天才・新井場縁の災難
夏の屋敷と過去からの贈り物②
 縁が相談に乗ってくれる事となり、瑠璃は安堵して喫茶店から帰って行った。
 縁は深く溜め息をついた。
 「はぁ~……」
 桃子は不思議そうに縁に言った。
 「どうした縁?溜め息をついて……」
 縁は言った。
 「桃子さん……知らねぇからな」
 「何がだ?」
 「こう言う過去にさかのぼる事件は厄介だぜ……」
 「どう言う事だ?」
 「事件発生から20年も経ってんだ……手がかりは少ないだろうし、関係者も亡くなっている可能性もある……」
 桃子は気にした様子は無く、縁に言った。
 「私とお前が組めば……どうって事はないだろ……」
 「何なんだその自信は?……桃子は楽観的だけど、俺たち素人が出来ることは限られてんだぜ……」
 桃子は首を傾げた。
 「確かにそうだが……何が言いたいのだ?」
 「考えてみろよ……警察が捜査して、20年経っても犯人が捕まってないだぞ……そんなの何も知らない俺たちがどうこう出来る訳が無いだろ?……それに他にも問題がある……」
 桃子は言った。
 「しかし、引き受けてしまったぞ……」
 縁は呆れて言った。
 「あんたはいつも……その場の感情に流されて、行動しすぎだ……」
 桃子はシュンとなった。
 「怒るなよ……」
 縁は頭をかいて言った。
 「まぁ、引き受けちまったから……出来るだけの事はするけど……今回は小説のネタになるような出来事は……期待すんなよ…」
 桃子は言った。
 「失礼な事を言うな……」
 「とりあえず……明日、雨家さんの言う『おじいさんが住んでいた屋敷』に行ってからだな……」
 巧は呟いた。
 「飽きないねぇ……この二人は……」
……翌朝……
 桃子の車で瑠璃の祖父が住んでいた屋敷に向うため、山道を走っていた。
 この山道は百合根町の端に位置する山で、町民からは山手と言われている。
 桃子が運転をし、助手席に縁が、後部座席に瑠璃が乗っている。
 瑠璃が言った。
 「すみません……車出してもらって…」
 桃子はルームミラーで瑠璃の表情を確認して言った。
 「気にする事は無い……で、この道を上がっていけばその屋敷に着くのだな?」
 車内はクーラーで快適だったが、外はまだ午前だと言うのに暑そうだ。
 樹木に囲まれた山道を車で走らせてると、少し開けた場所に出た。
 畑や古い民家などがポツポツ建っていた。
 山道が農道に代わって、少し経った時だった。
 その屋敷は見えてきた。
 瑠璃が言った。
 「あの屋敷です……」
 畑や民家の奥に丘があり、その上に大きな屋敷が建っていた。
 縁が言った。
 「大きな屋敷だな……」
 「今は誰も住んでないの……おばあちゃんも死んじゃって……誰も住む人が居なくなっちゃったの」
 屋敷に近づくにつれその全貌が明らかになってきた。
 屋敷は大きな塀に囲まれているが、塀には雑草やツタなどに覆われている……それだけでも、誰も住んでないのが伺えた。
 車を塀の側に駐車し、3人は車を降りて、屋敷の正門に向かった。
 塀の外から見えるのは、大きな屋敷の屋根の部分と、その側に建っているもう一つの建物は……倉だろうか、屋敷と共に屋根の瓦部分が微かに見えてる。
 縁は言った。
 「おじいさん……お金持ちだったの?」
 瑠璃は言った。
 「私もよくわかんないけど……何かの会社をやってたみたい……」
 正門に到着すると、瑠璃は鍵を開けた。
 大きな両開きの、木製の扉は古びた様子で、金具のぶぶんは錆びていた。
 扉はギギィと音を立てて開かれた。
 開かれた先に見える、敷地の光景は意外ときれいだった。
 外観の印象とは違い、雑草などは処理されており、歩きやすい環境だった。
 正門からまっすぐ屋敷に向かい、屋敷の玄関に到着した。
 瑠璃は先程とは違う鍵を取りだし、施錠を解除した。
 引戸を開けて中に入ると、屋敷の中も意外ときれいだった。
 縁が言った。
 「清掃が行き届いている……誰も住んでないのに……」
 瑠璃が言った。
 「月に1回親戚で掃除に来るの……今月は私の家族が掃除に……」
