OVER-DRIVE

ノベルバユーザー329392

  ……翌日…とある酒場……


  昨日のレース終了後、ロックは病院に行くことはなく、飛空挺へ戻った。エリスに治療してもらうためだ。
  優勝賞金はユイが受け取りに行き、賞品の浮遊石はレース運営協会が飛空挺まで届けてくれた。
  あれこれしている内に、全員が飛空挺に集まったのが、夜になってしまったために、祝勝会は翌日に行うことにしたのだ。
  そして現在ゴールドアイランドのとある酒場で、昼間にも関わらず酒を飲み、祝勝会をしているわけだが……。
 「なんか寂しい祝勝会だね……」
  エリスがそう言うのも仕方がなく、店にはロックとエリス、それにユイ……後はミロとミカの元アデル剣士のコンビ……計5人だけで行われていた。
  ジンは昨日のレースで破損したエアバイクの修理を……マキはライフシティーへの出航準備のため、それぞれ参加を辞退した。
 「まぁ、元々大所帯じゃねぇんだ。いいんじゃね?ハイボールも美味いしよぉ……」
  ロックはそう言いながら、美味しそうにハイボールを喉に注ぎ込んでいる。
  すると腕に包帯を巻いたミロが、ロックに言った。
 「しかし、ほんとに我々も一緒で良かったのですか?」
  遠慮がちのミロに、ロックは言った。
 「気にすんな。奢る約束してただろ?それに飯は大勢で食った方が美味いからな……」
 「そう言って頂けるとありがたい……」
  ミロとミカは少し恐縮していたが、この祝勝会を楽しむ事にした。
 「しかし昨日のハーネスト殿の戦いぶりは……お見事でした」
  ミカが唐突に昨日の話をすると、エリスは苦笑いした。
 「アンタがバイクから落ちた時は……頭が真っ白になったけどね……」
 「しかし流石はアデル十傑です。伝説の一部を垣間見ました」
  ミロがそう言うと、ユイがミロに言った。
 「そのアデル十傑ってなんなの?」
  ユイの質問にエリスは内心ガッツポーズをした。それはエリスもアデル十傑の事が気になっていたからだ。
  ロックに聞くに聞けなかったので、エリスにとっては願ってもない質問だった。
  ミカが言った。
 「アデル十傑とは……統一戦争の十人の英雄の事だ」
  ユイが言った。
 「統一戦争って……十年前の戦争だよね?」
  ミロが頷いた。
 「そう……我々も参戦した戦争だよ。多くの仲間を失ったが……今の世がある程度安定したのは、それらの尊い犠牲があったからだ」
  ミカが言った。
 「その戦争でアデルを勝利に導いたのが……アデル十傑だ」
  エリスは興味津々で聞いている。
  するとユイは興奮気味に言った。
 「じゃあコイツが、そのアデル十傑って事?」
 「コイツとはなんだっ!コイツとは……」
  ロックは口を尖らせている。
  ミロが言った。
 「ハーネスト殿は当時17歳でアデル十傑になられ……幾多の戦場を駆けられた……。云わば伝説の剣士さ」
  ユイは目を丸くした。
 「17……戦争は十年前だから……えっ!?コイツ今27なのっ!?」
  エリスも目を丸くしている。
 「知らなかった……」
  ロックは顔が童顔なために、ユイもエリスも年が少ししか違わないと、思っていたのか……とても驚いた様子だ。
  ロックは飄々とした感じで言った。
 「言ってなかったか?」
  エリスとユイは目を丸くして、首をブンブン横に振った。
  ロックは言った。
 「昔の話はもういいよ……。それよりお前ら、これからどうすんだ?」
  ミロが言った。
 「旅を続けます。このレースに参加したのは、優勝が目的ではないので」
  すると我に帰ったエリスが言った。
 「優勝が目的ではないって?」
  ミカが言った。
 「レースには各地からの猛者が参加すると思い……情報収集のために参加しました」
  ロックが言った。
 「何の情報だ?」
 「我々はアキヅキ殿を探しているのです」
  ミロの言葉に、ロックの表情は険しくなった。
 「アキヅキ……」
  険しく感慨深い表情のロックに、ミカが言った。
 「同門である貴殿なら、存じていると思ったのですが……」
  ロックは二人に言った。
 「アイツに会ってどうするつもりだ?」
  ミロが言った。
 「貴殿と同様……アデル十傑であったあの方の強さは……ハーネスト殿もご存じでしょう?」
  ミカが言った。
 「我々はあの方の強さに惚れているのです……剣士としてあの方と共に歩みたいのです」
  エリスは黙って二人の話を聞いている。
 (アキヅキって……そんなに魅力的なの?それにロックと同門って……。でもアデル十傑って事は……)
  エリスの脳裏にガゼルの顔が浮かんだ。
 (あの狂暴な奴と同じなのよね……)
  ガゼルを思い出して身震いしているエリスをよそに、ロックは言った。
 「この話しはこれくらいにして……食おうぜ。お前らも出航前にたらふく食っとけよ」
  その後しばらく祝勝会は続き、きりの良いところで解散することにした。
 「今日はありがとう御座いました。とても楽しかったです」
  そうミロが言うと、ミカもロックに言った。
 「あの時貴殿に助けてもらわねば……今日の我々はいません」
  ミカはレースの時の事を言ってるようだ。
  ロックは二人に言った。
 「元気でなっ……」
 「ハーネスト殿も……あっそれと、最近アデルの動きが活発化しています。空を旅されるのであれば、頭のすみにでも置いておいて下さい」
 「アデルが?」
  二人はロック達に一礼すると、そのまま港の方へと歩いて行った。
 「いい人達だったね……」
  エリスはどこか淋しげな表情で、二人の後ろ姿を見ていた。
  そんなエリスにロックが言った。
 「お互い旅してんだ……またどっかで会うだろ……。俺達も飛空挺に戻ろうぜ」




