異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第89話/Outburst
第89話/Outburst
「だめだ!」
「ダメだよ!」
「危険だわ!」
俺たちの声は、きれいにはもった。ウィローはくす、と笑う。
「タイミングばっちりでしたね」
「ウィロー、笑い事じゃない。第一、“ああなる”のを一番嫌がっていたのは、ウィロー。きみじゃないか」
ウィローは握った手を胸に当てると、一つ一つ言葉をすくい上げるように、目を閉じ、慎重に口を開いた。
「……確かに、そうです。あれは、私が自らの中で、もっとも忌んでいた姿です……ですが、近ごろは、こう考えるようになりました。あれも、私の中に眠る力なんじゃないか。であるなら、それを活かす機会があるんじゃないか、と」
自分に眠る力……俺はあの夜から、ウィローが自分の過去について、ずっと悩んでいるのを知っていた。そんな俺だからわかる。彼女は、過去と決別するんじゃなくて、過去を受け入れようとしているんだ。
「私はずっと、“天使”だった時のことを忘れようとしていました。もう二度と、あんなことはしたくない、そう思っていた。けど……」
ウィローは目を開けると、俺たちの顔を見つめた。
「私が以前暴走したとき、ユキは私に向かって、私は私なんだ、と言ってくれました。メイダロッカ組のみんなも、私の過去を知ってなお、私を受け入れてくれた……なのに、私がいつまでもうじうじしているわけにはいかないじゃないですか」
ウィローはきっぱりと言い切った。
「今こそ、私は過去の鎖を断ち切って、天使の力を私のものにします。そして……奴を倒します」
確かに……ウィローの九分咲なら、銃弾すらも見切って、それをはじき返すことができる。今奴に一太刀浴びせられるのは、彼女しかいないが……
「ウィロー……」
「ですが、一つお願いがあります。ユキ、あなたに頼んでもいいですか?」
「ん、なんだ?なんだって言ってくれ」
「ふふ、ありがとうございます。これは、あなたにしか頼めません」
ウィローは自分の胸に手を当てるとはっきりと目を見据えた。
「もし……もし私が、正気を失ったら。その時は、私を止めてほしいんです」
「え……それは」
「殴っても、突き飛ばしてもかまいません。どうにかして、私を倒してください。万が一、みんなに手をかけるような事になったら……死んだほうがましですから」
「……わかった。必ず俺が止めてやる。心配するな」
「ありがとうございます。ああ……これで心置きなく戦えます」
「おーい、ネズミちゃん!出て来いよー!」
ガガガガ!銃弾がコンクリートの塊に打ち付けられる。ジェイが執拗に打ち続けたせいで、ユキたちの隠れる瓦礫はスポンジのように穴だらけになってしまった。
「チッ。籠城のつもりか?めんどくせぇ……」
ジェイは悪態をつくと、じりじりと前進を始める。言動のわりに、ジェイは慎重だった。ステリアの持つネイルガンを警戒して、うかつに飛び込むようなことはしない。この冷静さが、ジェイが狂人として恐れられながらも、組織の上官足りうる所以であった。
「ん……?」
違和感に気づき、ジェイが足を止める。
何か空気がざわざわする。大きな力のうねりが、あたりを取り巻いているような……
その時だった。
ゴォー!
強烈な蒼い光の柱が、瓦礫の向こうから立ち昇った。その圧倒的な光は、見た者にまるで空気までビリビリと震えているような錯覚をもたらした。
「やっとやる気になったかよ……!」
ジェイはこの状況の中でも、ニヤリと口元をゆがめて見せた。
ゴゴゴゴゴ!
蒼い光が、竜巻のように渦になって、ほとばしっている。なんだか触れると焼け付きそうな気がして、俺たちは無意識のうちに後ずさっていた。
「うぃ、ウィロー……?」
「……ァァァァアアアァァア!!!」
ウィローの絶叫がこだまする。その背中には、孔雀。羽を大きく広げ、だが反対に、目は悲しげに閉じられている。まるで今の彼女の心を映しているようで、俺は思わず身震いした。
「アァァア!」
ウィローが動いた!
