異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第99話/Reminiscence

第99話/Reminiscence

俺の意識は、現実の(と言ってもここも夢の中だが)手綱の前に戻ってきた。

「手綱……どうして、あんなことを?」

「うん……きちんと、話すね」

手綱はぽつぽつと、自分の生い立ちから話し始めた。

「私の家……ヤクザの家系なの。父が、枝の組織の組長でね。うちの家がずっと組を継いでた。けど、私が高校三年の夏……父が、死んだの」

「……そう、だったのか」

全く知らなかった。手綱はいつだって冷静で、あまり態度を崩さない娘だったな……

「父は、組を解散して、カタギに戻りたいってずっと言っていたわ。末端の組織だったし、ヤクザ同士のいざこざに疲れてた。今までのシノギのノウハウがあれば、きっとやって行けるって。だけど……父は、裏切られた」

「裏切り……?」

「うん……組には当然、解散に反対な人もいてね。ヤクザには学歴も資格もいらない、腕っぷしさえあればよかったから。やっぱり、そっちの人たちには居心地が良かったのよ。……高卒の私が言えた話じゃないけどね」

手綱は自嘲気味に笑った。

「結局父は、表向きには交通事故で死んだことになった。真夜中に轢かれて、その日の朝には冷たくなってた。けど私は、父は殺されたんだと思ってる。解散を進めようとする父が目障りな組員が、口封じに殺したんだわ」

「……けど、証拠は」

「ええ、そんなものないわ。そんなヘマをする相手じゃないでしょうし……父に、直接聞けたらよかったんだけど」

直接聞く?だって、手綱のお父さんはもう死んで……あ、そうか。

「お父さんも、そっちに来てるのか」

「死後の国だからね。だけど、誰にでも会えるわけじゃないみたいなの。私も、苅葉ちゃんとしか会えなかったんだ。もしかしたら、同じ未練を持つ相手としか出会えないのかな」

それもそうか。じゃなきゃ、あの世はきっとぎゅうぎゅう詰めになっている。

「だから、事の真相はわからないけど……当時の私には、それはとてもショックな事件だった。それに、組長が死んだわけだから、組でも相当の混乱が起きた。一番の問題は、誰が組を引き継ぐのかってこと」

「そうだろうな。組長が誰になるかで、組の今後が大きく左右されるから」

今までの慣習にのっとれば、手綱が組を引き継ぐことになる。けど女の子だ、ということが争点だな。それに、解散反対派の人間からしたら、前組長の娘というだけで疎ましい存在だろう。

「うん。反対派で、当時組のナンバーツーだった人が、組長候補になったんだけど……その人、結構無茶苦茶な人でね。組長になったら、私を嫁にする、とか言っててさ」

「な、なんだそりゃ?」

「あはは……私の家の血が欲しかったんだろうけど、さすがにやりすぎだって声も多くてね。組はそのうち、父の考えに賛成だった穏健派と、その組長候補を支持する過激派に二分していったの」

ほんとはそんなこと、全然興味なかっんだけどね。手綱は過去を振り返るように、すこし悲しげな顔で言った。

「私は、ヤクザの世界とは無縁で居たかった。木ノ下君と、苅葉と、みんなで過ごすのが楽しくて。あのままずっと、三人で一緒にいたかった……けど、極道たちは、私を自由にはしてくれなかった。私はいつの間にか、父に賛同した穏健派の旗持ちに担ぎ上げられていたの」

「担ぎ上げられたって。手綱の意思は……」

そこまで言って、俺は口をつぐんだ。ヤクザが、一人の女の子の気持ちを汲むはずがない。
俺の言いたいことは分かるのか、手綱は困ったように笑った。

「へへ。相手は、私と結婚するなんて言ってる人だからね。引くに引けなかったんだよ。高校を出たら、組に入る。そうするしかなかった。だから私、焦っちゃったんだ」

「……タヅナ」

ずっと後ろを向いていた苅葉が、振り返って手綱に寄り添う。
少しずつ、俺にも見えてきた。高校卒業という、差し迫ったリミットが、手綱のなにかを狂わせたんだ。

「私、木ノ下君のこと、好きだった。馬鹿だと思うかもしれないけど、あの時の私には、それだけが心の支えだったの。だから、木ノ下君の目が苅葉を追ってるって気づいた時、私、目の前が真っ黒になった。どうして?なんで?って……その事しか考えられなくなった」

