天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392



 だだっ広い真っ白な部屋……シンプルなその部屋で、ただ一つだけ目立つ物がある。
 それは部屋の中央にある、四角いガラスのショウケース……その中に飾られている、幻の宝石『マリーの泪』……。
 シンプルな真っ白い部屋を美しくするには、それ一つで事足りた。
 縁はさっそくショウケースへ向かい、『マリーの泪』をガラス越しに、まじまじと観察した。
 雫の形をした蒼い宝石は、金のフレームに囲われ、そのフレームに同じく金のネックレスが付いている。
 美しく妖しい輝きを放つ『マリーの泪』は、幻の宝石と言われるのを、納得させる雰囲気と輝きを放っていた。
 「これが『マリーの泪』……私も直に見るのは初めてだ……」
 そう言う桃子は、『マリーの泪』の放つ輝きに、うっとりとしている。
 「桃子さんも、宝石に興味があるんだ?」
 縁にそう言われると、桃子は頷いた。
 「私も女だからな……しかしそれに関係なく、美しい物は、男女問わず魅了すると思うがな……」
 縁は言った。
 「確かに……この宝石はどこか、独特な雰囲気を醸し出しているようだな……」
 縁はショウケースを、拳で軽く叩いてみた。ガラスを叩く音とは異なり、ショウケースは少し鈍い音がした。
 「やっぱりただのガラスじゃない……防弾ガラスか……」
 「その通りじゃ……」
 縁と桃子の背後から、声を掛けたのは、章造だった。
 「その防弾ガラスは特注での……『マリーの泪』を保管するために、わざわざ用意したんじゃ……」
 「なるほど……指紋認証システムのショウケースって訳か……」
そう言うと縁は、ショウケースの下部に付いている、装置を指差した。
 章造は自慢げに言った。
 「そうじゃ……そのガラス箱は儂の指紋でないと、開かない仕組みになっておる。そしてダイナマイトを使っても、破壊できない防弾ガラス……」
 桃子が言った。
 「盗りようが無い訳か……」
 「そして部屋は……窓が一ヶ所に、出入口の扉のみ……」
 縁が辺りを見渡し、そう言うと、章造は高笑いをした。
 「ははははっ!道化には指一本触れる事はできぬわっ!」
 すると木村が会話に入ってきた。
 「しかし油断は禁物です……」
 章造は鼻で笑った。
 「ふんっ……道化に苦渋を舐めさせられてきた、警察がよく言うのぉ……」
 「ぐぐっ……」
 表情をしかめた木村を見て、章造は言った。
 「まぁいいわい……警察もこれ以上の失態を犯さぬよう、しっかり警備せいっ」
 木村は言葉が見つからず、よほど悔しいのか、体を震わせている。
 章造は不敵に笑った。
 「ふっ……それにきゃつは一度失敗しておる」
 章造の言葉に、縁はすぐさま反応した。
 「失敗してる?何の話だ?」
 章造はショウケースを叩きながら、笑って言った。
 「はははっ!きゃつはこの小さなガラスの壁を前に、一度逃げ帰っておるのじゃっ!」
 桃子が言った。
 「すると……ここに来たのか?ピエロが?」
 章造はニヤリとした。
 「そうじゃ、一度来ておる。さしずめ今回はリベンジマッチと、いったところかのぉ」
 ここまで章造が余裕なのは、一度ピエロを撃退しているから……だから今回の犯行予告に関しても、撃退する自信があるのだろう。
 縁は木村に言った。
 「ほんとの話か?だとしたら、今回で犯行予告が2通目って、事になる」
 木村は険しい表情で言った。
 「確かに今回の犯行予告が2通目なのは確かだ……しかし……」
 縁は木村に言った。
 「しかし……何だ?」
 「俺は……撃退したと言うより、奴は最初から来てなかった気がする……」
 すると章造が言った。
 「ふざけた事を……予告通りに現れるのが、道化のやりかたじゃろ?きゃつはこのガラス箱を解錠出来なかったのじゃ」
 木村は険しい表情のまま言った。
 「だと良いのですが……」
 縁は言った。
 「予告状を見せてくれ……もちろん2通共……」
 桃子も言った。
 「そうだな……内容を知らねば、対策しようがない」
 木村が上着のポケットから、2通のカードの様な物を出した。
 「これだ……」
 縁は木村からそれを手渡された。どうやらメッセージカードのようだ。