 「なるほど……それで綺麗なのだな……」
 桃子はそう言うと、用意されていたスリッパをはいた。
 瑠璃に案内され、事件のあった部屋へ向かう……屋敷内は広いが、物が全くないのと、建物の老朽化が合わさり、どこか寂しげな雰囲気が漂った。
 3人は2階へ行き一つの部屋に入った。おそらくこの部屋が事件現場だろう。
 正方形の部屋には、机と椅子に……空の本棚が並べられていた。
 縁は言った。
 「何故この部屋には物が残ってるんだ?」
 瑠璃は言った。
 「ここ……おじいちゃんが使っていた書斎なんだけど……。机と本棚はそのままにして欲しいって、おばあちゃんが……」
 瑠璃の祖母が何故そうしたいのかは定かではなかったが、祖母にとっては思い出深い部屋だったのかも知れない……。
 縁が言った。
 「おじいさんは何処で倒れていたの?」
 瑠璃は言った。
 「このドアの前に……」
 瑠璃は本棚の前の入口付近の床を指差した。
 「ここで背中を刺されて倒れていたそうなの……」
 悲しげな瑠璃に縁は言った。
 「背中を……それで殺人事件の捜査になったのか……」
 縁は瑠璃の祖父が倒れていたとされる床を見ている。
 さすがに血痕などは残っていないが、何か独特な雰囲気がある。
 縁はドアを確認した。ドアノブには施錠用のツマミがあった。
 「これで内側から、鍵が掛けれるわけか……」
 瑠璃が言った。
 「おじいちゃんが死んだ時、鍵が掛けられてて……」
 縁は部屋の外側のノブを確認した。
 「鍵穴が無い……部屋の内側からしか、施錠は出来ないみたいだな……」
 瑠璃の祖父は背中を刺されて部屋の中で死んだ……そして、内側から鍵が掛けられていた。
 桃子が言った。
 「完全に密室殺人じゃないか……」
 縁は部屋の中に戻り、並べられている3つの本棚を調べてみた。
 縁は言った。
 「本はどうしたの?……処分を?」
 瑠璃は言った。
 「うん……ほとんどの本は処分したんだけど……何冊か、その……おじいちゃんの血が付いていたのがあって……それは警察に……」
 縁は言った。
 「本に……血が?」
 「うん……何冊かだけ……」
 縁は指で顎を撫でた。
 「当時の部屋の様子は?」
 「私も見た訳じゃないから……聞いた話になるけど……」
 「知る範囲でいいよ……」
 「荒らされた様子はあったみたい……」
 「強盗なら何か盗られた物は?」
 「現金だけみたい……」
 「現金だけ?こんな広い屋敷を所有していたのなら、高価な物がありそうなもんだけど……」
 不思議そうにしている縁に、瑠璃は言った。
 「この屋敷にあった骨董品や飾り物は、おじいちゃんが死ぬ前にほとんど売られたみたいなの……」
 桃子が言った。
 「なるほど……それで現金のみか……。高価な物は物が沢山ありそうなこの屋敷を狙って強盗を試みたが……いざ犯行を行うと、高価な物は無く……犯人は現金を奪うしか出来なかった訳か……」
 縁は何か考え込んでいる。
 それを見て桃子は言った。
 「どうした縁?難しい顔をして……」
 縁は言った。
 「確かに…桃子さんの言う通り、辻褄は合っている……。でも、何で密室にする必要があったんだ?」
 縁は続けた。
 「見てわかる通り、まどには鉄格子……ドア以外に出入りするのは不可能……。密室にする仕掛けを施したとしても、すぐには出来ない……時間のロスを減らしたい強盗がそんなリスクをとるかなぁ……」
 桃子が言った。
 「確かに……だとしたら、何のために密室を?」
 縁は言った。
 「現状は手掛かりが少な過ぎるよ……」
 桃子が言った。
 「どうするつもりだ?」
 縁は少し顔をひきつらせた。
 「不本意だが……情報を得るためには仕方ない……」
 縁は覚悟を決めて言った。
 「桃子さん百合根署に連れって行ってくれ……」
 屋敷を出た3人は桃子の運転で百合根署に向かった。
 屋敷を出る時、縁は誰かに連絡を入れていたようだ。
 桃子は言った。
 「有村警視に会いに行くのか?さっきの電話、警視殿だろ?」
 縁は言った。