ウィローは目の前の瓦礫を踏み台にして、高々と跳躍した。そのまま一直線にジェイへ飛び込んでいくが、奴もそれは読んでいたようだ。余裕たっぷりにマシンガンを構えると、引き金を引いた。
ダダダダ!
「ッ!ウィロー!」
銃弾が無数のつぶてとなって、ウィローに襲い掛かる。彼女なら見切れるとわかっていても、俺は無意識のうちに叫んでいた。もしかしたら……
しかし、そんな心配は杞憂だった。
「ガアァァァ!」
ガキン!キンキンキン!
ウィローが目にも止まらない速さで鉄パイプをふるうと、弾丸は彼女の目の前ではじかれた。すごい光景だ……俺にはパイプが帯びる青い燐光と、まき散る火花しか見えない。
「っ!」
ウィローの妙技にはさすがに度胆を抜かれたのか、ジェイは慌てて飛び退った。そこにウィローの鉄パイプが振り下ろされると、床はグシャリとひび割れてしまった。
「でっ……たらめだな、お嬢ちゃん?何食ったら、そんな動きができるんだ?」
ジェイの軽口に、ウィローは一切反応せずに突っ込んでいく。ジェイは再び距離を取ると、マシンガンを乱射した。
だがウィローはものともせずに、走りながらパイプで弾丸をすべてはじき返した。
「げっ。マジかよ……!」
「アアァァ!」
ゴパン!
やった!ウィローのパイプをもろに食らい、ジェイが吹っ飛んだ。だがジェイは、空中で体勢を立て直し、両足をザザザっとこすらせて着地した。よく見ると、マシンガンで鉄パイプを受けたようだ。
ジェイはぐにゃりとひん曲がったマシンガンを投げ捨てると、パチパチと拍手した。
「すげぇ!こんなに動ける奴は初めてだ!チビだと思ってなめてたぜ!」
ウィローは一切無視した。足元の小石をカツンと蹴り上げると、それを恐ろしい速度で打ち出した。靴は蒼く燃える流星となってジェイへ飛んで行く。
「チッ……人が話してんだから、最後まで聞けよ」
スパアン!え、何が起こったんだ?
突然、ウィローの放った石は粉々になってしまった。その正体は、すぐにわかった。ジェイの手に握られている鞭だ。
「久々だなぁ、“コイツ”を抜くのは。腕がなまってねぇといいんだけどさぁ」
ヒュン、とジェイが鞭をしならせると、打たれたコンクリートの床が、スパンとえぐれた。バカな、ただの鞭だろ?
「あの鞭……スパイクみたいなのが付いてるっすよ」
黒蜜が目を凝らしながら言った。
「それに、よく見ると一本じゃないっす。いくつかの束になってるみたい……」
それを聞いて、ステリアがはっと息をのんだ。
「キャット・オ・ナインテール……」
「え?」
「九尾の猫と呼ばれる鞭。主に拷問に使用され、傷跡が猫のひっかき傷に似ていることからその名がついた……」
ひっかき傷?地面が吹き飛ぶほどの威力で打たれたら、骨だって吹っ飛んでしまいそうだ。
「ッ!センパイ、あのジェイってやつ、様子がおかしくないっすか!」
なに?ジェイに視線を戻すと、ジェイの顔がぼんやり赤く光っている……違う、奴の刺青だ。顔まで覆う巨大な刺青が、赤く発光している。
「あの光……まさか」
ジェイはびゅんびゅん鞭を振ると、それをビシっとウィローに突き付けた。
「“入墨”の力が使えんのは、お前だけの専売特許じゃ無いってことよ。キキキ、こっからが本チャンだぜ?」
そんな……マフィアにも、刺青が使える奴がいたなんて。
「あの刺青……」
リルが、目を見開きながらつぶやく。様子がおかしいな。
「リル、どうしたんだ?」
「あれは……あの模様は、知っている。前に同じ牢屋にいた彫師のものだ」
「え?」
「間違いない。彼は独特な画風だったから……けど、ずいぶん前に連れ出されたっきりだ。それがどうして……」
どういうことだ?あの牢獄にいた彫師の墨を、ジェイが持っている?ということは、逮捕以前に彫ったか、もしくはその後釈放されたのか……
パシーン!
