡があり、刑事を一人向かわせる……との事だったが、まだ着ていないようだ。
 専用駐車場でその刑事を待つ、縁と桃子は秋の陽射しを受けながら、その時を待っていた。
 「せっかくの天気なのに……人がいないな……」
 桃子の言えように、空は快晴で雲ひとつないが、事件があったせいで、人がまったくいない。普段とはまったくの正反対だ。
 縁は桃子のスポーツカーにもたれ掛かった。
 「人が死んでるからな……仕方がないよ……」
 「人が死んだ場所に……わざわざ遊びに来ることもないか……」
 そう言うと桃子も、縁に習って車にもたれ掛かった。
 すると黒いセダンが1台駐車場に入ってきた。
 黒いセダンは桃子のスポーツカーの隣に駐車し、中からスーツ姿の男性が降りてきた。
 男性はセンター分けで、気の弱そうな顔をしている。
 男性は縁達に声を掛けた。
 「小笠原さんと……新井場さん……ですよね?」
 桃子は男性を、ジロリと見た。
 「そうだが……君が、警視殿の言っていた……」
 「はっ……はいっ!……警視庁の、かっ、加山太一かやまたいちですっ!」
 桃子の雰囲気に、その加山はのまれたようだ。
 縁は加山の緊張した様子を見て、つい笑ってしまった。
 「くくくっ……緊張しすぎ……。俺は新井場縁……さんは、いらないよ」
 加山は照れた様子で、頭を掻いた。
 「面目ない……じゃあ、新井場君と呼ばせてもらうよ……」
 桃子は威圧的な表情のまま言った。
 「小笠原桃子だ……」
 加山は背筋を伸ばして、桃子に敬礼した。
 「はっ!小笠原先生っ!協力感謝しますっ!」
 桃子に対しては、緊張感がとれないようだ。
 桃子は加山に接する態度を変える事なく言った。
 「さっそく現場に案内してくれ」
 「はっ!こちらですっ!」
 加山は表情が堅いまま、縁と桃子を案内するために、先に進んだ。
 加山に案内され遊歩道を歩いて行くと、池を囲う道と合流し、その道を歩いていく……池には水鳥がプカプカ浮いており、気持ち良さそうに、日光浴をしている。
 いつもは人だかりができている、池の遊歩道も、今日はさすがに人がいない。
 しばらく進むと、『立入禁止』と書かれた、黄色いテープのバリゲートが現れた。
 バリゲートの前には数人の制服警官かたっており、辺りを厳重に見張っていた。
 加山は制服警官に「ご苦労様です」と言い、バリゲートを潜って中に入った。
 中に入った加山は縁と桃子に言った。
 「どうぞ入って下さいっ!」
 縁と桃子もバリゲートを潜って、中に入った。
 バリゲートを抜けると、一気に空気が変わった。そこには生々しい血痕が広がっており、バリゲートの外と内で明らかに空気が違った。
 縁は血痕を見ながら言った。
 「ここに二人目の犠牲者が倒れていたのか……」
 加山が言った。
 「被害者は井小山美代子、24歳の独身女性……職業はOLですね……」
 桃子が言った。
 「ここで首を絞められて、殺されたのか……」
 縁は言った。
 「解剖結果によると、胸にあったバツ状の傷に、生活反応がなかったんだよね?……だとすれば、犯人は首を絞めて殺害した後に、わざわざ胸に切り傷を着けたって事だ……」
 加山は神妙な面もちで言った。
 「つまり……どういう事?」
 縁は言った。
 「バツ状の傷には……必ずメッセージが込められている……」
 桃子が言った。
 「死亡推定時刻は……午前0時……目撃者は?」
 「はっ!百合根池公園は午後5時で閉鎖されるので……有力な目撃者は、現在見つかっておりませんっ!」
 加山はそうとう桃子に怯えているようだ。
 「思った通り……これといった、手懸かりがないな……百合根古墳の事件も、同じだったよね?」
 縁に言われると、加山は手帳をペラペラめくった。
 「百合根古墳が第一の殺人で……被害者は河野純也、22歳独身男性……フリーターですね……」
 「被害者二人の住所は?」
 縁がそう言うと、加山は手帳に目を走らせた。
 「第一の被害者、河野は百合根東で……井小山は百合根北に住んでいます」
 縁は顎を摘まんだ。
 「厄介だな……」
 桃子は言った。
 「厄介とは?」
 「被害者二人を関連付ける物がない以上……ポイントで警戒するしかないと思ったんだけど……現場と住所が離れすぎている……」
 縁の話に加山は首を傾げた。
 「つまり……どういう事?」
 縁は言った。
 「第一の殺人は百合根南の百合根古墳……そして被害者、井小山の住所が百合根北……つまり逆方向だって事……」
 桃子は目を丸くした。
 「そうか……つまりわざわざ、逆方向である百合根古墳で殺害せずとも、住所と同じ北ある、百合根池で殺害すればいい……」
 縁は言った。
 「そういう事……つまり犯人は次の被害者を絞れなくしたんだ。これじゃ守りようがない……」
 桃子は表情を歪めた。
 「クソッ!犯人の思うつぼじゃないかっ!」
 桃子の表情に、加山はまたも怯んだが、縁はニヤリとした。
 「確かに桃子さんの言う通りだけど……手懸かりは少し見えたぜ……」
 桃子は縁の言葉に、すぐさま反応した。
 「何っ!?どういう事だ?」
 縁は言った。
 「つまり、ここまで撹乱するって事は……確実に殺したい相手が、星の角の残り……後3人いるって訳さ……」
 桃子は言った。
 「つまり、無差別ではないって事か……」
 「そう……だから必ず、被害者に関連性があるって事さ……」
 加山が言った。
 「じゃあさっそく、有村警視に報告を……」
 加山の申し出に、縁は首を横に振った。
 「自分で言うよ……直接話したい事もあるからね……」
 桃子は言った。
 「では次の行き先は?」
 縁は言った。
 「警視庁……さぁ、行こうぜ」




