異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第45話/Under ground
「マフィア、だって?」
「ばかな!マフィアは衰退の一途で、これほどの力を持っているはずが……」
ウィローが息をのむ。そうだ、確かマフィアはヤクザに押されて、勢いを失っていたって……
「私だってそう思いました。ですが、電話口にはっきり聞こえました、襲撃者はマフィアだと」
「そんな……」
ウィローは呆然としている。マフィア……パコロで怪しい薬を売りさばいていたやつらが、今回の犯人……?
「けど、理屈は通ってる」
ステリアがあごに手を当てて言った。
「拠点は同じ首都なんでしょ?だったら襲撃自体は容易。裏社会の事情に精通しているのにも納得できる」
「だが、そうなると……あの武力はどうなる?爆弾なんて、そう簡単に手に入るものじゃないよな?」
「それは……密輸でもしたか、あるいは……」
「……ねえ」
その時、ずいぶん血色が戻ってきたキリーが、ためらいがちに口を開いた。
「うん?キリー?」
「あの、もしかしたらなんだけど……わたしとユキが会長のところに行ったとき、乗り込んだ汽車にいっぱい武器が積んであったでしょ?あれってマフィアの物だったんじゃないかな」
「……あ!」
すっかり忘れていた!あの時、爆弾や拳銃が山と積まれていたじゃないか。そして汽車が向かった先は、マフィアのいる首都……
「……どうにも、その線が濃くなって来ましたね」
ウィローが重々しく言った。スーは、今にも消え入りそうな声でたずねた。
「けど、どうしてなのかな……?」
「はい?どういうことですか?」
「えっと、今まで鳳凰会とマフィアとって、とくに争ってはなかったでしょ?それがどうして突然、って……」
「それは……マフィアとしては、ヤクザに大きな顔されて、いい気はしなかったでしょうが……」
しかしそれだけで、今まで破らなかった沈黙を、簡単に捨てられるものなのだろうか。するとレスが眼鏡をはずし、眉間を押さえながら息をつく。
「ふぅ……私たちの関知しないところで、連中は盤面をひっくり返す機会を狙ってたんでしょうね。そして実際、それは思惑通りになりました。鳳凰会は上層部の大半を失い、半壊状態です。今回の一件で、首都の勢力図は完全に入れ替わったでしょう……」
暗い空気が部屋を包む。みんなは沈みきった顔で、口を閉ざしてしまった。
「……これまでじゃなくて、これからの話をしないか」
みんなはうつむいた顔を上げ、俺の方をみた。
「レスさん。さっき、鳳凰会は全滅したではなく半壊したと言いましたね。つまりは、まだ望みは途絶えていないってことなんでしょう?」
レスはキュッと目を細めた。
「……ええ、確かにそう言いました。ですが、それも希望的観測です。もしかしたら本当に全滅しているのかも……」
「それは、確かめなきゃわからない。だったら、確かめに行こうぜ。それが、今やるべきことなんじゃないかな」
「……そうだね!わたしはユキに賛成!」
キリーはにっこり、俺に笑いかけた。
「ここで落ち込んでるよりは、よっぽど前向きだよ。ウィローだって、そう思うでしょ?」
「まぁ……そうですね。辛気臭いのは、やめにしましょうか」
ウィローの言葉に、皆もうなずく。いい感じだ。
「ところで、確かめると言っても、何か当てがあるのですか?」
「いや、さっぱりだ」
キリーはかくりと体を傾げ、ウィローはまなじりをピクリと動かし、そっと鉄パイプに手をかける。それを見て、俺は慌てて説明した。
「俺だけなら、って話だ。だからこそ、レスさん。あんたにも協力してもらいたい。鳳凰会の消息をたどるには、俺たちだけの知識じゃ足りない」
「……私だって、鳳凰会のためなら尽力はつくしますよ。ですが……」
レスはばさりと、髪を振り払った。
「悪い結果が出ても、後悔しないでくださいね。きっとこの先、辛いものを見ることになるはずですから」
「……」
辛いもの。俺たちはからがら逃げてきたから、上の惨状はきちんと把握できていない。だが俺だけは、あの燃え盛る炎の中の、残酷な現実を見た。他の組を当たるなら、きっとそれにも直面することになるはずだ。
「……それでも。進むしか、ないだろう」
「……わかりました。まあ最悪、みなの墓参りとでも思いましょう。香典の心配もいりませんし」
「……」
「冗談ですよ。本気にしないでください」
レスは真顔で言った。この人もステリアと同じく、真顔で冗談を言うタイプらしい。
「それで、これからのことですが……」
レスがテーブルの端をコツンと叩くと、ガコッと机の天板が外れた。彼女はおもむろに、それを脇に退ける。その下から出てきたのは、どこかの地図のようだった。赤いペンで、小さな丸や文字が書き込まれている。
「首都の地図です。鳳凰会の拠点から隠れ家、属する組の場所まで詳細に記されています」
「すごい……」
「ひとまずはこれをもとにして、各事務所を当たっていくのはどうでしょうか」
「いいんじゃないか。キリー、どうだろう」
「うん。仲間を集めなきゃ、戦うこともできないもんね。わたしも賛成」
「では、その手はずで動きましょう。本当は今すぐにでも動きたいですが……今は、少し間を置いた方が懸命ですね」
レスがみんなを見回す。極度の緊張と遁走とで、みなボロボロだった。それに、今外に出ればマフィア共に鉢合わせてしまうかもしれない。もちろん、それは時間をあけたところで変わりはしないだろうが……この状態じゃ、逃げることすらできないだろう。そんな中、アプリコットは物憂げに呟いた。
「……いつまでもこもってるわけにはいかないわね。捜索もそうだけど、食糧なんかも調達しないといけないわ」
「そうだな。けど、ここにも備蓄があったり……」
俺がレスの方を向くと、レスはこくりとうなずいた。
「ええ。ですが、その量は決して多いとは言えません。もともと、ここは緊急時の一時避難目的で作られています。別の隠れ家ならもう少しマシですが、距離があります。いずれにせよ、外に出なければなりません」
「そうか……」
「ふぅ……穴ぐらの中から這い出てきて、ビクビクしながら地上を歩くなんて……まるでムジナね」
ムジナ……確かに俺たちは、同じ穴に入っているしな。言い得て妙なりだ。
「けど俺の故郷では、ムジナは強い力を持つって伝説があるんだ」
「は?」
「そう考えれば、案外悪くないだろ?」
「あんた……どこまでポジティブなのよ」
俺たちの穴ぐらには、小さな笑いがこだました。
明日からは、鳳凰会の組員を探すことになる。何人生き残っているのか、もしくは全員無事だったりするのか、分からないが……少しでも多くの仲間を集めなくては。
俺は頭上に浮かんでいるはずの星空に、祈る思いだった。
しかし。
今、ここにいるみんなの中から欠ける者が出ることになるなんて、この時は思ってもみなかったのだ。
続く
《次回は土曜日投稿予定です》
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