「グゥゥ!」
乾いた破裂音で、ハッと我に返った。ウィローとジェイの戦闘が始まっている。
あの九尾の鞭に変えてから、ジェイは明らかに動きの切れが増していた。一方、ウィローは目に見えて苦戦している。しなやかな鞭は鉄パイプを絡めとってしまい、うかつに受けることができない。そしてその長いリーチで、ウィローを近寄らせなかった。
「くそっ!」
マシンガンが無くなったなら、隠れてる必要はない!俺は立ち上がって、瓦礫の陰から飛び出そうとした。
「ヘイ坊や!手ぇ出すんじゃねぇよ、すっこんでな!」
チュイン!
「ぐおっ」
「ユキ!」
ジェイが放った銃弾が俺の頬を掠める。拳銃をまだ持っていたんだ。
驚いた俺は、後ろに倒れてしまった。だが感じたのは、床の硬さではなく、もふっと柔らかい感触。
「あ、悪いキリー。ありがとう」
「ううん。へいき」
キリーが俺を抱きとめてくれたんだ。俺は起き上がろうとしたが、キリーは腕にギュッと力を込めて、俺を離そうとしない。
「キリー?」
「ユキ、ケガしてる……」
え?言われて気づいたが、頬からじわりと血がにじむのを感じる。さっきの銃弾か。
「こんなの、どうってことないよ」
「うん、わかってる……」
キリーの声が震えている。その時に気付いたが、俺を抱く手も、小刻みに震えていた。
「キリー……?」
「わかってる、わかってるよ。ウィローがピンチだ。けど、ユキが撃たれるのもイヤなの……!」
キリーの眉根は、彼女の葛藤がにじみ出たように寄せられていた。その声は、俺にというより、自分へ向けられているようだ。
「……キリー、すまない。無茶はしないが、今はウィローを助けないと」
俺はキリーの手をやんわりとほどくと、いまだ戦い続けるウィローの背中を見た。
ああは言ったが、正直いい手は思いついていなかった。信じられないが、ジェイはウィローの相手をしながら、正確にこちらを射抜いてきた。戦闘中に、片手であれだけの精度の射撃ができるとは……しかし、こちらから遠距離攻撃はできない。あれだけ激しく戦っていたら、ウィローにも当たりかねないだろう。
「グアッ……!」
ウィローの肩に鞭が直撃した。スーツがはじけ飛び、えぐられた傷口から鮮血が噴き出す。
だが、ウィローも負けていない。ウィローは再び飛んできた鞭をかわすと、そのまま飛び上がり、なんと壁面を走った。すごい、どういう芸当だ?
ジェイは壁を鞭打つが、ウィローはとんと壁を蹴って、そのまま鉄パイプを振り下ろした。
ゴキン!
「ぐっわ……!」
ジェイは利き腕じゃない左手でパイプを防いだが、耐え切れずに片膝をついた。が、右手で引き戻した鞭で足元を払う。ウィローはそれを宙返りでよけると、ハンドタンブリングで後ろに飛び退った。
「いっでえぇぇぇ!あーチクショウ、折れてたらどうしてくれんだよ!」
そう叫ぶジェイだったが、あいつはなぜか楽しそうに笑っている。……正気の沙汰とは思えないな。
「ウゥゥゥ……」
ウィローは肩を押さえながら、じりじりと距離をはかっている。お互いに一太刀ずつもらった形だ。ここからどう動くか……
ウィローが飛んだ!
