無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~
24話 「過去、その5」
「さてと、巨人さんには動かないでもらうからねぇ~え。
これ以上迷惑かけられたら、俺としても堪んないからさぁ~あ?」
テグスの口調が所々おかしくなるが、本人は気にしていなさそうだ。
どうも他の事に意識を向けている様子。
やがて準備が整ったのか、手を挙げる。
「刀幻郷よ、現出せよ」
空がキラリと光ったかと思うと、大地は大きな影に覆われた。
、、
しかし、それは一つの影が大きいわけでは無かった。
複数の影が幾重にも重なり、非常に高密度な空間を上空に作る。
そして、テグスはゆっくりと手を下げながら、口を開く。
「降り注げ!」
テグスは地面に手を打ち付けるように振り下ろす。
すると、地面を覆っている影が消えた。
というより、光速で移動したのだ。
「ンガァァァァァァ!!」
巨人を穿つように上空より降り注ぐ刃は、巨人の身体を貫通し、地面に縫い止める。
それでもまだ足りないとばかりに、次々と巨人の身体には刃が突き刺さっていく。
一つ、一つと刺さる度、巨人の動きが鈍くなる。
そればかりか、巨人の身体や地面に刺さった武器が立方体を描く。
それは青白い光を放ちながら、巨人の身体を囲むように展開されて広がっていく。
「旋風、後は頼んだよぉ~お!」
テグスは振り向くこともせずに手を挙げて、後ろに隠れる旋風に合図を送る。
そして、エリアーヌの所へと歩み始める。
隠れていた旋風は立方体を維持することに集中し、身動き一つとらない。
(グワァーハッハッハ!
旋風だと魔力蓄積量が足りないので、そなたのその莫大な魔力で補おうと考えていたのだが……。
思ったよりも、余裕を持てそうであるな)
「さ~あねぇ~え?
後は頼むよ、アルヴァス君~」
テグスは、大きくあくびをしながらにやける。
その視線は、点滅する球に向けられていた。
(うむ。
時間も無い事であるし、直ぐに始めるとしよう)
球は強く発光したかと思うと、エリアーヌの手を離れて上空に舞い上がる。
そして、エリアーヌ、セズイ、エマと一人の大鬼族を上空に引き寄せる。
(もう一度言うぞ。
我はそなたらの魔力を供給源とし、封印の結界を施す。
エリアーヌは精神体のみを封印。
そして、鳥獣族の村の結界と同調させる。
セズイとエマと大鬼族のソルムグは、来る未来のために、その力を温存することも目的となる。
異論はあるか?)
セズイとエリアーヌは深くうなずき、エマの瞳は不動の意思を示している。
もう一人のソルムグはというと、身体中の血管を浮き出させて怒りを露にしていた。
だが、アルヴァスに何もしないところを見ると、それは巨人に対するものなのだろう。
(それでは始めるぞ。
エリアーヌは西、エマは南、セズイは東、ソルムグは北へ。
それぞれの方角より、巨人を封じるのだ)
アルヴァスの声が聞こえると直ぐに、彼らは巨人を取り囲むように四方を囲う。
そして、各自等距離を離れる。
動きが止まると、アルヴァスが最後の仕上げをする。
(領域結界)
球から四人の所へ、糸のように細い光が伸びる。
それは一周を終えると上下に光のカーテンのような壁を作り出し、巨人を隔離する。
天井と床に当たる部分にも壁が出来、完璧に巨人は身動きがとれなくなった。
(封印!)
結界は目映(まばゆ)い光を放ち、地面へと飲み込まれていく。
四人は、少しずつ距離を離しながら眠りにつく安息の場所へと向かう。
巨人は抵抗するが、結界を破壊することは出来ない。
(二十年、いや二五年。
それだけ持てば、中々に良出来だと思うが……)
アルヴァスは、周りに悟られぬように思案する。
球なのだから、悟られる事は無いだろうが……念のためだ。
(始源の巨人足るものを倒すことは出来ない。
ましてや、これからは封印さえ耐性がついて難しくなるのだ。
また、近い未来に考えなければなるまい。
新たなる勇者の資格を持つものとな)
ふぅと溜め息を吐いて、終わりの見えない問題にアルヴァスは頭を悩ませる。
といっても、今の彼に脳はない。
夢幻之繭を元にした処理用データを用いている。
「取り敢えず、終わりましたぁ。
はぁぁ……」
力無くへなへなと、旋風はその場に座り込んだ。
能力の使用を止めたことで、一気に蓄積した疲労が襲ってきたのだろう。
お疲れ様と労いの言葉をかけるまでもなく、エリアーヌの風魔法で持ち上げられる。
「旋風、だらしないですよ?
