無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

08話 「一難去らずにもう一難」続


「ほいっと」

 エリアーヌは、アインの腕の中に。
 アルヴァスは、セルケイの腕の中に。
 二人とも目立つような外傷は無いので、心配は要らないだろう。

「まったく……」

 そっと、二人を地面に降ろす。
 まるで、自分の子供を抱き降ろすような感じだった。
 ほんわかする気分。

 しかし、人に苦労をかけすぎなので、お仕置きとばかりにアルヴァスの金的に制裁をくらわす。
 いかに龍の依り代であったとしても、痛いものは痛いであろう。

「んぐっ!?
 ……ふぁ?」

 びくんっと魚のように跳びはね、意識を覚醒させた。
 寝ている訳ではないはずなのだが、目は虚ろだ。

「あ、そうだ。
 アイン、あれは危なかったであろう!
 いくら我らを止めるためとは言え、食らっていたら、怪我を負うだけでは済まなかったかも知れんぞ!」

「そうなのか?
 試し振りだったんだが……。
 すまん」

 アインはアルヴァスを怒る予定だったが、すっかり調子を崩され、逆に怒られた。
 それにしても、試し振りしただけだが、そんな威力があったのだろうか。
 困ったので核に聞いてみる。

(さっきの素振りの威力ってどれくらいだ?)

《はい、アイン様の翼二千枚を破壊出来るほどですね》

(二千枚?
 破壊者つけたらどうなるんだ?)

《一万枚ですね》

 桁違いの値だ。
 あの謎物質を破壊できることも凄いが、普通に剣を降るだけで、二千枚はおかしい。
 どうやら、完全に規格外な性能らしい。

「これは、後で使うよ」

 刀を手から離すと、魔力に還って霧散する。
 本当に便利だ。

 そして、エリアーヌも目が覚めた。

「頭が痛いのです……。
 本当に危なか」

「分かってる。
 すまなかった」

 全てが言い終わる前に、事前に返答する。
 どうせアルヴァスと言うことは同じだろうと思ったが、そのまんまだった。

「で、こいつはアルヴァスだ。
 俺は加護を与えられて、今の力を引き出せた。
 ってことだが、これで信じてもらえるか?」

 かなり強引だが、分かってもらえるよう祈るしかない。 
 他に説明することが事が出来ないからだ。

「――――本当に?」

 突然、か弱い女の子のような声を出すエリアーヌ。

「本当にアルヴァス様なのですか?」

「そうだ。
 彼こそ、正真正銘の古代龍アルヴァスだ」

 ばっと手をアルヴァスに向け、そう話す。

「アルヴァス様……。
 ずっとお待ちしておりました」

 神妙な面持ちで、アルヴァスを歓迎した。
 今までの態度からうって変わって。

「いや、分かればいいのである。
 それより、そんなかしこまるでない!
 我が話しずらいであろう」 

 グワァッハッハ!
 と小さい身体で笑い、威厳の欠片もなく話す。
 それでも、何だかアルヴァスと分かった。
 特長的な笑い方が、彼を連想させるのだろう。

「では……。
 帰ってくるのが遅すぎですよ!
 一体何をしていたんですか!」

 エリアーヌは突然アルヴァスに駆け寄り、ビンタを見舞った。
 アルヴァスは、何がなんだか分かっていなかった。
 エリアーヌの目には、涙が滲んでいる。

「直ぐに戻ってくるって。
 私を長い間、一人にしないと言ったじゃないですか!」

 何とも言えない表情で、アルヴァスを追い詰めた。

「いや、我は封印されておって……」

「私を呼んで下さいなのです!
 それでいいんじゃないんですか?」

「アインに会わなければいけなかったのだ。
 仕方があるまい」

「つうっ……。
 すみません、感情が高ぶってしまったのです……」

 はっと、アルヴァスの一言で思い出したように謝る。
 思いが露出してしまったのだろう。
 長い間会っていないので、どうにもできなかったのだ。

「大丈夫だ。
 それより、村に入らせてくれ」

 そう、村に入らなければ、何も始まらない。
 ということで、早急に頼む。

「分かりました。


――神にも見えざる秘境の扉。
  我が願いを聞き届け、今こそ解錠せよ。
  《ラビリンス・シールド・ソルブ》」

 エリアーヌが魔法の言葉を紡ぐと、辺りには何処からともなく霧が立ち込める。
 そして、ゆっくりと古びた大扉が現れた。

「さあ、一人ずつ手を触れて」

 周りとは完全に隔絶したが、エリアーヌの声が聞こえるので問題はない。
 それにしても、不思議な感じだ。
 なんか、深い深い眠りの中に居るようである。
 跳ぶと、身体がポワワンとする。

