無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

28話 「はッ、当たりめェだろうが、くそやろォがよォ!」

「……いくよ」

 ウルリーカは、フードの隙間からソルムグの場所を確認して正面に立った。
 後ろは向かず、前を向いたままそこから二十歩程後方に下がる。
 そして、抜き身の細剣を刀の居合いの型のように持ち、ふうと呼吸をして心を落ち着かせる。

 ローブが揺れた――――と思った時には、既に細剣は振られていた。
 そこから放たれる無色の斬撃が風を纏い、空を切り裂く音を纏い、ソルムグに直進する。
 それだけでは無かった。

「――ハアァッ!」

 剣を降り終えた状態のまま、普段は大人しいウルリーカが声を張り上げる。
 そして、細剣を地面に突き刺して左手を握る。
 その瞬間、彼女の周りの重力の流れが変わった。

 いや、彼女の周りだけではない。
 ソルムグまでの間が全て、上から下ではなく横から横へと重力が働く。
 ウルリーカは突き刺した剣の柄を右手でしっかりと掴み、巧みに重力を操る。
 そして、それの効果は斬撃にも及ぶ。

 風と巻き上げた砂によって可視化した斬撃は、弧を描く形から先が尖ったブイ字へと姿を変える。
 それはソルムグの一本角へと正確に命中して、パァンと気味の良い音を発てて霧散する。

 その様子を見てウルリーカは握った左手を緩め、重力を元に戻して胸を撫で下ろした。
 そして、汗ばんだ額を手のひらで拭い、フェンネルへと話しかける。

「……どう?」

 フェンネルはソルムグの両の腕を掴んでいる事で、狂った重力の中にいた。
 更には、斬撃の余波まで受けていたはずだ。
 それなのに、彼が動じる様子は微塵もなく、立ち上がってソルムグの一本角を観察した。
 そして、すっとソルムグの腕を離した。

「貴方、何をしているんです?
 またその大鬼族が暴れ出そうというのなら、今度こそ容赦なく消しますよ?」

「いィんや、問題ねェだろ。
 こいつァ怒りなんて忘れてらァ」

「何故そう言いきれるのですか?」

「そんじゃァ、コイツの目ェ見てみろや。
 血走ってるような感じは受けねェし、やべェ顔してっかァ?
 少なくとも、さっきみてェに怒りに支配されてる感じはしねェだろ」

 ノクティスは、ソルムグの顔を観察するために近付く。
 瞳からは攻撃の意思が消え、近付く事によって何かされる事も無い。
 そして納得したのか、ふぅむと言いながら頭を何度か上下に振った。
 しかしノクティスは、ですが、と前置きを付けてフェンネルの方に顔を向ける。
 
「――これから暴れる事は?
 今、一時的に治まったということも考えられますので」

「それなら、多分ねェと思うぜ。
 怒りの支配から解けたっつう事は、怒りが消えたって事か自我を取り戻したって事か、だろ?
 そんで消えたと仮定したら、一度消えた強い怒りが何度も何度も蘇るようなこたァあり得ねェ。
 そんな事になったら、永遠に止めれねェじゃねェか」

「それも一説。
 ですが――――」

「はーい、リビアちゃん来いーったヨォ!」

 ノクティスが話している途中に、会話に割り込むようにリビアが話す。
 その声の発信源は、空。
 今は着地した後で、満面の笑みを浮かべている。

「今まで何をしていたのですか?」

「イヒャヒャ、楽しいことダヨ!」

 ああ……とノクティスは頭を抱える。
 リビアに話を聞くのが間違っていた、という具合に。
 ノクティスは直ぐに頭を上げ、話を戻す。

「先程の物も一説ですが、私の方からもう一つ。
 彼は、大鬼族のソルムグさん、でしたよね?」

「あァ、それが?」

「はい、ソルムグさんが強く怒りを覚えた理由を。
 検討はつきます……というか、それが最も妥当。
 そして、そんなに強い怒りを覚えることがあったとするならば、巨人に村を破壊された事に対するものではないですか?」

「まァ、俺様もそうだろォとは思うけどよォ。
 巨人の時以来何年もコイツを見かけてねェんだ。
 いや、巨人の時さえ見てねェ。
 コイツが今までどうしてたか、それと関係ありそうじゃねェか?」

「それは、関連があるとは言いきれませんね。
 ですが――――いっそ、巨人にその怒りをぶつけてはどうですか?
 今、貴方は怒りが消えたとおっしゃいましたよね?
 負の感情というのは、そう簡単に消えるものでは無いのです。
 私は、身をもって体験しておりますから」

 ――笑み。
 ノクティスの顔に貼り付けられたその笑みは、つくられたものではない。
 ましてや、心からのものでもない。
 その裏にはどんなものがあるというのか。
 見る者が見れば、感情を読むことの出来ない不安が、底の見えぬ恐怖が、入り交じるように心を埋め尽くすであろう。

「……ソルムグ、戦ってるよ。
 ……自分の心で、自分の弱さと」

 一方、ウルリーカは細剣を収め、目を閉じてソルムグの現在の状況を話してくれていた。
 といっても、心の中の状況。
 誰がどう言おうが、そこはソルムグ一人の世界であって他の者に干渉する余地は無い。
 それ故、これを早く乗り越えて欲しいと三人の思いは募る。

「……辛そう。
 ……でも、手を貸せない……。
 ……どうにかなってしまいそうなほど、苦しいって伝わってくる。
 ……でも、私達にはどうもしようもない……。
 ……だから、――――頑張って貰わなきゃ……!」

