天才・新井場縁の災難
②
……百合根神社……
 夏休み最後の日もあってか百合根神社の夏祭りは人で賑わっていた。
 百合根神社は決して大きい神社ではなかったが、風情溢れるこの神社は地元の人間に愛されていた。
 そんな風情溢れる神社の夜店で、縁と桃子はそれなりに楽しんでいた。
 ピンクの浴衣に身を包んだ桃子は、とても絵になっていた。
 長い髪を後ろで束ね、下駄をカラカラ鳴らしながら歩くその様はモデルさながらだ。
 対する縁はいつも通りのシャツにジーンズといった格好だった。
 それでも縁は綺麗な顔をしているので、桃子に見劣りすることはなかった。
 境内を少し進むと、大きな木の下で一人の高校生くらいの男子が立っていた。
 様子から察して、誰かと待ち合わせをしているようだった。
 縁はその男子を見て呟いた。
 「うん?あれは……」
 桃子は言った。
 「どうした縁?」
 縁は男子を指差した。
 「あいつ……俺の友達だ」
 縁は大きな木の下に行き、その男子に声を掛けた。
 「おいっ!達也」
 達也と呼ばれる男子は縁に反応した。
 「あっ!縁……お前も来てたのか」
 森谷達也縁のクラスメートで、縁の友人だ。
 縁は達也に言った。
 「こんな所で何をやってんだ?」
 達也はニコニコしながら言った。
 「彼女と待ち合わせしてんだよ」
 縁は恨めしそうな目をして言った。
 「あらそう……それはようごさんしたね」
 すると達也は縁の肩に腕を回し、耳元でこそこそ言った。
 「それより……あの美人誰よ?」
 達也はどうやら桃子の事を言っているようだ。
 達也は言った。
 「お前いつの間に、あんな美人を?彼女か?紹介してくれよっ!」
 縁は呆れて言った。
 「何を言ってんだよ……彼女じゃねぇよ」
 すると、桃子が怪訝な表情で言った。
 「何をこそこそ話してる」
 桃子の言葉に縁と達也は、自然と背筋を伸ばした。
 桃子は達也に言った。
 「縁の学友か……私の縁がいつも世話になっている」
 達也は顔を真っ赤にして言った。
 「わ、私の……縁?」
 縁はすかさず言った。
 「どさくさ紛れに何を言ってんだよっ!達也っ、違う……誤解だ」
 達也は桃子に見とれていて、縁の声が耳に入っていないようだ。
 縁は桃子の手を引っ張って、呆けてる達也に言った。
 「じゃあな、達也……また学校でな」
 縁は逃げるように、桃子の手を引っ張りその場を離れた。
 縁に手を引かれながら、桃子は言った。
 「縁……どうした?今日は積極的だな」
 「何を言ってやがる……この場から離れたいだけだっ!」
 学校で変な噂が広がらないか……縁の頭はその事でいっぱいだった。
 それからしばらく縁と桃子は、夏祭りを楽しんだ。
 高校生男子と女子大生が普通に楽しむように……。
 縁と桃子が祭りを楽しみながら、境内を歩いていると、いつの間にか先程達也と遭遇した、大きい木まで戻ってきた。
 すると縁は何かに気付いた。
 「うん?達也……」
 桃子が言った。
 「どうした?」
 「いや、達也のやつまだ木の下にいる……しかも一人で」
 縁の言う通り、達也は一人で木の下に立っていた。
 達也の彼女らしい人影は……近くにはなかった。
 縁は達也の立っている木の下に行った。
 「達也っ!」
 縁の呼び掛けに達也は反応した。
 「あっ、縁……」
 達也の表情は暗い……縁は達也に言った。
 「まだ彼女は着いていないのか?」
 「ああ……」
 桃子は言った。
 「すっぽかされたのではないか?」
 縁は慌てて桃子に言った。
 「ちょっ、ちょっと桃子さんっ!」
 達也はさらに暗い表情で言った。
 「やっぱり……そうなのかな……」
 縁は言った。
 「おいっ……落ち込むなよ……。彼女から連絡は?」
 達也は言った。
 「さっきからずっと電話してるけど……電源が切れてるんだ」
 桃子は言った。
 「着信拒否ではなさそうだ」
 縁は言った。
 「桃子さんは黙っててっ!達也、彼女とは何時に待ち合わせを?」
 達也は言った。
 「夜の7時にこの木の下で……彼女はバイトが終わってから来る予定だったから……残業かな?」
 縁は自分の腕時計を見た。時刻は午後8時……待ち合わせの時刻から1時間も経過している。
 縁は言った。
 「彼女と喧嘩した?」
 達也は言った。
 「喧嘩なんかしねぇよっ!俺達はラブラブなんだぜ」
