異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第85話/Tempest

第85話/Tempest

「……遅いぞ、ジェイ!」

「いやぁー、悪いわるい!」

まったく悪びれていない様子で、きちんと身なりを整えたジェイが部屋に入ってきた。

「ったく……父さん、全員揃いました」

十字の瞳の男、クロは、きちっとお辞儀をした。
絨毯の敷かれた室内には、大勢の黒服たちが勢ぞろいしている。それもひとえに、目の前の一人の男が、鶴の一声を上げたからだった。

「あぁ……」

ひどくかすれた声が、天幕の向こうから聞こえてきた。上半身は幕に遮られて見えないが、その下からは身なりの良さそうなスーツがのぞき、シルクの手袋が上品に光を反射していた。

「息子たちよ……よく……集まってくれた」

その声を聞き、男たちはいっせいに頭を下げた。

「今日……お前たちを、呼んだのは……他でもない。今起こっている……ヤクザとの……抗争のことだ」

「はい、父さん。承知しています」

「この前報告した、チョロチョロここを嗅ぎまわってるヤツらのことだろ?」

クロとジェイがそれぞれ答える。ほかの黒服たちは黙ったままだ。彼らもそれなりに高い地位の者たちだったが、ここまで自由にファーザーと話せるのは、クロとジェイと、あともう一人だけだ。