 縁がカードの内容を確認する。すると1通目には「9月20日午後10時……マリーの泪を戴きに参上する。……華麗なる道化……」と、記されてあり、2通目には「9月24日午後10時……貴方の全てを戴きに参上する。……華麗なる道化……」と、記されてあった。
 縁は言った。
 「1通目は20日……今日が23日だから、3日前……そして2通目ほ24日、つまり明日の午後10時か……」
 桃子が言った。
 「面白くなってきた……」
 呑気な桃子に縁が言った。
 「呑気な事を言ってんなよ……明日だぞ、それに気になる事がある……」
 章造が興味津々と、いった表情で縁に聞いた。
 「ほぉ……気になる事とは?」
 「気づいていると思うけど、1通目と2通目……少し内容が異なる……1通目にははっきりと『マリーの泪』と書かれているが、2通目は『貴方の全て』に変更されている」
 章造が言った。
 「確かに異なるが、間違ってはおらん……『マリーの泪』は儂の全てじゃ」
 桃子が言った。
 「2通目の『貴方』は、章造氏の事だろ……だとすれば、間違いではないな……」
 木村が言った。
 「奴は何らかの理由で、1回目の犯行を、諦めざる終えなかった……だから『貴方の全て』と書く事によって、意気込みを表しているのでは?」
 桃子は頷いた。
 「なるほど……全てを戴く勢いで、今回は犯行を行うと……」
 章造も頷いた。
 「儂もそう思うのぉ……それほどまでに、今回の山は、きゃつにとっては難解なのじゃろ」
 縁は言った。
 「どちらにせよ油断は禁物だな……。このビルの見取図が欲しいんだけど……」
 「御安い御用じゃ……牧村っ!」
 章造は牧村を呼びつけた。
 「牧村……この小僧に、ビルの見取図をくれてやれ」
 章造に指示されると、牧村は一礼をして言った。
 「わかりました……しばらくお待ちを……」
 そう言うと、牧村はどこかに行った。
 続けて縁は木村に言った。
 「木村警部……予告状の……コピーでいいから、欲しいんだけど……」
 木村は頷いた。
 「わかった……帰りにコンビニでコピーをとる……」
 桃子が言った。
 「見取図はわかるが……コピーなんて、何に使うのだ?」
 縁は言った。
 「念のためさ……あるに越したことはない……」
 しばらく部屋を調べた後、明日打ち合わせを少しだけ行い、縁達4人はビルをあとにした。
 表にはマスコミも含め、人だかりが出来ていたので、来るときと同様に帰りも裏口から出て行った。
 帰りの車内の中、縁は2通の予告状を眺めながら椿に言った。
 「先生……明日学校休むから……」
 いきなりの縁の宣言に、椿は戸惑った。
 「えっ!?新井場君……何言ってるの?」
 「だから……明日学校休むから……」
 椿は呆れ気味に言った。
 「あのねぇ……担任の私に、堂々とズル休みを宣言しないでっ!」
 「ズルじゃないよ……調べたい事があるんだよ……」
 すると桃子が二人の会話に割って入った。
 「何を調べるんだ?」
 「ちょっと、山王商事に……」
 すると今度は木村が会話に入ってきた。
 「山王商事?何をしに?」
 「ちょっと、広報に……」
 木村が言った。
 「マスコミ漏洩の原因調査か?」
 「マスコミ漏洩は、ピエロ本人がやった可能性もあるぜ……野次馬が増え、現場が混乱すれば、ピエロにとっては仕事がやりやすい……。でも、広報に用事があるのは、そんな理由じゃない……」
 木村は怪訝そうな表情で言った。
 「では、何の用で?」
 「予告状が届いた時の詳細が知りたい……」
 椿が言った。
 「だからって、学校を休むのは……」
 「先生が言ったんだろ?捜査協力は国民の義務だって……」
 縁にそう言われると、椿は黙ってしまった。
 すると桃子が笑いながら言った。
 「はははっ!一本取られたな……。心配するな、縁には私が付いている」
 「はぁ……教師失格だわ……」
 椿は頭を抱えている。
 木村が言った。
 「では、明日はどこに迎えに行けばいい?」
 縁は言った。
 「夜に……『風の声』て、喫茶店に来てくれ……場所は有村さんが知っているから……」
 「有村警視だな……わかった。しかし、くれぐれも面倒事は起こさないでくれよ」
 木村にそう言われると、縁はルームミラーの木村を見て頷いた。
 4人を乗せた車は、暗くなったオフィス街を疾走した。明日に向けてそれぞれの思いを乗せて。