 桃子は呟いた。
 「ラブラブ……いい響きだ」
 縁は顎をさすった。
 「う~ん……すっぽかす理由は無いな……」
 達也は言った。
 「まさか事故にでもあったんじゃ……」
 達也は自分で言って、顔面蒼白になった。
 縁は言った。
 「彼女のバイト先は?遠いのか?」
 「いや、百合根神社の近くにあるファーストフード店だよ」
 そのファーストフード店は縁も知っている。この神社から距離で言うと200~300m程だ。
 縁は言った。
 「事故にあったとしたら……救急車やパトカーのサイレンが聞こえるはずだ……ここに着て1時間半程経つけど、そんなサイレンは聞こえていない」
 桃子が言った。
 「事故では無さそうだな」
 達也は安堵の表情で言った。
 「よかった……」
 縁は言った。
 「安心してる場合じゃ無さそうだぜ……達也、彼女の家は?連絡は?」
 達也は慌ててスマホを取り出した。
 「いっ、今、電話してみるっ!」
 そう言うと達也は彼女の家に電話した。
 電話を終えた達也の表情は再び暗くなった。
 「帰っていないって……」
 縁は言った。
 「携帯は繋がらず……家にも帰っていない……」
 達也は泣きそうな顔で言った。
 「縁……」
 縁は達也を見かねて言った。
 「達也……彼女のバイト先に行こう」
 達也は驚いた感じで言った。
 「行くって……縁、彼女を一緒に探してくれるのか?」
 「あたりまえだろ……いいよな?桃子さん」
 桃子は腕を前で組んだ。
 「縁の学友が困っているんだ……私も探すぞ」
 達也は桃子の好意に感謝している。
 「見ず知らずの、縁の彼女にまで……ううう、感激です」
 縁は言った。
 「だから彼女じゃねぇよっ!」
 桃子はまんざらでもなさそうだ。
 「気にするな少年……私は小笠原桃子……縁の大事な人間だ」
 縁は言った。
 「ややこしい自己紹介をするんじゃないっ!」
 こうして3人は達也の彼女の働くファーストフード店に向かった。
 百合根神社を出て徒歩5分程で目的地のファーストフード店に到着した。
 店には駐車場があり、そこそこの敷地面積だ。
 百合根神社の祭りの影響もあってか、店は賑わっていた。
 外から店の様子を伺いながら縁は言った。
 「彼女いるか?」
 達也は首を横に振った。
 「いや……いない」
 すると、店の裏口から高校生くらいの女子が一人、出てきた。
 その女子は店の前で店内の様子を伺いながら伺っている3人に声を掛けた。
 「新井場君と森谷君?……」
 その声に反応した縁は、その女子に言った。
 「雨家さん……」
 声を掛けた女子はクラスメートの雨家瑠璃だった。
 瑠璃は桃子にも気付き挨拶をした。
 「小笠原さんっ!この間はありがとうございました」
 桃子は笑顔で瑠璃に言った。
 「瑠璃か……気にするな。元気そうでなによりだ」
 縁は言った。
 「裏口から出てきたって事は……雨家さんこの店で」
 瑠璃は言った。
 「そう……バイトしてて、今終わったところ……それよりも、どうしたの?こんな所で……」
 縁は瑠璃に事情を説明した。
 瑠璃は言った。
 「美香ちゃん……今日は来てないよ」
 達也はキョトンとした。
 「来てない?美香が?」
 縁は言った。
 「美香ちゃん?まさか達也の彼女って……」
 達也は言った。
 「隣のクラスの青山美香だよ」
 瑠璃が縁に言った。
 「新井場君……知らなかったの?」
 縁は何故か疎外感を感じた。
 「知らなかった……」
 桃子は瑠璃に言った。
 「着ていないとは、どう言う事だ?」
 瑠璃は桃子に答えた。
 「正午からのシフトだったんですけど……無断欠勤したみたいです」
 縁は先程の疎外感を忘れるように言った。
 「こう言う事……よくあるの?」
 瑠璃は首を横に振った。
 「こんな事初めてだよ……美香ちゃん、滅多に休まなかったし、休む時は必ず店に連絡を入れるから……」
 達也は再び顔面蒼白になった。
 「何処に行っちまったんだよぉ……美香……」
 縁は言った。
 「達也、青山さんの家は?住所は?」
 「知ってるよ……」
 「青山さんの家に行ってみよう……」
 達也は泣きそうな顔で言った。
 「何しに行くんだよぉ……」
 縁は言った。
 「青山さんが何時に、家を出たのか知る必要がある」
 瑠璃が言った。
 「私も行くっ!そんな事があったなんて……心配だよ」