全くもう、紳士らしい態度をとって欲しいものです!」
抱える、とまではいかないが、エリアーヌは旋風を肩と水平に持ち上げてやわらかな髪を揺らして怒る。
それは、母親が我が子を心配するかの如く母性に溢れるもので。
しかし、旋風は疲れきってそのようなものを楽しむ余裕が無い。
「うぅぅ……」
くたーっと身体から力を抜いて、脱力状態だ。
そして、その間にも巨人は沈んでいき、遂には見えなくなる。
(――――アルド、そなたの城へ行こう。
創造主の亡骸を、悠久の時を経ても決して朽ちぬあの身体を。
今一度確認せねばならないからな)
「はい。
ですが、どのような意味があるのですか?」
(それは、亡骸を見てから教えるとしよう。
その方が、現実味があろうて)
コクッ。
アルドは頷くと、剣を鞘に納める。
そして、テグスは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「こんなもんまで出るなんて、これからは面倒なことになりそうだねぇ~え……」
その顔は確かに笑っていなくて、これからの未来を嫌がっているようにさえ見えた。
◆◆◆◆
数時間前、大鬼族の村
「ンガァァァァァァァ!」
突如発生した巨人は、大鬼族の村を蹂躙していた。
巨人が歩く度に地面が揺れ、木々が雑草のように薙ぎ倒され、生物は蟻のように潰され。
そのような理不尽な厄災に、若き族長であるソルムグが立ち向かう。
それを止めようとする影は既に無く。
それでも、この村だけでも守ろうとソルムグは拳を固める。
「何でおめえはこの村にこんなことするだ?
いぐらなんでも、やっちゃいげねえことがあんべ!」
怒り心頭、その言葉がまさにふさわしい。
赤みがかった肌の色が、いっそう濃く見える。
大きなその身体が、いっそう大きく見える。
「おではもう、おめえを許さねえど!」
この時、この瞬間に彼の能力は二度目の開花を迎えた。
『怒鬼招来』の名を冠する、憤怒の呼び声に応えて。
「うがぁぁぁぁぁぁ!」
目が血走り、左手で頭を押さえながらも、その左手を右手で押さえる。
身体中の血管が膨れ上がり、筋肉が膨張する。
想像も出来ない痛みなのだろう。
それにより、彼は自我を失った。
「うがぁぁぁぁぁぁ!」
地面を蹴り、殲滅対象である巨人に向かって走り出す。
その走りからは一点の曇りも見えず、ただ爆走するばかり。
「んがぁっ!」
今まで走りを助走とでも言うように、地面という踏み台から巨人の下へと跳んでいく。
その後の地面には蜘蛛の巣状の亀裂が入り、沈降している。
巨人の目の前に迫ったと言うとき、迷わずソルムグは右手を前に突き出した。
「ンガァァァァァァァ!!」
巨人は受け止めるために右の手のひらを見せるが、ソルムグの鋼の筋肉はそれを容易く打ち破り、骨をもえぐる。
だが、空中であることと、摩擦が多いことで勢いが弱まった。
その為、巨人の眼前で止まってしまう。
「ふううっ、ふうう……」
息を荒くし、ソルムグの身体は興奮状態が続く。
激しい動作の後は酸素を取り入れなければならず、こうして隙が出来てしまう。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人は、反撃とばかりにソルムグを狙って左腕で掌低打ちを繰り出す。
身体が大きいばかりにその速さは遅いのかと思えば、それは間違いだ。
巨体から繰り出される攻撃の全ては、繊細で大胆。
全く正反対の言葉が、巨人のそれを表すにはふさわしい。
「ふうっ、んごぉぉぉぉぉぉ!」
ソルムグは顔の目の前で両腕を交差させ、衝撃を和らげる。
自我を失ったと言えど、本能的に命を守る行動はとれるのだ。
