キノは〜ふ!

七月夏喜

第1話 キノとマコ、突然登場! その3


 無事、とんでもない一日目の授業が終わる。キノは、あれから少し落ち着いていた。精神的には、まだまだ不安定かもしれない。マコは授業が終わるや否や、机に額を当てて伏せてしまったキノを見つめている。

「疲れたよね、キノ。一緒に帰ろう」

「花宗院くん、みんなからの推薦なんだが、クラスの副委員長をやってもらえないだろうか?」

 クラス委員長の『如月 邦彦キサラギ クニヒコ』は言った。如月は細身で背は高く、顔は面長で凛々しい。眼鏡の奥の鋭い目付きがクールか冷たい印象を与えていた。どことなく人を寄せ付けない感じだ。成績はトップクラスで、生徒会役員をしている。

「わたしは、構いませんが」

「ありがとう。幾つかやってもらうことがあるんだけれど、これからいいかな」

「これから? 今日はちょっと……」

 マコはキノをチラリと見た。机に額を付けて、じっとしている。無言だ。

「そんなに時間は取らせないよ」

「はあ……。じゃあ、キノちょっと行ってくるね」

 キノは反応せず、動かない。マコはため息をついた。

「海原くん、キノをよろしくね」

「うっ?」

「彼女、慣れない学校で疲れたみたい。お願い」

 マコは海原にそう声をかけて如月と出て行った。海原はただただ、呆然とそれを見送る。そしてキノを見つめた。

「あっ、あの……。鈴美麗さん、キノさん? 起きてます? もう放課後ですよ」

 小声で話しかける。キノは動かない。海原はもう一度、繰り返した。しかし返事はない。

「キノさん、ぼ、ぼく部活があるんですが、行ってもいいですか?」

 いつの間にかクラスメイトは少なくなり、海原は焦った。立ち上がってキノの肩を人差し指でチョンと突く。もう一度突こうとした時、キノの頭が動いた。

「海原……」

「ひっ!」

 マッチョな体の筋肉が収縮し盛り上がる。ゆっくりと机から頭を上げて、大きな眼だけがチラリと海原に向いた。

「美しい」

 瞳に魅せられて、海原はひとりごちする。

「な、何でしょう?」

「部活って?」

「柔道部……」

 見つめられる状態に耐えきれず、彼は赤面して横を向いた。

「柔道部……か」

 キノは何か考え事をしている。

「起きたんだったら、もういいですよね。部活に行きますから」

「部活、一緒に付いていっていい?」

「ええ!?」

 大男は仰け反り、よろけて机に当たった。

「で、でも……」

「大丈夫、大丈夫。邪魔しないよ」

「い、いや……」

 海原は、その存在自体が大騒ぎになると思っていたのだ。






 柔道部は体育館とグランドの間の隅にある。扉を開けると部員が胴着に着替えていた。笑い声が聞こえる。

「今度おまえんちの、例のDVD見せろよ」

「なにぃ! 彼女出来たの!」

「今度その子のお友達紹介して!」

 海原は一礼して室内に入る。

「失礼します! 遅れてすみません!」

「海原おせーぞ! てめぇ、掃除当番だ! 早く着替えろ!」

 ボロ雑巾が飛んできた。海原の体に当たり、足下に落ちる。

「押ス! 真下先輩!」

 彼を急いで拾い上げ、挨拶する。

「失礼しまーす!」

 海原の後ろにいて、隠れてしまっていたキノが、海原の袖から飛び出した。室内にキノの姿を見つけると、それまであった先輩たちの雑談が急に静まり、凍り付いた。

「海原くんが遅れたのは、僕のせいなんです。許して下さい」

 キノはペコリと頭を下げる。

「キ、キノさん! いいですから、やめて下さい」

 海原の顔が赤くなった。しかし、目の前のトランクス姿の先輩は呆然として、胴着を持ったまま立ち尽くしている。そのまま時間が過ぎていった。

「うん! かっ、海原くん! こっ、この可憐な女性は?」

 ようやく正気に戻った真下は言う。その後慌てて、股間を胴着で隠した。

「あっ! どうぞ気になさらずに、着替えちゃって下さい」

「いっ、いやぁ。そう言われてもなぁ」

 そんな姿や例え全裸でも、キノにとって何とも思うはずは無い。昨日の自分も同じだったからだ。真下はそうもいかず、顔を引き吊らせる。

「かっ、海原くん。女子が来るなら来ると、言ってくれなくちゃ」

 先輩は苦笑いを浮かべた。ばつが悪そうだ。

「ちょっと、練習風景を見に来ました。あっ、海原くんとは同じクラスです」

 キノは極めて女子的に微笑んだ。

「ははは。いいね。えーと君の名前は?」

「鈴美麗キノさんです」

「海原! おまえには聞いてないよ!」

 真下は海原に怒鳴る。

「つかぬ事をお聞きしますが、キノさんは海原くんとおつき合いしてるんですか?」

「真下先輩、な、何言ってるんですか!」

 海原は慌てて隣の顔を見た。これにはキノも困ったようだ。

「男と付き合う? いえまだ、今日転校してきたばかりですから」

 男と恋仲になるなんてあり得ない、とキノは大きく否定して断言したいが言えない。

「なるほど、今日からか。何だったら、海原よりも俺が案内してあげましょうか?」

 真下は急いでキノの側に駆け寄り、肩に手を掛けて海原から引き離した。

「ははは」

 努めてキノは愛想笑いを作った。海原はその場で黙って立ち竦んでいる。

「海原くん、練習はしないのか?」

「いやいや今日は練習は中止でしょう。今からキノさんの転校のお祝いだあ! おい海原、飲物買ってこいや!」

 間に割り入っている真下は、立ちすくむ男に顎をしゃくった。

「案の定だ……」

 想像通りの展開に、困惑した顔を伏せる。


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