 ……警視庁……




 東京都千代田区霞が関にあり、東京都を管轄する、警察組織の本部……警視庁本庁舎……。
 旧名称『外桜田門』からの通称で『桜田門』と呼ばれる、高さ123.85mある本庁舎の一室に、縁と桃子はいた。
 現在空いている部屋が、この会議室しかないとの事で、この部屋で待たされているが……二人にはもて余す程の広さだった。
 例えるなら学校の教室2つ分の、広さはあるこの会議室で、桃子は落ち着かない様子で言った。
 「もっと狭い部屋はなかったのか?」
 率直な意見だろう……桃子は辺りをキョロキョロし、下手をすれば不審者にも見える。
 桃子とは対照的に、縁は落ち着いていた。
 「少しは落ち着けよ……そして座れっ」
 縁は椅子に座り、楽な姿勢をしている。
 桃子は言った。
 「どうも落ち着かない……大学でもこれくらいの部屋はあるが……どうも雰囲気が違う」
 「そりゃあそうだ……ここは警察だからな……」
 「警視殿はまだ来ないのか?もう15分も待っているぞ……」
 縁は呆れ気味に言った。
 「アポなしで来たから仕方がないよ……もうじき来るだろ……」
 「風の声に呼んだらよかったんじゃないのか?……あそこなら私も落ち着く……」
 桃子はブツブツと文句を言っている。
 そんな桃子を気にせず、縁はあくびをしながら、有村を待った。
 それから待つこと5分後……有村は会議室にやって来た。少し疲れた様子だ。
 有村は苦笑いした。
 「ははっ……ごめんねぇ……待たせちゃって……」
 縁は言った。
 「俺達が急に来たんだ……気にすんな……」
 「忙しくて、参っちゃうよ……」
 そう言うと有村は縁の隣に座った。
 「桃子ちゃんどうしたの?座らないの?」
 座らずにソワソワしている桃子を見て、有村は不思議そうな表情をした。
 「う、うむ……では座るか……」
 そう言うと桃子も席に着いた。
 有村は桃子を察したように言った。
 「ごめんねぇ……こんな部屋しか空いてなくてさぁ……落ち着かないだろ?」
 縁は言った。
 「外よりマシさ……それより捜査の方は?」
 「かんばしくないねぇ……猟奇的な殺人だからね……」
 「加山って刑事にも言ったけど……関連性は必ずあると思うぜ……そして、事件はまだ続く……」
 有村は頷いた。
 「僕もそう思うよ……しかし被害者二人の接点がまったく上がってこない……どうにか次は防がないと……」
 縁は頭をクシャクシャっと掻いた。
 「そうなんだよ……でも防ぎようがないだよな……」
 「縁は……何かつかんだかい?」
 「いや……特には……でも、引っ掛かる事がある」
 有村の表情は険しくなった。
 「引っ掛かる事が?」
 「犯人が被害者の口に入れた、『星形の折紙』……何で『星』何だ?」
 桃子が言った。
 「それは5人殺すと、いう示唆だろ」
 「それなら『星』でなくてもいいだろ?例えば残酷だけど、被害者の指を1本づつ減らすとか……」
 有村は言った。
 「可愛い顔して、凄い事を言うね……」
 縁は言った。
 「まぁ、指を減らさないにしろ、例えば紙に『1/5~5/5』と順番に書いていくとか……」
 桃子は言った。
 「たまたま星にしただけかも、しれないぞ」
 縁は言った。
 「だとしたら……意味合いが変わってくるんだよ……」
 有村は言った。
 「たまたま星にしたとしたら、メッセージ性は薄くなり……あえて星にしたのなら、メッセージ性は濃くなる」
 縁は頷いた。
 「そっ、だから……たまたまか、そうでないかが、大きなポイントになるんだよな……」
 桃子は感慨深い表情で言った。
 「深いな……」
 縁は言った。
 「有村さん……被害者二人の生まれてから、死ぬまでの来歴を教えてよ……」
 「今はわからないから、後でメールするよ……」
 そう言うと有村は立ち上がった。
 桃子は言った。
 「忙しくそうだな……」
 有村は苦笑いした。
 「捜査の指揮を任されてるからね……もう戻らなきゃ……」
 有村は二人に言った。
 「協力を頼んでおいて、なんだけど……無茶はするなよ……後、君達にはしばらく加山君を付けるから……」
 桃子は憮然とした表情をした。
 「加山……どうも頼りない……」
 「ははは……そう言わないでよ……いい奴だからさ……じゃあまたね」
 そう言うと有村は会議室を出て行った。
 縁は言った。
 「有村さん……疲れてるな……」
 桃子は頷いた。
 「そうだな……警視殿の心労を増やさないためにも、無茶は禁物だ」
 縁は目を丸くした。
 「どの口が言ってんだ?」
 桃子は軽く咳払いをした。
 「コホンッ……とにかく、縁も無茶をするな」
 「無茶も何も……とにかく考える時間が必要だ……」
 縁と桃子は和やかに話をしていたが……翌朝、その和やかな雰囲気は一変する。
 犯人は縁達に考える時間を与えなかった。




