異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第81話/Stray child

第81話/Stray child

「っ!くそ!」

しまった、マフィアか……!
しかし、そこにいたのは予想に反して、みすぼらしい格好をした少年少女だった。

「な、なんだ……きみたちこそ、こんなとこで何してるんだ?ここは子どもの遊び場じゃないぞ」

「コドモだと!ふざけるな!ここはオレたちファローファミリーのナワバリだぞ!」

一人の少年が、ダンと足を踏み鳴らした。なんだって?この子どもたちもファローの連中?

「……冗談で言ってるのか?」

「ホントウのことだ!オマエ、オレたちをバカにしてるのか……!」

少年はおもむろに腰に手をやると、そこからバタフライナイフを引き抜いた。それを合図に、後ろの子どもたちも手に手に武器をとる。

「あまりナメタ態度だと、イタイ目見るぞ……!」

「……喧嘩をするつもりは、ないんだけどな」

俺は姿勢を低くした。子どもが持ったとしても、凶器に変わりはない。むしろ一層危険だ。何かあったら、すぐ動けるように……

「待って、ユキ」

俺を制して進み出たのは、アプリコットだった。

「アプリコット、あまり前に出るな。子ども相手でも危険だ」

「ええ、分かってる。けど見て、あの子たち普通の子どもじゃないわ。獣人よ」

え?俺は慌てて子どもたちを見た。ぼさぼさの髪に隠れているが、確かに耳が見え隠れしている。少年の耳は……鼠、だろうか。

「それに、あの子たちの恰好……武器だって、ヒビだらけ、錆びまみれだわ」

「本当だ……なにか、事情がありそうだな」

「でしょ?ね、ここはあたしに任せてくれない?」

「……わかった。無茶はするなよ」

俺はわきによけ、アプリコットの隣に立った。いざとなれば、いつでも飛び出していける距離だ。

「なにコソコソ話してる!オレを怒らせるとどうなるか、知りたいらしっ……」

「待って!」

少年が怒り心頭で飛びかかろうとするのを、獣人の少女が後ろから引き留めた。

「ぐえっ。ナニすんだ!」

「ほら、あのお姉さん。わたしたちと同じだよ」

「あぁ……?」

少年はアプリコットのほうへ振り向くと、頭の部分ではっと目を見張った。猫の耳をまじまじと見つめている。

「ね?あたしは少なくとも、この恐いお兄さんよりはアンタたちと親しいわ。それにあたしは女だし。そんなにツンケンしなくてもいいんじゃない?」

アプリコットは自分の尻尾を揺らしながら言った。俺ってそんなに恐いか……?

「……ナニが言いたい」

少年は未だに棘のある口調だが、しかし警戒は少し緩んだようだった。

「少しお話しましょ。お互いのことが分かれば、無駄な争いをしなくて済むかもしれないわ」

「フザケルな!何も知りたいことなんかない!オレたちは侵入者を排除する、それだけだ!」

「侵入者?ここって、ただの地下水道でしょ?」

アプリコットは素知らぬ顔でうそぶいた。あくまで何も知らないスタンスでいくらしい。

「チガウ!ここはオレたち、ファローファミリーのアジトだ!」

「ファローファミリー?まあ怖い。まるでヤクザみたいね」

「ヤクザ?はん、あんなナンジャクなやつらと一緒にするな。俺たちはホコリ高きマフィアだ!」

「へぇ?けどその割には、こんな辛気臭いところで寂しい仕事をしてるのね」

「う……うるさい!見回りは重要な仕事だ!オレたちは大事な使命を任されたんだ!」

「任された?上官がいるのかしら?」

おっ。いいぞ、上手くいけば上層部の情報が聞けるかもしれない。

「当たり前だ!オレたちには、『ジェイ』様というイダイな兄貴が……」

「ちょっとソーダ!言いすぎ!」

少年はまたも、ぐいと少女に引っ張られた。少年はソーダというらしい。
ソーダを止めた少女は、ずいと彼を押しのけた。栗色の頭に耳は無く、髪には白くて長い毛が数本混じっている。まるで鳥の羽のようだ。
ソーダは自分の失態に気付いたのか、オロオロと少女を見つめている。

「ほ、ホック……」

「ソーダはちょっと黙ってて」

ホック、と呼ばれた少女は、キッとアプリコットを睨みつけた。

「何を企んでるのか知らないけど。これ以上余計な詮索をする気なら、同じ耳付きでも容赦しないわよ」

「……誤解よ。あたしたちは何も企ててないわ。ここに迷い込んじゃったの」

「はっ。子どもだましね。引っかかると思うの?」

「本当よ。ねぇ?」

アプリコットはひょいとホックの後ろを覗き込むと、ソーダの目を見つめてにこりと笑った。ソーダは顔を真っ赤にしてどぎまぎと後ずさり、それを見たホックは露骨に不機嫌な顔をした。

「ちょっと!汚いわよ!」

「あら、そう?うふふ。けど、今重要なのはホントかウソかの審議じゃないんじゃないかしら?」

「はぁ?」

「もっと大事なことがあるんじゃなくて?」

「な……んのこと」

ホックの瞳が不安そうに揺らいだ。

「もし仮に、あたしたちがアンタたちの敵だったとして。そしたらどうするのかしら?」

「な……はん、そんなこと?わたしたちがビビって何にもできないって、そう思ってるのね」

ホックはいきなりスカートをまくり上げると、腿のガーターベルトからナイフを抜いた。
ヒュッ、と一振りすると、その切っ先をアプリコットに突き付ける。

「おあいにく様。わたしたち、とっくに覚悟決めてるの。必要なら、あなただって殺して見せる!」

「……見上げた覚悟ね。大したものだわ」

「このっ!まだバカにするの!」

ホックはギリ、と歯を噛みしめた。彼女の白い羽がガッと逆立つ。危険な雰囲気だ。

「アプリコット、これ以上挑発するな。危険だ!」

俺はそっとアプリコットに耳打ちした。だがアプリコットは、ゆるゆると首を振る。

「……いいえ、ユキ。見て」

そう言って、彼女は悲しげにホックたちを見た。
ホックは怒って見えたが、ナイフを握る手は真っ白で、かすかに震えていた。
俺はハッとして、ソーダたち全員も見回す。
みな一様に敵意を示しているが、その上で目が泳いだり、腰が引けたり。明らかに戸惑いと、恐れが現れている。