「……」

普通なら、よくある失恋の話だ。それは、単なる甘酸っぱい思い出で終わるはずの出来事だ。けれど、手綱の場合そうはいかなかった。

「高校を卒業したら、私は独りぼっちになる。だからせめて、心の中でだけは、木ノ下君を想っていたかった……それすらも失った私は、もうまともじゃいられなかったのよ」

「そんな……独りぼっちだなんて。お前を一人にするわけないじゃないか。俺も、苅葉も……!」

それを聞いた手綱と苅葉は、なぜかぷぷっと吹き出した。

「お、おい。俺は本気だぞ」

「あ、ごめんなさい。苅葉にもおんなじふうに怒られたから。ワタシとユキが見捨てるはずがない!って」

「ホントだよ。ワタシたちに、一度でも話してくれればヨカッタのに。ひとりで抱え込むからオカシナことになるんデショ?」

「はい……もっともです……」

手綱たちはひとしきりじゃれ合うと、くすりと笑いあった。

「なんだ。お前たちの中では、もう解決済みのことなのか?」

「うん。私と苅葉は一足早くここへ来たからね。いっぱい叱られたよ」

「アタリマエ!タヅナはおバカなんだから」

「本当にね……私、木ノ下君が手に入らないなら、せめて子どもが欲しいと思ったの。妊娠してたら、ヤクザにならなくていいかも、とか……もしかしたら、木ノ下君が責任とってお嫁さんにしてくれるかも、とも思ったんだよ?」

「おいおい、冗談じゃないぜ……」

「あはは。やっぱり……私じゃ、嫌だよね?」

「あ、いや……そんなことは、ないぞ」

「え?」

「逃げ道にされるのはいやだがな。手綱がまっすぐ想いをぶつけてきたなら、俺もそれに向き合うさ」

「そっか……そうだよね。ホント、バカだなぁ、私……」

手綱はきらりと光る目元を、ぐいっと手の甲で拭った。

「後は木ノ下君も知っての通りだよ。私はヤクザになって、組の一員になった。うちの組は結局穏健派が引き継いだんだけど、まだまだ反乱因子は残ってたから、舐められないように派手な格好もした……結局あっけなく死んじゃったけど、私の中では整理がついてるんだ」

「手綱……」

「けど、心残りなのは……木ノ下君まで、死なせちゃったこと。私のせいで、木ノ下君を巻き込みたくなかった」

「ん、そんなに気にするなよ。自分から首を突っ込んでいったわけだし、俺もある程度の覚悟はできてたさ。なんたって……自分の仲間に、反旗を翻したわけだからな」

そう。俺が忘れていた、大きな記憶。思い返せば、引っかかる節はいくらでもあったんだ。あの時俺が銃を持っていた理由や、バイクの乗り方を知っていたこと。そして、ヤクザについて詳しく知っていたこと。

「俺は、警察官だったんだな」

「そうだよ。私と再会した時、木ノ下君は警官になってた」

「ああ。高校を出てから、俺は直ぐに警察学校に入学した。うちは父親が警官だったから、もともと興味はあったんだ。けど、きっかけはやっぱり手綱のことだったな」

「う……だよね。ごめんなさい……」

「いいって、責めてるわけじゃないんだ。ただそれを発端に、俺の中の正しいものは正義、間違ったものは悪って考え方がより凝り固まっていった。俺の頭がもう少し柔らかかったら、手綱との再会ももっと違ってたかもしれないな」

