天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392



 気絶した高木の手首と足首を、ガムテープで拘束した縁は、浅野に言った。
 「倉庫の鍵を……時間がかなり経過している……急がないと」
 浅野は言った。
 「ほんとに……店長が?」
 縁は呆れて言った。
 「さっきの行動を見たでしょ?」
 浅野は共に働いてきた店長が、犯罪者になったことに混乱しているようだ。
 「どうして……」
 縁は言った。
 「動機は警察が調べる事だよ……それより青山さんを保護しないと、この暑さだ……脱水症状を起こしている可能性が高い」
 縁にそう言われても、浅野は動けないでいる。かなり混乱しているようだ。
 すると、桃子が浅野の胸ぐらをつかんだ。
 「貴様っ……さっさと鍵をよこせっ!」
 先程の正拳突きといい……浴衣姿の美人女性とは、思えない立ち振舞いだ。
 桃子はさらに言った。
 「今は貴様の気持ちよりも……人命が優先だっ!」
 桃子の言葉に我に帰った浅野は言った。
 「そ、そうですね……これ、鍵です……僕はどうすれば」
 桃子は浅野が鍵を差し出すと、胸ぐらを離して言った。
 「貴様は救急車と警察の手配だ……行くぞ、縁……」
 鍵を受けとると、桃子は勢いよく休憩室を出て行った。縁もその後を追った、
 裏口から店の外へ出て、まっすぐプレハブ小屋に向かい、南京錠を解除した。
 縁は言った。
 「さっさ調べた時に反応は無かった。おそらく拘束されてる……」
 桃子は勢いよく扉を開けた。
 すると、中には異様な光景があった。
 女性がガムテープで手首と足首を縛られ、布で目を、ガムテープで口を塞がれている。
 桃子は急いでその女性の元へ駆けつけた。
 桃子は女性の拘束を解いて、懸命に呼び掛けた。
 「おいっ!しっかりしろっ!おいっ!」
 桃子は女性の脈拍や心音を確かめた。
 「息はある……しっかりしろっ!おいっ!」
 「桃子さんっ!これを……」
 縁は棚にあったペットボトルの水を桃子に渡した。
 桃子はペットボトルの水を無理矢理女性の口へ押しあて、なんとか飲ませようとした。
 すると、女性は水に反応し、意識が無いままに水を飲んでいく。
 桃子は少しホッとした表情になった。
 「よし……なんとか飲んでくれた……」
 縁は言った。
 「後は救急車が来るのを待つだけだな……」
 桃子は女性を抱えながら言った。
 「しかし、彼女の家の隣の主婦は……大柄の男がうろうろしていたと、言っていたぞ……しかし、店長は大柄ではない……」
 縁は言った。
 「確かに背の高い桃子さんから見れば、店長の高木は大柄では無いけど……あの主婦のおばさんは、俺より身長が10cm程低かった……」
 縁は腰に手をあてて言った。
 「つまり、俺と身長が同じくらいで太ってる高木は、おばさんから見れば大柄の男に見えるのさ……」
 桃子は言った。
 「なるほど……体格は見る者によって、異なるか……」
 すると、複数のサイレンが聞こえてきた。
 縁は言った。
 「浅野さんが呼んだ、警察と救急車が来たようだね……」
 救急車と警察が到着したのと同時に、今野と瑠璃、達也……そして美香の両親も現場に駆けつけた。
 担架に乗って救急車に運ばれる美香を、達也と両親は顔面蒼白で見守り、両親は救急車に同乗した。
 縁が達也に事情を説明すると、達也は予想通りに取り乱し、警察に連行される店長の高木に襲いかかろうとしたが、今野によって、止められた。
 縁が達也に「今は彼女に付いていてやれ」と、言われると達也と瑠璃は急いで、搬送先の病院へ向かった。
 現場が一段落つくと、今野も今回の事件の調書をとるために、百合根署に戻って行った。
 やがて、店に来ていた野次馬たちも消えて、店に日常が戻った。
 縁は桃子に言った。
 「祭りどころじゃなかったね」
 「ふっ……そうだな……」
 すると、店の西側の夜空に花火が上がった。
 花火の光に照らされた縁と桃子はおもわず、夜空を見上げた。
 桃子は花火を見て言った。
 「そう言えば……百合根公園で花火が上がるのも、今日だったな……」
 百合根神社の夏祭りと同時に毎年百合根公園で花火が打ち上げられる。
 花火は次々と上がり、彩り取りの光が西側の夜空を埋め尽くした。
 縁は言った。
 「花火……か……」
 縁は花火を感慨深い表情で眺めている。
 桃子は縁に言った。
 「どうした?日本の花火は初めてか?」
 縁は少し笑って、首を横に振った。
 「いや……なんでもない。それにしても、綺麗だな……」
 桃子は言った。
 「そうだな……夏も終るな……」
 花火を眺めている桃子は、光に照らされ妙に色っぽかった。
 そんな桃子に、先程までの浴衣姿での立ち振舞いの面影は無く、浴衣のよく似合う美しい女性だった。
 縁は言った。
 「最後までさんざんな夏休みだったよ……」
 桃子は言った。
 「私は刺激的で、なかなか良い夏休みだった」
 縁は呆れて言った。
 「よく言うぜ……俺にとっては災難だよ……でも……」
 桃子は縁を見て言った。
 「でもなんだ?」
 縁は口角を上げて言った。
 「花火が綺麗だから……まぁ、いいや」
 夏休み最後の日の打ち上げ花火は、夏の終わりと、秋の訪れを伝える合図のようだった。



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