天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

海上攻防戦 前編⑤

……午後2時…F区間機械室……




 「場所がわからなかったから、時間くったな……桃子さんは」
 桃子とはぐれた縁はようやく機械室に到着した。
 縁は迷路のようになっている機械室を見渡して、呟いた。
 「機械室は確か2室……位置と形状からして……ここはエンジンや操縦関係の機械室か……」
 機械室内は物々しい騒音に包まれていた。
 桃子を探しながら奥へと進むと、行き止まりに当たった。
 「ここには爆弾がないのか?……桃子さんもいないE区間の方へ行ったのか?」
 機械室の奥の突き当たりには鉄の棚とロッカーが設置してある。
 「少し……何だろ?違和感を感じるな……。うん?」
 縁は自分の足元に何かが落ちていることに気付いた。
 「何だろこれ?」
 縁はしゃがんで、それをつまみ、確認した。
 「着け爪?……しかもこれって……」
 縁が拾った物は水色の着け爪だった。形状からして親指の物だったが……。
 「これは……桃子さんの」
 縁の頭によからぬ事がよぎった。
 桃子に何かあったと……。
 縁はしゃがんだ体制をそのままに、桃子の携帯にすかさず電話をするが……繋がらない。
 「くそっ!電源が切られてるっ!」
 縁は辺りを見渡したが……血痕などの痕跡は無い。
 「桃子さんが簡単にやられるはずはない……仮に背後から刃物や鈍器で襲ったとしても……血痕が残ってるはず……」
 縁は立ち上がった。
 「だとすれば……背後からスタンガンか、睡眠薬を含んだ布か何かで、意識を失わせ……拉致した」
 縁は拳を握りしめた。
 「くそっ!桃子さんの腕っぷしを信じて、油断したっ!……うん?」
 縁は着け爪に何かが付着してるのに気付いた。
 「何だ?この粉は……」
 着け爪には粉が付着しており、色は多彩だった。
 「桃子さんはここで何かを発見し……襲われた?」
 だとしたら何処に消えたのか?縁がこの機械室に来るまでには誰にも会っていない。
 このF区間の機械室は、現在縁がいるこの位置までは、ほぼ一本道だ。
 「E区間の機械室に桃子さんを連れて隠れたのか?」
 E区間の機械室はこのF区間の機械室よりは狭いはずだ。
 F区間の機械室は1層目の突き当たりを全面に使っているので、客室3室分の広さがある。
 比べて E区間の機械室は通路に面した部屋なので、客室1室分のだ。しかし、桃子を連れて隠れるには十分なスペースだ。
 縁は引き返してE区間の機械室へ向かった。
 出入口付近に近づくと、それとは別に扉があるのに気付いた。
 「この扉は?」
 出入口を通り越した奥にその扉はあった。
 「何処かに繋がっているか?」
 縁は慎重に扉のノブを回した。
 扉には鍵が掛かっておらず、すんなり開いた。
 扉を開くと、そこにはバッテリー室だった。つまり、E区間の機械室だった。
 「EとFの機械室が繋がっていたのか……」
 部屋は予想通り狭く、バッテリー機器がぎっしりと詰まっていて、人の隠れるスペースは無い。
 「通路側の出入口までは一本道……隠れるスペースは無い……。何処に消えた?」
 桃子の安否が気になる縁の表情には焦りの色が伺えた。
 しかし、縁は焦りの色を消そうと首を横に何度も振った。
 「焦るなっ!桃子さんにも言っていたじゃないか……焦りは大事なポイントを見落とす……」
 すると縁の携帯に着信が入る……船長の神田からだ。
 縁は電話に出た。
 「もしもし……」
 神田の声は焦った様子だった。
 「あっ!あ、新井場様っ!すぐに2層目D区間の『2010』室まで来て下さいっ!」
 神田の様子からして、何かがあったのは明らかだった。
 縁は電話を切ると機械室を出て『2010』室に向かう。
 2層目のD区間にある客室はVIPルームだ。
 桃子の事も、もちろん放ってはおけないが……今は『2010』室に向かう向かうしかなかった。
 縁は神田に言われた部屋に向かう。
 現在地は1層目のE区間なので、指定された2層目D区間へ行くにはB区間にある階段から2層目へ登らないと行けない。
 縁は走ってB区間の階段から2層目D区間の『2010』室に向かった。
 部屋の前に到着すると、神田と木山が悲壮な表情で立っていた。
 縁は二人に声を掛けた。
 「何がありました?この部屋は誰の……」
 縁が部屋の中を覗くと……そこには瞳孔が開ききって、ベッドの前に倒れている、高山がいた。
 縁は言った。
 「これは……いったい……」
 縁は高山の元へ行き、体を触り脈を確認したが……やはりもう死んでいた。
 縁は言った。
 「目立った外傷が無い……」
 縁は部屋の中を見渡した。すると、ベッドの横に小さな瓶が落ちていた。
 縁はそれをハンカチでくるんで、拾った。瓶には液体が少しだけ残っていた。
 縁が瓶の臭いを確認すると、無臭だった。
 縁は高山の口元の臭いを確認した。
 「瓶は無臭だったが……高山さんからはアンモニア臭がする……青酸カリを溶かした液体を飲んで死んだようだ……」
 神田が言った。
 「毒殺ですか?……」
 縁は辺りを見渡しながら言った。