 ……某所……




 「推理作家の小笠原桃子か……推理作家に協力を要請するとは……木村警部もやきが回ったな……」
 「しかし……楽しい夜になりそうだ……」




 ……翌日午前9時……




 縁は朝食を済ませて、山王商事へ向かうために家を出た。すると家の前には見覚えのある、赤いスポーツカーが停まっていた。
 リズミカルなエンジン音が、体に響き渡り、寝起きの縁に染み渡る。
 運転席から出てきたのは、自慢の黒髪を後ろで束ね、サングラスを掛けた桃子だった。その風貌はまるで、モデルか女優のようで、この静かな町内には明らかに不釣り合いだった。
 縁は眠たそうな表情で言った。
 「派手な車だな……」
 桃子はニヤニヤしながら言った。
 「先週納車したばかりだ。RX-7……FD、少し古いが……私の好きな車だ……」
 「エンジン音がやかましいぜ……」
 「何を言うっ!このロータリーサウンドが、いいんじゃないか……」
 桃子はエンジン音にうっとりしている。
 「さっさと行こうぜ……」
 そう言うと縁は、うっとりしている桃子を、見なかった事にして、助手席に乗り込んだ。
 桃子はそんな縁を見て、慌てて運転席に乗り込んだ。
 「このロータリーエンジンが、奏でるサウンドがわからないとは……縁もまだまだ子供だな……」
 桃子はブツブツ文句を言っている。
 「車はようわからん……」
 そう言うと縁は、座席を倒して楽な姿勢をした。
 「まぁいい……走り出したら、縁も気に入るだろ……」
 そう言うと桃子はギアを入れて、車を発進させた。
 車が走りだし、しばらくすると、縁は言った。
 「俺たちみたいなのが、いきなり山王商事に行って、大丈夫かな……」
 「心配するな……そんな事だろうと思って、今朝章造氏に許可をもらっておいた」
 「準備万端じゃんか……」
 桃子は溜め息混じりに言った。
 「ふぅ……お前どこか、抜けてるところがあるからな……」
 そんな会話をしながら、車を走らせる事約20分……目的地の山王商事に到着した。
 昨日行ったビルとは違い、大手商社らしい大きなオフィスビルが、そこにはあった。
 出勤時刻と重なっているためか、スーツ姿の男女がビル内に入って行く。皆山王商事の社員だろう……桃子は来客用の駐車場に派手なスポーツカーを駐車させた。
 車を降りた縁は、山王商事のオフィスビルを見上げた。
 「でかいな……駅近だし、就職先に人気があるのもわかるよ」
 桃子も頷いた。
 「確かに……私の大学でも、山王商事の人気は高い……地元企業ってこともあるが、福利厚生、報酬などの待遇も、他の企業に比べて手厚いからな……」
 「まぁ……俺には興味ないけどねぇ……。さぁ行こうぜ」
 縁はスタスタと、オフィスビルに向かって歩き出した。
 「ちょっと、縁……興味がないって……私はお前の将来が心配だ……」
 桃子は慌てて、車をドアロックし、縁の後を追った。
 間近で見ると、その大きさに圧倒されるほどの、建物だった。ビル前には先程の人だかりはなく、人もいないわけではないが、すっきりしていて、ビル内に入りやすい状況だった。
 ガラス張りの自動ドアが開くと、フロアは予想通り広く、受付には美しい女性が二人いた。
 桃子はその内の一人に言った。
 「広報に用があるのだが……」
 すると受付嬢が言った。
 「失礼ですが……どちら様でしょうか?」
 桃子は言った。
 「小笠原というが……会長にはアポをとってある……」
 「少々お待ちください……」
 そう言うと受付嬢は、手元にある予定表を確認した。
 しばらく予定表に目を通すと、受付嬢が笑顔で言った。
 「小笠原桃子様ですね……失礼致しました。広報はあちらのエレベーターで8階に上がっていただき、通路左側の3番目の部屋が広報部になります」
 桃子は「ありがとう……」と受付嬢に言うと、桃子は縁に言った。
 「行くぞ……縁……」
 二人はエレベーターでビルの8階に進んだ。
 エレベーターが8階に到着し、扉が開くとそこは、受付嬢が言っていた通りに、長い通路があり、両サイドに部屋がいくつもあった。
 通路はひっそりとしていたが、多くの人が行き交うことができるほど、広く長い通路だった。
 「向かって左側……3つ目の部屋だと言っていたな……」
 そう言うと桃子は、左側の部屋の数を指で数えながら歩き、3つ目の部屋の前にたどり着いた。
 「縁……この部屋のようだぞ」
 桃子に促され、縁が部屋のドアに掛けてある札を確認すると、『広報部』と記載されていた。
 「そのようだね……」
 そう言うと縁はドアをノックし、ドアを開けた。
 ドアを開けた先には、お世辞でも広いとは言えない部屋だったが、デスクやら棚が、きちっと整理されており、働きやすそうな環境にも思えた。
 部屋の中には10人程の社員がおり、そのほとんどが、女性社員だった。
 学生である縁と桃子にとっては、見慣れない後継であったため、少し緊張し、堅くなった。
 「小笠原先生ですよね……」
 一人の女性社員が二人に話しかけてきた。その女性はスーツ姿で小柄な、可愛らしい女性だ。
 「受付から聞いています。ようこそ、広報部へ……」
 歓迎されている様子を、女性社員が醸し出しているおかけで、縁と桃子の緊張感はとけた。
 桃子が言った。
 「忙しいところをすまない……『華麗なる道化』について、確認したい事があってな……」
 すると女性社員が言った。
 「申し遅れました……広報部の大島と、言います。確認したい事とは?」
 縁が大島に言った。
 「予告状が届いたのはこの部署だと思うんだけど……」
 「はいそうです……郵便物などの管理は、全て広報部で管理しています」
 桃子が大島に言った。
 「では、2通の予告状もここに?」
 「はい……便箋びんせんに、カードが……」
 縁が言った。
 「便箋で……中身は?」
 大島は首を横に振った。
 「確認はしていません……すぐに上層部に渡したので……」
 縁はニヤリとした。
 「なるほど……わかりました。忙しい中わざわざありがとう……」
 すると桃子は目を丸くして言った。
 「もういいのか?」
 縁は頷いた。
 「ああ……もう用は済んだ」
 すると大島が桃子に言った。
 「あのぉ……小笠原先生……」
 「何だ?」
 大島は一冊の本を取り出した。
 「ファンなんですっ!よかったらサインを……」
 大島の取り出した本は『女流作家の推理日記』というタイトルで、桃子の代表作だ。
 桃子は本を手に取り、自前のサインペンで、手際よくサインした。
 「これからも、応援よろしく頼む……」と一言付け加え、桃子は大島に本を帰した。
 大島は感動した様子で言った。
 「あっ、ありがとうございますっ!」




