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キノは〜ふ!

七月夏喜

第1話 キノとマコ、突然登場! その4


 女子がこの道場に今まで入室したことなど、もちろん無い。ここは授業も疎かにする半端者の部員が雑談をして時間を無駄に費やしているだけの、格好だけの柔道部だった。適当に練習し、適当な時間で終了する。いつ廃部になっても不思議ではない場所だったのだ。

「おい! 海原! 聞こえてるのか!」

 真下は胴着を投げつけた。大きな海原の体に当たって、落ちる。

「海原……」

 キノは柔道着を拾いながら海原を見る。

「おい! 海原! 忘れてないよな、これ」

 真下は左肩を指した。

「それが、どうしたんですか?」

「いっ、いや、なに、ちょっとね……」

 キノは真下の左肩を掴む。

「いたたた!」

 思わず掴まれて、悲鳴が上がった。

「ああ、なるほどね。海原君にでも、やられたんですか?」

 至極にこやかにキノは言う。

「キノさん、いきなり痛いなぁ。そうなんだよ、聞いてくれる? 本当にあいつ、馬鹿みたいに力だけは強くて、加減を知らないんだよ」

 真下が再び肩に手を掛けようとしたところを振り払った。

「全く……、そんなことで」

 キノは目を伏せた。ふらりと場内に入り、仁王立ちする。

「じゃあ、海原。僕と勝負しろ」

 キノは静かに大男を睨んだ。

「ちょ、ちょっと、キノさん、海原と何を……」

「軟弱な奴は黙ってろ。男と男の勝負だ」

 スカートがヒラリと舞う。

「おっ、男って?」

 真下は、キノの突然の豹変に驚いた。

「キノさん、何を言い出すんだ」

「おまえが、不甲斐ないから、いつまで、もうじうじしているからだよ」

 キノは道場に直立し、鋭い眼差しで海原を刺す。その体は微動だにできずに固まった。

「うっ、動けない?」

 額に汗が滲み、次第に手が震え出す。短い頭髪が逆立ち、歯を食いしばっていた。男に全身の感覚が尋常ではない状態を知らせている。『恐怖』と『興奮』が呼び戻ってきたようだった。


「かかってこい、海原」


「そ、その言葉……」

 海原は体が大きい割に弱かった時代、よくいじめられいた。殴られていたこともあった。中学1年生の時、高校生に絡まれた。けれどある者に助けられたことがある。体は華奢なのに、その身のこなしと技は素早く、そして美しかった。男の目に焼き付いていた。今でも忘れずに耳から離れなかった言葉が記憶に残っていた。高校生に向かってその者が発した言葉、それが今突然甦ったのだ。


「海原、おまえは、どうしたいんだ?」


 海原は我に返り、道場に上がって両足で畳を踏みしめた。眉間に皺が寄る。男の中で何かが沸き起こっていた。

「おっ、おい海原! やる気なのか! 相手は女だぞ!」

 さすがに真下も海原の実力を知っている。その尋常では無い気合いを見取っていた。

「海原、本気で来い。じゃないと僕には、勝てない」

 キノは挑発する。真下は振り返って、キノを見た。真下の顔が歪む。中腰だった体制から尻餅を付く。

「もの凄い気迫だ。体内から発せられるオーラが、そこにある。何人も近寄れない。そして何事にも臆していない!」

 真下のそれまでの男が縮みあがった。海原は構えて呼吸を整える。

「隙がない。攻め場所が見つからない。一瞬だ、一瞬で決まる」

 海原の喉が鳴る。キノはまだ直立のまま、構えなどしていない。真っ直ぐに彼の目を見ていた。海原は精一杯、右脚を動かしていく。重量さえ感じるその威圧感が重くのし掛かった。足を上げることが出来ない。一瞬の間も許されない。畳をずりながら前に出ようとするが、次が出ない。意志とは関係なく、本能で危険を察知し止めているのだ。

「ちぃぃぃ、動け!」

 海原は叫んだ。

「海原、おまえは何のために戦う。何のために柔道をしてきたんだ」

 キノは呟く。 

「強くなりたかった。強くなって、あの人みたいになりたかった。今までの自分を変えたかった」

 海原の憤りが頂点に達した時、止まっていた時間が少しずれた。

「けど、人を傷つけた。その人を僕が傷つけてしまった、だから」

「でも、もっと強くなりたいんだよな」

 まだ、何の構えもしていないキノが、挑発する。

「海原。人はどうであれ、自分を情けないって思ったら負けだ。だから鍛錬する。だから練習するんだ。おまえは、精一杯そのことを言えるのか」

「何故! あなたは、何故!」

 体ごと震える海原は、歯ぎしりをした。

「こい、海原。お前の性根をぶっ飛ばしてやる」


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