 「この手は使いたくなかったが……仕方ないよ……」
 桃子の言う有村警視とは、警視庁の有村直哉警視で、縁と桃子はとある事件をきっかけに有村と知り合いになった。
 しかし、縁は有村が苦手だった。
 有村はいわゆるキャリア組でエリート警察官だ。特に嫌味でもなく、性格もいいのだが、縁を見るたびに警察に入るよう、縁に言ってくる。
 縁は警察にスカウトされるのを嫌っていた。
 縁は言った。
 「あまり行きたくないけど、こればっかは仕方ねぇ……俺らだけじゃどうしようも無いよ……」
 瑠璃は申し訳なさそうに言った。
 「ごめんね新井場君……面倒な事、頼んじゃって……」
 縁は言った。
 「雨家さんは気にしなくていいよ……」
 「終わったら何かご馳走するよ……」
 ご馳走のフレーズに縁は反応した。
 「ご馳走……やる気出てきた……」
 桃子は呆れて言った。
 「お前……ホントに食べ物に弱いな……。まぁいい、もちろんその時は私も同席するぞ……」
 「何であんたまで付いて来るんだよっ?」
 「私とお前はセットだろ?」
 「何時からそうなった?」
 二人のやり取りを見て瑠璃は言った。
 「もちろん小笠原さんも御一緒に……車とか……お世話になってるんで……」
 桃子は言った。
 「瑠璃はよくわかってるな……」
 縁は瑠璃に言った。
 「あんまりこの人を甘やかしちゃダメだよ……」
 そうこう話している内に車は百合根署に到着した。
 車を駐車場に駐車し、3人は車を降りて、百合根署のロビーに向かった。
 百合根署はお世辞でも綺麗とは言えず、老朽化が進んでいる。
 桃子がその様子を見て言った。
 「古い建物だ……建て直せばいいのに……」
 「建て直すのも税金が必要なんだよ……」
 と言って一人の男性が声をかけてきた。
 スーツ姿の男性は背が高く、髪を綺麗に整えて、髭などもいっさい無く、清潔感に溢れている。
 「ひさしぶりだな、縁に桃子ちゃん……」
 縁に言った。
 「ひさしぶり……有村さん……」
 声をかけてきた人物が警視庁の有村警視だった。
 有村は縁に言った。
 「聞いたよ……京都の事……。相変わらずだな……」
 「桃子さんに言ってよ……事件を呼んでんのは桃子さんだよ…」
 桃子は言った。
 「小笠原桃子の行く場所に事件あり……事件が私を呼んでるんだ……」
 有村は言った。
 「君も、相変わらずだな……」
 縁の危惧していた事を、有村はいきなり言った。
 「まぁ……君は事件と共に生きなければならない運命だ……つまり君は警察官になる運命とも言える」
 「何言ってんだ……」
 「で?何のよう?」
 縁は言った。
 「百合根署の資料室に行きたい」
 「資料室に?何でまた……」
 「少し調べたい事があるんだ……」
 「何を?」
 「強盗殺人の事だよ……」
 有村は少し考えて言った。
 「僕を所轄……百合根署に呼んだって事は……山手屋敷の強盗殺人事件の事かな?」
 桃子が言った。
 「さすがは警視殿……察しがいいな……」
 縁が言った。
 「部外者の俺たちがそんな場所に入れないのはわかってるけど……警視のあんたなら俺らを入れる事はできるだろ?」
 「簡単に言うねぇ……まぁ、簡単だけど……まぁ、縁に借りを作るのも悪くないか……」
 「俺もあんたには貸しがある……」
 有村はニコリとして言った。
 「OK、わかったよ……その代わり僕も一緒に行くからね……」
 有村を加えた4人は百合根署の資料室に向かった。
……百合根署資料室……
 外観の老朽化に比例するように、この資料室も古びた感じがする。
 桃子が言った。
 「埃っぽい部屋だ……」
 有村は言った。
 「それも味があって、いいんじゃない……」
 有村は屋敷の強盗殺人に関する資料を探している。
 「おっ、これだ……あったよ……」
 数冊の資料を持ち、資料室にある机に向かい、そこで資料を開けた。
 縁は瑠璃から聞いていた以外の情報を探した。
 有村は言った。
 「それより、この娘は?」
 有村は瑠璃の方を見た。
 瑠璃は、はっとした表情で有村に挨拶した。