「ガアァ!」
天井すれすれまで飛び上がったウィローに向けて、ジェイが鞭を振りかぶる。その瞬間、ウィローは天井にパイプを槍のように突き立てて、急ブレーキをかけた。そのままストっと着地するウィロー。うまいぞ、これでジェイは無防備に体をさらして……
「チッチッチ。おんなじ手はナシだぜ?」
なに!ジェイは鞭を振る寸前に腕を止めていた。読まれていたんだ!こうなると、危険なのはウィローのほうだ。ウィローはせめてもの抵抗で鉄パイプを構えたが、しなやかに襲いかかる九尾の前には無力に等しかった。
「クァ……ッ!」
首に巻き付いた鞭を掴んで、ウィローが苦しそうに呻いた。鞭はそれぞれが別の生き物のように動き、ウィローの首、右腕、左腿に絡み付いた。スパイクが食い込み、サーっと血が流れる。
「ッ!」
俺はもう、じっとしていられなかった。目の前の握りこぶしほどのコンクリ片を引っ掴むと、ウィローを助けに飛び出した。
「チッ、お邪魔虫め」
ジェイは俺にめざとく気づいたが、特にアクションは起こさなかった。思った通りだ。奴の左手は、さっきのウィローの一撃でまだ動かない。右手は鞭を握っているから、拳銃を抜くことができないのだ。
「おりゃあ!」
俺は手にしたコンクリのつぶてをぶん投げる。つぶては恐ろしい勢いですっ飛んでいったが、ジェイはそれをバックステップでかわした。だが、俺の狙いはそこじゃない。
「ウィロー、今だ!」
「ゥゥゥアアアア!」
ウィローは咆哮すると、力任せに鞭を引っ張った。俺の攻撃で体制を崩していたジェイは、為すすべなく引きづられ、壁に叩きつけられた。
「ぐぉっ……」
ジェイの手が緩むと、ウィローは巻き付いていた鞭を乱暴に引きはがした。彼女のケガは流血がひどいが、そこまで深くはなさそうだ。鞭のスパイクはたかが知れてる大きさだからな。
「ウィロー、いけるか……」
俺は最後まで続けられなかった。なぜなら、青く輝く鉄パイプが眼前に迫ってきたからだ。
ゴキン!
「ぐっ!」
とっさに腕で防いだが、俺はそのガードごとふっ飛ばされた。相変わらず凄まじい重さだ。だが、重要なのはそこではなく……
「ウィロー!どうしたんだ!」
「ウウゥゥゥゥ……!」
ウィローは憎しみのこもった目で、前方のジェイを睨み付けている。ウィローのこの目は、前にも見たことがあった。以前九分咲の力を暴走させたときの、あの目だ。
つづく
「だめだ!」
「ダメだよ!」
「危険だわ!」
俺たちの声は、きれいにはもった。ウィローはくす、と笑う。
「タイミングばっちりでしたね」
「ウィロー、笑い事じゃない。第一、“ああなる”のを一番嫌がっていたのは、ウィロー。きみじゃないか」
ウィローは握った手を胸に当てると、一つ一つ言葉をすくい上げるように、目を閉じ、慎重に口を開いた。
「……確かに、そうです。あれは、私が自らの中で、もっとも忌んでいた姿です……ですが、近ごろは、こう考えるようになりました。あれも、私の中に眠る力なんじゃないか。であるなら、それを活かす機会があるんじゃないか、と」
自分に眠る力……俺はあの夜から、ウィローが自分の過去について、ずっと悩んでいるのを知っていた。そんな俺だからわかる。彼女は、過去と決別するんじゃなくて、過去を受け入れようとしているんだ。
「私はずっと、“天使”だった時のことを忘れようとしていました。もう二度と、あんなことはしたくない、そう思っていた。けど……」
ウィローは目を開けると、俺たちの顔を見つめた。
「私が以前暴走したとき、ユキは私に向かって、私は私なんだ、と言ってくれました。メイダロッカ組のみんなも、私の過去を知ってなお、私を受け入れてくれた……なのに、私がいつまでもうじうじしているわけにはいかないじゃないですか」
ウィローはきっぱりと言い切った。
「今こそ、私は過去の鎖を断ち切って、天使の力を私のものにします。そして……奴を倒します」
確かに……ウィローの九分咲なら、銃弾すらも見切って、それをはじき返すことができる。今奴に一太刀浴びせられるのは、彼女しかいないが……
「ウィロー……」
「ですが、一つお願いがあります。ユキ、あなたに頼んでもいいですか?」
「ん、なんだ?なんだって言ってくれ」
「ふふ、ありがとうございます。これは、あなたにしか頼めません」
ウィローは自分の胸に手を当てるとはっきりと目を見据えた。
「もし……もし私が、正気を失ったら。その時は、私を止めてほしいんです」
「え……それは」
「殴っても、突き飛ばしてもかまいません。どうにかして、私を倒してください。万が一、みんなに手をかけるような事になったら……死んだほうがましですから」
「……わかった。必ず俺が止めてやる。心配するな」
「ありがとうございます。ああ……これで心置きなく戦えます」
「おーい、ネズミちゃん!出て来いよー!」
ガガガガ!銃弾がコンクリートの塊に打ち付けられる。ジェイが執拗に打ち続けたせいで、ユキたちの隠れる瓦礫はスポンジのように穴だらけになってしまった。
「チッ。籠城のつもりか?めんどくせぇ……」
ジェイは悪態をつくと、じりじりと前進を始める。言動のわりに、ジェイは慎重だった。ステリアの持つネイルガンを警戒して、うかつに飛び込むようなことはしない。この冷静さが、ジェイが狂人として恐れられながらも、組織の上官足りうる所以であった。
「ん……?」
違和感に気づき、ジェイが足を止める。
何か空気がざわざわする。大きな力のうねりが、あたりを取り巻いているような……
その時だった。
ゴォー!