……午後7時…風の声……




 ピエロとの決戦を前にして、縁は喫茶店『風の声』でミートスパゲッティーを食べていた。
 店主の巧はニヤニヤしながら言った。
 「あのピエロと対決するって……ほんとにお前は面白いよ……縁……」
 勢いよくスパゲッティーをすすり、あっという間に完食した縁は、ムッとした表情で言った。
 「面白くねぇよ……また桃子さんの安請け合いだぜ……」
 「わかってるよ……まぁそれも先生らしいけど……」
 縁は食後のアイスコーヒーを飲み干して、巧に言った。
 「たっくん……『あれ』って、まだ持ってる?」
 巧は少しだけ表情を変えた。
 「『あれ』って、お前……使うのか?」
 「今回は必要でしょ……」
 すると巧はカウンターの下から、ハンドバックを取り出した。
 「ほらよ……」
 縁はハンドバックを手に持った。
 「サンキュー」
 「大事に使えよ……」
 「わかってるよ……まぁ明日の朝刊を楽しみにしておいてよ」
 縁はニヤリとして、立ち上がった。
 「縁……無茶はするなよ」
 巧にそう言われると、縁は巧に背を向けて、手を振って店を出た。
 店を出ると、タイミングを図ったかのように、木村の車が店の前に現れた。
 「ナイスタイミング……」
 縁がそう呟くと、助手席の窓が開き、桃子が顔を出した。
 桃子は縁を確認して言った。
 「準備はいいか?」
 「バッチリ……」
 そう言うと縁は後部座席に乗り込んだ。すると後部座席には椿がいた。
 「何だ……先生来たの?」
 縁にそう言われると、椿は憮然とした表情で言った。
 「当たり前でしょっ!担任なんだからっ!」
 すると桃子が椿を茶化した。
 「ほんとはピエロを、生で見たいだけなのだろ?」
 桃子の言葉に椿は、顔を真っ赤にして黙ってしまった。
 縁は呆れ気味に言った。
 「図星かよ……」
 木村が言った。
 「出発するぞ……」
 木村の表情は堅い……決戦を前に少し緊張しているのか、それは後部座席まで伝わった。
 縁はニヤリとした。
 「じゃあ……ピエロの面でも、拝みに行くとしますか……」
 木村は決戦の地である、『マリーの泪』が保管されている、山王章造の個人ビルに向けて、車を走らせた。



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