キノは〜ふ!
第2話 キノとマコと亜紀那さん その4
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翌日からキノとマコは一緒に登校はするが、話をしている様子ではない。互いが遠慮しているようだ。しかも、マコは副委員長なので如月と行動することも多かった。そういうときは、決まってキノは机に頭を付けて座っている。海原は何か不自然さを悟っていた。
「キノさん、マコさんと何かあったんですか?」
「何もない」
キノは額を付けたまま動かない。
「最近、二人で話しているところ見ないから」
「海原には関係ない」
顔が少し動いて、キノの目が海原を睨む。
昔の海原だったら、ここで引き下がったかもしれない。けれど今は違う。
「この海原、キノさんのためだったら、ひと肌脱ぎます!」
海原は上着を脱いで、袖をまくり上腕二頭筋を見せる。精一杯の彼なりのパフォーマンスだったに違いない。マッチョな体と過緊張が災いしてか、服が裂けた。机が倒れる。クラスの目が海原に集中した。
「男の裸なんて見たくない」
キノはあっさり斬り捨てる。本心だ。立ち上がった。
「きっ、キノさん何処に?」
「もう! トイレだよ!」
廊下を歩きながら、ぶつぶつキノは呟いている。
「マコとは、女友達として付き合ったらいいのか……?」
腕組みしながらトイレに入った。すれ違う男子が目を丸くして、股間を押さえる。
「どわぁ! おっ、おい! ここは男子トイレだぞ!」
トイレの中は、騒然となった。慌ててズボンのチャックを挙げる始末だ。女子でもキノだから更に仕方がない。
「ああ、ゴメン、ゴメン。つい、うっかり」
キノは微笑んだ。そして素知らぬ顔で出ていく。
「つい、うっかりするか? 普通」
側にいた男子は、呟いた。
キノは女子トイレが苦手である。何か見てはいけない、知ってはいけないものがあるからだ。匂いのきつい化粧もそうだが、特に洗面所の前で井戸端会議が始まってしまうのは、時間の無駄だ。何よりもその内容が、聞くに絶えない時がある。
まずはトイレの周囲に誰もいないことを確認して、素早く駆け込む。スカートは簡単だが、男のように気軽ではない。さて、用を済ませるとまた大変だ。ドアをゆっくりと開け、ハンカチを口にくわえて、ダッシュで洗面所まで行く。
手早く洗い、振り返った時、運悪く女子に遭遇してしまった。
「あっ、鈴美麗さん」
同じクラスの山本だった。
「やっ、やあ」
やや顔が引き吊っている。
「さっき海原くん、変だったね」
「変?」
「そうそう、何脱ぎ出してんだか」
山本の友人の石井も来た。
「ばっかだよねぇ。あれ変態だよ」
「変態? 海原が?」
キノは呆気に取られる。確かに海原の行動は変だが、その訳は知っている。
「あまり、関わらない方がいいよ鈴美麗さん。あいつ、柔道部でしょ。あそこの人たち、たち悪し」
山本は、怪訝な顔をした。
「この間、キノさん、海原くん投げ飛ばしたって? 凄いよね。足かなんか引っかけたの?」
石井はケタケタと笑う。
「キノさんと絶対合うはずないのにね。頑張っちゃって、絶対おかしい。全然つり合わないよ」
彼女は更に言葉を付け足した。手を洗いながら山本は確認する。
「でも、しつこく付きまとうんだったら、私たち言ってあげるよ」
「そうそう。ウザイってね」
石井の嘲笑めいた声が洗面所に響いた。
鈍く鋭い音がして、洗面器が砕け落ちる。途端に壊れた蛇口から水道水が勢いよく飛び出した。山本と石井の顔を直撃する。
「きゃあ!」
女子トイレ全体に噴水のように水が吹き出す。辺り一面水浸しだ。キノは濡れながら、握った拳を元に戻すことは出来なかった。
「故障したみたいね」
キノは努めて女らしく、ニッコリする。
「なんで、急に洗面器が落ちるの?!」
頭から水浸しになった二人は騒いでいた。
「何、これぇー!」
トイレに入ってきた他の女子も、ずぶ濡れになっている二人を見て驚く。
トイレからキノが一人で出てくると、マコが入り口で待っていた。
「随分、怒ってるわね」
「別に」
