天才・新井場縁の災難
④
 外に出た縁を追うように、桃子は立ち上がって、3人に言った。
 「縁を見てくる……皆はここで待っていてくれ」
 そう言うと桃子は縁の後を追って、店の外に出た。
 外に出ると、店の外でキョロキョロしている縁がいた。どうやら何かを探しているようだった。
 桃子は縁に言った。
 「何を探している?」
 「こんなとこには無いか……」
 そう言うと縁は店の裏側に歩いて行った。
 「まて……私も行くぞ」
 桃子もその後を追った。
 店の裏には従業員用の車が3台分駐車できる駐車場と、倉庫のような小さなプレハブ小屋があった。
 縁はキョロキョロしながら呟いた。
 「結構広いね……うん?あれか……」
 そう言うと縁は店の裏口の側にあるゴミ箱を発見した。
 縁はゴミ箱にいくと、蓋を開けて中身を物色している。
 「うわぁ、汚ねぇ……」
 はたから見ると異様な行動をしている、縁に桃子が言った。
 「縁……何のつもりだ?ゴミ漁りなんかして……」
 縁は桃子の声が聞こえているのか、いないのか……ゴミ箱を漁り続けている。
 すると、縁の手が止まった。
 「やっぱりあった……」
 何かを見つけた縁はスマホのカメラで、それを撮った。
 桃子は怪訝な表情で言った。
 「何をしているんだ?」
 縁は言った。
 「うん……ちょっとね」
 ゴミ箱を片付けて蓋を閉じると、次に縁はプレハブ小屋を見た。
 「何の小屋だ?」
 縁は小屋に近づき扉を確認した。
 「鍵が掛かっているねぇ……」
 縁の言う通り、扉には南京錠が掛けられていた。
 桃子は言った。
 「物置小屋か?」
 縁は顎を撫でた。
 「なるほど……」
 すると、縁の携帯に着信が入った。
 縁がスマホを確認すると……瑠璃からだった。
 「もしもし?」
 スマホ越しに瑠璃が言った。
 「何処へ行ったの?ぜんぜん戻って来ないから……」
 縁は瑠璃に平謝りをした。
 「ごめんごめん……あっ、そうそう……雨家さん」
 「何?」
 「今野さんと青山さんの家に行ってくんない?達也も連れて……」
 「別にいいけど……新井場君と小笠原さんは?」
 「俺と桃子さんは、まだ調べる事があるから……あっ、そうそう……今日変わった事なかった?」
 急に質問された瑠璃は、少し考えて言った。
 「変わった事……そう言えば、今日は仕事がスムーズだった気がする」
 「スムーズ?」
 「うん……何でかわからないけど、確かにスムーズだった」
 縁は口角を上げた。
 「そう……ありがとう。それともう1つ聞かせて」
 「何?」
 「青山さんの家は店から見て東……従業員で東から来ている人はいる?」
 「私の知る限りは……いないよ……」
 「そう……わかった。ありがとっ!んじゃ今野さんをよろしく……」
 そう言うと縁は無理矢理電話を終えた。
 桃子は言った。
 「今野刑事達と別行動をとるのか?」
 縁は頷いた。
 「ああ……今野さんには青山さんの親に、事情を説明してもらわないと……そのためには雨家さんも一緒のほうがいい……それに……」
 「それに?なんだ?」
 縁は苦笑いをした。
 「達也はこっから先はいないほうがいい……取り乱す展開が目に浮かぶ」
 桃子も苦笑いをした。
 「なるほど……それは言えてるな」
 「だからこっから先は……いつも通りさ……」
 桃子は言った。
 「どう言う事だ?」
 縁は口角を上げて言った。
 「ピースは揃ったって事……」
 そう言うと縁は裏口から店に入った。
 裏口から店に入ると、廊下があり、すぐ左側にドアがあった。
 縁は躊躇う事なく、そのドアを開けた。
 中に入ると、どうやら休憩室のようで、大きなテーブルがあり、そこに男性が2人座っていた。2人とも制服姿だったので、おそらく従業員だろう。
 1人は縁と同じくらいの身長で高さはあまりないが……肉付きがよく、太っていた。もう1人は身長が高いが、細身だった。
 細身の男性がキョトンとして言った。
 「何ですか?あなた達は?」
 縁は言った。
 「青山美香さんの友人です……」
 太った男性が言った。
 「美香ちゃんは……今日は休みだけど……」
 縁は言った。
 「知ってますよ」
 二人の男性は、この状況に理解できていないようだった。
 細見の男性が言った。
