『経験値12000倍』チート外伝 異世界帰りの彼は、1500キロのストレートが投げられるようになった野球魔人。どうやら甲子園5連覇をめざすようです。

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スカウト



 古宮麗華の行動は迅速かつ軽快だった。
 父親の知り合いに、日本選手との交渉を主にしているドジャースのスカウトがいる。


 それは、彼女にとって、現状、切れる中では最強のカード。
 彼女は、そのジョーカーを躊躇なく切った。


「麗華サン。あなたの実績は聞いていマス。あなたはとても優秀デス。だから、ワタシ、とても期待していマス。あなたの目に適った、スーパーピッチャー。非常に楽しみデス」


「期待してくれていいわ、スティーブ。彼は、史上最高の投手よ」


「ハハハ! 史上最高とまでは、流石に、言いすぎだと思いマス! クリス・セール、ザック・グレインキー、スティーブン・ストラスバーグ、日本でいえばダルビッシュ、タナカ、イワクマ……世界には、素晴らしい投手が沢山いマス! 今の発言は、彼らすべてを相手にしても勝てるという――」


「そう言っているのよ、スティーブ」


「……ホーウ」


「彼のファストボールは、間違いなく史上最高。必ず、あなたの常識を覆すわ」


「冗談ではなさそうデスネ! 本当に楽しみデース」


 古宮に連れられたグラウンドには、三人の高校生がいた。


 一人はマウンドに、一人はキャッチャーとして、一人はスピードガンを構えている。


「よっしゃ! 次は本気の球や! 今度こそ完璧やで! 見とけや、あほんだらぁ!」


 マウンドにいる男は、大きく足を上げ、豪快なフォームで投げる。


「ヒジョーに美しいダブルスピンのフォーム……理想的といっても過言ではありまセンね、これは期待……ン?」


 マウンドにいる男――田中の球は、若干の弧を描きながらミットに、 


 ポスっ……


 と収まった。


「何キロや?!」


「ぴよぴよ(119キロ!)」


「ははは! どうや! 見たか、こらぁあ!」


「おお! 本当に、すごいですね! ここまで完璧(に調節できる)とは」


「ぴよぴよ(おそれいるわ。まさか、宣言通りの球速を投げてみせるなんて。私には絶対にできない)」


「ふははははは! もっと褒めてええで!」


 遠くから見ていたスティーブは、隣にいる古宮に、


「今のが……完璧らしいのデスガ……あの……」


「い、いや! 違うわ! 彼の全力は100マイルなの! あれは遊びよ! いえ、たぶん、チェンジアップよ!」


「100マイル?! 彼は、二か月前にジュニアハイスクールを出たばかりなのデスよね? 十五歳になったばかりの少年が100マイル?! は、ハハハ! 冗談はやめてください!」


「本当なのよ! 次よ! 次はファストボールを投げるはず! 彼の本気を、ちゃんと見なさい!」


「彼は、サイズも小さいですし、マッスルも微妙デス。とてもじゃないデスガ、100マイルを投げられる体ではありまセン」


「私はこの目で見ているのよ! ちゃんとその眼球を光らせて――」


 パスっ……


「ぴよぴよ(120キロ)」


「どうや! これがワシの本気中の本気や!」


「おぉお! 完璧じゃないですか!」


「ぴよぴよ(まさか、一キロ単位で調節できるなんて、本当にすごすぎるわ)」


「くはは……自分の天才ぶりに眩暈がするわ」


 二球目を見たスティーブは、ぽりぽりと頭をかいて、


「ま、まあ、確かに、ジュニアハイスクールを出たばかりにしては、速い方デスネ。ハ、ハハハ」
「……」


「じゃあ、ワタシはもう行きマスネ。あ、これは忠告なのデスガ、大人をからかって遊ぶのはヤメた方がいいデスヨ。それデハ」


 去っていくスティーブの背中を、しばらく呆然とした顔で眺める古宮。
 数秒後、我に帰った彼女の顔は、


「ぐぎぃいい」


 般若のように歪んでおり、その血走った眼は、マウンドにいる男を貫いていた。


 ダダダっと駆け寄り、


「え、え……な、なんや?」


「なに考えているのよ!」


「……はぁ?」


「聞いて悔いなさい! 今、私は、メジャーのスカウトを連れてきていたのよ! けど、さっき、あなたが投げたクソみたいな二球を見て、呆れて帰っていったわ! チャンスを棒にするのはカスの証拠よ! メジャーのエースを目指す? 聞いて呆れるわ! この程度のチャンスもモノにできないで、なにを偉そうに!」


「ちょ、ちょ、待てや。なんやねん。わけわからへん」


「だからぁあ! メジャーのスカウトを――」


「待て待て」


「なによ!」


「その、メジャーのスカウトいうんが見たんは、最後の二球だけやな?」


「そうよ! 私がせっかく、最大のカードを切って、あなたにルートを――」


「ちょっ! 黙れぇええ!!! うっさぁああい!!!!!」


 本気の声量で怒鳴りつけると、さすがにビックリしたのか、古宮は息をのんで黙った。


「まず、第一に、ワシ、なんにも頼んでへんよな? 勝手にやったことでキレられるて、これ、お前やってんの、完全に当たり屋やで。第二に、ワシは、お前の手を借りる気はない。昨日はああ言ったけど、それは、応援よろしくって事で、それ以上の意味はない。代理人云々は冗談やと判断した。以上」