 「すみませんっ!私、雨家瑠璃と言いますっ!殺された雨家作治の孫です……」
 「えっ?君、被害者のお孫さんかい?」
 瑠璃の素性を知った有村は、縁を呼んだ。
 「縁……ちょっといいかい?」
 有村は縁は、桃子と瑠璃に声が届かない距離まで離れた。
 有村は言った。
 「あの娘に頼まれて、調べてるのかい?」
 「引き受けたのは桃子さんだよ……」
 「あの娘がどう言うつもりかは、わからないけど……結果、あの娘が知りたく無い事まで知ってしまうかもしれないよ……」
 縁は言った。
 「わかってるよ……だから少し迷ったんだけど、桃子さんが勝手に決めちゃったんだよ……」
 「桃子ちゃんらしいねぇ……」
 縁は言った。
 「有村さん……やっぱりただの強盗殺人じゃないのか?」
 有村は苦笑いをして言った。
 「単純な強盗殺人じゃないから、犯人がいまだに捕まらないんだよ……」
 「やっぱり……」
 「この事件は複雑でね……当時、家族にまで捜査の手が及んだみたいだよ……」
 「家族に?」
 「そっ、作治氏が亡くなった後に、残された家族に多額の保険金が降りたんだよ……」
 縁の表情は険しくなった。
 「何だって!?」
 「警察は当然、保険金殺人も視野に入れて捜査したんだけど……」
 「けど?」
 「家族全員にアリバイがあったんだよ……結局アリバイは崩せず、今に至るわけよ……」
 「桃子さんが聞いたら喜びそうな話だな……」
 「縁も聞いたと思うけど、現場は密室だったんだけど……それ以外は施錠されてなかったんだよ……」
 「以外は?」
 「そう……玄関、裏口、正門などは施錠されてなかったんだよ……」
 「妙だな……」
 「だろ?だから、捜査上の見解は……作治氏は背中を刺された後に、助けを呼ぼうとしたが、誤って部屋の鍵を掛けてしまい……そのまま力尽きたとね」
 有村の説明だと、密室の辻褄は合ってくるが……。
 縁は言った。
 「どうも引っ掛かる……」
 屋敷の物が売られていたのと、保険金……縁はどこか納得がいかずモヤモヤしといた。
 縁は深く溜め息をついた。
 「はぁ~……」
 桃子は不思議そうに縁に言った。
 「どうした縁?溜め息をついて……」
 縁は言った。
 「桃子さん……知らねぇからな」
 「何がだ?」
 「こう言う過去にさかのぼる事件は厄介だぜ……」
 「どう言う事だ?」
 「事件発生から20年も経ってんだ……手がかりは少ないだろうし、関係者も亡くなっている可能性もある……」
 桃子は気にした様子は無く、縁に言った。
 「私とお前が組めば……どうって事はないだろ……」
 「何なんだその自信は?……桃子は楽観的だけど、俺たち素人が出来ることは限られてんだぜ……」
 桃子は首を傾げた。
 「確かにそうだが……何が言いたいのだ?」
 「考えてみろよ……警察が捜査して、20年経っても犯人が捕まってないだぞ……そんなの何も知らない俺たちがどうこう出来る訳が無いだろ?……それに他にも問題がある……」
 桃子は言った。
 「しかし、引き受けてしまったぞ……」
 縁は呆れて言った。
 「あんたはいつも……その場の感情に流されて、行動しすぎだ……」
 桃子はシュンとなった。
 「怒るなよ……」
 縁は頭をかいて言った。
 「まぁ、引き受けちまったから……出来るだけの事はするけど……今回は小説のネタになるような出来事は……期待すんなよ…」
 桃子は言った。
 「失礼な事を言うな……」
 「とりあえず……明日、雨家さんの言う『おじいさんが住んでいた屋敷』に行ってからだな……」
 巧は呟いた。
 「飽きないねぇ……この二人は……」
……翌朝……
 桃子の車で瑠璃の祖父が住んでいた屋敷に向うため、山道を走っていた。
 この山道は百合根町の端に位置する山で、町民からは山手と言われている。
 桃子が運転をし、助手席に縁が、後部座席に瑠璃が乗っている。
 瑠璃が言った。
 「すみません……車出してもらって…」
 桃子はルームミラーで瑠璃の表情を確認して言った。
 「気にする事は無い……で、この道を上がっていけばその屋敷に着くのだな?」
