天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392





 ……午前9時……




 窓から差す日差しで、縁は目覚めた。本日も天気がよさそうだ。
 昨夜は結局桃子がベッドで就寝し、縁は床に布団を敷きそこで眠る事になった。
 縁は起き上がって背中をさすった。
 「背中が痛い……」
 桃子が寝ているベッドを見ると、桃子の姿はなく、もうすでに起きているようだ。
 すると、洗面所から桃子が出てきた。
 「縁……起きたのか……昨日はぐっすり眠れたか?」
 縁は背中をさすり、苦笑いしながら言った。
 「はっ……おかげさまで……」
 桃子は背中をさする縁を、気にする事なく言った。
 「そうか……。さっさと顔を洗え……朝食に行くぞ」
 縁は洗面所に向かい顔を洗いに行った。すると、部屋の方から桃子の声がした。
 「今から着替えるからな……見たければ見てもいいぞ」
 縁は少し顔を赤くした。
 「バッ、バカ言うなっ!誰が覗くかっ!」
 「ははは……照れるな」
 「照れてねぇよっ!それより、俺の着替えを洗面所に持ってきてくれ」
 「何だ?部屋で着替えればいいだろ……」
 縁は言葉を失い、黙ってしまった。
 桃子は言った。
 「私は気にしないぞ」
 縁は声を荒げた。
 「俺は気にするよっ!」
 結局縁は、桃子に着替えを洗面所に持ってきてもらい、そこで着替えた。
 準備が終わり、2人は食堂へ向かった。
 食堂に向かう道中、桃子は縁にからかい半分で話しかけた。
 「あれぐらいの事で照れるとは……まだまだガキだな」
 縁は不機嫌そうに言った。
 「うるせぇよ……」
 桃子は口を尖らせた。
 「しかし、お前と私の仲だろ……着替えくらいいいではないか……私のファンが知ったら、羨ましがるぞ」
 「それが一番面倒なんだよっ……それに……」
 「うん?……それに、何だ?」
 縁は言いかけた言葉を飲み込んだ。
 「いや……なんでもない……」
 縁は「意識してしまう」と言いそうになった。しかし自分でも何故だかわからないが、その言葉を飲み込んだ。
 そうこうしているうちに、食堂に到着した。食堂には有村がすでにおり、他には風間しかいなかった。
 有村は2人に気付き声を掛けた。
 「おはよう二人とも……眠れたかい?」
 縁は苦笑いして言った。
 「床で寝たからな……背中が痛いよ……」
 有村はニヤニヤしながら言った。
 「ベッドで仲良く寝ればよかったのに……」
 縁は呆れて言った。
 「アホか……。それより、横瀬はいないようだけど……話しは聞けたのか?」
 有村は両手を広げて言った。
 「それが……知らぬ存ぜぬの、一点張りさ……」
 諦め顔の有村に縁は言った。
 「大方の予想通りだな……。で、警察は?」
 「後、1時間程で来ると思うけど……これからが大変だね……」
 桃子が言った。
 「どうしてだ?」
 縁が言った。
 「今は金尾が死んだ事が村に回っていないけど……警察が来たら嫌でもわかるからな……」
 有村が言った。
 「なるべく混乱を避けるために、鑑識も含めて、少数で来るように指示したけど……あまり意味はないと思うね……」
 縁は言った。
 「まぁ、仕方ないか……」
 有村は二人に聞いた。
 「で、お二人さんは……これからどうするの?」
 桃子が答えた。
 「縁と村を回る……気になる事があるらしい……」
 「気になる事が?なんだい?」
 縁は言った。
 「たいした事じゃない……」
 有村はニヤリとして言った。
 「たいした事……な、わけないでしょ……縁が気になるんだから……」
 縁は有村に言った。
 「トリックのタネ探しさ……」
 「トリックのタネ?」
 「俺が気を失った理由は必ずあるはずだ。そのタネ探しだよ」
 有村は少し慌てた様子で言った。
 「おいおい……それと大事だけど、事件の捜査も協力してくれよ」