強烈な蒼い光の柱が、瓦礫の向こうから立ち昇った。その圧倒的な光は、見た者にまるで空気までビリビリと震えているような錯覚をもたらした。
「やっとやる気になったかよ……!」
ジェイはこの状況の中でも、ニヤリと口元をゆがめて見せた。
ゴゴゴゴゴ!
蒼い光が、竜巻のように渦になって、ほとばしっている。なんだか触れると焼け付きそうな気がして、俺たちは無意識のうちに後ずさっていた。
「うぃ、ウィロー……?」
「……ァァァァアアアァァア!!!」
ウィローの絶叫がこだまする。その背中には、孔雀。羽を大きく広げ、だが反対に、目は悲しげに閉じられている。まるで今の彼女の心を映しているようで、俺は思わず身震いした。
「アァァア!」
ウィローが動いた!
ウィローは目の前の瓦礫を踏み台にして、高々と跳躍した。そのまま一直線にジェイへ飛び込んでいくが、奴もそれは読んでいたようだ。余裕たっぷりにマシンガンを構えると、引き金を引いた。
ダダダダ!
「ッ!ウィロー!」
銃弾が無数のつぶてとなって、ウィローに襲い掛かる。彼女なら見切れるとわかっていても、俺は無意識のうちに叫んでいた。もしかしたら……
しかし、そんな心配は杞憂だった。
「ガアァァァ!」
ガキン!キンキンキン!
ウィローが目にも止まらない速さで鉄パイプをふるうと、弾丸は彼女の目の前ではじかれた。すごい光景だ……俺にはパイプが帯びる青い燐光と、まき散る火花しか見えない。
「っ!」
ウィローの妙技にはさすがに度胆を抜かれたのか、ジェイは慌てて飛び退った。そこにウィローの鉄パイプが振り下ろされると、床はグシャリとひび割れてしまった。
「でっ……たらめだな、お嬢ちゃん?何食ったら、そんな動きができるんだ?」
ジェイの軽口に、ウィローは一切反応せずに突っ込んでいく。ジェイは再び距離を取ると、マシンガンを乱射した。
だがウィローはものともせずに、走りながらパイプで弾丸をすべてはじき返した。
「げっ。マジかよ……!」
「アアァァ!」
ゴパン!
やった!ウィローのパイプをもろに食らい、ジェイが吹っ飛んだ。だがジェイは、空中で体勢を立て直し、両足をザザザっとこすらせて着地した。よく見ると、マシンガンで鉄パイプを受けたようだ。
ジェイはぐにゃりとひん曲がったマシンガンを投げ捨てると、パチパチと拍手した。
「すげぇ!こんなに動ける奴は初めてだ!チビだと思ってなめてたぜ!」
ウィローは一切無視した。足元の小石をカツンと蹴り上げると、それを恐ろしい速度で打ち出した。靴は蒼く燃える流星となってジェイへ飛んで行く。
「チッ……人が話してんだから、最後まで聞けよ」
スパアン!え、何が起こったんだ?