しかし、巨人はソルムグを吹き飛ばした。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人は、雄叫びをあげてソルムグを仕留めようと走り出す。
ドスッ、ドスッ。
まるで大地が脈動しているように、揺れ続ける。
そして、吹き飛ばされたソルムグが姿を現した。
空を翔ぶことは出来ないので、下から見上げるように。
しかし、ソルムグの身体には傷一つ付いていなかった。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人は、大きな足でソルムグを踏み殺そうとする。
片足が持ち上がるだけで暴風が巻き起こり、周囲の地表を露出させる。
そして、足の影がソルムグを捉える。
「イァァァァァァ!」
だが、その足はソルムグの腕により受け止められた。
、、
片腕でだ。
ズウゥゥゥゥンン。
沈み込むような圧力が、ソルムグを上から襲う。
負けじと反対の腕も使い、思いっきり踏ん張りながら何とか足を押し返した。
「ふうっ、ふううっ……」
巨人はバランスを崩したが、倒れないで上手く持ち直した。
対して、ソルムグの方は体力が著しく減少していた。
酸素が足りない、という言葉を裏付けるように赤みがかった肌が白に近付き、膨張した筋肉が少しずつ縮まっていく。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人はお構い無しと、斧を振り下ろすように平手で地面を打つ。
が、地面に触れる筈だった手は、手首の辺りから消失していた。
ドスンッ。
巨人の後方、背を向いた後ろ側にそれは降ってきた。
「やいやいやいやい。
ダメじゃないかぁ、けんかなんてしちゃあねぇ~え?」
いきなり出現したかのように見える謎の男の服装は、戦場に赴くようなものではなく、寝間着に近かった。
そして、何よりも口が上手そうである。
右と左の両腰に剣を差しているが、それはどちらも細剣だ。
そのようなことから、大変怪しく思える。
「おっとぉ、俺を睨まないでくれないかなぁ~あ?
と言っても、怪しいだけだろうがぁねぇ~え」
男は、やれやれといった調子で手を挙げて首を左右に降った。
しかし、この場を去ろうとする気配はない。
そのあまりに不自然な存在感が、より男を引き立てる。
「俺の名前は、テグス。
大鬼族の君、名前はぁ~あ?」
「あううっあう……」
暴走しているソルムグは、次第に戻ってくる意識に強く抵抗する。
名前さえも教えてはいけない、ということなのだろう。
、
だが、彼等の前には心の声など丸聞こえなのだ。
「なるほど、ソルムグかぁ~あ。
良い名前だねぇ~え」
ビクッ。
分かられているはずの無い自らの名前を言い当てたのを聞いたソルムグは、暴走している状態など簡単に乗り越え、恐怖という感情を表面に露出する。
「そうそう、そうでなくちゃあいけないよぉ~お。
名前は、教えて貰っただけだがねぇ~え」
「…………おすえで……貰っだ?
いっでえ…………どいつに?」
「とある精霊だよぉ~お。
これから君も会うだろうから、質問があるならそこで見てからにしてくれたまぁ~え」
そう言ってテグスは細剣を鞘から抜き、ソルムグの腹に峰打ちを入れた。
ソルムグはその程度で落ちるようなやわな大鬼族では無いが、なにぶん相手が悪かった。
「おごうっ……うがぁ!?」
肺に残されていた空気を使いきると、白目を剥いてそのまま気絶してしまった。
だが、それでも倒れないのだから大したものだろう。
「さてと、戻るとするかねぇ~え。
巨人さん、君には今しばらく待ってもらうけど安心しなさいなぁ~あ。
必ずまた会うんだからねぇ~え!」
テグスは巨人に軽く目配せして、アルヴァスに連絡をする。
(分かった。
では、そのままこちらに来てくれ。
その者は、我が何とかしよう)
(了解了解!)