 ……翌朝……




 耳元に置いてあるスマホから、勢いのある着信音がした。眠りについていたから、勢いよく聞こえたのかもしれない。
 縁はうっとおしそうに、スマホをとり、電話にでた。
 「はい……もしもし……」
 「縁っ!新たな犠牲者が出たっ!」
 桃子の声だった。
 縁は時間を確認した。
 時刻は……午前7時……。
 「早いな……犯行が……」
 縁はこの事を、ある程度予想はしていた。今回の事件は、星にならった連続殺人……なので後3人は狙われる……。ただ、早いと思うのは、二人目の被害者が出たのは昨日……その翌日の今日に三人目の被害者が出るとは、予想外だった。
 縁はスマホに向かって言った。
 「犯人は俺達に、考える時間を与えないようだ。それで?三人目の被害者は男?女?」
 桃子は言葉を濁した。
 「それが……」
 「どうしたんだ?……」
 「男なんだが……二人なんだ……」
 桃子の言葉に、縁は耳を疑った。
 「何?……二人?……」
 「そうだ……三人目と四人目の被害者が出たんだ……とにかく今お前の家に向かっている」
 さすがの縁も、予想のさらに上をいく展開に、目を丸くした。
 「とにかく迎えに来てくれっ!」
 縁はそう言うと桃子との通話を終了し、慌てた様子で着替えだした。
 「何故だ?何故二人なんだ?……」
 縁は考えたが、これといった事は出てこなかった。
 すると家の外からクラクションの音が聞こえた。桃子の車だ。
 縁は母に「今日は学校休む」と言い家を飛び出した。
 助手席に乗り込んだ縁は、桃子に言った。
 「二人殺されたって事か……」
 桃子の表情は険しかった。
 「1時間程前に、警視殿から連絡があってな……二人、別々の場所だ」
 桃子は車を走らせた。
 縁は言った。
 「別々って……何処で?」
 「百合根野鳥公園と、百合根運動公園だ……」
 百合根野鳥公園は百合根町の西にあり、百合根運動公園は百合根町の南だ。
 縁は呟いた。
 「距離がありすぎる……犯人は複数犯なのか?」
 縁は髪をクシャクシャして言った。
 「くそっ!情報が少なすぎるっ!とにかく急ごう……ここからだと、南の百合根運動公園だ」
 桃子は頷いた。
 「だと思って、今向かっている」
 桃子はハンドルを握りしめ、百合根運動公園へ車を走らせた。



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