異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

第55話/Angel

第55話/Angel

な、なんだって……ウィローが、殺し屋……?

「……信じられるか、そんな話!デタラメを……」

「ところがどっこい、そうじゃねえ。お前さんは田舎者みてぇだから、知らないかも知れねえがな。そっちの銀髪のネェチャンはどうよ?」

「……青い天使のウワサなら、聞いたことがある」

「だろ!ほら見ろ、ウソじゃねえんだよ!」

男は何が楽しいのか、手をバシバシと叩いている。

「だからといって、それがウィローのことだとする証拠はどこにもない!そうだろ!」

「あぁ?証拠がなきゃテメェは母ちゃんもわかんねえのかよ?んなもんなくたって分かることなんざ、この世にごまんとあんだよ。まあだが、認めたくない気持ちもわかるぜ。どら、ひとつ昔話をしてやん、よっと!」

「ぐっ……」

傷男は、横たわるウィローの上にどっかり腰を下ろして、得意気に語りだした。

「いいか?あるところに、一人の女の子がいたんだ。それはそれは可愛らしい子で、笑った顔はまるで天使だった。だが天使ちゃんは、生まれがよろしくなかったんだ」

「黙れ!だまれだまれ!」

自分の下で喚くウィローを無視して、男は続ける。

「可哀想に、その子は生まれてすぐに墨を彫られちまった。と言ってもでかいもんじゃねえ。小さな卵の墨をしょってたのさ。だがよ、その子は特別製だったのよ」

「特別製……?」

「成長したんだよ。その子が大きくなるにつれ、一緒に卵が孵って、中から雛鳥が生まれやがったんだ。本当の意味じゃねぇぞ?ただ、刺青がそういう風に変化したのさ」

変化する刺青だって?そんなの、あり得るのか?

「青いくて小ぃ~さな鳥だったその墨は、やっぱりタダもんじゃなかったわけよ。その力のすごさたるや、五歳の時点で大人顔負けの強さだったのさ。そ・し・て!その子の親は、その力を人殺しに使うことを思いついちまったんだなぁ」

凄まじい強さ……鳥の刺青……この話は、本当に……?

「もうそれからはバッサバッサの人切噺よ!罪悪感っちゅうブレーキのない少女は、普通の子がお人形で遊んでいる時に、人間の頭と体を切り離して育ったのさ。いやぁ、首都の裏社会じゃあ大変なウワサになってたぜぇ。無邪気な顔した女の子が、ドス持って迫ってくるんだから。しかもべらぼうに強い!死を運ぶ青い鳥だとか、少女の皮を被った悪魔だとか言われてたが……」

傷男は、まるで内緒話の肝を話すように声を潜めた。

「死を告げる天使。その青い輝きを見たやつは、二度と生きて帰らなかった。いつしかその子は、恐怖の殺し屋“青い天使”として、本人も知らぬ間に伝説になっちまってたのさ」

「あ……ぁぁぁあああ!」

絞り出すような、ウィローの悲痛な叫びがこだました。

「違う、ちがうちがうんですわたしは、わるい、悪いことだなんてしらないしらずだって、だってほめてもらえてだから……」

「……この様子じゃ、後のウワサもほんとらしいな。ったく、白けちまうぜ」

男はガシガシと頭を掻いた。

「だが結局、その天使はぱったりいなくなっちまった。なんでも罪の自覚をして、自分のしてきたことに耐えられなくなったとか聞いてたが、まさかその通りだとは。全くお笑いだぜ」

傷男はなおもうわ言を繰り返すウィローの髪を掴み、ぐいと引っ張った。

「おい!聞いてるか、青い天使さんよ!お前がどんなにカマトトぶったところで、テメェが人殺しのろくでなしであることは間違いねぇんだ!素直に認めたらどうだ、あぁ~?」

傷男はウィローの髪をつかんで、ゆさゆさと揺すぶった。

「ちがう……わたしは……」

「違わねぇよ!お前は殺人鬼だ!殺しがシュミのヘンタイやろうだ!タマはついてないがな、ひゃははは!」

「やめろ!ウィローから手を離せ!」

「やめるわけねぇだろバーカ!あんだけ怖がられてた青い天使を、この俺が!好き放題にボコれるんだぜ!?こんな最高なことやめるバカがどこにいんだよ!」

「くそ、ウィロー!しっかりしろ、ウィロー!」

「おらっ!でぇらぁ!」

ドガッ!ガスッ!
俺の呼び掛けにも応えず、ウィローはされるがままだ。それがさらに傷男を調子づかせる。
殴られ蹴られ、シャツを裂かれて、服がはだけても無抵抗だった。
俺はなんとか体を起こそうとしたが、足に力が入らず、顔面から倒れてしまった。