うんうん、と苅葉が相づちを打つ。

「あの頃のユキは、ホントにガチガチだったからねぇ。ヤクザなんか潰してやるって、毎日息巻いてたよ」

俺は目の前の悪として、暴力団の排除に躍起になっていた。組に直接突入したことも何度もある。その過程で、ヤクザの知識を身につけていったんだ。

「けど……手綱ともう一度会えたことで、俺は自分の考えに疑問を持つようになった。というよりは、他人の話を聞くようになったって言うべきかな。だから、後悔はしてないんだ。俺自身の意思で、最後に手綱のために動けてよかったと思ってる」

「……」

手綱は、何も言わなかった。ただ静かに、両手で顔を覆っていた。

「妬けちゃうなぁ、ユキ。タヅナばっかりじゃない」

苅葉が茶化すように俺を小突く。そんな彼女の目も、うっすらと涙がかっていた。

「何言ってんだ、一番幸せものだったくせに。でも結局、苅葉の子どもには会えなかったな」

「そうダネ。みんないい子たちだったよ。ユキに負けないくらいいいオトコだった!」

にヒヒ、と手綱はいたずらっぽく笑った。

「言ってろ。けど、俺も驚いたんだぞ。気づいたら結婚してて、子どもまでいるってんだから」

「あー、うん。ユキには、話しずらかったとユーか……その、ワタシもユキに聞きたかったんだけど」

「うん?」

苅葉はらしくもなく、もじもじと指を突き合わせた。

「ユキは、どうしてワタシを助けてくれたの?ホラ、ワタシが妊娠してた時にさ……ユキったら、なんにも言ってくれないんだもん」

「ああ、あれな……」

「ホントは、イヤじゃなかった?だってワタシ、ユキ以外の人と……」

「……まあ正直、知った直後はショックだったよ。けど一方で、納得できるところもあったんだ。手綱の気持ちを知った上で、苅葉と一緒になることは……俺は、できなかったと思う」

「うん……ワタシも、同じ気持ちだった……けど、いつまでも昔を引きずってちゃ、ユキもタヅナも前を向けないと思った。だから、ワタシ……」

「ああ。だから俺も、もう二度と関わらないものだと思ってた。だけど、あんなふうに頼まれたんじゃ、さすがに断れなかったというか……」

「頼まれた……?」

「お前のダンナにだよ。俺は、アイツと会った事があるんだ」

「え」

苅葉は目を丸くした。やっぱり、苅葉にも言ってなかったらしいな。俺は戻りたての記憶の中から、その時のことを思いだした。

「アイツは、いきなりやってきたよ。俺の勤務が終わった、帰り道だった。どこで聞きつけたのかは知らないけど、ずっと待ってたみたいだった。それで、いきなり『オレの妻と子を見守ってやってくれ』なんて言うからな。正気かって言ったんだが、どうにも必死でさ」

職業柄、デタラメなことをぬかす連中はたくさん見てきたが、アイツの目は真剣そのものだった。怪しんではいたが、不思議と信じてもいいんじゃないかと思える自分がいた。

「話を聞いてみれば、そいつは苅葉の夫で、そこから俺のことを調べたって言う。婚姻届けの証明まで持ってきてたから、信じざるを得なかったよ……そこで初めて、アイツが重い病気にかかってること、苅葉に赤ちゃんがいることを聞かされた」

「……うん。妊娠が分かってから、すぐのことだった。でも、カレはいつも通りで、全然気にしてなかったのに……」

「いや、きっとそうじゃなかったと思う」

「え?」

「あいつは、自分たちは駆け落ち同然で、助けてくれそうな知り合いはいないってことまで話した。その上で、俺に会いに来たんだってな。考えても見ろよ、俺はあいつからしたら、嫁さんのことを好きだった男だぜ?そんな奴に、アイツは何度も頭を下げてた。必死だったんだよ、アイツなりにさ」