 ウルリーカの声だけが、ノクティスの鼓膜を揺らす。
 出来るのなら、このままソルムグを消してしまった方が楽だろう。

 それでも、ルシオとの約束を――――いや、そんな風にしてこれは自分の意見ではないと自分を納得させたかっただけかもしれない。
 ルシオとの約束という言葉を傘にきて、本当は自分はこうしたくないんだと身勝手な自己防衛に走っているだけかもしれない。
 変わってしまった自分を受け入れたくなくて。

 前なら、このよう事など気にせず相手を直ぐに消していた。
 それが間違いである、と何となく気付いたのがルシオに言われてからだった。
 それから自分に言い聞かせるように、無闇に命を奪ってはならないと心の中で復唱した。

 最初は、ただただ強くなるには、こうあるべきなのだろうと意味など考えなかった。
 しかし、徐々に自分のしていることに疑問を感じてきた。
 殺される前に殺せ、という言葉に従うままに生きてきたノクティスであるから、余計に違和感を抱いたのだろう。
 刈り取られる前に刈り取るのは、自然の摂理であろうと。
 それなのに、淘汰されるべき種に食われるのが本来食らうべき種である事もあるということに。

 それは、相手の事を少しでも多く理解しろ、ということらしい。
 何も考えずに、知らずに、ただそれが当たり前だからと命を喰うのは駄目で。
                  、、、、、
 その者の本質を知り、理解し、相手が自分と同じ土俵に立つものであると認識することが重要だと。
 だから、なるべく命は尊厳するものであり、奪ってはいけないらしい。
 少し哲学的であるが、そうすることで彼が分かりやすいというのなら、それも良いだろう。
 
 そして、今目の前にいるソルムグについて考える。
 
(彼は今、心の弱さと戦ってる、ということですか。
 そして、先程私達に敵意を向けていた時の彼も、彼の心の弱さを利用した能力……。
 そう考えた上でいくと、本人はまだ私達の目の前に姿を表していない、ということになりますね。
 己の心の弱さに打ち勝ち、能力を操れるようになって貰わないと、ろくに話も出来ませんよ)
 
 ノクティスは、自分で思案にふけっているのに気付き、はっと驚いた。
 いや、考えるのは間違いではない。
 むしろ考えるべきなのだ。
 しかし、その上でノクティスは待つという選択肢を選んだ。
 前の彼なら、あるはずの無い選択肢をだ。
 
 自分は徐々に変わっている。
 だが、その事で強くなっているだろうか。
 分からない、確かめられない。 
 例え強くなっていたとしても、ほんの少しだろう。
 しかし、心は強くなったと実感できる。

 前は、ルシオに会うまでは、自分が至高で自分が最上だと考えて常日頃生活していた。
 それは違った。
 自分自身で自分が最も強いと肯定する事で、優位性を保とうとしていた。
 だから、心も強くなった今なら――――

「はぁ、はぁ、ううっ……!
 おでは………おではあぁぁぁ!」

 静かになってから今まで、微塵も動かなかったソルムグが頭を抱えて苦痛の叫びをあげた。
 これがウルリーカの言っていたものなのだろう。
 自分は何もされていないにも関わらず、苦しさを覚えるようなソルムグの叫び。
 ノクティスは少し嫌そうな顔をした後、フェンネルの方に視線を向ける。

「ソルムグッ……」

 屈強な見た目をしているフェンネルが、ソルムグの様子を見て両拳を握る。
 手を出したいのだろう。
 身体がピクピクと痙攣したように動いているから。

「飲まれんじゃァねェ!
 おめェらしくねェッてんだ、くそがァ!」

 フェンネルは、握った両拳を緩めて大きく振る。
 そして、腰を曲げて声を大きくし、喉を潰しそうな勢いで怒鳴る。
 そこから溢れる気迫は、ザクザクと肌に刺さるようなものではない。
 異物をもふんわりと優しく包み込むような、優しさに溢れるものだった。

「やめる……だ、おではそんなんじゃねえ……だ!」

 ソルムグは激しく身体を捩(よじ)らせ、自分の弱い心に抵抗をする。
 しかし、地面にガクンと膝をついた。
 そのまま腕も曲げて地面に付けて、ガンガンと頭を打ち付け始める。
 彼の頭が地面に触れる度に地面に大穴が開き、それが周りの砂によって埋まっていく。
 それを幾度も繰り返し、少しずつ地面が低くなっていく。

「お……では、んなごとしたくねえ……だよ。
 たすがに、おでだちの村は無くなっただ……。
 ……そんで、巨人にもあだうぢした方が良いんだど……おでは思う。
 だけど――――そんでも、あいづみでぇにむやみやったらに暴れでんなら……、おでも一緒になっちまうだよ!」

 ソルムグに身体の支配権が完全に戻ってきたのか、目元を太い腕で覆う。
 すると、その間から一筋の涙がソルムグの頬を伝う。
 彼は、恥ずかしいのか、悔しいのか、ごしごしと何度も目元を腕で擦った。
 そしてゆっくりと面をあげる。
 その目は赤く腫れ、充血していた。
 
「……だがら、おでは負げねえだ。
 腹はたづげんども、おでの意思で巨人を倒すだ。
 能力なんがに振り回されねえだよ」

 ソルムグはそう言い、決意を込めた瞳でフェンネルを見つめる。

「そんなわげだがら、フェンネル。
 一緒に、いっでくんねえが?」

 フェンネルは少し照れ臭そうに頭をポリポリと掻く。
 そして、嬉しそうに犬歯を覗かせて笑みを浮かべる。
 歯の噛み合わせを確かめるようにカチカチと噛んで一拍開け、フェンネルは口を開く。

「はッ、当たりめェだろうが、くそやろォがよォ!」

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