マコはハンカチでキノの髪を拭く。キノはそのままじっとしている。マコはキノの右手に痣が出来ているのに気づいた。ため息を付く。
「海原くんのことでしょ」
「海原なんて、関係ない」
歩き出すキノを後ろから付いていくマコ。
「うそ。聞こえてたんだ。話」
キノは立ち止まって、振り返る。
「マコは海原が変な奴だと思う?」
「そうね、変かもね」
「はう?」
「でもいい変かな。キノのことを心配してくれてる」
マコは微笑む。
「そんな! 男に心配してもらわなくていい!」
「でも、そんな男のために壊したんだよね、洗面器」
キノがマコの方を向いた。
「何がいいたいの?」
「キノ、一歩前進よ。それは海原くんに好意がある証拠よ」
「はあ?!」
あまりの突拍子もない言葉に驚く。
「何で、海原なんかに好意を持つんだよ! 男の友情だ!」
「恋の始まりなんて、そんなものよ」
マコは腕組みして、頷いた。
「ええぇ!?」
「私、キノがあの時、本当に男に戻ちゃったかと思った」
「いっ、いや、あれは本気で…」
「海原くん!」
マコは海原を見つけて、声を掛ける。海原はすぐに振り向いた。
「おっ、おい! マコ!」
キノは手を振るマコの腕を、掴んで降ろす。
「何か用スか?」
海原が近づいて来た。
「海原くん、キノがね」
「マコ!」
キノはマコが、今話していたことを言うのではないか、と焦っている。
「キノさんが……」
ぽっと海原の頬が赤らむ。
「キノが、海原くんが慰めてくれて、ありがとうって」
「うむ」
海原は頷いた。キノの顔は真っ青だ。
「もうひと肌脱ぎますか?」
ぬうと胸を突き出す海原。
「あほぅ!」
キノの慌てた姿を見て、マコは大笑いする。
「キノさんとマコさんは、二人でいる方がずっといい」
海原は二人がはしゃいでいる姿を見て、安堵した。
「キノ。私、キノを独り占めしないわ」
「何のこと?」
「私は自分がしなくちゃいけないことをするだけ」
「自分のことって?」
「それは、教えない」
マコは微笑むと走って、キノから離れていった。キノはマコの残したハンカチを握りしめていた。
「マコ……、おまえ何か変だよ」
翌日からキノとマコは一緒に登校はするが、話をしている様子ではない。互いが遠慮しているようだ。しかも、マコは副委員長なので如月と行動することも多かった。そういうときは、決まってキノは机に頭を付けて座っている。海原は何か不自然さを悟っていた。
「キノさん、マコさんと何かあったんですか?」
「何もない」
キノは額を付けたまま動かない。
「最近、二人で話しているところ見ないから」
「海原には関係ない」
顔が少し動いて、キノの目が海原を睨む。
昔の海原だったら、ここで引き下がったかもしれない。けれど今は違う。
「この海原、キノさんのためだったら、ひと肌脱ぎます!」
海原は上着を脱いで、袖をまくり上腕二頭筋を見せる。精一杯の彼なりのパフォーマンスだったに違いない。マッチョな体と過緊張が災いしてか、服が裂けた。机が倒れる。クラスの目が海原に集中した。
「男の裸なんて見たくない」
キノはあっさり斬り捨てる。本心だ。立ち上がった。
「きっ、キノさん何処に?」
「もう! トイレだよ!」
廊下を歩きながら、ぶつぶつキノは呟いている。
「マコとは、女友達として付き合ったらいいのか……?」
腕組みしながらトイレに入った。すれ違う男子が目を丸くして、股間を押さえる。
「どわぁ! おっ、おい! ここは男子トイレだぞ!」
トイレの中は、騒然となった。慌ててズボンのチャックを挙げる始末だ。女子でもキノだから更に仕方がない。
「ああ、ゴメン、ゴメン。つい、うっかり」
キノは微笑んだ。そして素知らぬ顔で出ていく。
「つい、うっかりするか? 普通」
側にいた男子は、呟いた。
キノは女子トイレが苦手である。何か見てはいけない、知ってはいけないものがあるからだ。匂いのきつい化粧もそうだが、特に洗面所の前で井戸端会議が始まってしまうのは、時間の無駄だ。何よりもその内容が、聞くに絶えない時がある。
まずはトイレの周囲に誰もいないことを確認して、素早く駆け込む。スカートは簡単だが、男のように気軽ではない。さて、用を済ませるとまた大変だ。ドアをゆっくりと開け、ハンカチを口にくわえて、ダッシュで洗面所まで行く。
