キノは〜ふ!
第2話 キノとマコと亜紀那さん その2
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キノは3歳の頃に、両親を交通事故で亡くした。唯一の肉親だった武道家の祖父『鈴美麗 雄山』へ引き取られる。武道家でありながら政界にも顔の効く存在であった。また道場から排出された逸材は、その世界のエキスパートとして現在も活躍している。しかし祖父との家庭生活は決して楽しいものではなく、朝から夕刻までの稽古に明け暮れることが日課だった。遊びざかりのキノにとっては精神的な苦痛を伴う毎日であったのだ。マコとは、彼女の所有する池のほとりで小学二年生の時に知り合い、幼なじみとして遊んでいた。
花宗院家と鈴美麗家は日本の行く末を動かすことの出来る資産家である。二つは陰と陽であり、世界の表舞台に立ちリーダーシップ発揮する花宗院家と、隠密に事象を行う鈴美麗家との間違わぬ関係だった。しかし両家の息子たちは同じ大学で過ごした学友であり、親友であった。キノの父『鈴美麗雄一郎』は代々につながる鈴美麗家のやり方に反発し、家を飛び出し、身を潜めて暮らしていた。雄一郎はキノの母となる『仲間 雛美』と出逢い、結婚する。翌年キノが生まれた。ひとつのケジメをつけるため、キノが三歳になると雄一郎と雛美は父の元に車を走らせるが、その途中に交通事故に遭うのだった。キノが中学生になるのと同時に祖父が病に倒れ、亡くなる。推定資産約数十億を残してキノに相続された。
現在この屋敷には主人のキノの他に、永年勤続を自負している執事の『後藤 喜一』、世話係の『三月 亜紀那』が従事している。どちらも亡き祖父が認めた、キノを守るための強者である。
キノはおそるおそる正門に立った。厳格な祖父がこだわりを見せた、瓦葺きの屋根と門構えは、威厳を放っている。この時点で監視カメラからは気が付かれているはずだった。何とはなく電子扉が開く。キノはマコと顔を見合わせた。ゆっくりと中に入る。ここでも監視され、防犯用の赤外線が張り巡らされているはずだった。玄関までの飛び石を歩く。何も起こらないのでキノは両手を上げて振った。監視カメラの方向はわかっているからだ。
しかし何も起こらない。ためしに小石を拾ってカメラの方向に投げた。ビッと赤外線が反応する。
「なんだ、しっかり見てるじゃん」
キノがもう一回石を投げようとしたとき、腕を掴まれた。
「これこれ」
振り返ると竹箒を持ち、青地の服に白いエプロン姿の亜紀那がいた。
「亜紀那さん! これ、これ見て!」
キノはスカートを端っこを持って、くるりと一回転する。彼女は動きを止めて凝視した。
「まあ……」
虚ろな目、口元が緩む。
「だろ!」
「とっても、可愛くてらっしゃる」
「え?」
亜紀那はがっつりとキノの両肩を掴んだ。じたばたするが、さすが見込まれている女性だ。
「ちょっと亜紀那さん!」
身動きがとれない。海原の時と違って、まるで赤子のように動きを封じ込められていた。
「こんなに美しくて、可愛いくていらっしゃるのに、どうして気がつかなかったのでしょう?」
亜紀那はため息をつく。
「は?」
そう言うと彼女は、キノをしっかり抱きしめた。
「あぶぅ!」
亜紀那の方が背が高いために、キノの顔が彼女の大きな胸に埋もれる。マコは間に割り込んで、二人を引き離した。
「あっ、亜紀那さん!」
「あら、マコ様。いらしてたのですか」
「ずっと隣にいました!」
マコは膨れて、少々怒り気味に言う。
「冗談ですよ」
亜紀那の鋭い切れ目が、笑った。
「もう!」
キノはマコの場合とはまた違って、色香のある大人の女性の包容に目を回していた。顔が火照っている。
「キノも、しっかりしてよ!」
「キノ様の愛くるしいお姿を見たら、つい抱きしめてしまいました。だって、クルリンと一回転されるんですもの」
亜紀那はうっすらと頬を赤らめ、恍惚の表情を浮かべて微笑んだ。
「マコ様。今日も、お可愛いですわ」
「もう、いいの」
マコは相変わらず、膨れっ面だ。
「亜紀那さん、僕の様子は朝と変わってる?」
彼女は頷いた。
「やっぱり!」
「朝よりも、憂いに満ちてお美しい」
「そっ、そんなんじゃなくて!」
「はて?」
亜紀那は困った顔になる。
「キノ、亜紀那さんが抱きしめた時点で、あなたは本当のキノなのよ」
「何か、おっしゃてる意味がわかりませんが」
「亜紀那さんご免なさい。この子初登校だったでしょ、疲れているみたい」
マコが取り繕った。
「では、すぐにお食事を用意いたします。それともご入浴されますか」
「はい?」
「お背中を流しましょうか、キノ様」
キノは焦った顔になる。
「あっ、亜紀那さん。今日、私泊まりますから。キノと宿題があって」
「とっ、泊まるぅ!?」
キノは驚いて、マコを振り返った。
「……」
亜紀那はじっとマコを凝視する。マコも負け地と見返した。二人の間に何かあるように、緊張が走る。
「わかりました。花宗院様へのお泊まりのご連絡は、わたくしがやっておきます。しかし……」
何か府に落ちない様子だ。
「なっ、なに?」
マコは構える。
「キノ様を独り占めは、いけませんよ」
亜紀那はにっこり笑った。
「なっ、なにをそんな!」