 車内はクーラーで快適だったが、外はまだ午前だと言うのに暑そうだ。
 樹木に囲まれた山道を車で走らせてると、少し開けた場所に出た。
 畑や古い民家などがポツポツ建っていた。
 山道が農道に代わって、少し経った時だった。
 その屋敷は見えてきた。
 瑠璃が言った。
 「あの屋敷です……」
 畑や民家の奥に丘があり、その上に大きな屋敷が建っていた。
 縁が言った。
 「大きな屋敷だな……」
 「今は誰も住んでないの……おばあちゃんも死んじゃって……誰も住む人が居なくなっちゃったの」
 屋敷に近づくにつれその全貌が明らかになってきた。
 屋敷は大きな塀に囲まれているが、塀には雑草やツタなどに覆われている……それだけでも、誰も住んでないのが伺えた。
 車を塀の側に駐車し、3人は車を降りて、屋敷の正門に向かった。
 塀の外から見えるのは、大きな屋敷の屋根の部分と、その側に建っているもう一つの建物は……倉だろうか、屋敷と共に屋根の瓦部分が微かに見えてる。
 縁は言った。
 「おじいさん……お金持ちだったの?」
 瑠璃は言った。
 「私もよくわかんないけど……何かの会社をやってたみたい……」
 正門に到着すると、瑠璃は鍵を開けた。
 大きな両開きの、木製の扉は古びた様子で、金具のぶぶんは錆びていた。
 扉はギギィと音を立てて開かれた。
 開かれた先に見える、敷地の光景は意外ときれいだった。
 外観の印象とは違い、雑草などは処理されており、歩きやすい環境だった。
 正門からまっすぐ屋敷に向かい、屋敷の玄関に到着した。
 瑠璃は先程とは違う鍵を取りだし、施錠を解除した。
 引戸を開けて中に入ると、屋敷の中も意外ときれいだった。
 縁が言った。
 「清掃が行き届いている……誰も住んでないのに……」
 瑠璃が言った。
 「月に1回親戚で掃除に来るの……今月は私の家族が掃除に……」
 「なるほど……それで綺麗なのだな……」
 桃子はそう言うと、用意されていたスリッパをはいた。
 瑠璃に案内され、事件のあった部屋へ向かう……屋敷内は広いが、物が全くないのと、建物の老朽化が合わさり、どこか寂しげな雰囲気が漂った。
 3人は2階へ行き一つの部屋に入った。おそらくこの部屋が事件現場だろう。
 正方形の部屋には、机と椅子に……空の本棚が並べられていた。
 縁は言った。
 「何故この部屋には物が残ってるんだ?」
 瑠璃は言った。
 「ここ……おじいちゃんが使っていた書斎なんだけど……。机と本棚はそのままにして欲しいって、おばあちゃんが……」
 瑠璃の祖母が何故そうしたいのかは定かではなかったが、祖母にとっては思い出深い部屋だったのかも知れない……。
 縁が言った。
 「おじいさんは何処で倒れていたの?」
 瑠璃は言った。
 「このドアの前に……」
 瑠璃は本棚の前の入口付近の床を指差した。
 「ここで背中を刺されて倒れていたそうなの……」
 悲しげな瑠璃に縁は言った。
 「背中を……それで殺人事件の捜査になったのか……」
 縁は瑠璃の祖父が倒れていたとされる床を見ている。
 さすがに血痕などは残っていないが、何か独特な雰囲気がある。
 縁はドアを確認した。ドアノブには施錠用のツマミがあった。
 「これで内側から、鍵が掛けれるわけか……」
 瑠璃が言った。
 「おじいちゃんが死んだ時、鍵が掛けられてて……」
 縁は部屋の外側のノブを確認した。
 「鍵穴が無い……部屋の内側からしか、施錠は出来ないみたいだな……」
 瑠璃の祖父は背中を刺されて部屋の中で死んだ……そして、内側から鍵が掛けられていた。
 桃子が言った。
 「完全に密室殺人じゃないか……」
 縁は部屋の中に戻り、並べられている3つの本棚を調べてみた。
 縁は言った。
 「本はどうしたの?……処分を?」
 瑠璃は言った。
 「うん……ほとんどの本は処分したんだけど……何冊か、その……おじいちゃんの血が付いていたのがあって……それは警察に……」
 縁は言った。
 「本に……血が?」
 「うん……何冊かだけ……」
 縁は指で顎を撫でた。
