異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第82話/Dream

第82話/Dream

「なっ……」

革命。こいつら、テロを起こして、政権を乗っ取るつもりなのか!

「……さすがに、アンタたちだけでってことは無いわよね。子どもの妄想にしても、タガが外れてるわ」

「ああ。オレたちだって、そこまでバカじゃないさ」

「ちょ、ちょっとソーダ、まずいよ!それは秘密だってジェイ兄さんに……」

「平気さ、ホック。別にバレやしない。それに、オレに考えがあるんだ」

ソーダは止めるホックを押し戻すと、アプリコットに向き直った。

「あんた。あんただって、俺たちと同じ耳つきだ。てことは、アストラに恨みもあるし、苦労もしてきたんだろ?」

「……ええ、そうね」

アプリコットは重くうなずく。謂れもなく虐げられる獣人たちを、彼女はいやというほど見てきたはずだ。

「だったら、あんたがオレたちと来いよ。いっしょに獣人のための国を作るんだ」

「……なんですって?」

ソーダはまるで演説するかのように、両腕を広げて話し出した。

「ファローファミリーは今、ケッセンに向けて準備を進めているんだ。その時に、オレたちみたいな行き場のない獣人にも大勢声をかけた。どうしてだと思う?」

「……だいたい想像はつくわね。けど、教えてくれるかしら?」

「ああ。それはな、獣人のための国を作ると約束してくれたからなのさ!」

ソーダの目は爛々と輝いていた。
そんなはずはない、と俺は思った。俺なら、都合のいいことをうそぶいて獣人を騙す。彼らは日ごろの鬱憤のせいで操りやすいし、使い捨ての戦力にはもってこいだから。

「……そんな都合のいい話があると思って?」

アプリコットも俺と同じ考えのようだった。やれやれと首を振っている。

「わたしたちだって、そこまでうまくいくとは思ってないわ」

ホックがうつむきがちに言った。

「けど、兄さんたちが本気で革命を起こそうとしてることは事実よ。そうなれば、少なくとも、このくそったれな国は消えてなくなる。またゼロからのスタートに戻すことができるわ」

「それで?マフィアが牛耳る新しい国で、アンタたちはまたこき使われるのかしら」

「そんなことにはならない!オレたちは平等になるんだ!」

ソーダはどん、と足を踏み鳴らした。対照的に、ホックは自信なさげに続ける。

「……この戦争でわたしたちが頑張れば、獣人は勝利に大きく貢献したことになるわ。そうなれば、兄さんたちだってわたしたちを邪険にできないはずよ」

「ホック!どうしてそう気弱なんだ!ジェイの兄貴は言ってくれた!戦争に勝ったら、オレたちに金と家をくれるって!オレたちは何不自由なく暮らせるようになるんだ!」

あり得ない。獣人一人ひとりにそれだけの保証をするなんて、国一つじゃとても足りないはずだ。

「だからさ、姉さん。姉さんもオレたちと一緒に行こうぜ。そうすりゃ、ムカつくアストラ人なんてあっという間にぶっ潰せる!オレたちの武力はすごいんだぜ。きっとうまくいくはずさ」

興奮するソーダを、アプリコットはひどく冷静に見つめていた。いや、あれは憐れんでいるのか……?

