天才・新井場縁の災難

ノベルバユーザー329392

古き良き古都のすれ違い 前編 ②



 ……東本願寺ひがしほんがんじ……




 東本願寺は京都市下京区 烏丸からすま 七条に位置する、真宗大谷派の本山の通称である。
 きれいに整備された境内は、京都の暑さを少しだけだが、涼しくさせる雰囲気がある。
 縁と桃子の二人は境内を歩いている。
 縁は境内を見渡して言った。
 「きれいだな……なんとなく気持ちを落ち着かせる雰囲気がある」
 桃子は言った。
 「縁、東本願寺は始めてか?」
 「ああ…前に京都に来た時は、ここには来なかったよ」
 「なるほど……初体験か」
 「まぁね、でも……東本願寺に関する知識はそこそこあるぜ…」
 「ほう……それは私も知らない事かな?いいだろう、聞いてみよう」
 「何で上から目線なんだよ?…まぁいいや」
 縁は話し出した。
 「そもそも東本願寺と言う名は、通称で…正式名称は『真宗本廟』って、言うんだ」
 桃子は目を丸くした。
 「ほ、ほほう……」
 「因みに地元では『お東』『お東さん』とも通称されている…。また、これは少し不名誉な通称だが、この東本願寺は江戸時代に4度の火災にあっている」
 「そ、そうなのか?」
 「ああ……だから、その火災の多さから、東を弄って『火出し本願寺』と、喩やされた事もあったんだ」
 さらに縁は境内の中心にある、巨大な建築物を指差した。
 「桃子さん……あれ見てよ」
 縁に促され桃子はその方向を見た。
 縁は言った。
 「あれは『御影堂』って言って、和洋の道場形式の堂宇さ…」
 「はぁ……」
 桃子はすでに頭に入ってないようだ。
 縁は続けた。
 「あれの建築規模は間口が76m、奥行き58mもあって、建築面積においては世界最大の木造建築物なんだぜ……」
 桃子は頭を抱えた。
 「うむ……素晴らしい説明だ、流石は縁だ…」
 桃子の様子を見て縁は言った。
 「あんた……ぜんぜんわかってないだろ?」
 「そ、そんな事はないぞっ!」
 「嘘つけ……」
 慌てた様子の桃子を見て縁は思った。
 ……知らないな……と…。
 縁の説明にあった、御影堂を見学し境内を歩いていた二人に、一組のカップルが話しかけてきた。
 女性は清楚な感じで、男性は恰幅の良く、二人とも20代後半くらいだろうか。
 男性が言った。
 「すみませんが写真を1枚、撮ってもらいたいのですが……」
 縁は快く引き受けた。
 「ええ、構いませんよ…」
 男性からデジカメを預かった縁は、デジカメを構えた。
 「じゃあ、撮りますよ……はいっチーズ」
 縁の掛け声と共に、カップルはピースした。
 写真を撮り終えた縁は、男性にデジカメを返して言った。
 「観光ですか?」
 男性は答えた。
 「ええ、新婚旅行なんですよ……そうだ、良かったらあなた方もどうです?写真…」
 「いや、俺たちは……」
 縁が断ろうとすると、桃子は男性に言った。
 「撮って頂ければ助かる……縁、せっかくだ…撮ってもらおう」
 桃子は勝手に決めてしまった。
 縁は渋々承諾した。
 「仕方ないな……1枚だけな…」
 桃子は男性に自分のデジカメを渡し、縁の隣に立った。
 「では、撮りますよ~!はいっチーズっ!」
 桃子は男性の掛け声と、同時に縁と腕を組んだ。
 予想外の出来事に縁は少し怯んだが、写真撮影は無事終了した。
 男性は言った。
 「いや~、美男美女だから様になりますねぇ…」
 そう言うと男性は桃子にデジカメを返した。
 男性はこちらに一礼をして、奥さんと観光を続けるために、二人と別れた。
 新婚夫婦が去ったのを確認して、縁は言った。
 「何で腕を組んだ?」
 桃子はとぼけたように言った。
 「そんな事をしたか?」
 「何を考えてんだ……まったく…」
 桃子は悲しそうに言った。
 「私と腕を組むのが……そんなに嫌なのか?」
 「その表情はやめろ……別に嫌じゃないけど…人前だぞ」
 桃子は表情を戻した。
 「そうか……嫌じゃなければ良い」
 「人の話を聞いてんのか?」
 「新婚旅行に京都か……なかなか古風だな…」
 桃子には縁の話を聞くつもりは無かったようだ。
 東本願寺を観光した二人は、他にも観光を続けた。
 西本願寺に東寺とうじ城南宮じょうなんぐうなどを、タクシーで巡って観光を満喫した。
 各観光スポットに着く度に、縁のウンチクを聞かされた桃子は少々疲れた様子になっていた。
 そして、本日の最終目的地の中書島ちゅうしょじまに到着した。
 時刻は午後5時を回っている。
 中書島という地域は、酒蔵で有名だ。メインストリートに大手筋おおてすじ商店街というのがあり、その商店街はたくさんの人で賑わっている。
 その大手筋商店街を歩きながら、縁は言った。
 「中書島って言ったら、やっぱ寺田屋だな…」
 桃子は言った。
 「寺田屋?ああ……坂本龍馬の…」
