ダイバー

空空 空

異世界へ

 「なぁヒビキ?いつまで俺ん家にいるつもりだ?」
 「いられるならいつまでもいたいよ......つか、話ふりながら即死コンボキメるのやめてくれないっすかね」
 午後6時。陽が傾き、空のオレンジ色も抜け落ち藍色に染まってきている。べつに門限とかあるわけじゃないけど、常識的に長居しすぎではある。
 そのことを気にしているのかいないのか、友人のコウジはコントローラーを弄り続けている。
「......最近、妹が生まれてさ......」
 視線は画面に固定したまま、話を続ける。
「父さんも母さんも忙しそうで、いまいち居心地がよくないんだよ......」
「要は、両親を盗られて寂しいと?そうゆーことか?」
 からかうような口調でコウジが言う。声に笑い声が混じっていた。
「ちげーし。小4にもなってそんな......」
「妹さん、なんて名前なん?」
「なんだよ、急に......」
「急でもないだろ。......んで、かわいい?かわいい?」
後半の言葉は無視しつつ答える。
「水に凪ぐって書いてミナギだ」
ミナギの顔を思い出す。正直かわいいかどうかなんてよくわからない。接し方もいまいちわからない。
「あー、もうメンドくせぇ。おみゃーもう帰れ」
「えぇ......」
擦り傷のついた頰を人差し指で掻きながら抗議する。
「いい加減、往生際が悪いぞ。妹まで理由にして......」
「うっせぇな......」
「勝手にケンカふっかけて、しかも負けてんじゃなぁ......そりゃ帰りづらいだろうな。でもなぁ......オレだって、いつまでもここにいられちゃ困るし、流石に遅くなりすぎだろ?」
そう。今日ぼくはケンカに負けた。同級生のイヅルってやつがどうも気に食わなくて殴りかかってしまったのだ。成績も良くて、運動も得意で、大人びていて......。
「......だっせぇ」
ゲームの電源を落としながらコウジが言う。
「反省なら家でしてくれな」
「......じゃあな」
荷物をまとめて、ランドセルを背負い直す。途中、コウジがくれた絆創膏は貼らずに握りしめたまま立ち上がる。
 コウジはテレビの前で脚を伸ばしたまま、視線だけで「はよ帰れ」と言っている。
 その視線に見送られるまま、ドアを開き、外に足を踏み出す。
 くぐもったテレビの音が薄っすら聞こえる住宅街は、もうすっかり濃密な暗闇に沈んでいた。大降りと言う程ではないが、しとしとと雨も降っている。
 家から漏れる光を辿りながら、家に向かう。その脚は自然、重くなる。道を通る車に学校の先生の車が混じっていたらマズイかな、なんて思いながら車のライトを目で追っていると、細い路地裏から車のライトとは違う、明らかに異質な光が漏れているのを見つけ、足を止める。
「......電気?」
普段のぼくなら、近寄らなかっただろう。だけど......今は。
 進路を変えて、路地裏に入り込む。途中水溜りを踏んだのか水の跳ねる音がする。その音を追い越すくらいの勢いで光の発生源に駆け寄る。
「......っ、イヅル!?」
 ゲームのワープポイント見たいに、円形の光が浮かんでいる。微細な雷を集めて作り上げたような、不安定な光り方をしているそれの前に佇むのは......イヅル。あのイヅルだ。
 そのイヅルは、ゆっくりと首を傾け、こちらを向く。
「お前は......」
名前も思い出せないのか、目を上に向けて泳がせる。
「なんだよ!なんだよ!名前も思い出せないってのか!?」
 腹が立って、イヅルに向かって一歩踏み出す。
「なんだ......?お前も来るのか?......やめておけ、お前には無理だ」
 そう言い捨てて、光の中にさっさと飛び込んでしまう。
 その行動に呆気にとられつつも、胸の内の怒りは沈まない。
「......くっそ、ぼくだって!!」
 光の輪に右腕を突っ込む。
正気の沙汰ではない。しかし......。
「ぼくだって......」
その後に続く言葉を見つけられないまま、訳もわからず呑まれていく。
 強い光が視界を満たし、意識さえも侵食される。ぼんやりした頭の中に最後に浮かんできたのは、何故か母さんの顔だった。


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コメント

  • さすらいの骨折男

    設定が小4ってところが独特ですねw
    これからも投稿頑張ってください!

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  • 古宮半月

    読ませていただきました、とても面白いです。

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