異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第79話/Basement

第79話/Basement

その日の夜。俺は夢を見ていた。

(またこの夢か)

今度の舞台は夜の港だった。ここは……埠頭だろうか?

「くそっ……」

“俺”が苦々しげに呟く。忙しなく動き回り、イラついているようだ。

「ユキ!」

不意に名前を呼ばれた。声のした方を目で追うと、けばけばしい金髪の人物がいた。

「手綱!」

ああ、そうだ。こいつは手綱だ。俺の高校時代の同級生で、今はヤクザになってしまった女。

「ユキ、早く!こっち!」

「手綱、やっぱり無茶だ!今ならまだ……」

「今さら何言ってんの!今捕まったらぶっ殺されるに決まってるでしょ!」

手綱は苛立たしげに“俺”の手を掴むと、そのままコンテナの間をずんずん歩き出した。

「いい!?アタシはもう銃を撃ってるの!もう後には引けないんだよ!」

「しかし……」

「なに!アタシを助けてくれるんじゃなかったの!?」

「ああ。だから言ってるんだ。このままじゃ、二人とも野垂れ死にだぞ」

「……」

「二人ともが生きる道を探そう。むざむざ殺されるより、よっぽどいいと思わないか?」

「それは……」

その時だ。
ガキィン!コンテナから火花が散った。

「くそ、撃ってきた!早く逃げないと!」

「あ、ああ……」

「話は後!今は生き延びなきゃ!」

手綱はひらりと身をひるがえすと、暗い埠頭を奥へ奥へと走り出した。俺も後に続く。
なんだ?俺たちは何かに追われている?

「あそこ!あそこに隠れよう!」

その先には、ボロボロの漁師小屋がぽつんと立っていた。ガラスの外れた窓から中に滑り込む。

「はぁ、はぁ……」

「……手綱。考え直してくれ。このままじゃ無理だ」

「まだそんなこと言ってるの?さっき撃たれたんだよ。あいつらは殺す気なんだ」

「抵抗しなければ殺されない」

「捕まればどうせ死ぬんだ!」

手綱はフーフーと荒い息をしていた。

「……ここで死ぬなら、あいつら全員道連れにして死んでやる」

「よせ!これ以上罪を重ねてどうする!」

「もうどうせ殺してる!」

手綱が張り裂けるように叫んだ。
どうせ殺している。これは、この前の夢で見た……あの葬式の日のことを言ってるんだ。

「ちくしょう……わかった、ただし逃げるだけだ。これ以上手を汚すんじゃない」

「……けど、逃げるったって。この状況でどうするって言うの」

「……俺が囮になる」

はっ、と手綱が息をのんだ。

「奴らの目を引くから、その隙に逃げろ。港の端に俺の車が停めてある。そいつで出来る限り遠くへ行くんだ。どこか……どこか、ここから離れた所へ」

カチャリ。“俺”は、手のひらほどの小さな銃を取り出した。そして窓の外には、大勢の武装した人間が集まりつつある。あれはヤクザというよりは……

「行くんだ、手綱。警察も暇じゃない。いつまでもボヤボヤしてないぞ」

やっぱり……!俺たちは警察に追われているんだ。

「……」

手綱は、迷っているようだった。“俺”を心配しているのか、逃げることが気に入らないのか。
しかし手綱が何か言うよりも先に、“俺”が銃に弾を込めた。
引き鉄に指を掛ける。その視線の先には、大勢の警官たち。この光景……前に見たことあるぞ。この場面は、俺が一番最初に見た夢と同じだ!
もしこの先も同じなら、俺はこの後、警官に向かって銃を……

「行くんだ!手綱!」

パァン!

吹き出る火花、硝煙の匂い。
発砲音に驚いて、警官隊がさっと身を低くした。今がチャンスだ。
手綱は身を屈めると、小屋からするりと出て行った。

「……あばよ、手綱。もう二度と会わないでくれ」

俺はぼそりと呟くと、もう一発銃をぶっ放した。

(そうか……夢で見たのはこの場面だったんだな)