「そうだ……我ら……ファローファミリーがプレジョンを獲る日は近い……ここでつまらん茶々を入れさせては……ならん」

「もちろんだぜ、親父。心配すんなって、あんな死にぞこないくらい、大したことねぇよ!」

「油断するな、ジェイ……奴らは……奇妙な術を、使う……」

「あん?奇妙な、術……だって?」

「そうだ……クロ イツ、お前は直接……やりあったことがあったな?」

「はい。奴らの力は人外で、面妖な……そして恐ろしく強力なものでした」

「うむ……心してかかれ、息子たちよ……総力を持って……奴らを叩き潰すのだ。一滴の血も残してはならん……」

「はい!」

男たちは、再び一斉に礼をした。天幕の向こうの気配が消えると、男たちは一人、また一人と扉を開け、部屋を後にしていった。残ったのはクロとジェイだけだ。

「まったく、親父も心配性だよな?あんなこといちいち言わなくたって、俺たちなら大丈夫だってのに。なあクロ?」

「どうだかな。俺やお前はともかく、他の連中は不安が残る。父さんもそれを分かっていたんだろう」

「かぁー!マジメだねぇ、お前は。ま、お前らしいっちゃらしいか」

ジェイは大げさに手振りをすると、部屋の扉に手をかけた。

「んじゃな、クロ。俺はもう行くぜ。“強敵さん”を迎え撃たなきゃいけないからな」

ハハハという笑い声は、扉がバタンと閉まると同時に聞こえなくなった。
自分一人になった部屋の中で、クロはおもむろに口を開いた。

「……もう出てきたらどうですか、“クイーン”?」

「……バレてたの?」

気まずそうな声とともに、部屋のカーテンの奥から一人の少女が顔をのぞかせた。丸っこいはちみつ色の瞳の娘だ。同じ色の髪を、腰のあたりまで伸ばしている。

「ええ。おそらく、父さんも気づいていたと思いますよ」

「そっか……あと、その呼び方。やめてよね」

「しかし……」

「二人っきりの時は敬語もやめてって言ったじゃない。忘れちゃったの?」

「……わかった、“キュー”」

「よろしい」

キューと呼ばれた少女は、満足げにうなずいた。細い髪がサラリと揺れる。

「それで、どうした?お前がここに顔を出すなんて」

「うん……やっぱり、ちょっと気になっちゃって」

「……例の、ヤクザとの交戦のことか」

「うん……」

はぁ……クロは内心でため息をついた。またこのお嬢さんの悪い癖だ。血なまぐさいことなど俺たちに任せておけばいいものを。

「ねぇ、やっぱり……」

「さっきも聞いてたんだろう。父さんの意思は決まった。ヤクザは根絶やしにする。これがファミリーの決定だ」

クロが強めに言うと、キューはぐっ、と言葉を詰まらせた。

「……どうして。一度は見逃そうって話になったじゃない」

「状況が変わったんだ。奴らは逃げずに、戦うつもりらしい。なら、ファミリーは容赦しない」

「なんで……負けるってわかってるでしょう……?」

「奴らはそういう生き物なんだ。俺たちとは根本から違う」

「もう、クロはすぐそういうこと言う。同じ人間じゃないの」

キューはぷくっと頬を膨らませる。子どもっぽいしぐさに思わず吹き出しそうになった。

「もう諦めろ。この戦争はあいつらが滅ぶまで終わらない。なんでそこまでこだわるんだ?」

「だって……いちお、いいだしっぺだし……」

キューはスカートのはしをいじりながらぼそりと言った。
首都を離れるヤクザは止めず、後追いもしない。一度決まったファミリーの方針は、キューの発案によるものだった。クロもまさか通るとは思っていなかったから、その時は驚いたものだ。
さすが、クイーン。ファミリーの実質ナンバースリーにして、唯一の……

「“お父様”、約束するって言ったのに……」

「“娘”のお前の頼みだから、聞いてくださったんだ。文句を言うな」

そう。ファーザーを、“本当の意味で”父と呼べるのは、キューただ一人だけだ。もっとも、今は、だが……

「……“ケイ”兄様がいれば、もっとうまくやってくれたのかな」

「……よせ。あの人でも、今のこの状況は変えられない。もう一度言うが、もう諦めろ」

「……」

納得していない。キューの顔にありありと書いてあった。
バカな娘だ、とクロは思った。こういったことは日常茶飯事だろうに、それでもまだ、この
娘は優しさというものを捨てようとしない。報われたことなど、一度もないだろうに。

「……わかった、俺の部下たちには無駄な殺しを控えるように言っておく。逃げる分には追い打ちもしない。これでいいか」

「クロ……!うん、ありがとう!」

キューの顔にぱっと花が咲いた。だが、すぐに不安そうな顔色になる。

「けど、クロ。それでクロが危なくなるんじゃ、わたし嫌よ。わたし、もしクロが……」

「バカ。敵を助けるために自分の命を差し出す奴がいるか。俺はあいにく、そこまでお人よしじゃない」

「うん……クロ、絶対帰ってきてね。兄様みたいに……」

最後のほうは聞こえないくらい小声になっていた。だがクロは、あえて何もたずねなかった。

「……もう行くぞ。お前もすぐに帰れ。ここもいつ戦場になるか……」

クロが言いかけた、その時だった。
ズズゥゥン!

「きゃあ!」

地鳴りのような、低い音と振動。地下だからか、余計に音が響く。

「チッ!もう始まったか!」

これは奴らの開戦の狼煙だ。クロはそう確信していた。


ズズゥゥン。

「きゃあ!」

「うおっ、なんだ!」

地下道に重低音が響き渡った。
俺たちはファローファミリーのアジトへ向かって、地下道を進んでいる真っ最中だった。別の入り口から侵入したチャックラック組が動き次第、俺たちも突入する算段だったが……

「これが……チャックラック組の、“合図”でしょうか」

レスがずれたメガネを直しながらつぶやく。

「あいつら、いったい何をしたんだ……?」

別れる前の、ファンタンを思い出す。やつは、その時は必ず分かるから大丈夫、と言っていたが。

「にしても限度があるだろ……」

「しかし、これだけ大きな音なら、マフィアにも確実に聞こえたはずです。いましばらく待ってから突撃しましょう」

レスは近くの黒服を一人呼び止めると、何かを言いつけて、入口のほうへ走らせていった。おそらく、待機させていた残りの組員を呼びに行かせたのだろう。ところで、レスは一向に動く気配がない。

「あの、代行。代行もいっしょに……?」

「ええ。そのつもりですが?」

マジか……俺は、レスを改めて見つめる。足元は踵の低いヒール、服は相変わらず白いスーツ。およそ戦う格好には見えないが、大丈夫なのだろうか。極めつけに、彼女は鳳凰会の現トップだ。