突然、ウィローの放った石は粉々になってしまった。その正体は、すぐにわかった。ジェイの手に握られている鞭だ。
「久々だなぁ、“コイツ”を抜くのは。腕がなまってねぇといいんだけどさぁ」
ヒュン、とジェイが鞭をしならせると、打たれたコンクリートの床が、スパンとえぐれた。バカな、ただの鞭だろ?
「あの鞭……スパイクみたいなのが付いてるっすよ」
黒蜜が目を凝らしながら言った。
「それに、よく見ると一本じゃないっす。いくつかの束になってるみたい……」
それを聞いて、ステリアがはっと息をのんだ。
「キャット・オ・ナインテール……」
「え?」
「九尾の猫と呼ばれる鞭。主に拷問に使用され、傷跡が猫のひっかき傷に似ていることからその名がついた……」
ひっかき傷?地面が吹き飛ぶほどの威力で打たれたら、骨だって吹っ飛んでしまいそうだ。
「ッ!センパイ、あのジェイってやつ、様子がおかしくないっすか!」
なに?ジェイに視線を戻すと、ジェイの顔がぼんやり赤く光っている……違う、奴の刺青だ。顔まで覆う巨大な刺青が、赤く発光している。
「あの光……まさか」
ジェイはびゅんびゅん鞭を振ると、それをビシっとウィローに突き付けた。
「“入墨”の力が使えんのは、お前だけの専売特許じゃ無いってことよ。キキキ、こっからが本チャンだぜ?」
そんな……マフィアにも、刺青が使える奴がいたなんて。
「あの刺青……」
リルが、目を見開きながらつぶやく。様子がおかしいな。
「リル、どうしたんだ?」
「あれは……あの模様は、知っている。前に同じ牢屋にいた彫師のものだ」
「え?」
「間違いない。彼は独特な画風だったから……けど、ずいぶん前に連れ出されたっきりだ。それがどうして……」
どういうことだ?あの牢獄にいた彫師の墨を、ジェイが持っている?ということは、逮捕以前に彫ったか、もしくはその後釈放されたのか……
パシーン!
「グゥゥ!」
乾いた破裂音で、ハッと我に返った。ウィローとジェイの戦闘が始まっている。
あの九尾の鞭に変えてから、ジェイは明らかに動きの切れが増していた。一方、ウィローは目に見えて苦戦している。しなやかな鞭は鉄パイプを絡めとってしまい、うかつに受けることができない。そしてその長いリーチで、ウィローを近寄らせなかった。
「くそっ!」
マシンガンが無くなったなら、隠れてる必要はない!俺は立ち上がって、瓦礫の陰から飛び出そうとした。
「ヘイ坊や!手ぇ出すんじゃねぇよ、すっこんでな!」
チュイン!
「ぐおっ」
「ユキ!」
ジェイが放った銃弾が俺の頬を掠める。拳銃をまだ持っていたんだ。
驚いた俺は、後ろに倒れてしまった。だが感じたのは、床の硬さではなく、もふっと柔らかい感触。
「あ、悪いキリー。ありがとう」
「ううん。へいき」
キリーが俺を抱きとめてくれたんだ。俺は起き上がろうとしたが、キリーは腕にギュッと力を込めて、俺を離そうとしない。
「キリー?」
「ユキ、ケガしてる……」
え?言われて気づいたが、頬からじわりと血がにじむのを感じる。さっきの銃弾か。
「こんなの、どうってことないよ」
「うん、わかってる……」
キリーの声が震えている。その時に気付いたが、俺を抱く手も、小刻みに震えていた。
「キリー……?」
「わかってる、わかってるよ。ウィローがピンチだ。けど、ユキが撃たれるのもイヤなの……!」
キリーの眉根は、彼女の葛藤がにじみ出たように寄せられていた。その声は、俺にというより、自分へ向けられているようだ。
「……キリー、すまない。無茶はしないが、今はウィローを助けないと」
俺はキリーの手をやんわりとほどくと、いまだ戦い続けるウィローの背中を見た。
ああは言ったが、正直いい手は思いついていなかった。信じられないが、ジェイはウィローの相手をしながら、正確にこちらを射抜いてきた。戦闘中に、片手であれだけの精度の射撃ができるとは……しかし、こちらから遠距離攻撃はできない。あれだけ激しく戦っていたら、ウィローにも当たりかねないだろう。
「グアッ……!」
ウィローの肩に鞭が直撃した。スーツがはじけ飛び、えぐられた傷口から鮮血が噴き出す。
だが、ウィローも負けていない。ウィローは再び飛んできた鞭をかわすと、そのまま飛び上がり、なんと壁面を走った。すごい、どういう芸当だ?