俺は薬莢をバラバラ落とすと、にやりと笑った。

「しかし……空砲でも、案外バレないもんだな」

え?空砲?
慌てて警官の方を見るが、確かに誰にも弾は当たっていないようだ。

「さすがに……撃てないよなぁ。だって……」

俺は自嘲気味に呟く。
その時、警官隊の緊迫したやり取りが聞こえてきた。

「応援求む!ホシは二名、銃を所持している模様!繰り返す、応援求む……」

「一人は暴力団関係者との報告!もう一人は……」

「待て!あそこに一人いるぞ!」

なに?
警察が一斉によそを向いた。俺もその視線を追う。

その視線の先には、手綱の姿があった。

「っ!」

考えるよりも早く、俺は走り出していた。警察が声を荒げている。それでも俺は、手綱のもとへ一直線に駆けていった。
そして、銃声が鳴り響き……



「……ぅわっ!」

びくりと飛び起きて目が覚めた。

「ここは……」

さっきのは夢だと分かっていても、頭がこんがらがる。
見慣れない天井だ。ここはプレジョンの田舎ホテルなんだから、それで正しい。全身を冷や汗が伝っているが、そのお陰でだいぶ冷静になってきたぞ。

「さっきの夢は……?」

夢といっても、あれは多分俺の記憶だ。この世界に来てから初めて見た夢にも、今日と同じ場面が出てきたいた。俺はその時から、自分は人を撃ったことがあると思い込んでいたが……

「空砲……だったのか」

まさかの事実だ。拳銃を持っている時点で、一般人じゃないことは明らかだが、それでもずっとマシに思えた。それで喜ぶのもおかしな話だが……

「嬉しそうっすね」

「え?」

驚いた。黒蜜がベッドに寝そべったまま、こちらを見ていた。

「なにかいい夢でも見たんすか?」

「え、あ、ああ。ちょっとな」

「そっか……よかったっすね」

黒蜜はそれだけ言うと、もぞもぞと毛布にくるまって、すぐに寝息を立てはじめた。ベッドは女性陣が身を寄せ合って眠っている。キングサイズと言えど、七人も集まれば窮屈そうだな。

「黒蜜……」

おそらくこの世界で、唯一俺と接点のある人物だ。彼女からいろいろ俺のことを聞ければよかったんだが、あいにくと高校を出てからは俺との関係は希薄になっていたらしい。その後俺はヤクザになったらしく、そして今に至るわけだ。

「卒業してから、何があったんだ……?」

未だにヴェールに包まれた所も多い。だが、俺の欠けた記憶も、だいぶ戻ってきた。
もう少しで、全てが明らかになる……そんな予感がした。



「じゃーね!おじさーん!」

プップー。クラクションを一つ鳴らして、トラックは遠ざかっていった。

「親切な人がいてよかったね!」

「けど、おしりがガタガタだよぅ……」

「あら、ヒッチハイクなんて滅多にできないじゃない。あたしは楽しかったわ」

「何にしても、これでピップスポットまでは辿り着けたな……いよいよマフィアのお膝元だ」

ゴクリ。スーの唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
俺たちは、どこかくたびれた空気の漂う町、ピップスポットにやってきていた。

