異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-
第43話/Flash
「それでは、会長もいらっしゃいましたので、年納めの儀を執り行わさせていただきます」
俺と三代目が戻ると、レスが待ちわびたように口を開いた。他の組員たちは恨めしそうに俺をギロリと睨む。三代目へのやり場のない怒りが、俺へ向けられているようだ。
「ユキ、おかえり。なに話してたの?」
「ん、ああ……大したことじゃない。後で話すよ」
「ふーん」
キリーはそこまで深くは追求してこなかった。今はそれより、年越しの挨拶のほうが大事だな。
「ではみなさん、準備をしてください」
レスがそういうと、組員たちは一斉にゴソゴソと手を差し出した。まいったな、道具が必要なんて聞いてないぞ。だがよく見ると、誰も手には何も持っていなかった。
「それではみなさん、お手を拝借いたします……」
え、これ、もしかして一本締めか?こんなところも日本流なのか……いったい誰が広めたんだろう?
「私の合図に合わせて、拍手をお願いいたします。年越しまで少しありますので、今しばらくお待ちを」
レスは腕時計を確認すると、ゆっくりと手を掲げた。
「あと三十秒……」
部屋は静寂に包まれている。カチッ、カチッという時計の針の音だけが、かすかに聞こえていた。
「あと二十秒。みなさん、ご用意を」
黒服の男たちは、おもむろに両手を広げて構えた。キリーたちも手をあげたのを見て、俺もそれにならった。
「あと十秒……九、八……」
いよいよだな。妙に緊張してしまう。
「七、六、五……」
俺はごくりとつばを飲み込んだ。
「四、三、二……」
両手に力をこめる。
「一……」
手を、叩いた。
ドガガアァァァァン!
俺は居眠りをしていたらしい。
いつのまにか次の日だ。空があんなに真っ白だから、きっと今は昼間だろう。ほら、寝坊した俺を起こそうと、キリーが呼びに来た。おかしな顔だな、そんなに必死そうにすることないのに。ははは……ところで、どうしてこんなに焦げ臭いんだ?
「……あ?」
「ユキ、ユキ!しっかりして!」
「キ、リー……げほっ」
「ユキ!わたしが分かる?自分の名前は?」
「きみが何度も呼んでる……大丈夫だ、だいぶはっきりしてきた……いったい、何が起こったんだ?」
「それは……」
「ユキ!目を覚ましたんですね!」
「ユキくん!うわあぁん、よかったよぉ!」
「このバカ!ムチャクチャなことして!」
「ぐぇっ……い、今死にそうだ……」
「あっ」
慌てて解放されると、俺はむせながらたずねた。
「いったい、俺は何したんだ?というか、何が起こった?」
「覚えてないの?」
「ああ……目の前が真っ白になったと思ったら、伸びてた。ひっくり返りでもしたのか?」
「……わかんない。けど、これだけは確かだよ。鳳凰会は、何者かの攻撃を受けている」
攻撃……?その時、おぼろげな記憶が、閃光と共に蘇ってきた。激しい爆風と炎……
「爆弾が、仕掛けられていたんだよ」
「爆弾……!」
ウィローはぶるっと身震いしてから言った。
「十二時になった瞬間、三代目の座っていた床が爆発したんです。大きな爆発でした……」
「けどね、ユキは勇敢だったよ。あの時とっさにユキが庇ってくれなかったら、わたしたちも危なかったもん」
え、そんなことをしてたのか。何だかとっさに、立ち上がったような気はするが……
「……水を差すようで悪いけど、私としては、早くこの場を離れた方がいいと思う」
はっ。ステリアの言葉でみんな我に返った。焼け焦げる臭いをたどっていくと、部屋の中心から火の手が上がっていた。他の組も我先にと逃げ始めている。
「くそ!会長は……?」
「……ユキ。今は早く避難しましょう。ここでくたばっては、弔いもできません」
「……ちくしょう。わかった!」
俺たちも出口へ走り出した。
だがその時、視界のはしに鮮やかな浅葱が映った。あれは!
「みんな、先に行け!」
「ユキ!?どうしたの!」
「まだ生きてるかもしれない!彼女を拾っていく!」
俺は部屋のすみに倒れている、レスのもとへと駆け出した。揺らめく炎と黒煙で、足元はほとんど見えない。熱が肌をなめるのを感じる。俺は両腕で顔をかばいながら、一直線に炎の中を駆け抜けた。
「レス!大丈夫か!」
レスは返事をしない。髪はぐしゃぐしゃに乱れ、ところどころ焼け焦げている。だが彼女の胸は、ゆっくりではあるが、確かに上下していた。まだ息はある。
「よかった……ちょっと失礼」
俺はレスの体の下に手を差し込むと、ひょいと抱えあげた。よし、後はここを脱出するだけだ。
俺が振り返ったその瞬間、すきま風でも吹いたのか、ざあっと炎が脇によけた。そして俺の目には、それらが隠していた凄惨な光景が飛び込んできた。
「うっ……」
見渡す限りに広がっているのは、血と死体。折り重なった亡骸は、今まさに紅蓮の炎に飲まれようとしている。ブスブスと、肉が焼ける音がする。
「いったい何が起こってるんだ……!」
誰が爆弾を仕掛けたのか、目的はなんなのか。混乱して、頭が沸騰しそうだ。
「ちくしょう、後回しだ!」
俺はレスをしっかり胸に抱くと、出口に向かって走り出した。
ひたすらに前だけを見続ける。足もとに“何か”がまとわりつくが、それを見てしまうと足が止まってしまいそうだったからだ。
「ユキ!こっちだよ!早く早く!」
キリーが戸口に立ってぶんぶん手を振っている。その声の方へ、俺は無我夢中で走り抜けた。
「悪い、待たせたな」
「もうちょっと遅かったら引きずり出してたところだよ。レスさんは無事なの?」
「ああ。気を失ってるだけだ」
「そっか……よかった」
「でしたら、後は避難するだけですね。急ぎましょう、ここもじき火に飲まれます」
俺たちは慌てて廊下を走りだした。もたついていたからか、辺りには誰もいない。俺たち六人の足音だけが、バタバタと慌ただしく響く。やがて、出口へ続く階段が見えてきた。
「ここを下りればすぐ外です!もうひと踏ん張り……」
ウィローは最後まで言い切れなかった。
パンパン!乾いた破裂音。それに続いて、男たちの悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「ぐわあぁぁぁ!」
なんだ!?俺たちは慌てて足を止めた。
「今のは……?」
「今回のは爆竹なんかじゃなさそうだ……!」
「本物の、銃声……!」
ふらりと、キリーがよろめいた。側にいたステリアが慌てて支える。
「っと!メイダロッカ、大丈夫?」
「ごめん、ちょっとフラフラするかも……」
キリーは拳銃の気配に顔を青くしている。くそ、これも襲撃者の仕業なのか?
