無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

17話 「脱出」

「な、何でお前がここにいるんだよ!?」

 アインは、突然のアルヴァスの来訪に目を見開かせて驚いた。
 出られないと困っているのに、そこに入ってくる者がいれば当然だろう。
 だが、不思議そうに首をかしげるアルヴァスからは、純真無垢な子供を連想させる。
 頭を悩ませずに行動できる、アルヴァスが羨ましく思えた。
  
「死龍王が帰ってきたので、事情を問い詰めたのだ。
 すると、アインはここに寄るはずだと言っていたのだ。
 それで、ここへ来たのだが…………」

 死龍王は、中々弱いらしいな。 
 いや、俺にてこずっている位だから相当だろう。
 あっさりアルヴァスに負けているようだし。
 
 そして、アルヴァスはエリアーヌを見ると、一瞬の驚きの後に暗い表情をした。
 直ぐ様駆け寄り、うつむく。
 
「エリアーヌ……。
 すまんであった」

 なんのことかは分からないが、謝罪をしだす。
 重く、暗い雰囲気がアルヴァスの周りを漂う。
 すると、彼だけがこの空間の中の異物のような感覚に陥る。
  
「おい、なんで謝っているんだ?」

「それはだな……」

 アルヴァスは、事実を話したくないようである。
 背中で指を絡ませて、冷や汗を流す。
 今にも口笛を吹きながら、そっぽを向きそうである。

「いえ、私が望んだことですからね。
 アルヴァス様のせいじゃ無いですよ!」

 ふむ……望んだ?
 何があったのだろうか。
 二人の会話から、全く読み取れない。

「それより、ここから早く出よう」

 話は気になるが、そのうち分かるだろうし脱出を最優先にすることにした。
 アルヴァスの言う通り結界を壊すのも一つの手段だが、あまり好ましくない。
 なぜなら、そのまま結界が修復されない可能性があるからだ。
 そんなリスクを負う方法より、もっと良い方法がある……はずだ。

「何か良い考えは無いか?
 壊す以外の方法で」

 二人の方を見るが、首をかしげるばかり。 
 アルヴァスにいたっては破壊する気満々で、手の骨をポキポキと鳴らしている。
 力が有り余っているのだろうか。
 そんな二人の様子を見る限り、妙案などは無いようだ。

「じゃあ、力技でいくしかないか……」
 
 思わずため息が出る。
 こうなったら、聖域に被害が出ることは覚悟しなければならない。
 しかし、アルヴァスはどうやって入ってきたのだろうか。
 破壊された跡もなければ、元々居たわけでもない。
 不思議な奴だ。

「なあアルヴァス、お前どうやってここに来たんだよ?」

「そなたの魂の居場所を感じとり、自分の魂と結び付けてバビューンしただけだが?」

「バビューン…………だと?
 語彙力どこかに置いてきたのか?」

 あまりの語彙力の無さに驚きを隠せない。
 というか、バビューンというのはおかしい。
 他に表現する言葉が無かったのだろうか。

 魂と魂を結び付けるなどどうやれば良いのか謎であるし、バビューン=移動だと推測すると、かなりの速さだと思う。
 新たな移動方法を生み出したのか、それともやってはいけない禁断の◯◯系なのか。
 どちらにせよ、ヤバイやつには違いあるまい。
 
「いやぁ、それほどでもないのである。
 古代龍であれば、このくらい出来て当たり前なのであるぞ?
 魂に引っ張られただけであるしな!」

「そうなのか?
 てか、褒めてないし……」
 
 駄目だ、アルヴァスは空気読めない系の生物である。
 それでも、なんか憎めない奴だ。
 いつの間にか握り締めていた拳も、自然と緩んでいる。
 
「それじゃあ、結界を壊すであるぞ!
 我について参れよ!」

 アルヴァスは、身長の割に大きな翼を広げて空に飛翔する。
 それに続くかのようにエリアーヌとアインも、空に飛翔する。
 アルヴァスは得意気に胸を張り、

「きちんと見ておるのだぞ!」

 と釘を刺してきた。
 いや、別に見る必要も無いのだが、本人がそういうならじっくりと観察しよう。

「我、この世界の絶対なる法なり。
 我、この世界の理を破壊するものなり。
 我、即ちアルヴァス!」

 アルヴァスは良く分からない言葉を並べながら、手と手の間に魔力球を発生させている。
 目をつむり、トランス状態に入っているようだ。
 恐らく、『世界之観測者アガリアレプト』を使用して、世界のデータバンクやらに侵入しているのだろう。
 もしくは、古代龍ながらに基本的な戦闘能力はあるのだろうか。