テグスは自身の身長の二倍近くあるソルムグを担ぐと、えっほえっほと走り出す。
そして、三度の瞬(まばた)きをする間には森の中に消えていった。
これ以上迷惑かけられたら、俺としても堪んないからさぁ~あ?」
テグスの口調が所々おかしくなるが、本人は気にしていなさそうだ。
どうも他の事に意識を向けている様子。
やがて準備が整ったのか、手を挙げる。
「刀幻郷よ、現出せよ」
空がキラリと光ったかと思うと、大地は大きな影に覆われた。
、、
しかし、それは一つの影が大きいわけでは無かった。
複数の影が幾重にも重なり、非常に高密度な空間を上空に作る。
そして、テグスはゆっくりと手を下げながら、口を開く。
「降り注げ!」
テグスは地面に手を打ち付けるように振り下ろす。
すると、地面を覆っている影が消えた。
というより、光速で移動したのだ。
「ンガァァァァァァ!!」
巨人を穿つように上空より降り注ぐ刃は、巨人の身体を貫通し、地面に縫い止める。
それでもまだ足りないとばかりに、次々と巨人の身体には刃が突き刺さっていく。
一つ、一つと刺さる度、巨人の動きが鈍くなる。
そればかりか、巨人の身体や地面に刺さった武器が立方体を描く。
それは青白い光を放ちながら、巨人の身体を囲むように展開されて広がっていく。
「旋風、後は頼んだよぉ~お!」
テグスは振り向くこともせずに手を挙げて、後ろに隠れる旋風に合図を送る。
そして、エリアーヌの所へと歩み始める。
隠れていた旋風は立方体を維持することに集中し、身動き一つとらない。
(グワァーハッハッハ!
旋風だと魔力蓄積量が足りないので、そなたのその莫大な魔力で補おうと考えていたのだが……。
思ったよりも、余裕を持てそうであるな)
「さ~あねぇ~え?
後は頼むよ、アルヴァス君~」
テグスは、大きくあくびをしながらにやける。
その視線は、点滅する球に向けられていた。
(うむ。
時間も無い事であるし、直ぐに始めるとしよう)
球は強く発光したかと思うと、エリアーヌの手を離れて上空に舞い上がる。
そして、エリアーヌ、セズイ、エマと一人の大鬼族を上空に引き寄せる。
(もう一度言うぞ。
我はそなたらの魔力を供給源とし、封印の結界を施す。
エリアーヌは精神体のみを封印。
そして、鳥獣族の村の結界と同調させる。
セズイとエマと大鬼族のソルムグは、来る未来のために、その力を温存することも目的となる。
異論はあるか?)
セズイとエリアーヌは深くうなずき、エマの瞳は不動の意思を示している。
もう一人のソルムグはというと、身体中の血管を浮き出させて怒りを露にしていた。
だが、アルヴァスに何もしないところを見ると、それは巨人に対するものなのだろう。
(それでは始めるぞ。
エリアーヌは西、エマは南、セズイは東、ソルムグは北へ。
それぞれの方角より、巨人を封じるのだ)
アルヴァスの声が聞こえると直ぐに、彼らは巨人を取り囲むように四方を囲う。
そして、各自等距離を離れる。
動きが止まると、アルヴァスが最後の仕上げをする。
(領域結界)
球から四人の所へ、糸のように細い光が伸びる。
それは一周を終えると上下に光のカーテンのような壁を作り出し、巨人を隔離する。
天井と床に当たる部分にも壁が出来、完璧に巨人は身動きがとれなくなった。
(封印!)
結界は目映(まばゆ)い光を放ち、地面へと飲み込まれていく。
四人は、少しずつ距離を離しながら眠りにつく安息の場所へと向かう。
巨人は抵抗するが、結界を破壊することは出来ない。
(二十年、いや二五年。
それだけ持てば、中々に良出来だと思うが……)
アルヴァスは、周りに悟られぬように思案する。
球なのだから、悟られる事は無いだろうが……念のためだ。
(始源の巨人足るものを倒すことは出来ない。
ましてや、これからは封印さえ耐性がついて難しくなるのだ。
また、近い未来に考えなければなるまい。
新たなる勇者の資格を持つものとな)
ふぅと溜め息を吐いて、終わりの見えない問題にアルヴァスは頭を悩ませる。
といっても、今の彼に脳はない。
夢幻之繭を元にした処理用データを用いている。
「取り敢えず、終わりましたぁ。
はぁぁ……」
力無くへなへなと、旋風はその場に座り込んだ。
能力の使用を止めたことで、一気に蓄積した疲労が襲ってきたのだろう。
お疲れ様と労いの言葉をかけるまでもなく、エリアーヌの風魔法で持ち上げられる。
「旋風、だらしないですよ?