階下を見下ろすと、男たちが血相を変えて逃げてくるのが見えた。やって来るのは、正面玄関の方からだ。
「くそっ!私たちが外へ逃げ出すことも、計算済みのようですね」
「正門はだめだな。ここに裏口は?」
「勝手口が裏にあります。そこから建物の外には出れますが……敷地の周りを塀が囲っています。そこを抜けるには、正門を通るしかありません」
「……ひとまず、ここを脱出しよう。このままじゃ蒸し焼きだ」
俺は腕に抱くレスを見下ろす。確かに息はしているが、その呼吸は荒い。せめて安静にしたいところだった。
「わかりました。こっちです!キリー、歩けますか?」
「うん。何とか大丈夫だよ……ごめんねステリア、肩借りちゃって」
「かまわない。慎重に行こう」
「……といっても、あまり悠長にもしてられそうにないな。来たぞ!」
バターン!
一階の扉が乱暴に開け放たれ、ドカドカと黒服の男たちがなだれ込んできた。その手には拳銃が握られている。俺たちの援軍……では、到底なさそうだ。
「みんな急げ!早く!」
「こちらに!あのわき道に入って下さい!」
ウィローが示す先には、奥へ続く細い廊下がのびている。だが……くそっ、無駄に広いこの建物では、そこまでかなりの距離があった。これでは逃げ込む前に……
その時、乾いた発砲音が聞こえてきた。ビュン!と、銃弾が俺の耳を掠める。もう追いつかれている!
「くっそお!」
俺はレスを片手に抱え直すと、そばにあったソファをひっつかんだ。
ガガーン!
俺がぶん投げたソファは、床にぶつかって木端微塵になった。派手な音と飛び散る木くずで、男たちの足が止まる。
「いまだ!」
俺たちは転がるように走り出す。
だが敵にも一人は、脅しがきかないつわものがいるようだ。木くずを跳ね飛ばして、男が猛然と突進してくる。
「ちっ、追っ手か……!ウィロー!すまない、レスを頼む!」
「え?ユ、ユキ?」
俺はウィローにレスを預けると、正面に向き直った。
「どうする気ですか!」
「時間を稼ぐ!先に行ってくれ!」
「えぇ!?無茶しないでくださいよ!」
ウィローは長身のレスをずるずる引きずっていく。
ステリアに寄りかかりながら、キリーがこちらを心配そうに振り返った。
「ユ……」
「……見つけたぞ、女ァ!」
な、なんだ?突然叫びを上げたのは、俺たちを追ってくる男だった。
そいつは真っ白な髪に、真っ黒なコートを着ている。だが何より目立つのは、その瞳。
十字だ。十字の虹彩が、瞳の奥でカッと見開かれている。
十字の男は憎悪のこもったまなこで、キリーを凝視している。瞳に映りこんだ炎が、男の憎しみの深さを物語っているようだ。
「殺してやる……!」
男は、その手に十字架を持っている……トンファーだ。
「死ねっ!」
男はキリーだけを凝視しながら駆け出した。この野郎、俺を無視しやがって!
「おい、待て!なんなんだお前!」
「どけ!邪魔だっ!」
トンファーが凄まじい勢いで振り下ろされる。だが、俺にだって唐獅子の力がある。
ゴキィン!腕とトンファーがぶつかってものすごい音を立てた。男はさすがに面食らったようだが、それでもなおキリーに迫ろうとした。
「殺す……!」
「おい!この野郎、止まれっつってんだ!」
俺は十字男のコートをひっつかむと、そのままぐいと放り投げた。男は空中で華麗に宙返りすると、少しもよろけずに着地した。ちっ、しゃくにさわるヤツだ。
「キリー、なんなんだアイツ。きみの知り合いか?」
「ううん、知らない。初めて会ったと思うけど……」
「そうか、なら遠慮はいらないな。行ってくれ!俺もすぐ行く!」
「う、うん!」
キリーはうなずくと、支えられながら通路の奥へと歩いて行った。
「待て、女!」
「待つのはお前だ!なんだか知らんが、キリーのもとへは行かせないぞ!」
「なら貴様から殺してやる!」
十字男はトンファーを構え直すと、こちらへ飛び込んできた。くそ、話を聞く気はゼロのようだ。
「上等だ、やってやる!」
続く
《次回は土曜日投稿予定です》
コメント