ジェイは壁を鞭打つが、ウィローはとんと壁を蹴って、そのまま鉄パイプを振り下ろした。
ゴキン!
「ぐっわ……!」
ジェイは利き腕じゃない左手でパイプを防いだが、耐え切れずに片膝をついた。が、右手で引き戻した鞭で足元を払う。ウィローはそれを宙返りでよけると、ハンドタンブリングで後ろに飛び退った。
「いっでえぇぇぇ!あーチクショウ、折れてたらどうしてくれんだよ!」
そう叫ぶジェイだったが、あいつはなぜか楽しそうに笑っている。……正気の沙汰とは思えないな。
「ウゥゥゥ……」
ウィローは肩を押さえながら、じりじりと距離をはかっている。お互いに一太刀ずつもらった形だ。ここからどう動くか……
ウィローが飛んだ!
「ガアァ!」
天井すれすれまで飛び上がったウィローに向けて、ジェイが鞭を振りかぶる。その瞬間、ウィローは天井にパイプを槍のように突き立てて、急ブレーキをかけた。そのままストっと着地するウィロー。うまいぞ、これでジェイは無防備に体をさらして……
「チッチッチ。おんなじ手はナシだぜ?」
なに!ジェイは鞭を振る寸前に腕を止めていた。読まれていたんだ!こうなると、危険なのはウィローのほうだ。ウィローはせめてもの抵抗で鉄パイプを構えたが、しなやかに襲いかかる九尾の前には無力に等しかった。
「クァ……ッ!」
首に巻き付いた鞭を掴んで、ウィローが苦しそうに呻いた。鞭はそれぞれが別の生き物のように動き、ウィローの首、右腕、左腿に絡み付いた。スパイクが食い込み、サーっと血が流れる。
「ッ!」
俺はもう、じっとしていられなかった。目の前の握りこぶしほどのコンクリ片を引っ掴むと、ウィローを助けに飛び出した。
「チッ、お邪魔虫め」
ジェイは俺にめざとく気づいたが、特にアクションは起こさなかった。思った通りだ。奴の左手は、さっきのウィローの一撃でまだ動かない。右手は鞭を握っているから、拳銃を抜くことができないのだ。
「おりゃあ!」
俺は手にしたコンクリのつぶてをぶん投げる。つぶては恐ろしい勢いですっ飛んでいったが、ジェイはそれをバックステップでかわした。だが、俺の狙いはそこじゃない。
「ウィロー、今だ!」
「ゥゥゥアアアア!」
ウィローは咆哮すると、力任せに鞭を引っ張った。俺の攻撃で体制を崩していたジェイは、為すすべなく引きづられ、壁に叩きつけられた。
「ぐぉっ……」
ジェイの手が緩むと、ウィローは巻き付いていた鞭を乱暴に引きはがした。彼女のケガは流血がひどいが、そこまで深くはなさそうだ。鞭のスパイクはたかが知れてる大きさだからな。
「ウィロー、いけるか……」
俺は最後まで続けられなかった。なぜなら、青く輝く鉄パイプが眼前に迫ってきたからだ。
ゴキン!
「ぐっ!」
とっさに腕で防いだが、俺はそのガードごとふっ飛ばされた。相変わらず凄まじい重さだ。だが、重要なのはそこではなく……
「ウィロー!どうしたんだ!」
「ウウゥゥゥゥ……!」
ウィローは憎しみのこもった目で、前方のジェイを睨み付けている。ウィローのこの目は、前にも見たことがあった。以前九分咲の力を暴走させたときの、あの目だ。
つづく
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