 そして、魔力球の色が変わった。
 紫色から、薄い水色へと。
 そして、それを天高く投げた。

絶対アブソリュートなる打撃・ストライク!」

 勢い良く飛び上がり、魔力球を殴った。
 正確には殴り飛ばしたといった方がいいか。
 魔力球は大きくひしゃげると、その溢れんばかりの運動エネルギーを移動と爆発に利用する。
 瞬く間にそれは見えなくなり、やがて耳に届いたのは――
 
――――ドォォォォォォン。

 遥か遠くの、大きな爆発音である。
 と同時に、パリィィンという水晶が割れたような音がした。
 空を見れば、縦に大きな亀裂が入っている。

「おおお……」

 アインは素直に感心していた。
 あんなごり押しの技もあるのだと。
 息をするのも忘れるほど、それに見入っている。

 対して、エリアーヌはのほほんとした表情で事態を見守っていた。
 もしかすると、以前にもこういうことがあったのかもしれない。

「どうだ?
 中々凄いであろう?」

 アルヴァスは、どうだ、どうだ?
 と感想を求めてくる。
 いや、凄いは凄いが無茶苦茶過ぎる。
 それに、素直に凄いというと調子に乗りそうなので、敢えて何も言わずにスルーする。

「そこそこなんじゃないか?」

 頭の後ろで手を組み、知らん顔をする。
 バチは当たらないだろう。
 無視はしていないのだから。

「なんだそれは!?
 もっと褒めてくれて良いのだぞ?」

 う~む……。
 どうしても褒めて欲しいようだ。
 だが、褒めない。
 心を鬼にして、我慢しなければならないのだ……。
 辛い、辛いなぁ。
 どうでも良すぎて辛い。

「そんなことより、早くここを出るぞ。
 穴が閉じてしまうかもしれない」

 アルヴァスの戯言を無視してでも、早く出なければならない。
 事態は一刻を争うのに、こんなに無駄に時間を使ってしまった……。
 なので、遅れを取り戻さねばなるまい。

「ちぇっ、冷たいのであるな……」

 アルヴァスは、渋々亀裂に向かって翔び始める。
 アルヴァスの翼の羽ばたきが一回一回大きいため、アインは身体がその度に煽られて、吹き飛ばされそうになる。
 
「ちょ、ちょっと風を出すのは控え目にしてくれないか?」
 
「すまんである。
 このくらいでなければ、前の身体の時は翔べなかったのでな!」

 どれ程の巨体であったのだろうか。
 古代龍と言うほどなので、歴史が蓄積されたボディだろうが……。
 いや、年寄りだと言っているわけではない。
 決してだ。

 そんなことをしている間に、亀裂の目の前まで着いた。
 そこは周りと違って空間が歪み、景色が統一されない。
 ここに入るときのようだが、一つ違うのは水面のようにさざ波がたっていること。
 空間に直接である。
 なので、安全面については肯定出来ない。

「で、ここに入るのは勇気がいるな。
 まず誰が入る?」

 アインとしては、自分から入るのはまず避けたかった。
 どうせ入るなら分身を突っ込むか、三人で一斉に入るしかない。
 単純に恐怖を感じるからである。
 この話し合いをしている間も、声色が震えている。
 本当なら近付きたくもない場所だが、これは乗り越えなければいけない試練なのだ。
 逃げることは許されない。

 ああ……、亀裂を見るたびに身体が萎縮する。
 ここには自分しか居ないかのような錯覚が脳を侵食し、暗闇に囚われた妄想さえよぎる。
 まるで、お前はちっぽけなのだから居場所などないと言うようだ。  

「何を言っておるのだ?
 皆で一斉に行くに決まっておろう!」
 
 アルヴァスはアインとエリアーヌの手を掴み、亀裂に飛び込む。
 
「心の準備が!?」

 アインの言葉は、亀裂の中から聞こえる轟音にかき消される。
 轟音というのは、空間が乱されて起きている音だ。
 ゴォォォォォォという音が、常に鼓膜を揺らしている。

 エリアーヌは、なされるがままという感じだ。
 手を引かれると、嬉しそうに頬に手を当てて微笑んだ。
 対するアルヴァスは、少し引き気味だ。
 顔が若干ひきつっているが、仕方無いと割り切って我慢しているよう。
 