 「当時の部屋の様子は?」
 「私も見た訳じゃないから……聞いた話になるけど……」
 「知る範囲でいいよ……」
 「荒らされた様子はあったみたい……」
 「強盗なら何か盗られた物は?」
 「現金だけみたい……」
 「現金だけ?こんな広い屋敷を所有していたのなら、高価な物がありそうなもんだけど……」
 不思議そうにしている縁に、瑠璃は言った。
 「この屋敷にあった骨董品や飾り物は、おじいちゃんが死ぬ前にほとんど売られたみたいなの……」
 桃子が言った。
 「なるほど……それで現金のみか……。高価な物は物が沢山ありそうなこの屋敷を狙って強盗を試みたが……いざ犯行を行うと、高価な物は無く……犯人は現金を奪うしか出来なかった訳か……」
 縁は何か考え込んでいる。
 それを見て桃子は言った。
 「どうした縁?難しい顔をして……」
 縁は言った。
 「確かに…桃子さんの言う通り、辻褄は合っている……。でも、何で密室にする必要があったんだ?」
 縁は続けた。
 「見てわかる通り、まどには鉄格子……ドア以外に出入りするのは不可能……。密室にする仕掛けを施したとしても、すぐには出来ない……時間のロスを減らしたい強盗がそんなリスクをとるかなぁ……」
 桃子が言った。
 「確かに……だとしたら、何のために密室を?」
 縁は言った。
 「現状は手掛かりが少な過ぎるよ……」
 桃子が言った。
 「どうするつもりだ?」
 縁は少し顔をひきつらせた。
 「不本意だが……情報を得るためには仕方ない……」
 縁は覚悟を決めて言った。
 「桃子さん百合根署に連れって行ってくれ……」
 屋敷を出た3人は桃子の運転で百合根署に向かった。
 屋敷を出る時、縁は誰かに連絡を入れていたようだ。
 桃子は言った。
 「有村警視に会いに行くのか?さっきの電話、警視殿だろ?」
 縁は言った。
 「この手は使いたくなかったが……仕方ないよ……」
 桃子の言う有村警視とは、警視庁の有村直哉警視で、縁と桃子はとある事件をきっかけに有村と知り合いになった。
 しかし、縁は有村が苦手だった。
 有村はいわゆるキャリア組でエリート警察官だ。特に嫌味でもなく、性格もいいのだが、縁を見るたびに警察に入るよう、縁に言ってくる。
 縁は警察にスカウトされるのを嫌っていた。
 縁は言った。
 「あまり行きたくないけど、こればっかは仕方ねぇ……俺らだけじゃどうしようも無いよ……」
 瑠璃は申し訳なさそうに言った。
 「ごめんね新井場君……面倒な事、頼んじゃって……」
 縁は言った。
 「雨家さんは気にしなくていいよ……」
 「終わったら何かご馳走するよ……」
 ご馳走のフレーズに縁は反応した。
 「ご馳走……やる気出てきた……」
 桃子は呆れて言った。
 「お前……ホントに食べ物に弱いな……。まぁいい、もちろんその時は私も同席するぞ……」
 「何であんたまで付いて来るんだよっ?」
 「私とお前はセットだろ?」
 「何時からそうなった?」
 二人のやり取りを見て瑠璃は言った。
 「もちろん小笠原さんも御一緒に……車とか……お世話になってるんで……」
 桃子は言った。
 「瑠璃はよくわかってるな……」
 縁は瑠璃に言った。
 「あんまりこの人を甘やかしちゃダメだよ……」
 そうこう話している内に車は百合根署に到着した。
 車を駐車場に駐車し、3人は車を降りて、百合根署のロビーに向かった。
 百合根署はお世辞でも綺麗とは言えず、老朽化が進んでいる。
 桃子がその様子を見て言った。
 「古い建物だ……建て直せばいいのに……」
 「建て直すのも税金が必要なんだよ……」
 と言って一人の男性が声をかけてきた。
 スーツ姿の男性は背が高く、髪を綺麗に整えて、髭などもいっさい無く、清潔感に溢れている。
 「ひさしぶりだな、縁に桃子ちゃん……」
 縁に言った。
 「ひさしぶり……有村さん……」
 声をかけてきた人物が警視庁の有村警視だった。
 有村は縁に言った。
 「聞いたよ……京都の事……。相変わらずだな……」
