無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

22話 「過去、その3」

(クソ、こええよ……) 
 
 目の前に迫る咆哮によって、セズイは思わずまぶたを閉じた。
 しかし、まぶたを完全に閉じきる前に、何かの影がセズイの前を横切る。
 そして、通り過ぎる事はなく、その場に立ち続ける。

「ううっ、うあぁぁぁぁ!!」

 その直後に聞こえてきたのは、誰かの悲鳴だった。
 俺もこんな悲鳴を出すのかなぁ、なんて他人事のように考えるセズイだったが、一向に咆哮が襲ってこないことに違和感を抱く。
 そして、その違和感は目の前の人物に向けられた。

(そう言えば、エマは大丈夫だろうか。
 無事だと良いが……。
 あれ、エマ?)

 急に目の前の人物がエマである錯覚のようなものにとらわれる。
 それが錯覚であるか否か確かめるために、記憶の中の声と照合した。
 その声は完璧に、待機させているはずのエマのものだった。

「お前はエマか!?」

 彼は、セズイをかばうように手を前に突きだして、咆哮を受けている。
 その間にも、少しずつ身体は後ろへと下がってきていた。
 足に力を込めているようだが、それが原因でズリズリと地面を削りながら。

「何で来たんだよ!」

「そんなの…………セズイ様と共に戦うために決まってますよ。
 こんなに辛いけど。
 苦しいけど。
 セズイ様の役に立てているなら、とても嬉しいです!
 それに、僕が役に立てるのって、こんな事くらいじゃないですか?
 任せてくださいよ!」

 エマは、顔を少し後ろに向けて、にこっと口角を上げて見せた。
 無理をしているだろうに。
 こんなことをさせている、自分が情けなくなる。

「エマ、俺も手伝うぞ!」

「いえ、ダメですよ。
 絶対にやめてくださいっ!」

 エマは、金切り声でセズイにやめるように言う。
 それもそのはず、彼が行っているのは魔力吸収だ。
 やる手順としては、魔法や能力として魔力を用いて発動された物を、単純な魔力に置き換える。
 そして、それを自分の魔力として取り込むという形だ。
 自分の魔力容量以上の魔力は霧散するが、それでも相手の魔力を吸いとる事は可能だ。
  
 しかし、それは誰にでも出来るものではない。
 彼は、魔力から生まれたような妖精から昇華した存在である精霊のため、かろうじてそれを実行出来ているのだ。
 少し操作を間違えれば、中途半端になって行き場の無くなった魔力が暴走し、その身を滅ぼすだろう。

「イァァァァァァ!!」

 巨人は二撃目の咆哮を撃ってくる。
 これも、盾を具現化するまでの時間はとれそうにない。
 エマを連れて、隙を見て逃げるしかないだろう。
 そう考え、セズイはエマに触れようとした。 
 が、それは出来なかった。

「熱っ!?」

 エマの身体は、セズイの体温を遥かに越える温度まで発熱していた。
 そしてその見かけは、発熱というよりも燃焼しているという表現が正しい。
 髪に至っては、燃え盛る炎のようにうねっている。
 能力を使って魔力を消費しているのだろうか。
 
「フウウゥゥゥ、フウウゥゥゥ」
 
 苦しそうに呼吸をしながら、エマは魔力を吸収していく。
 だが、それに比例するかのようにエマの周囲の気温は上がる。
 彼が垂らした汗は、地面に辿り着く前に蒸発してしまうほどに。

 そして、巨人が大きく息を吸い込んだ。
 空気だけでなく、様々な物が巨人の口の中に入っていく。
 これならば、捕食光景と言われても納得出来る。

「またかよ!
 エマ、流石にこれはやべえって!」

 セズイはエマに訴えかけるが、聞こえていないのか返事がない。
 それどころか、獣のようなうめき声さえ聞こえた。
 だが彼がそんな状況にあっても、セズイは手を伸ばすことが出来ない。
 目の前に、居るのにだ。