  ……首都アデル……


 「左大臣様が軍を動かしたと言うのですか?」
  アデル本部の豪華な廊下を、いきり立って歩いていたのは、将軍のアリエルだ。その後ろには部下が数名ついている。
  その部下の一人が言った。
 「ハッ!北東部のブリージア地区です」
  アリエルは険しい表情をした。
 「ブリージア……確かにあの地区は反アデル色が強いが……。まだ武力介入の時期ではない……」
  統一戦争が終了し、世界はアデルが統治していたが……反アデルの思想が消えたわけではない。
  世界各地に抵抗勢力はいまだに存在し、北東部ブリージアはその一部である。
  豪華な廊下をしばらく歩き、とある扉の前に到着した。
  アリエルはその扉を勢いよく開けた。
  扉の奥は会議室になっており、法衣を身に纏った文官達が一斉にアリエルに視線を向けた。
 「左大臣様はおられるか?」
  アリエルの言葉に文官の一人が言った。
 「アリエル将軍……いきなり入ってきて失礼であろうっ!」
 「左大臣様はおられるか?と、聞いている」
  アリエルはそう言うと、文官達を睨み付けた。アリエルの目は鋭く恐ろしいもので、文官達はその目に言葉を失った。
 「まぁそう凄まれるな……文官達が恐れてしまっている」
  そう言って部屋の奥から出てきたのは、一人のスーツ姿の男だった。
 「ジャミル……」
  アリエルの険しい表情でそう言われる男は……ジャミル・メサ……。元アデル十傑で現在の位は将軍であり、それと同時に左大臣の補佐をやっている。
  肩まで伸びた白銀の髪に、美しい顔立ち……そして美しい顔には似合わない、左頬に大きな縦傷があった。他のエージェントと同様に、漆黒のスーツを纏っている。
  ジャミルは不敵に笑った。
 「アリエル将軍……軍の総司令でもある貴殿が……このような処に何用ですかな?」
  アリエルは将軍であると同時に、軍の総司令でもある。
 「総司令である私の知らぬところで……軍を派遣したと聞いたが?」
  アリエルの表情は変わらず険しかったが……ジャミルはそれを受け流すような笑みで言った。
 「左大臣様の……つまり私の受持つ軍は、独立部隊です。従って貴殿に権限はありません」
  アリエルはジャミルを睨んだ。
 「ジャミル……左大臣様は何を考えておられる?戦争が終わり十年……この節目の大事な時に、武力介入など……」
 「十年の節目だからこそですよ……」
  アリエルとジャミルはしばらく睨み合い、アリエルの部下や文官達は、その威圧感に息を詰まらせている。
  するとアリエルは軽く笑った。
 「フッ……まぁいいでしょう……今回は引き下がります。行きますよ」
  アリエルは部下達にそう言うと、部屋を出ていってしまった。
  部下達は慌ててアリエルを追った。
  部屋を出て廊下を戻るアリエルに、部下の一人が言った。
 「よろしかったのですか?」
  アリエルはスタスタと歩きながら言った。
 「仕方ありません……。ジャミルの言う通り、今の私は軍全てを掌握しているわけではありませんから」
 「しかし将軍……」
 「もちろんこのまま放置するつもりもありません。引続き身辺の調査をして下さい」
  アリエルの言葉に、部外達は声を揃えた。
 「ハッ!」
 (北東部ブリージアは、古くからある小さな地域だが……。何かあるのか?)
  アリエルは胸騒ぎした。このところの左大臣派の活発な動き……何かが起こる前触れかもしれないと……。




