『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。

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リアリティを重視した設定



「――ああ……おう……分かった。今、忙しいから、そのくらいでええ。詳細は、明日、部室で聞かせてもらうわ。ほな」


 トウシは、電話を切りながら、


(古宮麗華の知識と眼力はホンマもんや。それをふまえて、選抜での試合と、今日の試合の感想を鑑みるに……西教の仕上がりは万事順調みたいやな。清崎と桑宮のどっちか二人に不調の影でも見られれば、三分だけでもなんとかなるかと思ったんやけど……現実は甘ないな。セットアッパーにツカムをつかわざるをえん……問題はどういう設定の投手にするか……)


 そこで、


「はぁ……はぁ……」


 三分が、二十キロのロードを終えて帰ってきた。


 トウシは、一時思考を止めて、ゆっくりと彼に近づき、


「はい、ほな、シャドーすんで」


「はぁ……はぁ……」


「疲れとるから無理、みたいな顔しとるな。アホぉ。その状態やないと意味ないねん。疲れ切って体に余計な力が入らん時が、もっとも型を整えるにふさわしい状態なんや。ほら、立て」


「はぁ……はぁ……」


 三分は、歯をくいしばって立ち上がり、首に巻いたタオルを左手につかみ、


「……ふぅ……はっ」


「はい、上体突っ込んだ。リリースの手首かたーい。てか、肩開くな、何回言わすねん」


「……はぁ……はぁ」


「はい、次、次!」


「くっ」


 それから二百回ほど矯正シャドーをしてから、


「ほな、あとは、鏡の前でのバスケシャドー百回、サッカースローイン百回。平均台シャドー百回。片足シャドー二百回。そのあと、いつものダンベル体操やって、今日は終わり。お疲れ。ワシは、あの二人とブルペンにおるから」


「おまえは……」


「あ?」


「はぁ……はぁ……練習……しなくて……いいのか? いつも……俺の練習を見ているか……あの二人と……遊んでいるだけだが」


「別に遊んどるわけやない。調整してんねん」


「調……整……?」


「おまえと違って、ワシはすでに完璧やから、適度に調整するだけでええんや」


「……」


「ほな、頑張れや。言うとくけど、ワシのメニューをサボったらプロにはなられへんで」


 ★




 三分は、部室の横にある等身大の鏡面の前で、自分の投げ方を確認しながらバスケットボールを担いでのシャドーを繰り返す。


 なんの意味があるか全く分からない行動を繰り返していると、後ろから、


「田中くん、どこ?」


「……」


「ん? なに?」


「おまえ、本当に、もう、あいつにしか興味がないんだな」


「あら、構ってもらえなくなって、寂しいの?」


「鬱陶しい状況確認がなくなって楽になった。田中には非常に感謝している」


「ふふ、やせ我慢しちゃって」


「いや、本音なんだが……それにしても、お前のあいつに対する執着心は、ちょっと異常なレベルだな」


「そりゃそうでしょ。あなた、自分と彼の差がどれだけあるか、これだけ近くにいて分からないわけないわよね? あなただって、無能なわけじゃない。どころか、天才と言って相違ないレベル。そんなあなたがクソに思えるほど、田中東志の才能は桁が違う。彼だけに集中するのは当然」


「……まあ、確かに知識は並々ならないものがあるが」


 言いながらも、確認を続ける。
 そんな彼の練習を見て、


「腕の使い方、ずいぶんときれいになったわね。そのバスケットボールを担いでシャドーするやつ、肩甲骨の動かし方を覚える練習でしょ?」


 古宮の言葉を聞いて、三分は、


(肩甲骨? なるほど……そういう練習なのか)


「田中くんの指導は本当に的確ね。おそれいるわ。矯正が成功した今なら、あなた、140キロくらい出せるんじゃない?」


「140なら、田中と勝負した時、すでに出している」


「は? 勝負? なにそれ?」


「あいつの命令通りに毎試合百球投げるか、あいつが俺の専用コーチになるかを賭けた勝負だ」


「どういう勝負?! 内容は?!」


「食いつきがハンパじゃないな」


「いいから、さっさと答えて!」


 あの日あったことの説明を受けた古宮は、


「ふふ……なるほどね。初見で、あなたが全力投球にビビっていることに気づくなんて、流石だわ。しかも、それだけでは飽き足らず、その瞬間的精神萎縮を瞬殺で矯正させるなんて。選手としてだけではなく、コーチ・監督としてもすぐれる。さすがは、田中東志。本当にすごい人ね」


(知識には脱帽するが、しかし、そのほかに関しては、パンピーレベルだろ。……確かに、宣言通りに打たれはした。それは驚くべき結果。しかし、あれは、コースと球種を誘導されたから。どこにどんな球がくるかわかっていれば、最低限のバットコントロールと少しの運だけでも、あの結果を出すことは不可能じゃない)