 縁は呆れて言った。
 「高校生に何を言ってんだ……」
 有村はニコニコして言った。
 「謎を解くのに、大人も高校生も関係ないよ」
 「勝手な事をいうなよ……。でも、心配するな、捜査には協力する。それに、タネ探しが捜査協力になるかもだぜ……」
 「どう言う事だい?」
 「それは後のお楽しみ……」
 有村は釈然としない感じで言った。
 「縁……その勿体ぶった態度をとるのは、感心できないよ……」
 縁はすぐさま有村の指摘を否定した。
 「別に勿体ぶってる訳じゃないよ……確証のない事をベラベラ話したくないだけだ」
 有村は心配そうに縁を見た。
 「それならいいけど……無茶は止めてくれよ……」
 縁は呆れて言った。
 「捜査協力をしろって、言ってんのにか?」
 有村はしれっと話を変えた。
 「この漬け物美味いよ……味噌汁も最高だ」
 有村は漬け物をポリポリかじり、味噌汁をすすって、満足そうな表情をしている。
 縁は「この人も俺の平穏な生活を妨害している」と思ったが、口には出さなかった。
 美味しい朝食を終えた3人は、それぞれの行動を開始するために、別れた。
 縁と桃子は村の調査に、有村はこれからやって来る警察の対応にと、それぞれ別れた。
 宿舎から外へ出た縁と桃子は、清々しい朝の太陽に心を癒された。
 桃子は両腕を上げて背筋を伸ばしている。
 「う~ん!清々しい朝だな……天気が良くてよかった」
 縁もそう感じたのか、桃子に同調した。
 「ああ……良い天気だ。気持ちいい朝だよ」
 桃子は体を伸ばすのを止めて、縁に言った。
 「それで……何処へ行くんだ?」
 縁は言った。
 「社に行く……」
 社は村の最奥……突き当たりにある建物で、縁が初めて天菜に会った場所だ。
 桃子は言った。
 「社か……中を調べるのか?あの村長が調べさせてくれるとは……思えないが」
 「外観だけでいい……」
 桃子は怪訝な表情言った。
 「外観を?何故だ?」
 「俺の考えだと、必ずある物があるはずだ」
 桃子はますます理解できない表情だ。
 「ある物?」
 縁は桃子の反応に満足したのか、少しニヤリとして言った。
 「行ってからのお楽しみさ……行こうぜ」
 縁と桃子は社に向かった。
 目的地に到着した二人は、社を見上げた。相変わらずシンプルな造りをしている。
 縁は社の正面から側面と、順番に観察していく。各面の下から上まで丹念に観察をし、そして呟いた。
 「やっぱり……社を囲うように、ダクトがある……」
 縁が言うように、社の上部にはダクトのような物があり、それは社を囲うように備え付けてあった。
 桃子は縁に言った。
 「確かにダクトのようだが……それがどうした?」
 縁は桃子の問いに答える事なく、社の裏側に向かい、桃子もそれを追った。
 社の裏側に行くと、高さが1m程の大きな四角い機械があった。
 縁は機械を触りながら言った。
 「ファンが付いているな……これで風を送ってるのか……なるほどな……」
 桃子は言った。
 「一人で納得するなよ……」
 縁は不敵に笑った。
 「ククク……タネはわかった。後は……ぶつだな……」
 桃子は怪訝な表情で言った。
 「さっきから何を言っている?説明してくれ」
 縁はニヤリとして言った。
 「この機械とダクトを使って、中に風を送っているのさ……しかも換気機能も付いている」
 「だから何なんだ?」
 桃子は釈然としない感じだ。
 縁は言った。
 「簡単に言うと、これを使って俺を気絶させたんだよ」
 桃子はますます理解できない感じだ。
 「さっぱりわからん……」
 縁は言った。
 「金尾と横瀬が、何の目的でこの村に来たのか……少し見えてきたよ。さぁ……次へ行こうぜ」
 「次に?何処へ?」
 縁は村の畑の方角を指差した。
 「村の東側さ……畑と東宿舎の裏側は森になっている。そこへ行く」
 「森へ?」
 「ああ……何かありそうだろ?」  