全くもう、紳士らしい態度をとって欲しいものです!」
抱える、とまではいかないが、エリアーヌは旋風を肩と水平に持ち上げてやわらかな髪を揺らして怒る。
それは、母親が我が子を心配するかの如く母性に溢れるもので。
しかし、旋風は疲れきってそのようなものを楽しむ余裕が無い。
「うぅぅ……」
くたーっと身体から力を抜いて、脱力状態だ。
そして、その間にも巨人は沈んでいき、遂には見えなくなる。
(――――アルド、そなたの城へ行こう。
創造主の亡骸を、悠久の時を経ても決して朽ちぬあの身体を。
今一度確認せねばならないからな)
「はい。
ですが、どのような意味があるのですか?」
(それは、亡骸を見てから教えるとしよう。
その方が、現実味があろうて)
コクッ。
アルドは頷くと、剣を鞘に納める。
そして、テグスは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「こんなもんまで出るなんて、これからは面倒なことになりそうだねぇ~え……」
その顔は確かに笑っていなくて、これからの未来を嫌がっているようにさえ見えた。
◆◆◆◆
数時間前、大鬼族の村
「ンガァァァァァァァ!」
突如発生した巨人は、大鬼族の村を蹂躙していた。
巨人が歩く度に地面が揺れ、木々が雑草のように薙ぎ倒され、生物は蟻のように潰され。
そのような理不尽な厄災に、若き族長であるソルムグが立ち向かう。
それを止めようとする影は既に無く。
それでも、この村だけでも守ろうとソルムグは拳を固める。
「何でおめえはこの村にこんなことするだ?
いぐらなんでも、やっちゃいげねえことがあんべ!」
怒り心頭、その言葉がまさにふさわしい。
赤みがかった肌の色が、いっそう濃く見える。
大きなその身体が、いっそう大きく見える。
「おではもう、おめえを許さねえど!」
この時、この瞬間に彼の能力は二度目の開花を迎えた。
『怒鬼招来』の名を冠する、憤怒の呼び声に応えて。
「うがぁぁぁぁぁぁ!」
目が血走り、左手で頭を押さえながらも、その左手を右手で押さえる。
身体中の血管が膨れ上がり、筋肉が膨張する。
想像も出来ない痛みなのだろう。
それにより、彼は自我を失った。
「うがぁぁぁぁぁぁ!」
地面を蹴り、殲滅対象である巨人に向かって走り出す。
その走りからは一点の曇りも見えず、ただ爆走するばかり。
「んがぁっ!」
今まで走りを助走とでも言うように、地面という踏み台から巨人の下へと跳んでいく。
その後の地面には蜘蛛の巣状の亀裂が入り、沈降している。
巨人の目の前に迫ったと言うとき、迷わずソルムグは右手を前に突き出した。
「ンガァァァァァァァ!!」
巨人は受け止めるために右の手のひらを見せるが、ソルムグの鋼の筋肉はそれを容易く打ち破り、骨をもえぐる。
だが、空中であることと、摩擦が多いことで勢いが弱まった。
その為、巨人の眼前で止まってしまう。
「ふううっ、ふうう……」
息を荒くし、ソルムグの身体は興奮状態が続く。
激しい動作の後は酸素を取り入れなければならず、こうして隙が出来てしまう。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人は、反撃とばかりにソルムグを狙って左腕で掌低打ちを繰り出す。
身体が大きいばかりにその速さは遅いのかと思えば、それは間違いだ。
巨体から繰り出される攻撃の全ては、繊細で大胆。
全く正反対の言葉が、巨人のそれを表すにはふさわしい。
「ふうっ、んごぉぉぉぉぉぉ!」
ソルムグは顔の目の前で両腕を交差させ、衝撃を和らげる。
自我を失ったと言えど、本能的に命を守る行動はとれるのだ。