「……?ああ、私が一緒なのが疑問なのですね。それとも女が鉄火場にいるのが不安ですか?」

「いえ、そこに関して俺は何の意見もありませんが……」

そんなことを言ったら、メイダロッカ組のほとんどは女だ。そうじゃなくて……

「あなたは、四代目代行じゃないですか。ふつう、トップは自ら戦場へは赴かないんじゃ」

「そうですね。ユキさんの意見は正しいです。が、今は鳳凰会の全勢力がここに集中しています。なら、どこにいても大して変わらないじゃないですか」

「そ、そうですかね……?」

「それに、私は陣頭指揮のほうが性に合うんです。こんな一世一代の大勝負、最前線で楽しみたいじゃないですか」

そう言うと、レスは今まで一番いい笑顔で、にこりと笑った。
どうにも、俺はレスという女を誤解していたような気がする。この人は落ち着いたキレ者だと思っていたが、キレているのは頭だけではなさそうだぞ……

「あと、腕に関しては気にしないでください。自分の身を守るくらいなら大丈夫ですよ」

「わ、わかりました」

ここまで自信たっぷりに言い切られちゃ、返す言葉はないな。四代目にとやかく言うわけにはいかないし。

「おい」

その時、背後からニゾーに呼び止められた。珍しいな、あの人から声をかけてくるなんて。

「どうしましたか、ニゾーの兄貴」

「どうしたじゃねえ、バカ野郎。あんまり四代目にナメた口きくんじゃねえ」

え。まさか、ニゾーにそんなことを言われるとは思わなかった。

「いいか、あの人がなんで『四代目代行』のポストにいるのか考えろ。鳳凰会のトップに、頭が回るだ器量がいいだの理由でのし上がれるわけ無いだろうが」

俺はハッとした。レスは三代目には気に入られていたようだが、それを他の組員が認めるわけがない。跳ねっ返りが多いヤクザならなおさらだ。

「知らねえようだから教えてやるが。あの女に銃を持たせたら右に出るもんはいねえぞ。ヤツは三代目お抱えのヒットマンとして、今の地位にまで上り詰めたんだ」

「ヒットマン……」

つまりは、暗殺者。

「外面がいいから、気づいてないやつは多いがな。俺はあの女に背を向けるだけでもぞっとするぜ」

「そう……だったんですか」

「あぁ。あの女に関しちゃ、その辺の男よりよっぽど腕が立つぜ。お前はそれより、自分とこの組長を気にしとけよ。気づいたらおっ死んでました、じゃ冗談にもならねえぜ」

それは、確かにそうだ。キリーは拳銃恐怖症もあるから、銃撃戦になったら格好の的だ。

「ま、俺としてはくたばってくれた方が後々楽だけどよ。そのほうが代行の覚えもいいってもんだ」

ニゾーは最後に憎まれ口を叩くと、スタスタと歩いて行った。ち、いちいち一言多い男だ。
だが……言い方はあれだったが、今のはヤツなりの助言だったのかもしれない。俺は釈然としない気持ちで、ニゾーの背中を見つめた。

「ユキ?どうしたの?」

「ん?ああ、キリーか」

キリーが不思議そうな顔で近寄ってくる。

「めずらしいね。ニゾーの兄貴とお話し?」

「ああ、少しな……」

どうしよう。ちょうどいい機会だから、キリーとも話しておこうか。

「なあ、キリー?」

「ん?なぁに?」

「その……今回の突撃、きみは待っていてくれないか」

「え……」

キリーは一瞬、目を丸くした。が、すぐにふにゃりと笑った。

「なんてね。ユキの言いたいことは分かるつもり。今回、わたしはあまりにお荷物だよね」

「キリー、そうじゃない。けど、危険なのは確かだ」

「うん……けどね、これはワガママ。組長とか命令とか何にも関係ない、わたしのおねがいだよ」

キリーは、俺の手をぎゅっと握った。

「わたしも連れてって。もう、待ってるだけはやだよ」

「……」

「プレジョンから逃げ出す時、ユキが一人で残って……わたし、あれから毎日ユキのこと待ち続けた。あの時初めて、待つってこんなに辛いんだってわかったの……」

キリーはうつむきながら言った。その手は微かに震えている。
俺は悩んだ。組員としてなら、ここは絶対止めるべきだ。レスのように護身の心得があるならともかく、銃そのものがダメなキリーはどう考えても危ない。
だが……