「しかし……さっきのトラックのドライバーの反応、少し気になりますね」

ウィローがトラックが去って行った方向を見ながら呟く。

「ドライバー?気さくなおっさんだったじゃないか?」

「けど、ちょっとスケベだったわよ?キリーが助手席に乗って嬉しそうだったもの」

「へ?わたし?」

「シートベルト、しきりに勧めてたでしょ」

「あー……マニアックだなぁ」

「ゴホン!そういうことではなくてですね!」

これ以上脱線すると、ウィローがパイプを振り回しそうだ。俺たちは大人しく話を聞くことにした。

「私が気になったのは、ドライバーに行き先を告げた時のことです」

俺はその時のことを思い浮かべた。

「確か……キョトンとしてたよな?そんなとこに行くのかっていう……」

「ええ。キリー、彼はそのことについて、何か言ってませんでしたか?」

「うーんと……何にも言ってなかったよ?正確には、“何にもない”って言ってた」

「ええ。私はそれが引っかかっていたんです」

「えー?どういうこと?」

「……そうか、逆なんだ」

俺はウィローの目を見ながら言った。

「ここは、“マフィアのおひざ元”な町だから。そんなとこ、なにかなきゃおかしいはずだ」

ウィローはこくりとうなずいた。

「ええ、その通りです。私は最初、行き先を告げたら断られるんじゃと思っていました」

それはそうだ。普通なら、そんな危険なとこに行くやつを乗せたいとは思わない。一歩間違えば自分の身が危ない。

「ですが、彼はあの通りでした……それがどうにも気にかかって」

ウィローがすっきりしない顔をすると、アプリコットが、はっと耳を逆立てた。

「ちょっと!それってもしかして、空振りかもしれないってこと?」

「いえ、そこまでは……」

空振り。すなわち、実際はここには何にもなくて、先代の証言はただの勘違いだった、ということだ。

「ねえ、けどさ」

その時、キリーが口を開いた。

「今のところ、はっきりとした証拠があるわけじゃないでしょ?」

「そうです」

「けど、それはあのジジイにしたってそうよ。なんせ幽霊の言ったことなんだから」

「だったら、わたしはおじいちゃんを信じるよ。少なくとも、今さっき会ったばかりの人よりは、ずっとおじいちゃんのほうが信じられるもん」

キリーは、きっぱりと言い切った。

「ね、みんなもそうでしょ?」

「それは……そうですね」

「まぁ……ここまで必死に来たわけだし。調べるだけ調べてみるのは、賛成だわ」

「うん!じゃあ行ってみよ!」

キリーはにこりと笑うと、率先して駆け出していく。ああいう時のキリーには、ほんとに敵わないな。俺はにやりと笑うと、みんなの後を追った。



ピップスポットは、なんというか、普通の町だった。何もないわけではない、店もあるし、家もある。だが取り立てるようなものも見当たらない。民家を超える背丈の建物がないと言えば、想像がつくだろうか。
俺たちは道行く人を捕まえてはこの町のことをたずねてみたが、返ってくる返事は皆同じだった。

「あ、ねえねえ。そこのおねぇさん」

「え?あらやだ、あたしのこと?いやねぇ、お世辞が上手なお嬢ちゃんだこと!」

「すぐ自分のことだと気付くのもどうかと思いますが……」

「しー!ウィローちゃん、ダメだよ!」

「?それで、何か用かい?」

「うん。わたしたち、観光でここに来たんだけど、おススメの場所はないかなぁって」

「観光ぉ?ここに?お嬢ちゃん、それはお門違いよ」

「どうして?」

「だって、ここ何にもないわよ?もうちょっとお隣に行けばまだ違うけど、あいにくねぇ」

「え〜?別に有名じゃなくてもいいよ。ちょっと曰く付きのとことか、そういうのでもいいからさ」

「うーん……そういうのもないわねぇ。ここはプレジョンの中でも田舎の方だから。滅多なことはおこらないのよ」

「え〜そっかぁ」

とまあ、みんなこんな感じだ。ここまで満場一致だと、誤魔化してるとも考えにくいなぁ。

「ごめんなさいねぇ、力になれなくて」

「ううん、ありがと。もうちょっと自分で探してみるから……たわっ!」

ずこっ。キリーが何かにけつまずいた。

「あらやだ。大丈夫かい?」

「もぉ。なんなのこれぇ!」

キリーがつまずいたのは、道路にできた段差だった。よく見ると、そこだけ一度掘り返されたようで、後から継ぎ足したコンクリがこんもり盛り上がっている。

「ほんと、それには困ったものよねぇ。雑な工事されちゃって」

「うぇ?これって、最初っからこうじゃなかったの?」

「そうよ。もうけっこう前になるけれど、町中あちこちほじくり返していったの。それくらいかしらね、ここの特徴みたいなものは。おかげで車は少ないから、散歩するにはうってつけの町よ」