「……お誘いありがとう。けどね、あたしの仲間もアストラ人なの。そんな見境なくアストラ人を殺すような作戦に、賛同はできないわ」

「な、なんだよ。アストラ人の肩を持つってのか」

「そうじゃない。けどね、善悪の分別もつかないようじゃ、それはもう獣よ。人間以下だわ」

「オレたちは獣人ってだけで差別されてきた!それをやりかえして何が悪いんだ!」

「あたしは、耳の有無を気にしない人たちを知ってるから。獣人かアストラ人か、どちらかしか選べない選択肢なんて、そもそも間違っているのよ」

ソーダは、はぁはぁと荒い息をしながら、ギロリとアプリコットを睨み付けた。

「……オレたちの仲間になる気は、ないらしいな」

「ええ。悪いけどね。アンタたちが考え直すってんなら、話は違うわよ?」

「ふざけんな!アストラ人の味方をするなら、お前だって敵だ!」

ソーダは再びバタフライナイフを構えた。アプリコットは片手をかばっているが、その指先からはまだポタポタと血が流れていた。

「覚悟しろ!女だからってヨウシャは……」

「待って、ソーダ!」

再び、ソーダはホックの手によって引き戻された。

「ぐえっ。ホック、お前いい加減に……」

「ソーダ。あのお姉さんとやりあう必要はないでしょ?」

「バカ、あいつらは侵入者で……」

「けど、お姉さんはわたしが手を出しても、何もしなかったわ。抵抗くらい、できたはずでしょ?」

「それは……」

ソーダはぐ、と言葉に詰まる。ホックはアプリコットの傷を、ちらりと見ながら続けた。

「それに、下手に騒ぎを起こすほうがまずいよ。あっちは数も多いし、わたしたちも兄さんたちを呼ばないと……何もなかったことにできるなら、それがいいと思わない?」

最後のほうは、俺たちに向けた言葉だろう。お互い無駄な衝突は避けよう、仲間を呼ばれたら困るだろ?といったところか。
それを汲んでか、アプリコットはこくりとうなずいた。

「あたしは、ハナからそのつもりだったわよ。ここには迷い込んだだけだもの。見聞きしたこと、ベラベラじゃべるつもりはないわ……それとも、獣人のいうことは信用できないかしら?」

うまい言い回しだ。暗に自分たちは仲間だ、と訴えかけている。

「……わかった。お前を信じて、今回だけは見逃してやる。だけどこれっきりだ。次はないから、もう二度と来んじゃねぇぞ」

「ええ。ありがとね、ソーダくん?」

アプリコットがパチリとウィンクすると、ソーダは顔を赤らめて、そっぽを向いた。

「さ、そういうことらしいから。あの子たちの気が変わらない内に、さっさと行きましょ」

アプリコットはくるりときびすを返すと、俺たちの背中をぐいぐい押した。

「あ、アプリコット?」

「いいから。お願い、今だけはあたしのわがまま聞いてちょうだい」

うつむきがちにささやくアプリコット。そう言われちゃ、反論もできないな。

「あ、そうだわ。ねえソーダ、ひとつだけ聞いていい?」

「あん?なんだよ」

「あんたたち、両親のことは覚えてるの?」

「は、はあ?なんだよいきなり……」

突然の質問にソーダは面食らったようだが、ふいと視線を外して呟いた。

「覚えてるわけないだろ。オレたちは、みんな孤児だ」

「そう……あたしと同じね」

「あんたもなのか……?」

「ええ。この名前も自分でつけたの。確か、初めて飲んだお酒の名前だったわ」

「ハハハ!なんだそりゃ。オレたちとは大違いだな」

「あら、それじゃあアンタたちはどうなの?」

「オレたちは兄貴たちに名前をもらったんだ。ジェイの兄貴は、素晴らしい名前だと褒めてくれたんだぜ!」

「……そうね」

この子たちにとって、兄貴分は名付け親でもあるのか。忠誠心も強くなるわけだ。

「……わかったわ、ありがと。それじゃ、あたしたちはもういくわね。ほら、行くわよ!」

「え、あ、ああ……」

俺たちはアプリコットに促されるまま、元きた道を逆戻りし始めた。

「アプリコット、それよりきみの怪我は……」

「大したことないわ。それより、早くここを離れましょ」

傷を負ったままで、下水道を歩くのは危険だ。破傷風にでもなったら……だがアプリコットは有無を言わさない様子で、ずんずんと先に行ってしまう。
照明の吊るされたトンネルを黙々と歩き続け、しばらく経ったころ、ようやくアプリコットは口を開いた。

「ふぅ……ここまでくれば、とりあえず平気かしら。尾けられてもいないようね」

アプリコットが後ろを振り返りながら言う。

「アプリコット、せめて傷の手当だけでもしないと」

「ああ、これね。ほんとに大丈夫なのよ、ほら。もう血も止まってるわ」

アプリコットは手のひらを差し出した。跡は残っているが、確かに血は固まっているようだ。

「そうか?……けど長居はしないほうがいい」

「そうね。あたしもあまり長くここにいたくないわ」

アプリコットはうんざりしたように溜息を吐いた。

「ああ……それと、ああいう危ない挑発もこれっきりだ。見ててヒヤヒヤするよ」

「はいはい、肝に銘じておくわ……結局うまくいかなかったしね」

「うん?」

「血を使ってもダメだってことよ。あの子が本気じゃないのはわかってたから、そこに付け込んだんだけど……結局傷つけるだけになっちゃった。最低ね」

え?どういうことだ、つまり……アプリコットは、ホックが本気で切りつけるつもりじゃ無いことを分かってて、あえて刃を掴んだのか。

「……血を見せて、自分のしようとしてる事がどんな事か自覚させた?」

「そうよ。そうやって目を覚まさせようとしたんだけど……ダメね。あたしにはうまくできないわ」

アプリコットは悩みを振りはらうように、ぶんぶんとかぶりを振った。

「やめやめ!あんなやつらのこと、今はほっとけばいいわ。それより、こんな辛気臭いところ早く出ましょ」

「えっ、おい。アプリコット……」

アプリコットはすたすたと先に行ってしまった。その背中を釈然としない気持ちで見つめる。彼女は、あの子たちのことをあまり気にしていないのだろうか。そんな風には見えなかったが……