「流されるぅ!?」

 亀裂の中は様々な方向に重力が働いている感じで、体幹がおかしくなりそうだ。
 無重力空間に放り出された感覚で、船酔いにも似た感覚になる。
 揺られ、揺られて引っ張られ。
 気付けば、数百メートル先に猪狂族(オーク)が見える。
 その周りは相変わらず歪んでいるので、見分けやすかった。

「あそこから外へ出られるんじゃないか?」

 亀裂を指指して、アルヴァスに言う。

「そうだな。
 しかし、なぜ猪狂族オークなんているのだ?
 本来なら、存在さえしてはいけないはずなのだがな……」

 アルヴァスは不思議そうに眉を潜め、沈黙した。
 
「現に存在してるんだが、何で存在してはいけないんだ?」

長命族エルフは知っておるな?
 猪狂族オークとは、その姿が変異したものなのだ」

「変異?
 なんでまたそんなことに?」

「うむ、闇の魔力に長い間強く当てられ過ぎたことでなるのだが、ここまでの規模となると流石にまずいぞ。
 闇の魔力を発しているものが、それだけ強力だという裏付けとなるからな」

 ってことは、今かなりヤバイ状況なのか。
 それではなぜ、死龍王は猪狂族オークの襲来を知っていたのだろうか。
 まさかあの弱さで魔物とか手下に出来ないだろうし、関連性が無い……と思いたい。
 
「では、ここから出るぞ!」

 目の前に広がるのは、多くの猪狂族オークの群れ。
 その中にダイブするわけだが……。

「おわっ!?」

 入った時のような不快感は感じられず、解放されたという気持ちが大きかった。
 そして、真っ白な世界と獣臭が広がる。
 一瞬視界がクリアになりすぎたと目を擦ると、猪狂族オークがこちらを見るために一斉に振り向く。

「「キャギョア!」」

 そして、襲い掛かるはずの猪狂族オーク達だっだが……。
 瞬きをする間に、身体が二分されていた。
 瞬間吹き出す、赤黒い血。
 大きな弧を描くように、辺りに飛び散る。
 丸みを帯びた腹が、中身を地面にぶちまける。
 それは、一つの芸術作品のようだ。

エア・スライド

 透明な風の刃を飛ばしていたのは、エリアーヌだった。
 軽く横に腕を振れば、なぞるように風が発生する。
 さすが、『大空の女王ザリエル』と言うだけある。

「やっぱり、外の空気は格別ですね!」
 
 エリアーヌは次々と襲い掛かる猪狂族オークを切り刻み、快楽を覚えたようだ。
 舞うように指を滑らせ、透明な風を纏った刃が射出される。
 この技を使われていなかったのは、ある種の手加減かもしれない。
 久し振りにあった人間故の。

「おっと、懐かしい外の空気に誘われてしまいました!
 早く村へ向かいましょうか」
 
 エリアーヌはある程度して満足したのか、魔法を使う手を止めた。
 そして、汚れた地面を風で凪ぎ払い、村へと歩を進める準備をする。
 
「村は結局どこにあるんだ?」

 ガリアに言われた通りにしたならば、今の亀裂に向かっている猪狂族オークしか見当たらないし、だからといってもう一度入るのは自殺行為だ。
 しかし、他に入り口が見付かるかと言われれば、答えはノーだ。
 全く面倒なことになったと思う。

「ルシオは魂を持っておらんから、移動も出来んしなぁ……」

 アルヴァスは、ヴーとうなる。
 せめて、魂を持っていたら良かったのに……。
 すると、アインは何かに気付いたようにはっと面をあげる。

「セルケイならいけるんじゃないか?
 名前だって付けたし、セルケイの魂と結びつけられないことはない!」

 我ながら完璧だ……的な満面の笑顔を浮かべているアインだっだが、それは儚くも一瞬でアルヴァスに奪われる。

「アイン、そなたは魂を結びつける術を知っておるのか?
 このままでは、我しか移動出来ないではないか」

「そ、それは……」

 確かにそうだ。
 しかし、アルヴァスのやっていることを真似れば、なんとかなるはず!
 だと思う。

「もう一度、俺の魂とお前の魂を結びつけてみてくれないか?
 感覚が理解出来れば、俺も出来るかもしれない」

「分かったのである。
 では、いくのであるぞ!」

 そして、アルヴァスはまぶたを閉じた。

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