 「どういったご用件です?」
 桃子が言った。
 「青山美香が行方不明になった……」
 桃子の言葉に、男性2人は驚いた様子になり、細身の男性が言った。
 「ゆ、行方不明って……どう言う事です?」
 縁は言った。
 「そのままの意味ですよ」
 太った男性が言った。
 「無断欠勤をするような娘じゃないから……おかしいと思ったが……警察には?」
 縁は言った。
 「警察が現在捜索中です……」
 細身の男性が言った。
 「では、あなた方は?」
 縁は言った。
 「青山さんの同級生の、新井場です……で、こっちが」
 縁が手を差し出すと、桃子が言った。
 「小笠原だ……」
 太った男性が言った。
 「店長の高木です……ここには何をしに?」
 縁は口角を上げて言った。
 「もちろん青山さんを探しに……」
 細身の男性が言った。
 「副店長の浅野です……探すって……さっきも言ったけど、青山さんは来てないよ」
 縁は言った。
 「どうして……そう言えるんですか?」
 浅野は言った。
 「どうしてって……欠勤してるじゃないか……それに実際、僕も彼女を見ていないよ」
 縁は言った。
 「副店長って事は……あんたは午後1時からの出勤でしょ?」
 浅野は驚いて言った。
 「ど、どうして知ってるんだ?」
 縁は壁を指差した。
 「そこに書いてあるから」
 縁の指差した方には、シフト表が貼ってあり、確かに副店長の浅野は午後1時出勤になっていた。
 縁は言った。
 「青山さんは正午から……あんたは、1時から……会うわけないよね」
 店長の高木が言った。
 「そう言う問題じゃなくてね……それ以前に、来てないから会うわけないでしょ」
 縁は口角を上げて言った。
 「それはどうでしょう……」
 浅野が言った。
 「何が言いたいんだ?」
 縁は言った。
 「青山さんは一度この店に来てるよ……」
 高木と浅野は呆気に取られている。
 縁は言った。
 「まず青山さんは午前11時20分頃に自宅を出て、近くのパン屋でサンドウィッチを購入した。そして11時30分過ぎにこの店に到着した」
 高木は言った。
 「どうしてわかるんですか?」
 縁は言った。
「パン屋の夫婦が言っていたし、青山さんの家からこの店までに、防犯カメラが3台あって、そのどれにも青山さんが映っていたからね……」
 浅野が言った。
 「この店をスルーして、何処かに行ったかも知れないじゃないか」
 縁は首を横に振り、スマホを取り出した。
 「この写真を見て欲しいんだけど……」
 スマホの写真には、白いトレーにラベルが付いている物だった。
 縁は言った。
 「これ……そのパン屋のサンドウィッチが入っていたトレーなんだけど……これ青山さんが買ったサンドウィッチなんですよ……表のゴミ箱に入っていたよ」
 高木と浅野の表情が変わった。
 桃子が言った。
 「つまり青山美香がここで、サンドウィッチを食べた事になる……」
 高木が言った。
 「他の従業員が買ってきたんじゃ……ないんですか?」
 縁は言った。
 「それはないでしょ……パン屋と青山さんの家は店の東側……この店に東から来ているのは青山さんだけなんだから……」
 浅野が言った。
 「確かに……東から来ているのは青山さんだけだ……この店に来たのか?」
 縁は言った。
 「そうなりますね……」
 高木が言った。
 「この店で消えた?そんなバカなっ!」
 高木と浅野の様子を見て縁は言った。
 「とぼけちゃって……俺、最初に言ったよね……ここに青山さんを探しに来たって……」
 桃子が言った。
 「縁……まさか、いるのか?ここに……」
 縁は頷いた。
 「いるよ……青山さんはこの店に」
 そして縁は言った。
 「ですよね……店長の高木さん」
 縁の言葉に高木は言葉を無くし、浅野は驚いて言った。
 「店長が?……どう言う事?」
 浅野は理解しきれていないようだ。
 縁は言った。
 「おかしいと思ったんだ……何で正午からの出勤が青山さんだけなのか……」
 高木は言った。
 「業務上の都合です……」
 縁は言った。
 「最初はそうかと思ったけど……でも、実は青山さんを拉致するための、シフトだったんじゃないかなって……」
 桃子は言った。