 桃子は呆れて言った。
 「勘か?」
 縁は口角を上げた。
 「半分はね……」
 縁は社を離れ、村の東側に向かった。桃子は釈然としないまま、縁の後を追った。
 畑に近づくと、畑仕事をしている数人の村人の確認ができた。畑仕事をしているのは数人の男女の老人たちだった。
 すると、近付いてくる縁と桃子に気付いたのか、男性老人の一人が、二人を指差した。
 桃子はそれに気付いて、縁に言った。
 「私たちの事を……何か言ってるみたいだぞ」
 「何だろ?」
 桃子はニヤリとして言った。
 「縁が天菜に、豪快な啖呵を切ったから……怒っているんじゃないか?」
 縁は憮然とした表情で言った。
 「何でニヤニヤしてんだ」
 そうこうしているうちに、男性老人が二人に声を掛けた。
 「ちょっとあんたら……」
 桃子が答えた。
 「何だ?」
 男性老人は特に怒った様子はない。
 「あんた、この前……天菜様にコテンパンにやられた人でねぇか……」
 男性老人のストレートな言葉に、桃子は愕然とした。
 「コッ、コテンパン?」
 縁は桃子の様子を見て、ニヤニヤしている。
 男性老人は続けた。
 「仕返しに来たのかい?」
 桃子は言葉にならず、震えている。
 男性老人は言った。
 「止めとけ止めとけ……また恥じかくぞ」
 男性老人の一言に、畑にいる他の老人達が笑いだした。桃子は完全にバカにされている。
 桃子は怒りと情けなさが、入り交じった表情で縁を見た。
 「縁ぃ………」
 縁は呆れて言った。
 「情けない声を出すなよ……」
 すると、縁が老人達に言った。
 「ちょっと聞きたいんだけど……」
 女性老人が言った。
 「なんだい?」
 「この奥の森って、入れるの?」
 縁が森を指差して言うと、女性老人は答えた。
 「山道はあるけど……立ち入り禁止だ」
 「立ち入り禁止?」
 「猛獣が出るらしいぞ……儂らも入った事がねぇよ」
 猛獣という言葉に、桃子は少し怯えた。
 「も、猛獣が……」
 縁は老人達に言った。
 「わかった……ありがとう」
 縁は老人達の忠告を聞いたにも関わらず、森の方へと向かって行った。
 桃子は慌てて縁の後を追って、縁に言った。
 「おいっ!縁……聞いてなかったのか?猛獣が出るんだぞ!」
 縁は足を止める事なく、桃子に言った。
 「本気で言ってんのか?」
 桃子は目を丸くして言った。
 「本当ではないのか?」
 縁は呆れて言った。
 「何だよ……ビビってんのか?」
 桃子は明らかに動揺して言った。
 「ビ、ビビってるだと?……こ、この私がか?」
 「動揺を隠せてないぞ……とにかく近くまで行ってみようぜ」
 縁は動揺している桃子を、気にする事なくスタスタ歩いて行った。
 「ちょっ……縁、私を置いていくなっ!」
 桃子は情けない声を出しながら縁を追った。
 畑と宿舎の間の道は、車が1台通れる程の広さで、それをしばらく歩くと、老人達が言っていた山道が見えてきた。
 しかし山道の入口には、高さが2m程の木製のバリゲートがあり、立入禁止の札が立ててあった。
 山道の入口前は少し広いスペースがあり、そこから山道の様子を二人は伺った。
 縁の後ろに隠れながら、桃子は山道の様子を見ながら言った。
 「いかにも……何か出そうだ……」
 桃子が言うように、山道には森林の影が掛かっているので、薄暗く感じ、どこか薄気味悪い。
 縁は気になる事なく言った。
 「考え過ぎだよ……行こうぜ」
 縁が山道に向かおうとすると、桃子が慌てて言った。
 「い、行くって……先に進むのか?」
 「当たり前だろ?……今更何を言ってんだ?」
 「縁……老人達が言っていた事を忘れたのか?……猛獣が出ると言っていたぞ」
 縁は呆れて言った。
 「何を言ってんだ……んなもん、出るわけねぇだろっ……」
 縁は桃子の制止も聞かず、バリゲートをよじ登り山道に入ろうとした。
 すると、背後から男性の声がした。