 「それはまだ……うん?」
 縁はテーブルの上にあるタブレット端末に気付いた。
 縁はそれを確認する。
 「スリープしていない……」
 縁はダブレットをスワイプした。すると……。
 「これは……」
 画面に文章が現れた。
 『堂上と共に、私はこの船を死に場所に決めた』
 木山はダブレットを覗いて言った。
 「これは……遺書ですか?」
 縁は考え込んでいる。
 神田が言った。
 「高山様がオーナーを殺害し、そして……自殺した……と、考えられませんか?」
 縁は言った。
 「確かに……オーナーは部屋の中で殺害されていた……だとすれば、オーナーは犯人を部屋の中に招き入れた事になる」
 神田の言う通り、高山なら犯行がスムーズに行く……。
 神田が言った。
 「こんな事になるなんて……」
 縁が言った。
 「第一発見者は誰です?」
 神田が言った。
 「私です……高山様に部屋に来るよう、呼び出され……」
 「呼び出された?何故?」
 「理由はわかりませんが……一度解散した後に、連絡が私の方に着まして……部屋に来るようにと」
 「それで部屋に来てみたら……この状況だったと……」
 「はい……その後に、新井場様と木山に連絡し……二人が来た……」
 木山が言った。
 「ところで……小笠原様は?」
 縁が言った。
 「桃子さんは、誰かに襲われ……行方不明です」
 神田と木山の表情は一変した。
 神田が言った。
 「どういう事です?いったいどうして?」
 縁は言った。
 「今のところは……犯人に襲われたと思うのですが……」
 木山が言った。
 「高山様が……小笠原様を襲ったって事ですか?」
 縁は言った。
 「彼が襲ったとしたのなら……桃子さんは自力で探さないといけません……」
 木山は言った。
 「まさか……もうすでに……」
 神田は木山に恫喝した。
 「木山っ!縁起でもない事を言うなっ!」
 木山は思わず背筋を伸ばした。
 「はいっ!す、すいませんっ!」
 縁は言った。
 「おそらくまだ無事だと思いますが……時間が経つほど危ない……」
 神田は言った。
 「新井場様は小笠原様を探して下さい……爆弾犯の爆弾は我々の方で何とか探して見せます……」
 縁は言った。
 「わかりました……何かあれば連絡を……」
 こうして3人は再び解散し、神田と木山はそれぞれのやるべき事を再開するために、去っていった。
 縁は2010号室の前で一人、桃子の着け爪を見ていた。
 「爪に着いたこの粉は……うん?これって」
 何かに気付いた縁はギャラリールームに走った。
 ギャラリールームは2010号室から近い……すぐに到着し、立ち入り禁止のロープを乗り越えて、ギャラリールームに入った。
 「桃子さんは何かを見つけて、それを手に持った時に、襲われた……だとしたら、襲われた時の衝撃か何かで、全身が力み手に力が入って、持った物を爪で食い込ませた可能性がある」
 縁は壁一面の絵画を確認した。
 ギャラリールームに2回目に来たときの、違和感の正体を探した。
 縁は呟いた。
 「やはり違和感はある……。最初に来た時と違うのは……絵の配置が変わってる箇所がある」
 縁は違和感を感じる箇所の前に立った。
 「そういう事か……だとすれば……」
 縁はギャラリールームを飛び出し、2010号室に戻った。
 部屋に入った縁は、部屋をしらみ潰しに調べた。
 ベッドや机をかき回し、調べまくった。
 調べ終わった縁は呟いた。
 「これは……自殺じゃない……高山さんは殺されたんだ……」
 縁は部屋を出ると、桃子が監禁されているだろう場所を模索した。
 「後は桃子さんの居場所と、爆弾だ……うん?」
 2層目の通路の奥に……位置的には船の後尾の方角の突き当たりに、扉が見える。
 縁は走って、その扉に向かった。
 縁は扉を確認した。
 「非常口か?」
 縁は扉を開けようとしたが、鍵が掛かっている。
 「ダメだ開かない……うん?まてよ……この位置は……」
 縁はハッとした。
 「そうかあの時の機械室の違和感は……」
 そう言うと縁は再び走り出した。
 通路を駆けて、階段を降りて、再び通路を駆けて向かった先は……F区間の機械室だった。
 縁は息を切らしながら機械室に入り、さらに走って、桃子の着け爪があった場所に向かった。
 着け爪があった場所に到着した縁は、辺りの鉄の棚や、機械などを調べる。
 すると突き当たりの棚に異変を感じた。
 「この棚だけキャスター付きだ」
 縁はキャスター付きの棚を動かし、隣にあったロッカーも動かした。
 すると……そこに扉が現れた。
 扉には『非常口』と記載されていた。
 縁は扉を開け、中を確認した。
 「桃子さんっ!」
 縁が叫んだ先……そこには、両手を後ろで縛られて倒れている桃子がいた。
 縁はすぐさま桃子を抱き抱え、呼び掛ける。
 「桃子さんっ!俺だっ!しっかりしろっ!」
 縁は桃子を揺さぶるが……反応は無い。
 「桃子さん……しっかりしろよっ!」
 縁は叫んだ。
 「桃子さぁんっ!!!」
 縁の叫び声は、虚しく非常口に響いただけだった。



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