「分かった。キリー、俺たちと一緒に来い」

「え……いいの?」

「組員だとか、ヤクザの掟だとか、そんなものは全部知るもんか。俺は一人の友達として、お前の願いを聞いてやりたい」

「ともだち……」

「ああ。俺がお前を守ってやる」

ふぅ……言ってしまった。けど、後悔はない。結局のところ、俺はキリーが大事なんだ。

「……」

「……キリー?」

キリーはうつむいたまま、何も言わない……さすがに沈黙はつらいな。

「キリー?あの……」

「へっ?」

うわっ。ようやくこちらを向いたキリーの顔は、耳まで真っ赤っかだった。

「ぷっ、どうしたんだよキリー。リンゴみたいだぞ」

「え。ぃや、その、あぅ……」

「?」

キリーはパッと俺の手を放すと、そのまま数歩後ずさった。
なんだか新鮮だ。いつもあっけからんとしてるキリーが、こんなにもじもじしてるなんて。

「キリ……」

「へ〜え……ずいぶんカッコいい啖呵を切るじゃない」

「おわっ!」

つぅ、と背中をなでられた。
ビックリして振り返ると、アプリコットがニヤニヤしながらこちらを見ている。彼女だけじゃない、スーにウィロー、メイダロッカのみんなが集まっていた。

「なんだよ……みんな聞いてたのか」

「すみません、ユキ。盗み聞きするつもりではなかったのですが、なにやら重要そうな内容だったので」

ウィローが申し訳なさそうに謝る。

「いや……けどそうだよな。仲間のことなんだから、きみたちにも話しておくべきだったよ」

「ええ、けどこれでみんな聞けましたから。そのうえで、あなたと同じ考えのつもりです」

ウィローの言葉に、みんなもうなずいた。よかった、俺だけじゃなかったんだな。

「だってさ、キリー。よかったな」

「へ?ああ、う、うん。よかった!」

キリーは相変わらずギクシャクしていた。へぇ、珍しく照れてるのかな。

「なぁ~によキリー、赤くなっちゃって!」

アプリコットがここぞとばかりにからかうと、キリーはわたわたと手を振った。

「あ、赤くなってなんかないよぅ」

「いや、それは無理があるでしょ。にしてもちょっと意外、アンタにも人並みにオトメゴコロってのがあるのね」

「え。え?」

「だってアンタ、さっき完っぜんにトキメいてた……」

「わー!もう、勘弁してよー!」

キリーは耳をふさぐと、バタバタと逃げてしまった。俺たちは皆、ぷっと吹き出してしまった。キリーには悪いが、ほどよく緊張が解けた気がする。

「……皆さん、そろそろ時間です」

レスが静かに言い放つ。俺たちもふざけるのをやめ、彼女のほうを向いた。

「各々お分かりかとは存じますが……この戦いは、正真正銘の正念場です。敵はマフィア、ファローファミリー。我々鳳凰会は、全勢力をもってこれを撃破、首都を奪還します。言うなればこれは、“ヤクザ”の存亡をかけた戦いなのです」

レスはそこで言葉を区切ると、すぅと息を吸い込んだ。

「お前らぁっ!」

ビリビリビリ!
うお、レスが空気を震わせるほどの大声を出した。驚いたスーが、俺の横で小さく声を上げた。

「タマぁ張れよ!ここが勝負どころだ!勝って男上げて見せろ!」

うおおぉぉ!
レスの声に鼓舞されるように、組員たちも一斉に声を張り上げた。いつの間にか、外にいた連中も合流したようだ。水路の中に男たちの叫びがこだまする。

「うかうかしてると、オレが全部喰っちまうぞ!アマにケツ毟られるなや!」

おおおぉぉ!
再びの大合唱。お互いに煽り合って、興奮を高めているようだ……首都流を知らない俺たちは、茫然とその光景を眺めていた。

「行くぞおおおぉぉぉ!」

わああぁぁぁ!
レスがたっと駆け出すと、男たちも一斉に走り出した。波に呑まれないように、俺たちも慌てて走り出す。

「もう!なんなのよ、もっと静かに行けないワケ!?」

アプリコットが隣で駆けながら、大声で悪態をつく。ウィローもその光景に圧倒されながらも、コクリとうなずいた。

「前に聞いたことがあります!カチコミの際には、組員総出で嵐のようになだれ込む……これが鳳凰会流だとか」

「あー!ヤクザって、バカしかいないのね!」

同感だな。俺は心の中でアプリコットに賛同すると、にやり と笑った。
俺たちの総数は、多めに見ても百何人というところだろう。対するファローファミリーは、万をくだらないはずだ。

「よっし!行こう!」

つづく

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