 縁は桃子の薄い反応に、少し引っ掛かった。
 「桃子さん……まさか、知らなかったの?」
 桃子は慌てた。
 「ばっ、馬鹿にするなっ!当然知っているっ!」
 縁はニヤリとした。
 「ふ~ん……まぁ、そりゃそうだよな、何てったって作家の先生だもんなぁ」
 「お前……完全に私を馬鹿にしてるだろ?」
 「別にぃ……」
 縁のニヤリとした表情に、桃子はそっぽを向いてしまった。
 縁は笑った。
 「はははは……やっぱ、桃子さんをからかうのは面白れぇや」
 すると桃子は静かに呟いた。
 「いいのか縁?私にそんな事を言って…」
 縁は笑うのを止めた。
 「なっ、何だよ……」
 縁の反応を見て、桃子はニヤリとした。
 「美味い物を食べたくないのか?」
 「き、きたねぇぞ……飯を出してくるとは……」
 「私は、優位に立つためなら、手段は選ばん」
 完全に形勢が逆転してしまった。
 縁は少し後悔した。
 「ちょっと、調子にのり過ぎたか……」
 縁の焦った姿に満足したのか、桃子はニヤリと言った。
 「まぁいい、楽しい旅行だ……それに、私は大人だからな、そんな事で一々怒ってられん」
 「よく言うぜ……拗ねてたくせに…」
 「何か言ったか?」
 縁は慌てて言った。
 「いや、何も……」
 桃子は仕切り直すように言った。
 「では、そろそろ夕飯とするか……」
 「そうだね……歩き回って、少し疲れたからな」
 「では、ホテルに戻ろう……ここからタクシーで戻れば、いい時間帯になる」
 「えっ?ここで済まさないの?」
 縁の驚きにも桃子は動じない。
 「済まさない。辺りを見てみろ、居酒屋ばかりだ……私は酒は飲まない」
 流石は酒蔵が有名なだけあって、居酒屋が多い。
 桃子は飲酒をしない、もちろん縁も飲酒をしない。
 そうなると、居酒屋の多いこの地域に、とどまる理由がない。
 「わかったよ……ホテルに戻ろう…」
 こうして二人は、タクシーでホテルに戻る事にした。
 タクシーを利用し、ホテルに戻った二人は、ホテルのレストランで夕飯を取った。
 ありきたりの洋食を堪能し、食後のコーヒーを堪能している時だった。
 「あ~、あなた方は、昼間の……」
 そう言って話しかけてきた男性は、昼に東本願寺で写真を撮り合った、恰幅の良い男性だった。
 「あなた方も、ここのホテルでしたか……」
 縁は男性に言った。
 「昼間はどうも……」
 「いえっ、こちらこそ……あの後、妻と話していたんです…美男美女だって」
 縁は対応に困った。
 「いやいや……」
 男性は気にせず言った。
 「申し遅れました、私は小林と言います」
 小林と言う男性は、勝手に自己紹介をしてしまった。
 縁も仕方がないので、名乗った。
 「僕は新井場と言います……で、こっちの女性が小笠原さんです」
 桃子も仕方なく名乗った。
 「小笠原だ……どうぞよろしく」
 小林はニコニコしながら言った。
 「妻を連れて来るので、少し待ってて下さい」
 小林はそう言うと、自分の妻を呼びに行った。
 「なんか……押しの強い人だな…」
 縁がそう言うと、桃子も同意した。
 「確かにな……ただ、悪い人間では無さそうだ」
 「そうだね……行動力があるんだよ…」
 そうこうしてる内に、小林は妻を連れて来た。
 当然ながら、昼間の女性だった。
 女性は二人に挨拶をした。
 「妻の弘子ひろこです。昼間はありがとうございました…」
 縁は言った。
 「いえっ、そんな気にしないで…」
 桃子も言った。
 「そうだとも、私たちも撮ってもらったからな……お互い様だ」
 すると小林が言った。
 「これも何かの縁です……どうです?ご一緒に夕飯を…」
 縁は申し訳なさそうに言った。
 「ご厚意は嬉しいんですが……今さっき、夕飯は済んだところで……」
 小林は残念そうに言った。
 「そうですか……」
 残念そうな小林を察して、桃子は言った。
 「夕飯はもう…済ませてしまったが、明日の朝食はどうだろ?」
 桃子の提案に小林の表情は明るくなった。
 「そうですねっ!是非ともっ!」
 こうして、明日の朝食は急遽4人で取る事になった。
 納得した小林夫妻が去ると、縁は言った。
 「俺たちみたいなのと、飯食っても仕方ないのに…」
 「旅は道連れとよく言うが……少し違うな」
 「でも、桃子さん……よく提案したな」
 桃子は言った。
 「あんなに悲しい表情をされてはな……」
 縁は呆れて言った。
 「あんたが俺に、よく使う手だろ……」
 「何の話だ?」
 桃子には自覚が無いようだ。
 「もういいよ……」
 しかし、この時縁は嫌な予感がした。
 旅先や出掛け先などの、新たな出会いは……縁の今までの経験上、ろくな事がない。
 そして、縁の予想通りに、事が起きてしまう。
 今までの通りに……。



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