 「そこは立入禁止ですよ……」
 縁が声に反応して振り向くと、村長の福島が立っていた。
 よじ登っている最中だった縁は、さすがにバツの悪そうな表情になった。
 福島はバリゲートにしがみついている縁に言った。
 「危ないから降りて来なさい……」
 縁は軽く「チッ」と舌打ちをして、仕方なく降りることにした。
 すると、降りている最中に山道に棒状の跡があることに、縁は気付いた。
 「うん?何だこの跡は?」
 山道には棒状の跡が、約1m半程の感覚で、山道の両端に1本づつあり、山道の奥へ続いていた。
 縁がその跡に見とれて、動きを止めると、福島は縁を焦らすように言った。
 「何を固まっているのです?さっさと降りて来なさい」
 福島そう言われると、縁はようやく下に降りた。
 縁が降りると、福島は二人に問いただした。
 「で……こんな所で何を?」
 縁はしれっと言った。
 「村を見学していたら、ここに出てきたんだよ……そしたら、こんなところに山道があったからさ……」
 福島は呆れて言った。
 「立入禁止の札が見えなかったのですか?」
 縁は薄ら笑いをしながら言った。
 「はは……好奇心が旺盛なもんで」
 福島は言った。
 「その好奇心で命を落とすこともあるのですよ……この山道は猛獣がでますからね」
 桃子は福島の「命を落とす」という言葉と表情に、少し身震いをした。
 しかし桃子とは対照的に、縁は福島に対して相変わらず挑発的だ。
 「猛獣……本当にそんなものがいるのかな……」
 福島は縁を少し睨んだ。
 「何が言いたいのです?」
 縁はニヤリとして言った。
 「別に……ただそう思っただけさ……」
 すると一触即発の二人の間を、桃子が割って出た。
 「すまん、村長……すぐこの場を離れる……だから今回は見逃してくれ」
 すると福島の表情は元通り柔らかくなった。
 「わかって頂ければ……我々も客人に怪我でもされたら困りますから……」
 桃子は福島に「それでは」と一言に言って、縁を連れて元来た道を戻った。
 しばらく歩き、山道の方を振り向くと、福島はまだ二人の方を見ていた。
 縁は桃子に言った。
 「何であんなに卑屈になるんだよ?桃子さんらしくねぇぞ」
 桃子は言った。
 「私は……猛獣や不気味な所が……」
 桃子は何故か躊躇っている。
 縁は怪訝な表情で言った。
 「何だよ?……」
 すると桃子は意を決したように言った。
 「苦手なんだっ!」
 縁は桃子の突然の告白に目を丸くしている。凶悪犯を殴り飛ばすくせに、猛獣はともかく、オカルトが苦手という、ギャップに縁は少し可笑しくなり呆れた。
 縁は頭を抱えて言った。
 「まだそんな事を言ってんのか?」
 「怖いものは怖いんだ……」
 縁は呆れて言った。
 「安心しな……猛獣なんていないよ」
 縁にそう言われても桃子は引かない。
 「どうして……そう言える?見るからに不気味で何か出そうではないか……」
 「本当に猛獣がいたら、あんな木製のバリゲートじゃ、防ぎ切れないよ……」
 桃子は少し怯んで言った。
 「うっ、確かに……」
 縁は続けた。
 「それに山道に、棒状の跡が2本あった。あれはリヤカーか何かの後だよ」
 桃子は目を丸くして言った。
 「リヤカー?」
 「つまりあの山道は、人が何かの目的で往き来している事になる」
 すると畑を抜けて、村の中心に着いた頃に、桃子の表情は怒りに満ちた。
 「おのれぇ……この私を騙すとは、あの村長いい度胸だ」
 桃子は拳を握りしめている。
 縁は呆れて言った。
 「ちょっと考えればわかるだろ……。でも、やっぱこの村は何かあるぜ」
 すると村の入口付近に、ワゴン車とセダン車が現れた。おそらく警察車両だろう。
 縁は口角を上げた。
 「警察の到着か……面白くなってきた」



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