「はぁ、はぁ……ふぅーっ!ずいぶんいい格好になったじゃねぇの!」

ウィローは、ボロボロで横たわっていた。

「ウィロー……!」

「ヒヒヒ!どっちみち、ここまで来られたからには生きて返さねぇからな。死ぬまでじっくりいたぶってやるぜ?あぁ、今から興奮してきた!伝説をこの俺が終わらせてやるんだからな!おら、立てよ!」

男はウィローの首を両手で掴むと、そのままギリギリと締め上げた。ウィローの体が少しずつ持ち上がっていく。

「くはっ……」

「はぁ、はぁっ……!おら、死んじまえ!くたばっちまえよ……!」

「ウィロー!しっかりしろ!」

「ひひ!いい子だなぁ。そのまま抵抗せずに、おとなしくしてろよ……!」

「い、い子……?」

「ああ、とってもいい子だ!いい子だから、殺してやるよ!」

「いい子?……いい子だと?私のことを、いい子だと?」

「……な、なんだって?」

ウィローは自分の首を絞める男の手を、がしりと掴んだ。

「うお!な、なんだてめぇ!離しやがれ!」


「私を……わたしのことを、二度と、その名で呼ぶな!」

ゴバァ!
ウィローの背中から、どす黒いオーラが血のように溢れだした。
ウィローは掴んだ男の手を、少しずつ引き剥がし始めた。

「な、なんでだ!お前は、指一本だって動かせないはずだろ!?」

「……確かに、五分咲きじゃ動きづらいですね。ではギアをあげましょう」

ゴバッ!ウィローの背から放たれる光が強まった。いや、あれは光なんかじゃないな……あのどす黒いもやは、闇そのものだ。

「な、なんだこいつヤベェ!」

青くなった傷男は手を振りほどこうとしたが、ウィローが掴んだ手を離さない。

「まだ鈍りますね……では七分咲にしましょう」

ドアッ!今や闇は、ウィローをすっぽり覆い隠すほどになっている。男はべそをかきながら、必死に闇から顔を遠ざけていた。

「まだですか……では仕方ありません」

闇の中から、感情の感じられないウィローの声だけが淡々と響いた。

「九分咲」

パアーッ!

突然蒼い閃光が走ったかと思うと、闇のオーラが吹き飛んだ。それに代わるように、辺りには沸き立つような蒼い焔がぐつぐつと燃え始めた。
蒼い光に照らされながら、ウィローが絶叫した。

「ぅぅぅぁぁぁああああああ!」

「ひ、ひいぃぃぃ!」

傷男は逃れようと必死にもがくも、ウィローの手は石のようにびくとも動かなかった。

「ぁあ!」

「うぎゃあ!」

ドタン!ウィローが傷男を床に投げつけた。痛みに悶えている男に、ウィローはつかつかと歩みよっていく。

「ふっ!」

「うおぉおお!?」

ウィローが降り下ろした鉄パイプを、男は間一髪でかわした。
男の頭があった床は、ウエハースのようにくしゃっと砕けた。

「こ、殺される……!」

「?なにいってるんですか。あなたも私を殺そうとしたでしょう。人を殺すのは、殺される覚悟がある奴だけです、そうでしょう?」

「な、なにワケわかんないこと言ってんだ!くそ、その前に俺が殺してやる!」

男は血走った目で、懐から拳銃を抜き出した。チャカを隠し持っていたのか!

「死ねえぇぇぇえ!」

「ウィロー!」

パァン!
乾いた破裂音とともに、硝煙が噴き出される。

だがその時、信じられないことが起こった。
放たれた黒い弾丸がウィローの眉間を貫く寸前、鉄パイプが宙を一閃する。
チュィン!
金属同士がぶつかる音がしたかと思うと、弾丸は傷男の背後の壁へと跳ね返った。

「う、うそだろ……弾を、はじき返した……?」

「す、すごい……」

「に、人間わざじゃねぇよ!なんだよ、なんなんだよぉ!」

「あなた、馬鹿ですか?拳銃程度で殺られるなら、私が伝説になるわけないでしょう。ハジキだろうがドスだろうが、全員ぶった切ってきたんですよ?そして、次はあなたです」

ウィローは鉄パイプを男の足に向かって投げつけた。
グジャ!