  ロックとエリス、ユイが飛空挺に戻ると、珍しい客が飛空挺の前で待っていた。
 「ジュノス……」
  それはアデルのジュノスだった。服装はいつも通りのスーツ姿だ。
  ジュノスはロックに対して笑顔で反応した。
 「あっ先輩……待ってやしたよ……」
  面識のあるエリスは、ジュノスに対して警戒を強め、ジュノスを知らないユイは目を丸くした。
  エリスに気付いたジュノスは、笑顔でエリスに言った。
 「君はあの時のお嬢さん……」
  ジュノスはいやらしい表情でニヤリとした。
 「先輩……すみに置けねぇでさぁ……。彼女ですかい?」
  ロックは眉間にシワを寄せた。
 「チッ……バカ言うな。なんの用だよ?」
 「尊敬するロック先輩の顔を見に来た……じゃあいけやせんかい?」
  ロックはエリスに言った。
 「エリス……ユイ連れて先に戻ってな……」
  エリスは怪訝な表情だったが、黙って頷いてユイを連れて飛空挺に戻った。
  ロックはジュノスに言った。
 「場所変えるぞ……」


  ロックとジュノスは場所を変え、見晴らしの良い高台にいた。
  辺りはすっかり日が落ちて、美しいゴールドアイランドの夜景が前方に広がっている。
 「こうして見ると、ゴールドアイランドは見事な島でさぁ……」
  夜景を堪能しているジュノスに、ロックが言った。
 「話があって来たんだろ?何だよ?」
 「なかなか面白いレースでしたよ。久々にいいもんが見れやした」
  ロックは愛想なしに言った。
 「そりゃどうも……」
  ロックの態度に、ジュノスは少し苦笑いした。
 「はは……相変わらず愛想がねぇ……。しかしガゼル先輩と#戦__や__#り合い……傷が癒えぬままレースに出て、脇腹をぶっ刺され……」
  ジュノスの話に、ロックの表情は渋くなった。
  ジュノスは言った。
 「なんでそんなにピンピンしてるんです?」
  ロックは黙っている。
  ジュノスは続けた。
 「ガゼル先輩なんて、アンタに斬られまくって未だに治療中です」
  ロックはジュノスを睨んだ。
 「ハッキリ言えよ」
  ジュノスは言った。
 「エリスって言いましたか?……先輩……あの娘と『リィザ』さんを重てるんですか?」
  ロックは再び黙った。
  ジュノスは言った。
 「だとすれば先輩が飛んだのも……納得がいきやすから……」
  二人の間にはしばし沈黙が走った。
  ロックは感慨深い表情で夜景を眺め、ジュノスはそんなロックを見据えている。
 「そうかもな……」
  沈黙を破ったのはロックだった。
 「確かに重てるかもしれねぇ……」
  ジュノスは珍しく険しい表情をした。
 「先輩……」
  しかしロックはニヤリとした。
 「でも……アイツとエリスは似てねぇよ。エリスに清楚な感じはねぇからな……」
  するとジュノスも笑った。
 「へっ……そうですかい?じゃあ空の旅を楽しんで下せぇ……」
  立ち去ろうとするジュノスにロックは言った。
 「いいのか?俺達を放っておいて?」
 「俺にそんな権限はありやせんよ……。あっそうだ……」
 「何だよ?」
  ジュノスの表情は再び険しくなった。
 「ジャミルの独立部隊が、あちこで飛空挺を飛ばしてます。気を付けて下せぇ、ヤローは先輩の事が嫌いなんで……」
  ロックは怪訝な表情をした。
 「ジャミルが?……変わらねぇな……アデルは……」
  ジュノスは苦笑いした。
 「ご存じの通り……一枚岩じゃありやせんから……」
  ロックは小指で耳をほじりながら言った。
 「忠告ありがとよ……」
  ジュノスはロックに背を向け、手を降って去って行った。


  ロックが飛空挺ウィングに戻ると、船の甲板でエリスとユイが何やら話をしていた。
  ロックが戻ってきた事に気付いたエリスは、ロックに言った。
 「あっ、ロック……おかえりっ!」
 「おう……何を話してたんだ?」
 「わたし達もライフシティーに行く事にしようと思って……」
  ユイが言った。
 「ジンがアタシ達を、この船で連れてってくれるって……」
  ロックはいつものように耳をほじりながら言った。
 「まぁ……いいんじゃね?……それでジンは?」
  ユイが言った。
 「姉ちゃんと一緒に、バァを部屋に運んでる」
  ロックは目を丸くした。
 「運んでる?」
  エリスが言った。
 「あの漁船を、この船に載せるみたいよ……」
  ロックは苦笑いした。
 「船ごとかよ……」
  ユイが言った。
 「ついでに魚船を改造するみたい……」
  エリスが言った。
 「船を載せるの終わったら、皆で食事に行くから……ロックも準備しておいてねっ」
  そう言うと二人は楽しそうに話ながら、甲板をあとにした。
  一人甲板に残されたロックは、感慨深い表情になった。
 (リィザ……また持っちまったよ……。二度と持たないでおこうって、思ってたけど……)
  ロックは軽く笑って甲板をあとにした。


(もう……失わないよ……)



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