「……ユキ」

「ん?どうしたんだ、ウィロー」

裾を引かれて、ウィローを振り返った。ウィローは目で合図すると、少しだけ脇に逸れて、みんなから距離を取った。
俺が彼女のそばに寄ると、ウィローは眉間にしわを寄せて、小声で言った。

「……さっきの子どもたちのことを考えていたんです」

「ん、ああ。やっぱり気になるよな。あのままでいいのか……」

それともあの場で幸せになれるのなら、それはそれでいいのかも、とは思う。

「……私は、彼らは確実に死ぬことになると思います。それもそう遠くないうちに」

背筋がつぅ、と冷たくなるようだった。確実に、死ぬ?

「どういうことだ、ウィロー」

「……名前です」

「名前?」

「ええ。彼らの名前……ソーダと、ホックでしたね」

そう、それがあの少年少女の名前だ。兄貴分から貰ったと、ソーダは誇らしげに語っていた。

「これらの言葉は、すべて“捨て札”という意味です」

「なんだって……」

捨て……札?

「もとはギャンブルで使われる言葉です。意味は、読んで字の如く……勝負の最も初めに切られる、一番弱いカードたちの総称です」

最初に切られる、弱いカード……

「つまり、あの子たちは……捨て駒、ってことなのか?」

「確かなことはわかりません。ですが……わざわざその言葉を選んで名付けるというのは、そういうことかと……」

そうだ。ソーダたちは、名前を付けてもらったといっていた。ならば、彼らの兄貴分は、すべて分かったうえで、彼らに捨て札などと名のならせている……

「ふ……ざけるな!あの子どもたちをなんだと思ってるんだ……!」

俺は先を行くアプリコットの背中を見た。今聞いたことを知らせれば、きっと彼女も考えを変えるはずだ……!

「……およしなさい、ユキ」

「え?ウィロー、なんでだ!」

ウィローは悲しげに、ゆるゆると首を振った。

「アプリコットは分かっていますよ。だからこそ、最後に親がいるのかと尋ねたのでしょう」

俺はハッとした。そうだ、あの時アプリコットが質問したから、名付け親がマフィアだとわかったんだ。彼女は最初から分かっていて、あんなことを訊いたのか。

「なら……その上で、打つ手なしと踏んでいるのかな」

「どうでしょう。しかし生半可な言葉では、彼らの殻を壊すことは難しそうです」

「……そうだな」

ソーダたちにとっては、あそこが居場所なんだろう。だが俺には、そう思い込もうとしているようにしか見えないのだ。

「何にしても、彼らをどうにかしないと、アジトへの侵入は難しそうですね。次に出会った時には、今度こそ一戦交えることになりそうです」

「冗談じゃないぜ……」

「あら、さすがに子どもは殴れませんか?」

「殴りたくないし、殴らせもしない。まだ子供の彼らに、そんなことさせるものか」

俺の言葉に、ウィローは目を丸くした。

「……」

「な、なんだよ。俺は本気だぞ」

「いえ……少し、驚いてしまって。なるほど、そういう風に考えるんですね」

ウィローはそんなこと聞いたのは初めてだ、としきりにうなずいている。

「ユキ、やはりあなたは優しすぎます。ヤクザじゃないみたいです」

「はは、らしくないとはよく言われるがな……けど、ウィローだってそうだろ?」

「いえ、私は……あの子たちくらいの歳には、もう人を切ったことがありましたから」

……。
言葉が出ない。なんて言ったらいいのか、わからなかった。

「ですが、そうですね。私はあなたほどは優しくなれないです。けれど、私と同じ目に合う人間は、少ないほうがいいとは思います」

「……そうか。俺は、全力を尽くすつもりだよ。あの子たちとの闘いを避けてみせる」

「そうですか。なら、私も乗ることにします。分は悪そうですけどね」

ウィローは冗談めかしてクスリと笑った。
けど、俺はマジだぞ。というのも、あの子たちを見てると、ルゥの影がちらつくのだ。ルゥの友達になっていたかもしれない子どもを、そんな目に合わせてたまるもんか。
俺はぎりと奥歯を噛み締めて、決意を新たにしたのだった。

つづく

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