「そんな……そんなコト、ひとことも……」

「言えなかったんじゃないか。男のプライドってやつさ。できるなら、自分でお前のこと、子どものことを守りたかったんだよ。きっと俺のとこに来るのも、苦渋の決断だったんだよ」

守るべきものができた今なら、アイツの気持ちもよく分かる。だが、それをかなぐり捨ててまで、アイツは苅葉のことを想っていたんだ。それは当時の俺の胸にだって、響いていた。

「だから俺は、苅葉たちを見守ることにした。アイツのプライドもあったし、俺もなんだかしゃくだったから、理由は言わなかったけどな。だって、イヤじゃないか。あいつの言いなりになったみたいでさ」

「な……ナニそれ!?そんなリユー!?」

苅葉はへなへなと膝をついた。

「けど、結局最後まで見てはやれなかった。すまない、苅葉。結局一人で背負わせちまって。アイツにも面目が立たない……」

「ううん……そんなことない。ユキがいてくれなかったら、きっとあの子を産むことはできなかった」

「だが、俺は何も……」

「ワタシ、あの時、すごく不安だった。彼が居なくなって、頼れる人もいなくて。どうしたらいいのか、分からなかった。そんな時に、ユキが来てくれた。それが、どれほど嬉しかったか。どれだけ、心強かったか……」

苅葉の頬に、静かな雫がこぼれた。

「だから……ありがとう、ユキ。どれだけ時間がたっても、これだけはずっと変わらず、想ってた……!」

「苅葉……」

「へへ。ワタシたち、ちょっと誤解もあったけど。結局、お互いを想い合っていたんだね」

「ああ。そうだな」

苅葉はにっこり笑うと、顔を覆い続ける手綱の肩をぎゅっと抱きしめた。

「きゃ。か、苅葉?」

「いつまでウジウジしてるの!これで仲直り、デショ?」

「で、でも。私のせいで、二人は……」

「手綱。誰が悪かったとかじゃない。俺たちは、みんな少しづつ間違って、それでも互いのために頑張ったんだ。それだけだよ」

「き、木ノ下君……」

「ウンウン!あースッキリした!五十年くらい抱えてたモヤモヤがやっと解消されたよ」

苅葉が気持ちよさそうに笑った。すると、真っ暗だった廊下が、まるで砂に息を吹きかけたみたいに、さーっと消え始めた。

「あれは……」

「ん、そろそろ時間みたいだね。ワタシたちは行かなきゃ」

「え、苅葉?」

「うん。もう、思い残すことはないよ」

手綱と苅葉の体が、白く透き通っていく。なんだよ、これじゃまるで……

「ま、待ってくれよ!俺もいっしょに……!」

「ダメだよ、木ノ下君。木ノ下君の物語は、まだ終わってない。少なくとも今は、きちんと生きてるんだから。それに、あの子たちのためにも戻ってあげなくちゃ」

「そうだよ、ユキ。また女の子を泣かせるつもり?」

あの子たち……そうだ。キリーたち、メイダロッカ組の仲間。今ここで“向こう側”へ行ったら、彼女たちは……

「そうか……そうだな。俺は今、“あっちの世界”で生きてるんだ」

俺は、元の世界で一度死んだ。だが、今はちがう。俺は、『異世界転生』したのだから。

「俺は、行くよ。手綱、苅葉。ここでお別れだ」

「うん。会えてよかった」

「またネ、ユキ!できる限りずぅーっと、長生きするんだよ!」

二人を白い光が包み込んでいく。まぶしい光に目を遮られながら、俺は力の限り叫んだ。

「ありがとう!手綱、苅葉ぁー!」

「じゃあね、ユキくん!大好きだったよ!」

「ユキー!バイバーイ!」

光はさらに激しさを増す。俺はとうとう目を開けていられなくなったが、まぶたを閉じても、視界はどんどん白くなっていった。やがて全てが呑み込まれ、俺の意識もまた、光の中へと消えて行った。

つづく

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