「ひっ、ぎゃあぁぁぁ!」

「安心してください、骨を砕いただけですよ。けど、これでもう動けませんね」

「ひぃ、た、助けてくれぇ!たすけ……」

「黙りなさい」

ヒュッ!

「ぐぼぁ!」

ビュッ!

「やめっ……」

ドスッ!
ビシュ!
ベシ!

ウィローはパイプで執拗に男を殴り続ける……まさか、本気で殺す気じゃあ……?

「ウィロー!もうよせ、本当に死んでしまうぞ!」

「はい?はなからそのつもりですが」

「どういうつもりだ!そいつを殺して何になるっていうんだよ!」

「何かにならないように殺しておくんじゃないですか。こいつみたいなのを生かしておくと、また同じような目に遭うことになりますよ」

「それは……」

「だから、こいつはここで始末します」

ウィローは、高々と鉄パイプを振り上げた。

「止めろ!よせ!」

「うるさいんですよ!ユキ、あなたと言えど、ごちゃごちゃ口出しするようなら黙っていません」

「上等だ!お前を止めるためたったら、なんだってやってやる!」

「へぇ……面白いです。じゃあその覚悟、見せてもらいましょうか」

ゆらりと、ウィローはこちらへ向き直った。その時初めてウィロー目を見て、思わず俺はぞっとした。暗く落ちくぼんだ眼の奥は、真っ黒な瞳。普段のウィローとは、似ても似つかない、恐ろしい目だ。

「あぁぁ!」

「っ!」

そっちに気を取られていた隙に、ウィローが雄たけびを上げて襲い掛かってきた!
対して俺は体の痺れは全然とれていないし、正直立ってるのがやっとの状態だ。それでも俺はなんとか腕を交差して、飛んでくるパイプから防御の姿勢をとった。

バカァン!

「ぐぅお!」

ふわりと浮遊感を味わった後、壁にぶつかった衝撃が襲ってきた。俺はガードごと、壁際までぶっ飛ばされた。それも唐獅子の力を使っていたのに、だ。

「ど、どうなってるんだ……」

「唐獅子!いまの彼女はリミッターが外れてる!普通にしゃべってるように見えるけど、意識があるかもわからない!」

ステリアが叫ぶ。彼女の顔も、今まで見たことないくらい真っ白だった。

「なんだと……!じゃあ今のウィローは……?」

ウィローの背からは、蒼い光が絶えず溢れ続けている。もしもあれが、彼女の奥深くに眠っていた想いなのだとしたら……

「ふん……所詮は口だけですか。もういいですよ、ユキはそこで見ていてください。私がケリをつけます」

「ぐ……ウィロー……」

「殺してやる……!今ここで!」

ウィローが握りしめた鉄パイプを高く掲げた。今度こそ、傷男に止めを指すつもりだ!

「くそ!動きやがれ!今動かねえと、ぶった切っちまうぞ!」

俺はありったけの力を足に込めた。足にピリピリと血が流れ込む。

「うおぉぉぉ!」

俺はほとんど跳ぶようにウィローへ突進した。

「よせ!ウィロー!」

「くっ!ユキ、放しなさい!はなせ!」

「放せと言われて放すかよ……!」

俺はウィローを胸に抱き込むように押さえつけた。

「はなせ!こいつを、ここで殺さないと!」

「いいんだ!そんなことしなくても!」

「どうして!あなたもわかってるでしょう!生かしておいたら、こいつはまた私たちを殺しに来る!だから……」

「だったら!どうしてそんなに辛そうな顔をしてるんだ!」

ウィローは、はたと動きを止めた。俺はウィローを抱く腕に力を込めながら続ける。

「ウィロー。これ以上自分を傷つけるのはよせ。別にいいんだ。したくないなら、そんなことしなくてもいいんだ」

「私は……でも殺さないと……」

「戻ってこい、ウィロー。お前は青い天使でも殺人鬼でもない。メイダロッカ組のウィローだよ……」

「メイダ……ロッカ……」

ウィローの蒼い焔が消えていく。やがてそれが完全に消え去ると、ふうぅ、とウィローが深いため息をついた。

「ユキ……女の子を抱くときは、もう少し優しくしないとダメですよ」

かくり。それだけ言いのこすと、ウィローはくたっと目を閉じた。どうやら気を失っただけのようだ。

「無茶言うなよ。猛獣を抱きしめてる気分だってのに……」

つづく

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