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91話 あいまいな記憶。

 91話 あいまいな記憶。

(頭が……重い……なんだか、記憶が……かすれている……)

 『何も思い出せない』というワケではないが、
 『眠りにつくより以前の記憶』が奇妙に断片的。

(かすれている……しかし………………残っている……)

 必死になって、自分の奥を探ってみると。

(完全に思い出せないワケじゃない……間違いなく、残っている……胸の奥に……かすかに……わずかに……小さいけれど、しかし、間違いなく……俺は……確か……)


 妙なモヤがかかっている重たい頭を支えながら、
 ゆっくりと体を起こすと、スールは、
 向かいの簡易ベッドにカドヒトが腰をかけているのに気づく。

「よぉ、起きたか」

 と、声をかけられて、
 スールは、

「……主……っっ」

 カドヒトの存在に気づくと同時、
 反射的に、インパルスがはじけた。

 慌てて立ち上がり、
 片膝をついて、こうべをたれる。

 『頭の中』は『奇妙なくらい真っ白に近い状態』で、
 けれど、いや、だからこそ、反射で行動することが出来たのだ。

 『こうするべきである』という理解が、
 そのまま体をつきうごかす。

 そんなスールに、

「はぁ? 何いってんだ? あたま、大丈夫か?」

「……尊き光……全てを包み込む……暖かな……」

 脊髄反射で言葉が流れた。
 理解を介さない言語。
 ウェルニッケ野がマヒしている感覚。

「おいおい、どうした? マジで大丈夫か?」

「大丈夫? もちろん……きっと……だって、俺は……俺……は……??」

「なに『混乱』してんだよ」

 主の言葉が、頭の中に浸透していくと、
 スールの中で、
 記憶の輪郭が溶けていく。

(……主……この上なく尊き命の王……なにが……だれが……)

「おいおい、スール……変な『夢』でもみたのか?」

 主――カドヒトの言葉が、頭の中を埋め尽くしていく。
 あいまいだった記憶に拍車がかかる。

「……リーダー……」

 ボーっとする頭を、どうにか支えるスールに、

「とりあえず、座れよ。なんで、俺に平伏してんだ。俺にそんなことをする必要はない。俺は、誰かに跪(ひざまず)かれるほど大層な人間じゃない。俺なんざ、どこにでもいるただの変態でしかない」

 カドヒトの言葉が、スールの中で現実になっていく。

(……そうだ……片膝をつく必要はない……そんなことをする理由がない……ない……はずだ……本当に? ……たぶん……きっと……)

 強制的な理解にいたると、スールは、
 とりあえず、片膝をつくのをやめて、
 ベッドに腰を下ろす。

「ぁの……ぇと……リーダー……なんで、俺……ここで寝ているんでしたっけ?」

「おいおい、寝ぼけすぎだろ」

 カドヒトはカラカラと笑ってから、

「……『パメラノとの会談で脳を消費しすぎて眠い』っつったのはお前だろ。ほんの一時間ほど前の話だぜ」

「ああ……そうか……そうだったっけ……」

 スールの中で、カドヒトの言葉が『現実』になっていく。

 そんなスールの状況を理解したカドヒトは、
 ニっと黒く微笑んでから、

「さてと、それじゃあ、俺は、この後、用事があるから帰る。知り合いとメシ食いにいく約束してんだ。というわけで、戸締り、よろしく」

「ああ……はい」

 返事を聞いたカドヒトは、
 仮眠室を出て、
 後ろ手に扉を閉めたところで、
 ニっと微笑み、


(こんだけやれば、十分だろ……)


 心の中でそうつぶやいてから、
 瞬間移動で、その場を後にした。

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