手早く洗い、振り返った時、運悪く女子に遭遇してしまった。
「あっ、鈴美麗さん」
同じクラスの山本だった。
「やっ、やあ」
やや顔が引き吊っている。
「さっき海原くん、変だったね」
「変?」
「そうそう、何脱ぎ出してんだか」
山本の友人の石井も来た。
「ばっかだよねぇ。あれ変態だよ」
「変態? 海原が?」
キノは呆気に取られる。確かに海原の行動は変だが、その訳は知っている。
「あまり、関わらない方がいいよ鈴美麗さん。あいつ、柔道部でしょ。あそこの人たち、たち悪し」
山本は、怪訝な顔をした。
「この間、キノさん、海原くん投げ飛ばしたって? 凄いよね。足かなんか引っかけたの?」
石井はケタケタと笑う。
「キノさんと絶対合うはずないのにね。頑張っちゃって、絶対おかしい。全然つり合わないよ」
彼女は更に言葉を付け足した。手を洗いながら山本は確認する。
「でも、しつこく付きまとうんだったら、私たち言ってあげるよ」
「そうそう。ウザイってね」
石井の嘲笑めいた声が洗面所に響いた。
鈍く鋭い音がして、洗面器が砕け落ちる。途端に壊れた蛇口から水道水が勢いよく飛び出した。山本と石井の顔を直撃する。
「きゃあ!」
女子トイレ全体に噴水のように水が吹き出す。辺り一面水浸しだ。キノは濡れながら、握った拳を元に戻すことは出来なかった。
「故障したみたいね」
キノは努めて女らしく、ニッコリする。
「なんで、急に洗面器が落ちるの?!」
頭から水浸しになった二人は騒いでいた。
「何、これぇー!」
トイレに入ってきた他の女子も、ずぶ濡れになっている二人を見て驚く。
トイレからキノが一人で出てくると、マコが入り口で待っていた。
「随分、怒ってるわね」
「別に」
マコはハンカチでキノの髪を拭く。キノはそのままじっとしている。マコはキノの右手に痣が出来ているのに気づいた。ため息を付く。
「海原くんのことでしょ」
「海原なんて、関係ない」
歩き出すキノを後ろから付いていくマコ。
「うそ。聞こえてたんだ。話」
キノは立ち止まって、振り返る。
「マコは海原が変な奴だと思う?」
「そうね、変かもね」
「はう?」
「でもいい変かな。キノのことを心配してくれてる」
マコは微笑む。
「そんな! 男に心配してもらわなくていい!」
「でも、そんな男のために壊したんだよね、洗面器」
キノがマコの方を向いた。
「何がいいたいの?」
「キノ、一歩前進よ。それは海原くんに好意がある証拠よ」
「はあ?!」
あまりの突拍子もない言葉に驚く。
「何で、海原なんかに好意を持つんだよ! 男の友情だ!」
「恋の始まりなんて、そんなものよ」
マコは腕組みして、頷いた。
「ええぇ!?」
「私、キノがあの時、本当に男に戻ちゃったかと思った」
「いっ、いや、あれは本気で…」
「海原くん!」
マコは海原を見つけて、声を掛ける。海原はすぐに振り向いた。
「おっ、おい! マコ!」
キノは手を振るマコの腕を、掴んで降ろす。
「何か用スか?」
海原が近づいて来た。
「海原くん、キノがね」
「マコ!」
キノはマコが、今話していたことを言うのではないか、と焦っている。
「キノさんが……」
ぽっと海原の頬が赤らむ。
「キノが、海原くんが慰めてくれて、ありがとうって」
「うむ」
海原は頷いた。キノの顔は真っ青だ。
「もうひと肌脱ぎますか?」
ぬうと胸を突き出す海原。
「あほぅ!」
キノの慌てた姿を見て、マコは大笑いする。
「キノさんとマコさんは、二人でいる方がずっといい」
海原は二人がはしゃいでいる姿を見て、安堵した。
「キノ。私、キノを独り占めしないわ」
「何のこと?」
「私は自分がしなくちゃいけないことをするだけ」
「自分のことって?」
「それは、教えない」
マコは微笑むと走って、キノから離れていった。キノはマコの残したハンカチを握りしめていた。
「マコ……、おまえ何か変だよ」
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