 「桃子さんに言ってよ……事件を呼んでんのは桃子さんだよ…」
 桃子は言った。
 「小笠原桃子の行く場所に事件あり……事件が私を呼んでるんだ……」
 有村は言った。
 「君も、相変わらずだな……」
 縁の危惧していた事を、有村はいきなり言った。
 「まぁ……君は事件と共に生きなければならない運命だ……つまり君は警察官になる運命とも言える」
 「何言ってんだ……」
 「で?何のよう?」
 縁は言った。
 「百合根署の資料室に行きたい」
 「資料室に?何でまた……」
 「少し調べたい事があるんだ……」
 「何を?」
 「強盗殺人の事だよ……」
 有村は少し考えて言った。
 「僕を所轄……百合根署に呼んだって事は……山手屋敷の強盗殺人事件の事かな?」
 桃子が言った。
 「さすがは警視殿……察しがいいな……」
 縁が言った。
 「部外者の俺たちがそんな場所に入れないのはわかってるけど……警視のあんたなら俺らを入れる事はできるだろ?」
 「簡単に言うねぇ……まぁ、簡単だけど……まぁ、縁に借りを作るのも悪くないか……」
 「俺もあんたには貸しがある……」
 有村はニコリとして言った。
 「OK、わかったよ……その代わり僕も一緒に行くからね……」
 有村を加えた4人は百合根署の資料室に向かった。
……百合根署資料室……
 外観の老朽化に比例するように、この資料室も古びた感じがする。
 桃子が言った。
 「埃っぽい部屋だ……」
 有村は言った。
 「それも味があって、いいんじゃない……」
 有村は屋敷の強盗殺人に関する資料を探している。
 「おっ、これだ……あったよ……」
 数冊の資料を持ち、資料室にある机に向かい、そこで資料を開けた。
 縁は瑠璃から聞いていた以外の情報を探した。
 有村は言った。
 「それより、この娘は?」
 有村は瑠璃の方を見た。
 瑠璃は、はっとした表情で有村に挨拶した。
 「すみませんっ!私、雨家瑠璃と言いますっ!殺された雨家作治の孫です……」
 「えっ?君、被害者のお孫さんかい?」
 瑠璃の素性を知った有村は、縁を呼んだ。
 「縁……ちょっといいかい?」
 有村は縁は、桃子と瑠璃に声が届かない距離まで離れた。
 有村は言った。
 「あの娘に頼まれて、調べてるのかい?」
 「引き受けたのは桃子さんだよ……」
 「あの娘がどう言うつもりかは、わからないけど……結果、あの娘が知りたく無い事まで知ってしまうかもしれないよ……」
 縁は言った。
 「わかってるよ……だから少し迷ったんだけど、桃子さんが勝手に決めちゃったんだよ……」
 「桃子ちゃんらしいねぇ……」
 縁は言った。
 「有村さん……やっぱりただの強盗殺人じゃないのか?」
 有村は苦笑いをして言った。
 「単純な強盗殺人じゃないから、犯人がいまだに捕まらないんだよ……」
 「やっぱり……」
 「この事件は複雑でね……当時、家族にまで捜査の手が及んだみたいだよ……」
 「家族に?」
 「そっ、作治氏が亡くなった後に、残された家族に多額の保険金が降りたんだよ……」
 縁の表情は険しくなった。
 「何だって!?」
 「警察は当然、保険金殺人も視野に入れて捜査したんだけど……」
 「けど?」
 「家族全員にアリバイがあったんだよ……結局アリバイは崩せず、今に至るわけよ……」
 「桃子さんが聞いたら喜びそうな話だな……」
 「縁も聞いたと思うけど、現場は密室だったんだけど……それ以外は施錠されてなかったんだよ……」
 「以外は?」
 「そう……玄関、裏口、正門などは施錠されてなかったんだよ……」
 「妙だな……」
 「だろ?だから、捜査上の見解は……作治氏は背中を刺された後に、助けを呼ぼうとしたが、誤って部屋の鍵を掛けてしまい……そのまま力尽きたとね」
 有村の説明だと、密室の辻褄は合ってくるが……。
 縁は言った。
 「どうも引っ掛かる……」
 屋敷の物が売られていたのと、保険金……縁はどこか納得がいかずモヤモヤしといた。
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