 達也は瑠璃の好意に感激した。
 「雨家……お前まで美香のために……」
 達也を見て桃子は言った。
 「喜怒哀楽の激しいやつだ……」
 瑠璃は言った。
 「美香ちゃんの家はここから、徒歩5分程だよ……急ごっ!」
……青山家……
 美香の家は住宅地に並ぶ2階建の一軒家だった。 
 縁は達也に言った。
 「達也、お前そこの電柱の影に隠れてろ……」
 達也は怪訝な表情で言った。
 「何でだよぉ?」
 縁は呆れて言った。
 「お前さっき家に電話したろっ……そんなお前が家の人にしつこく聞いたら、家の人が心配するだろっ!」
 達也はすんなり納得した。
 「なるほど……」
 達也は近くの電柱に身を隠し、それを確認した瑠璃が美香の家のインターフォンを押した。
 インターフォン越しに女性の声がした。おそらく美香の母親だろう。
 「はい……どちら様ですか?」
 瑠璃はインターフォンに向かって言った。
 「雨家ですけど……美香ちゃんは?」
 「ああ……瑠璃ちゃん?ごめんなさい……美香はまだバイトから帰っていないわ……」
 瑠璃は惚けた様子で言った。
 「えっ?そうなんですか?祭りに行く約束してたんですけど……」
 「まぁ美香ったら……昼前に出て行った切りで……ごめんなさいね」
 瑠璃は言った。
 「いえ、いいんです……ありがとうございました、失礼します」
 縁は言った。
 「昼前までは家にいたようだな……」
 すると、桃子が電柱に身を隠している達也を見て言った。
 「あいつ誰かに絡まれてるぞ」
 桃子が言うように、達也はどこかの主婦らしき女性に何か言われている。
 縁達は慌てて達也に駆け寄った。
 達也は泣きそうな顔で主婦に何か言っていた。
 「だから違うよ……俺は美香の彼氏で」
 主婦は言った。
 「ストーカーは皆そう言うのよっ!」
 縁は揉めている二人に割って入った。
 「ちょっと達也、何やってんだ?」
 達也はすがるように縁に言った。
 「縁……助けてくれよ!このおばさんが……」
 主婦は激昂した。
 「おばさんとは何よっ!おばさんとはっ!」
 縁は怒っている主婦に言った。
 「ちょっと落ち着いて……こいつ俺の友達なんだけど、何か?」
 縁の登場で、主婦は達也が不審者で無いのが理解できたようで、バツが悪そうに言った。
 「あら……青山さんの家を覗き見してるから、私てっきり……」
 縁は主婦に言った。
 「この辺りの方ですか?」
 主婦は言った。
 「ええ……青山さんの隣に住んでるのよ。窓からこの子が電柱の影に隠れて、青山さんのお宅を覗き見してるから、てっきり……」
 縁は主婦に言った。
 「前にもこのような事が?」
 「最近物騒でねぇ……変な男がうろついてるって、近所で噂があって」
 「変な男が?」
 「そうなのよ……帽子を深く被った背の高い男が……」
 縁は顎を撫でた。
 「あんた達、高校生でしょ?物騒だから早く帰りなさいよ」
 そう言うと主婦は美香の隣の家に帰って行った。
 瑠璃は心配そうな表情で縁を見た。
 「新井場君……」
 縁は腕時計を見て言った。
 「時刻は午後8時30分……青山さんの行方がわからなくなって、およそ8時間30分か……」
 達也は泣きそうな顔で言った。
 「縁……」
 縁は言った。
 「何かあったのは間違いなさそうだ……それに、時間もだいぶ経過している……」
 桃子は言った。
 「急いで探さないとまずいな」
 縁は言った。
 「しかし、何処に消えた?店からここまで、ほぼ一本道だ……雨家さんの話だと、青山さんはサボったりするような娘じゃない……」
 桃子は言った。
 「どうするつもりだ?」
 縁は言った。
 「さっきのおばさんが言っていた、不審者の情報を聞きながら、ここから店までに何か痕跡がないか探そう」
 瑠璃が言った。
 「警察に連絡をしたほうが……」
 縁は言った。
 「百合根署の今野刑事に、俺から連絡を入れておくよ……拉致事件の可能性もあるからね」
 達也は顔面蒼白になった。
 「ら、拉致って……縁……」
 縁は言った。
 「達也っ!しっかりしろっ!とにかく今は青山さんの無事を信じて探すぞ」
 夏休み最後の夏祭り……やはりただでは済まなかった。
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