「で、その田中くんは?」


「ブルペンで、いつもの二人と調整しているそうだ」


「調整?」


 ★


「とりあえず、今日から、ツカムにも投手調整してもらう」


「ぴよぴよ(あなたと三分だけではダメだということ?)」


「まあ、そういうこっちゃ。てか、単純に、高校野球で投手二人はありえん。初戦負け上等のチームなら、二人でも十分やけど、ウチは五連覇せなあかんから、最低でも三人はいる。てか、ほんまは、それでも少なすぎんねんけど、さすがに、ウチみたいなチームに、まともな投手が三人以上おるんはおかしいからな」


「で、僕はどういうピッチングをすればいいんですか?」


「とりあえず、球速調整は必須。140以下の球を投げられるように調整しとってくれ。基本的に、お前の出番はセットアッパーで、使う魔球は、幻覚系が基本となる。最悪、メタル系の魔球で相手の投手の腕をへし折ることも視野に――」


「僕、幻覚系もメタル系も投げられませんけど」


「は?」


「というか、魔球はミラージュファイアとシャドウジャイロくらいしか投げられません」


「はぁ? なんや、それ……え、ちなみに、ホウマ、お前は?」


「ぴよぴよ(私も、魔球なんてほとんど投げらないわ。ミラージュファイアとナイトメアライズくらいかな。カオスカーブは二段階で投げられるけれど、コントロールはできない)」


「えぇ……マジで? えぇ……」


「トウシくん、まさか、野手特化の魔人も魔球全部投げられると思っていたんですか?」


「キレはともかく、投げるだけやったら、二人とも、全球種余裕やとおもとった……うわぁ、あかん……調整しなおしや……メタル・幻覚・支配の魔球を投げられんのはきっついなぁ……」


 頭を抱えながら、


「ツカム、お前、どうにか、練習して、ドミネートナックルぐらい投げれるようになれへんかな?」


「魔人は練習無意味って言っていませんでしたっけ?」


「あぁ、そうやったぁ! あー、もー、なんやねん。なんで、こんな、うまくいかんかなぁ、なんもかんも……うーん……あーん……じゃ、じゃあ……えっと……あー、もー、くそ、こうなったら、しゃぁない――」


 ★


 古宮がブルペンに向かった時、そこでは、いつもと違う光景が広がっていた。


(田中くんが……キャッチャー?)


 捕手の後ろに立ってスピードガンを構えているのはホウマで変わりはないのだが、マウンドにいるのは、捕手のツカム。


(なんで、佐藤くんが?)


 ツカムは、スっと大きく足をあげると、重そうな体を躍動させて、しなやかに腕を振った。


 ズバァっと重そうなミットの音が響き渡る。


「よっしゃ、完璧! それや! しっかりと体に覚えさせぇ」


「なるほど、この感じですか。かなり、つかめてきましたよ」


 ツカムの球を見て、古宮は「へぇ」と感嘆の声をあげた。


(135って所かしら? 決してキレの良い球ではなかったけれど、速さだけなら、絶賛に値するレベルだわ。田中くんに出会う前の私だったら、間違いなくツバをつけていたわね)


 古宮は、足早に、田中のすぐそばまで歩くと、


「彼、なかなか速い球を投げるわね」


「せやろ? ノーコンやし、変化球はションベンしか投げられんけど、球だけは速いんや。投手の投げ方知らんのがええように作用して、球筋に、ちょうどええクセがついとるしな。これは、ちょっとした目くらましに使えるで。三分がへんなタイミングでヘバったり、ヤバい捕まり方したとき、セットアッパーで使うつもりや」


「そうね。確かに、回転に妙なズレがあるように見えたわ。一周りくらいなら惑わせそう。荒れ球というのも、いいアクセントだし」


「せやろ?」


「ていうか、ほんと、単純に、なかなかの速さだわ。三分くんよりちょっと遅いくらいじゃない。三分くんって、一年生としては、全国的に見ても、五指には入る本物なのに、その彼と、球速だけとはいえ、ほとんど差がないなんて」


「なんでも、ツカムのやつ、筋トレが趣味らしくてな。聞いたら、背筋、250キロあるんやて」


「なるほど。あなたの全力の球をとれるだけではなく、天才投手クラスの強肩でもあると。捕手としては完璧な原石ね。あなたが選んだ高校に、これほどの捕手が入ってくるなんて……なんというか、神の存在を再確認させられるわ。まるで、田中くんのために、天が用意されたかのような――」


「ほめすぎですよ、古宮さん。トウシ君の球をとれるのは、反射神経と動体視力が生まれつき高いってだけですし、背筋250キロだって、確かに自分でも低いとは思っていませんが、しかし、そのくらいなら、日本中探せば、千単位で見つかりますよ。それに、僕、バッティングがド下手ですしね――」



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