マコの顔が赤らむ。
キノは3歳の頃に、両親を交通事故で亡くした。唯一の肉親だった武道家の祖父『鈴美麗 雄山』へ引き取られる。武道家でありながら政界にも顔の効く存在であった。また道場から排出された逸材は、その世界のエキスパートとして現在も活躍している。しかし祖父との家庭生活は決して楽しいものではなく、朝から夕刻までの稽古に明け暮れることが日課だった。遊びざかりのキノにとっては精神的な苦痛を伴う毎日であったのだ。マコとは、彼女の所有する池のほとりで小学二年生の時に知り合い、幼なじみとして遊んでいた。
花宗院家と鈴美麗家は日本の行く末を動かすことの出来る資産家である。二つは陰と陽であり、世界の表舞台に立ちリーダーシップ発揮する花宗院家と、隠密に事象を行う鈴美麗家との間違わぬ関係だった。しかし両家の息子たちは同じ大学で過ごした学友であり、親友であった。キノの父『鈴美麗雄一郎』は代々につながる鈴美麗家のやり方に反発し、家を飛び出し、身を潜めて暮らしていた。雄一郎はキノの母となる『仲間 雛美』と出逢い、結婚する。翌年キノが生まれた。ひとつのケジメをつけるため、キノが三歳になると雄一郎と雛美は父の元に車を走らせるが、その途中に交通事故に遭うのだった。キノが中学生になるのと同時に祖父が病に倒れ、亡くなる。推定資産約数十億を残してキノに相続された。
現在この屋敷には主人のキノの他に、永年勤続を自負している執事の『後藤 喜一』、世話係の『三月 亜紀那』が従事している。どちらも亡き祖父が認めた、キノを守るための強者である。
キノはおそるおそる正門に立った。厳格な祖父がこだわりを見せた、瓦葺きの屋根と門構えは、威厳を放っている。この時点で監視カメラからは気が付かれているはずだった。何とはなく電子扉が開く。キノはマコと顔を見合わせた。ゆっくりと中に入る。ここでも監視され、防犯用の赤外線が張り巡らされているはずだった。玄関までの飛び石を歩く。何も起こらないのでキノは両手を上げて振った。監視カメラの方向はわかっているからだ。
しかし何も起こらない。ためしに小石を拾ってカメラの方向に投げた。ビッと赤外線が反応する。
「なんだ、しっかり見てるじゃん」
キノがもう一回石を投げようとしたとき、腕を掴まれた。
「これこれ」
振り返ると竹箒を持ち、青地の服に白いエプロン姿の亜紀那がいた。
「亜紀那さん! これ、これ見て!」
キノはスカートを端っこを持って、くるりと一回転する。彼女は動きを止めて凝視した。
「まあ……」
虚ろな目、口元が緩む。
「だろ!」
「とっても、可愛くてらっしゃる」
「え?」
亜紀那はがっつりとキノの両肩を掴んだ。じたばたするが、さすが見込まれている女性だ。
「ちょっと亜紀那さん!」
身動きがとれない。海原の時と違って、まるで赤子のように動きを封じ込められていた。
「こんなに美しくて、可愛いくていらっしゃるのに、どうして気がつかなかったのでしょう?」
亜紀那はため息をつく。
「は?」
そう言うと彼女は、キノをしっかり抱きしめた。
「あぶぅ!」
亜紀那の方が背が高いために、キノの顔が彼女の大きな胸に埋もれる。マコは間に割り込んで、二人を引き離した。
「あっ、亜紀那さん!」
「あら、マコ様。いらしてたのですか」
「ずっと隣にいました!」
マコは膨れて、少々怒り気味に言う。
「冗談ですよ」
亜紀那の鋭い切れ目が、笑った。
「もう!」
キノはマコの場合とはまた違って、色香のある大人の女性の包容に目を回していた。顔が火照っている。
「キノも、しっかりしてよ!」
「キノ様の愛くるしいお姿を見たら、つい抱きしめてしまいました。だって、クルリンと一回転されるんですもの」
亜紀那はうっすらと頬を赤らめ、恍惚の表情を浮かべて微笑んだ。
「マコ様。今日も、お可愛いですわ」
「もう、いいの」
マコは相変わらず、膨れっ面だ。
「亜紀那さん、僕の様子は朝と変わってる?」
彼女は頷いた。
「やっぱり!」
「朝よりも、憂いに満ちてお美しい」
「そっ、そんなんじゃなくて!」
「はて?」
亜紀那は困った顔になる。
「キノ、亜紀那さんが抱きしめた時点で、あなたは本当のキノなのよ」
「何か、おっしゃてる意味がわかりませんが」
「亜紀那さんご免なさい。この子初登校だったでしょ、疲れているみたい」
マコが取り繕った。
「では、すぐにお食事を用意いたします。それともご入浴されますか」
「はい?」
「お背中を流しましょうか、キノ様」
キノは焦った顔になる。
「あっ、亜紀那さん。今日、私泊まりますから。キノと宿題があって」
「とっ、泊まるぅ!?」
キノは驚いて、マコを振り返った。
「……」
亜紀那はじっとマコを凝視する。マコも負け地と見返した。二人の間に何かあるように、緊張が走る。
「わかりました。花宗院様へのお泊まりのご連絡は、わたくしがやっておきます。しかし……」
何か府に落ちない様子だ。
「なっ、なに?」
マコは構える。
「キノ様を独り占めは、いけませんよ」
亜紀那はにっこり笑った。
「なっ、なにをそんな!」
マコの顔が赤らむ。
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