しかし、巨人はソルムグを吹き飛ばした。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人は、雄叫びをあげてソルムグを仕留めようと走り出す。
ドスッ、ドスッ。
まるで大地が脈動しているように、揺れ続ける。
そして、吹き飛ばされたソルムグが姿を現した。
空を翔ぶことは出来ないので、下から見上げるように。
しかし、ソルムグの身体には傷一つ付いていなかった。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人は、大きな足でソルムグを踏み殺そうとする。
片足が持ち上がるだけで暴風が巻き起こり、周囲の地表を露出させる。
そして、足の影がソルムグを捉える。
「イァァァァァァ!」
だが、その足はソルムグの腕により受け止められた。
、、
片腕でだ。
ズウゥゥゥゥンン。
沈み込むような圧力が、ソルムグを上から襲う。
負けじと反対の腕も使い、思いっきり踏ん張りながら何とか足を押し返した。
「ふうっ、ふううっ……」
巨人はバランスを崩したが、倒れないで上手く持ち直した。
対して、ソルムグの方は体力が著しく減少していた。
酸素が足りない、という言葉を裏付けるように赤みがかった肌が白に近付き、膨張した筋肉が少しずつ縮まっていく。
「ンガァァァァァァァ!」
巨人はお構い無しと、斧を振り下ろすように平手で地面を打つ。
が、地面に触れる筈だった手は、手首の辺りから消失していた。
ドスンッ。
巨人の後方、背を向いた後ろ側にそれは降ってきた。
「やいやいやいやい。
ダメじゃないかぁ、けんかなんてしちゃあねぇ~え?」
いきなり出現したかのように見える謎の男の服装は、戦場に赴くようなものではなく、寝間着に近かった。
そして、何よりも口が上手そうである。
右と左の両腰に剣を差しているが、それはどちらも細剣だ。
そのようなことから、大変怪しく思える。
「おっとぉ、俺を睨まないでくれないかなぁ~あ?
と言っても、怪しいだけだろうがぁねぇ~え」
男は、やれやれといった調子で手を挙げて首を左右に降った。
しかし、この場を去ろうとする気配はない。
そのあまりに不自然な存在感が、より男を引き立てる。
「俺の名前は、テグス。
大鬼族の君、名前はぁ~あ?」
「あううっあう……」
暴走しているソルムグは、次第に戻ってくる意識に強く抵抗する。
名前さえも教えてはいけない、ということなのだろう。
、
だが、彼等の前には心の声など丸聞こえなのだ。
「なるほど、ソルムグかぁ~あ。
良い名前だねぇ~え」
ビクッ。
分かられているはずの無い自らの名前を言い当てたのを聞いたソルムグは、暴走している状態など簡単に乗り越え、恐怖という感情を表面に露出する。
「そうそう、そうでなくちゃあいけないよぉ~お。
名前は、教えて貰っただけだがねぇ~え」
「…………おすえで……貰っだ?
いっでえ…………どいつに?」
「とある精霊だよぉ~お。
これから君も会うだろうから、質問があるならそこで見てからにしてくれたまぁ~え」
そう言ってテグスは細剣を鞘から抜き、ソルムグの腹に峰打ちを入れた。
ソルムグはその程度で落ちるようなやわな大鬼族では無いが、なにぶん相手が悪かった。
「おごうっ……うがぁ!?」
肺に残されていた空気を使いきると、白目を剥いてそのまま気絶してしまった。
だが、それでも倒れないのだから大したものだろう。
「さてと、戻るとするかねぇ~え。
巨人さん、君には今しばらく待ってもらうけど安心しなさいなぁ~あ。
必ずまた会うんだからねぇ~え!」
テグスは巨人に軽く目配せして、アルヴァスに連絡をする。
(分かった。
では、そのままこちらに来てくれ。
その者は、我が何とかしよう)
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