「確かに、私の勝手な行動だった事は認めるわ。けど、あなたがチャンスをふいにしたのは事実。それは真摯に受け止めなさい。数少ないチャンスを的確につかみ取れる者が本物なの。あなたは私の夢。無様なマネしないで。……今なら、まだ車に乗る前だと思うから、必死に頼めば、どうにか呼び戻すことはできる。今度はちゃんと投げなさい。あの、私を震わせた100マイルの弾丸を」


 そう言って、携帯に手を伸ばす古宮の腕を、トウシは、ガっと掴み、


「やらんでええ」


「はぁ?」


「第二の理由で言うたやろ。お前の手ぇ借りる気はない。てか、なんやねん、ワシがお前の夢て」


「私の夢は、代理人として、野球選手に、スポーツ選手の年俸史上最高額である三億ドル以上の値をつけること。あなたの腕にはそれを成せる可能性がある。私の言うことを聞いていれば、あなたは、名実ともに史上最高の男になれる。だから、私の――」


「ちょちょ、待て」


「なによ」


(夢……か。なるほど。これは使える。夢は、そいつの器量の底を示す。こいつ、イカれた女やとは思っとったけど、実際のところ、ぶっちぎりではイカれてへん。野球選手に年俸三億ドル……メジャーの超一流でも一千万ドルにも届かんことを考えれば、無謀と言われてもしゃーないイカれた夢やけど、事実、スポーツ選手で三億ドル稼いだ男がおる以上、百パーセントありえん夢ではない。つまり、こいつの器量は、現実の範囲内、常識の範疇、形而下の夢が底ってことや。……なら)


 二秒未満、つまりは、ほぼ一瞬で考えをまとめると、
 トウシは、古宮の顔を見て、きわめて自然に見えるよう細心の注意を払いながら、


「ふっ……ふははははははははは!」


 見下す目で、腹の底から声を出して笑う。


「な、なに?」


「三億ドル?! アホちゃうか、お前! わらかすわぁあ!」


「……」


 大声で笑うトウシを、古宮はしらけた目で見つめる。


「あ? その目、なんやねん」


「確かに、あまりにも壮大で現実味がない夢だわ。けれど、他人の夢を笑う人間は、その夢を抱く人間以下。間違いなく特別なあなたは違うかと思ったけれど、所詮は、その辺に転がっている男と大差ないってことね。くだらない。非現実的な夢も見られない男に、私の夢は絶対に叶え――」


「待てや、おい。何勘違いしてんねん」


「は?」


「ショボすぎる夢を、さも大きなことのように言い放った、お前の底の浅さを、ワシは笑ったんや」


「ショボ……はぁ? 野球選手に数百億円の値をつける夢のどこが――」


「おまえ、長者番付見たことないんか?」


「……え?」


「兆を稼ぐ人間が、この星に何人おるか知らんのか?」


「……」


「数千億以上を稼いだ人間が、歴史上、何万単位でおるか、教えたろか? ちなみに、そのぐらいやったら、ウチの親戚にも一人おんねんで。おまえ、今、ワシの腕を、そんな、一山いくらの連中以下の値で売るいうたんやぞ。バカにすなよ」


「……」


「ワシの夢を引き合いに出せば、お前の夢なんざカス以下や。というか、夢と呼んでええ代物やない」


「……あなたの夢ってなによ? 私の夢だって相当なモノなのに、それをカス呼ばわりするなんて、つまりは、さぞかし大層な夢なのでしょうけれど、それっていったい――」






「ワシは、神を相手に投げて、勝つ」






 トウシの言葉に、古宮はハっと息をのむ。
 ワナワナと震えながら、


「野球の神様と……試合……それも……ただ投げるだけじゃなく……勝利を……」


「ワシは、その夢のために、毎日、血反吐まきちらしながら必死に邁進しとるんや。数百億円がどうとかいう、しょーもない、クソどーでもええ小事でチャチャいれんな、ボケぇ」


「……」


「分かったら帰れ、あほんだら。邪魔すな!」


「そう……ね。帰る……わ」


 呆けた顔で踵を返し、トボトボと歩いていく彼女の背中を見ながら、それまで黙っていたツカムが、


「大丈夫ですか? あんなこと言って。確実にラリったヤツだと思われましたよ?」


「それが目的や。さすがに、こんなヤツには近づかんやろ」


「ぴよぴよ(まあ、確かに、視界にも入れたくないレベルの狂人ね。けれど、そんな扱いをうけて精神衛生的に大丈夫?)」


「あんな、中途半端に狂った女に付きまとわれたら敵わん。狂人扱いされるくらいなんともないわ」



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