「分かった」

 取り合えず、エリアーヌの言う通りにすることにした。

 アインは、恐る恐る扉に触れる。
 そっと指から。
 すると、何やら声が聞こえる。

「――――」

 詳しく聞くため、扉に耳を傾ける。 

「汝の願いは?」

「は?」

「答えるのだ」

 なるほど。
 どうやら、答えなければ中には入れないようだ。
 しかし、願いなんて聞く必要があるのか。
 深い意味があるのだろうが、理解不能だ。

鳥獣族ウィンデンの村へ入ることだ」

 取り合えず、ベタに質問に答える。
 無駄にこって考えても、時間ばかりがかかるからだ。

「汝の願いは?」

「今言ったじゃないか」

「汝の願いは?」

 どうやら、上っ面のものではいけないらしい。
 しかし、願いか。
 叶えてくれる訳でも無かろうに、何故聞いてくるのか。
 答えが出る予定が無い。

「願いなんて、無い」

「汝の願いは?」

 繰り返し繰り返し聞いてくる。
 壊れたカセットテープのように。

(願い…………か)

 願いなんて、彼には無い。
 そんなものは有っても、意味の成さないものと考えていたから。
 しかし、真面目に考えなければならないらしい。

 願いとは、なんなのか。

――――誰かがそれを望むこと。

「何だ?」

 彼の願いとはなんなのか。

――――無い。
    正確にはあるが、彼だけの願いだ。
    よって、彼は口に出すのを拒んでいる。

「誰なんだ?」

 何のために産まれたのか?

――――分かる訳が無い。
    それが分かれば苦労しないだろう。

    毎日、泥にまみれて血をすすり。
    雨に打たれて、身体を冷やし。
    努力など、意味を成さない。
    寂しく、一人で床にはいる。

    意味が分かれば…………苦労しない。
    苦労することは無い。

「やめろ……やめてくれぇぇぇ!」

 アインは、耳を塞ぎ、しゃがみこんで音を遮断しようとする。
 しかし、それでも聞こえてくる。
 不思議な問いかけが。


 何のために生きるのか?

――――意味など無い。
    しかし、生き続けるのだ。
    いつか、生きる理由を見つけるために。
    己が己で在るために。

「あ……」

 不快感しか感じなかった声に、いつの間にか耳を傾けていた。
 そして、思い出す。

「俺は、俺で居られるために……」

 そう、アインがアインであるための確証が欲しい。
 能力として。
 それが、彼の願い――――だった。

「俺は願いを叶えたんだ」

「でも、それだけじゃ……」

 彼は、何かが納得できないようだった。
 いや、納得したくないのだ。

 確かに能力を使うことが出来て、嬉しいし、楽しい。
 しかし、これだけでは無いのだ。
 自分を自分と証明する事が、出来ているか?
 出来ているか。

「汝の願いは?」

 アインは、悩んだ。
 これ以上願っても良いのだろうか。
 自分より、苦しんでいる人が何処かにいて。
 そんな人より、多くのものを望む。
 本来なら、正しくは無いのかもしれない。
 しかし、正しいと信じたい。

「――――俺が俺であること」

 願う。
 言葉に出して、願う。
 それは、いつか達成することが出来るのだろうか。
 まだ分からないが、きっと彼なら成せるはず。

「汝の願い――――――聞き届けよう」

「ありがとう」

 顔も知らぬ、声の主に向かって礼を言う。
 自分の願い――目標を据えられたから。

「では、進め。
 お前がお前で在るために」

――――ギィィィィ。

 扉は開くと、しばらく開けていない扉のような音を出す。
 光が少しずつ溢れ、彼を飲み込まんとする。

「ここで……。
 ここからが、スタートだ」

 一歩、一歩、扉に向けて歩みを進める。
 そして、扉も開いていく。
 光は、霧をも晴らしていく。

 そこには何もなかったが、これは自分の今まで――――過去と呼ぶに相応しいだろう。
 ここから、歩むのだ。

 自分の居場所を作るため。
 明日のその先を、迎えるため。
 今こそ、運命の時。

「じゃあ、いってきます」

 扉の前に立ち、歩んできた過去に別れを告げる。
 そして、未来を歩む意思を伝える。

――――ギィィィィ、ガタン。

 完全に扉は開き、より一層光の輝きは増す。
 膨張する光の中に、彼は、飲み込まれていく。

 最後に、もう一度過去を振り返る。
 そこには何もなく、ただ静寂を作り出す。
 しかし、目に焼き付けておかなければならない。
 このような者を、自らの手で生み出さぬために。

 そして、彼は完全に光りに飲み込まれる。
 アインは、目を閉じて扉に向き直り、最後の一歩を踏み出す。

――――パァァァァァ。

 彼は、扉の中の光の中に消えていく。

――――ギィィィィ。

 そして、扉は閉まり始める。
 新たな者の来訪を、待っているかのように。

――――いってらっしゃい。

 彼は、聞いた。
 完全に光に飲み込まれる前、何かを。

「…………」

 声に出そうとするが、身体は動かない。
 金縛りにあったかのように。
 せめて、心の中だけでもと返事をする。

(ああ、行ってくるよ)

 それは、聞き間違いではなく、確かに聞こえたのだ。
 女でも、男でもない者の声が。

(気のせいじゃあ無いと、願いたいな)

 彼は、心の中に笑みをこぼし、意識を失った。
 村へ移動するためである。

――――がんばって。

 最後の一言は、彼には聞こえていない。
 しかし、しっかりと、彼の志へと活かされるであろう。

――――ギィィィィ、ガタン。

 扉は、完全に閉まった。
 一片の光りも残さずに。

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