 「シフトを利用して青山美香が一人になる時間帯を作ったのか……」
 縁は言った。
 「だったら犯人は絞られてくるからね……シフトを作っている店長と副店長に……そうなると、副店長の浅野さんは1時出勤だから、自然と犯人は店長の高木さんになる」
 高木は激昂した。
 「ふざけるなっ!そんなんで犯人にされちゃあ、たまったもんじゃないっ!」
 縁は言った。
 「浅野さん……今日って、材料の補充ってやりました?常温倉庫から……」
 その言葉に高木の表情は反応した。
 浅野はキョトンとして言った。
 「いや、常温倉庫からの補充はやっていなけど……何で補充の事を知ってるんだい?」
 縁は言った。
 「表のプレハブ小屋に鍵が掛かっていました……あれって常温倉庫ですよね」
 桃子は言った。
 「ただの物置小屋ではないのか?」
 縁は言った。
 「だだの物置小屋に、あんな厳重な鍵を付けないよ」
 桃子は言った。
 「しかし、鍵を付けてしまったら……バイトが使用できないぞ」
 縁は言った。
 「バイトに使用させないために付けてるんだよ」
 桃子は理解できてない様子だ。
 縁は言った。
 「SNS対策さ……」
 縁の言葉に浅野は黙って頷いた。
 縁は言った。
 「食品や材料をイタズラに遊びに使って、その写真をSNSにアップする……目立ちたいがためにね……そういったバイトの軽はずみな行動で、食に対する信用を失って、潰れてる会社は結構あるからね」
 桃子は言った。
 「それを防止するために……鍵を?」
 浅野は言った。
 「社会問題になった時に、本社からの指示でね……材料の補充は鍵を持っている店長と僕でやるんだ。でもどうしてわかったんだい?」
 縁は言った。
 「雨家さんが今日の業務は理由はわからないけどスムーズにいったと、言っていたからね……予め1日分の材料を補充しておけば、補充にタイムラグで出なくなり、自然とスムーズになるからね」
 縁は続けた。
 「つまり鍵を持っている店長が開店前に、終日使う常温材料を補充しておけば……それにかかるタイムラグが解消され、バイト達の業務がスムーズになる」
 桃子は言った。
 「なるほど……この暑い時期に冷凍や冷蔵の材料は出しておけない……それらは無くなったら補充するようにして、気温の影響を受けにくい常温材料を出して置けば……」
 縁は言った。
 「雨家さんにとっては、理由がわからないくらいの、スムーズさが生まれるわけ」
  桃子は言った。
 「しかし、業務がスムーズなるのなら、いいじゃないか」
 縁は言った。
 「それだけが目的ならね……」
 桃子は目を見開いた。
 「まさか……」
 縁は口角を上げて言った。
 「そう言うこと……そこに青山さんはいるのさ……」
 浅野は唖然とした。
 「青山さんが……常温倉庫の中にいるってのか?」
 縁は頷いた。
 「さぁ……店長の高木さん……何か言いたい事は?」
 高木は下を向いたまま震えている。
 浅野は言った。
 「店長……ほんとに店長が……」
 すると、高木は制服にしまっておいた、カッターナイフを取り出した。
 「だったら……だったらどうだって言うんだっ!!」
 桃子は言った。
 「正体を表したか……」
 縁は呆れて言った。
 「そんなもの出して……どうするつもり?」
 カッターナイフをみて驚かない縁と桃子に、高木は言った。
 「これが見えないのかっ!何、余裕かましてやがるっ!切り殺すぞっ!!」
 高木の豹変ぶりに浅野は驚いて声が出ないようだが、縁と桃子は動じない。
 桃子は言った。
 「無駄な事は止めろ……そして、さっさと青山美香を解放しろ……」
 すると、高木は激昂して桃子に襲いかかった。
 「だから……余裕かましてんじゃねぇよっ!!」
 カッターナイフを振りかざし、襲いかかった高木に対して、桃子はまずは冷静にカッターナイフを持つ高木の右手首を掴み……そして、高木が怯んだところで、正拳突きを顔面にお見舞いした。
 正拳突きをもろに喰らった高木は、カッターナイフを離して、後ろにぶっ飛び気絶した。
 気絶した高木を見て縁は言った。
 「桃子さんが言ったろ……無駄な事は止めろって……」
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