「……そうか。みんな、ほんとは怖いんだ」

「ええ。こんな小さな子たちだもの。闘うのは恐ろしいにきまってるわ」

アプリコットは愁いを帯びた瞳で言う。
年端もいかない子供たちに、ボロボロの服と、古くなった武器を与え、大事だと称して使い走りをさせる。彼らの扱われ方が、なんとなく見えてきたぞ。

「……ねぇ、あんたたちは偉いわ。懸命に戦ってるのね。けど、考えたことはあるかしら」

「何言ってるの!」

「刃物だったら、嫌でも伝わってくるわよ。相手の肉を裂く感触、骨を切り、臓物を突き刺す感覚よ」

ホックの目が恐怖に揺れた。

「そして、それはあんたたちも同じ。相手を殺そうと掛かれば、それこそ死ぬ気で抵抗してくるわ。一歩間違えば、死ぬのはあんたたちよ」

少年たちにざわめきが広がった。やっぱり、人を傷つけ、傷つけられるのを恐れているんだ。

「だ……だから何だっていうの!それでもわたしは、アンタを殺すわ!」

恐れを振り払うように、髪を振り乱してホックが叫んだ。
アプリコットは首を振ると、一歩彼女に近づいた。

「こっ、こないで!」

「アプリコット、危険だ!」

俺とホックの声が重なる。それでもアプリコットは、また一歩近づいた。

「こないでって……言ってるでしょぉ!」

ああ!ホックがナイフを振り下ろした!
ザシュッ!

「……!」

「アプリコット!」

「平気よ、ユキ」

平気に見えるか!
アプリコットはナイフを手の平で受け止めていた。刃を握る手から、鮮血がつうっと彼女の腕を伝う。

「は、放しなさいよ!」

ホックがぐいぐい引っ張ったが、アプリコットはナイフを握りしめて放さない。
その度に、血がドクドクと溢れ、流れた。

「な、なんなの……痛くないの……?」

「痛いわ。けど、あんたがやったことじゃない」

「そんな!わたしはただ……」

「ただ?人を傷つけるって、そういうことよ」

ホックの目は、血まみれのアプリコットの腕に釘づけだった。自分のしたことが、いまだに信じられないようだ。
アプリコットはナイフを離さないまま、もう片方の腕をホックへと伸ばした。

「ひっ……」

びく、とホックが目をつむる。アプリコットはそんな彼女の頭を、ぽふりと撫でた。

「え……?」

「ねぇ。さっきも言ったでしょ。あんたは偉いわ。ボーイフレンドを守ろうと、必死に勇気を振り絞ったのよね」

「なっ!そ、そんなんじゃ……」

ホックはぽっと顔を紅くした。

「けどね、あんたはそれでいいの?自分でもわかってるでしょ。あんたたちの兄貴は、絶対あんたたちを大事にしてくれやしないわ」

「……知った風な口きかないで」

ホックは、キッとアプリコットを睨みつけた。

「例えそうだとしても、わたしたちはここで生きてくしかないの。他に道なんて……」

「あら、そうかしら?実は気付いてないだけかもしれないわよ。例えば……ねぇ、あたしたちといっしょに来ない?」

アプリコットの言葉に、ホックは目を丸くした。

「何言って……」

「あたしたちの町では、獣人もちょっとは働きやすくなってるの。あんたたち全員、数は多いけど、なんとかなるわ」

アプリコット、もしかしてこいつら全員、パコロに連れて帰るつもりなのか?無茶な話に思えるが、彼女がそれに気づいてないはずがない。俺は黙って彼女の話を見守ることにした。

「こっちでなら、少なくとも真っ当な仕事をして、食べ物にありつけるわ。こんな穴倉より、お日さまの下の方がよっぽどマシだと思わない?」

アプリコットの言葉に、ホックは揺れているようだった。他の子どもたちも、ひそひそと話し合っている。
だがその時、今度はソーダが、ホックをぐいと引き戻した。ナイフがカランと地面に落ちる。

「耳を貸しちゃダメだ、ホック」

「そ、ソーダ……」

「どうしてよ?あんただってわかってるでしょ。ここにいたら、いずれ野垂れ死ぬわよ」

「ならない。そうなる前に、オレたちはここを脱出するんだ。ドウドウとな」

ソーダは、確信に満ちた声で言った。堂々と出ていく?マフィアであり、獣人であるソーダたちが……ってことか?

「……残念だけど、それは難しいわね。あんたも知ってるでしょ。この国では、獣人のはみ出し者に居場所は無いわ」

「それは、この国のアリカタが間違ってるからだ。オレたちが悪いわけじゃない」

「子どもの理論ね。それを言ったところで、誰も聞きゃしないわ。それこそ、この国をぶっ壊すくらいしないと……」

そこまで言って、アプリコットは、はっと息をのんだ。

「あんたたち、まさか……」

「へへ。その“まさか”さ」

ど、どういうことだ?この国をぶっ壊す?それってつまり……

「オレたちは、この国を変える。革命を起こして、この国を乗っ取ってやるんだ」

つづく

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