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80話 自分に対する皮肉。


 
 80話 自分に対する皮肉。

「あまりにも礼儀にかけた蛮行である――そう思わないかね?」

「われわれは大帝国とは関係がない。ただ、この城に、金目のものをとりにきただけだ」

「もし、貴様が卑しい盗人なら、むしろ、大帝国に罪をなすりつけると思うのだが? わざわざ、こちらから、疑ってやっているのだから、大帝国という威(い)を借りて、必要以上に猛々しくしていればいい。そうすれば、大帝国の幻影におびえて、私の手が緩まる可能が高くなる」

「……盗人にも、盗人なりのプライドがある。それに、下手に大帝国の威を騙ったりすれば、苛烈に報復される可能性もある。グリドのような小国と違い、大帝国は層があつい。ナメた盗人を粛清するために、上位の冒険者を差し向けてくる可能性もゼロじゃない」

 などと、軽く煽りもいれていくヒエン。

「たんなる盗人の割には、頭がまわるようだ。それに、忠誠心も高い様子。いや、忠誠心ではなく、ただのプライドかな? まあ、どっちでも構わないが、それなりにまともな器ではある様子」

 ゾメガは、あくまでも、本に目を落としたまま、

「提案だ。余の下につく気はあるか? 貴様らは有能。望むなら雇ってやるが、どうする?」

「我々は自由を尊ぶ。誰かの犬になるなどまっぴらごめん」

 その言葉は、自分に対する皮肉だった。
 上から命じられるまま、なんの罪もない魔人を殺してきた自分への冷たいアイロニー。

 十つ星の冒険者は、一般的に『英雄』と呼ばれる。
 だが、ヒエンは、その言葉を受け止める勇気がなかった。

 ヒエンは、相手が魔人であれば、無抵抗の女性や子供であっても、無慈悲に殺してきた。
 罪のない弱者を殺してきただけの卑怯者。
 ヒエンは、自分で自分をそう卑下する。

 これは、性格の問題。

(俺は犬じゃない……そんな高尚な動物じゃない。俺は、ただの、死肉をむさぼるハイエナだ……)

 闇に偏った能力を持って生まれ墜ちていながら、
 そういう『人の闇』に痛みを覚えてしまう性格。

 『生き辛い冷たい人生』を、ほそぼそと送りながら、
 『これは正しいんだ』と自分に言い聞かせて、
 血に触れあうだけの毎日を過ごす。

 どんどんすさんでいく心が目にあらわれた。
 『どうせなら、死ぬときは魔人に殺されたいな』
 なんて、そんなことを想いながら、今日まで生きてきた。

「――『余の配下とならない』――その選択肢をとるのであれば、当然、余の居城に侵入した罪を問わせてもらうが、かまわないのかな? 拘束し、拷問……そののちに死刑。そのルートが確定してしまうが、本当にいいのか?」

「われわれは自由を尊ぶと言っただろう。支配されるのも、拘束されるのも、まっぴらごめん」

 そう言ってから、影牢の三名は、瞬間移動で、この場から脱出しようとした。
 三人とも、時空移動系の魔法は得意なので、逃走するだけなら容易。

 ミッションの失敗は問題だが、しかし、今回は、パッサムの裏切りが原因であり、今は、その追及をすることの方が先決。
 ――そう思っていたのだが、

「ずいぶんとナメられたものだな。まさか、余の城に忍び込んでおいて、バレたら逃げればいい、などと、ふざけたことを考えていたのかね?」


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