「え~?すぐつまずく散歩道はいやだなぁ」

キリーはその後二、三ほど言葉を交わすと、大きく手を振っておばちゃんと別れた。

「あーあ。結局何の手がかりも手に入んなかったね」

「やっぱり、空振りだったのかしら?あのジジイのことだもの、ただボケてたってのも十分ありうるわ……」

「え~?アプリコット、今さらそれ言う?」

「だって……ねぇ?」

「え!?あ、アプリコットちゃん、わたしに振らないでよ!」

みんなが話し合っている中、俺だけは眉間にしわを寄せて、ある“一つの可能性”について考えていた。いや、しかしいくら何でも、馬鹿げた考えだ。現実味は……

「……ん?ユキ、どうしたんだい?」

そんな俺の様子を見てか、リルが隣までやってきた。

「リル……いや、何でもない。ちょっと悩んだだけだ」

「ふぅん……よければ、私に聞かせてくれないかな」

「え?いや、でもくだらないことだから……」

「そうかい?けど私には、この局面でそこまで悩むことが重要でないとは、とても思えないのだけれど」

うっ。やはり鋭い女だ。確かに半端に可能性があるからこそ、俺もこの考えを捨てきれない。

「ユキ?何か思いついたのですか?」

俺たちに気づいて、ウィローたちも顔をこちらへ向けた。

「いや、けど本当に突拍子もないことだぞ?」

「いいじゃないか。この際、意見という意見は徹底的に議論しよう。どうせ煮詰まりそうなんだ、天外な考えのほうが案外功を奏するかもしれないよ」

リルはパチリとウィンクした。くそ、他人事だと思って……

「……わかったよ。けど、あまり期待しないでくれよ」

俺はおもむろに口を開いた。

「俺は、マフィアの巣窟としてのピップスポットは、ここじゃないんじゃないかと思うんだ」

俺はすっと、地面を指さした。キリーが首をかしげる。

「ここじゃないって……他にも同じ名前の町があるってこと?」

「いや、俺たちが立ってるここじゃないって意味だよ」

地面に向けた指を、そのまますーっと下ろしていく。

「地面の下だ。やつらのアジトは、地下にあるんじゃないか?」

「地下……」

キリーはぽかんと口を開けた。反対にリルは、興味深いというように目を細めている。

「そう思うに至った経緯はなんだい?」

「ああ。順を追って説明すると、きっかけはマフィアとのカーチェイスだ」

俺は門に激突して燃え上がるやつらの車を思い出した。

「連中の必死さがどうにも気になってな……あれじゃまるで玉砕覚悟じゃないか」

俺と一緒にバイクに乗っていたウィローもうなずく。

「そうでしたね。あの気迫は、いったい何だったのか……」

「だろ?あれは、単に俺たちを追いかけていたワケじゃなかった、としたらどうだ?」

「どういうことですか?」

「こうも考えられないか?奴らは俺たちを追っていたんじゃない。その先へ行かせないように、止めようとしていたんだ」

「止めようと……」

「その先に、行かれちゃ相当まずいものがあった。例えば……アジトとか」

「ふぅむ……」

リルは唇を撫でながら、上目がちに俺を見た。

「それだと、私たちが入った水路の先、下水の処理施設があやしいということになるね。けれど、私たちがたまたまドブ川に落ちただけで、単にあの近辺にアジトがあっただけ、とも捉えられるよ」

「ああ。俺も最初はそう思っていた。けれど、さっき見つけた二つの証拠で、それは違うとわかったんだ」

「なんだい?その証拠って」

「一つは、トンネルの中で見つけた拳銃(チャカ)だ。「一つは、トンネルの中で見つけた拳銃(チャカ)だ。まだ新しく、遠くから流れてきた様子もない。ということは、あれを持ち歩くような連中が、あそこを通っているということだ」

「……あのトンネルは、マフィアの通り道だと言いたいのかい?」

「そうだ。首都中に張り巡らされた水路を利用して、けどただ通るだけにしちゃ、入り口が厳重すぎだろ?それに移動なら、絶対地上を走ったほうが早いしな」

「ということは、あの先にはそれなりに重要な……それこそ、アジトに準ずるような施設があるかも知れないね」

「うん。そこで二つ目なんだけど、さっきのおばちゃんが言ってただろ。町中を掘り起こしていった連中がいるって。それ、マフィアだったんじゃないかな。地下に基地があって、その工事をしてたんだ」

「なるほど……いちおう、スジは通って見えるね。アラも相当見えるけど」

「まあ、だよな。正直俺も半信半疑だ」

「うん。けど、突拍子もなくて、実にぶっ飛んだ意見だ。煮詰まった空気を変えるにはうってつけだね」

リルはみんなに向き直った。

「と、私は思うのだけれど。皆はどうかな?」

「いいんじゃないの」

キリーは即答だった。

「……他に案が無いのは事実ですね。完全に絵空事ということもなさそうですし。私も乗りますよ」

ウィローがコクリとうなずく。異論を申し立てる者はいなかった。

「よし……もし外れても、責めないでくれよ?」

「あはは。責任重大だね、ユキ?」

キリーがからかうように、俺の背中をつんつんとつつく。

「さて。ですが、地下に行くために、どうやって地面の下にもぐりますか?」

ウィローの言葉に、リルもうなずく。

「そうだね。まさかアジトはこちら、なんて看板が出てるわけもないだろうし。きっと秘密の入り口があるんだろうけど……」

「そうだな。俺たちは門をぶち破って水路に入ったわけだから、あそこは本来の入り口じゃないんだろう」

「ふむ……この際、入り口の正しいか否かはこだわらなくていいかもしれないね。結局のところ、入れればオッケーさ」

「なら、またそこからだな。門を壊して、お邪魔させてもらおう」

「……決まり、ですかね。ならまず、水路を探しましょうか」

つづく

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