「馬鹿野郎……」

 悔しかった。
 また、クルティスのように傷つけてしまうのだろうかと。

「イァァァァァァ、イァァァァァァ、イァァァァァァ!!」

 そんなことを考えている間に、巨人は無慈悲にも三連続で咆哮を放つ。
 先程と違い、一つ一つに込められている魔力量が半端ではない。
 ここまで負担が大きくなれば、エマは今度こそ危ないだろう。
 いや、それだけではない。
 この森林一体が跡形もなく吹き飛ぶ。

「エマ!
 もういい、俺と逃げるぞ!」
 
 セズイは自らの手を具現化する。
 そして、触れられない貧弱な己の手の変わりに、エマの肩に手を乗せる。
 しかし、ゆっくりと振り向いた彼の顔は苦痛で歪みを生じさせていた。

「………いやですよ」

「そんなこと言ってる場合じゃ無いだろ!?」

 セズイは必死に説得を試みる。
 やってみなきゃ分からない。
 それは、最後の悪足掻き。

「ぼ………くは、今までセズイ様の役に立てなかった………から。
 この能力を使いこなせない、僕の未熟さのせい………で。
 だから………、決めたんですよ。
 僕は、僕という存在の全てをかけて………。
 セズイ様を………お守りすると!」

 エマは弱々しい声で、辿り辿り思いを話す。
 それを聞き、セズイの目には涙が浮かぶ。
 それは、嬉しさや感動といったものではない。
 単純な悲しさだ。

「お前、まさか……」

「ええ、その………まさかです。
 それしか………無いじゃあありませんか?
 もし、僕が手に終えなくなったら………その時は――――」

「やめろ……。
 やめろって言ってんだろうがぁ!!」

「殺してください」

 その言葉を皮切りに、エマは炎に包まれる。

――――ボフッ、ゴォォォォォォ。

 巻き角が伸び、髪は揺らめく炎となり、身体は赤く赤熱する。
 痛みから解放されるのか、苦痛に満ちていた顔はほぐれた。
 代わりに浮かぶのは、イカれた笑み。
 鋭く吊り上げられた目でぎろりとこちらを見ると、反発するように巨人の方へと向かった。

 自我が少しでも残っているのだろうか。
 そうであれば、自我があるうちに回収しなければいけない。
 だが、あの状態――――『炎魔人イフリート』を使用した状態の彼には、近付く事さえも不可能だ。

 身体には、全てを焼き付くす紅蓮の業火をまとい。
 あらゆる炎と熱を操り。
 彼自身でも制御コントロール出来ない。
 そんな、破壊行動を続ける人形のようになるからだ。

「待てぇぇぇぇぇぇ!!」
 
 それでも、巨人と拮抗する力を持つかどうか。
 彼を死なせるわけにはいかないのだ。
 例え、自分が代わりに死のうとも。

 ゴァァァァァァ。
 実体の無い咆哮を、エマは業火で焼き付くす。
 そして、その火の粉は森林に落ちることなく、更地となった地面に降る。

「ンガァァァァァァ!!」

 巨人は、エマを新たな標的として認識した。
 直ぐ様振りかぶり、エマに向かって巨大な豪腕を振るう。
 それは、さながら空中を走るボアのようだ。
 
「にぃっ、がぁぁぁぁぁぁ!」
 
 ガゴンッッ!
 大盾を構えたセズイが豪腕を受け止める。
 その瞬間に突風が発生し、盾は吹き飛ばされてしまった。
 豪腕は押しきるように力を込めるが、セズイは先程具現化した腕を使い、何とかこらえる。
 ピキピキと蜘蛛の巣状にヒビが入っていくが、受け止めれるだけで充分だ。

 エマはその隙を狙い、腕から這うように炎を走らせる。
 蛇のようにうねりながら、瞬く間にそれは全身へと広がっていく。
 そして、自分も巻き込まれないようにとセズイは緊急離脱する。
 
「ンガァァァァァァ!!」
 
 巨大の叫びが、悲鳴に聞こえた。
 実際には何も変わっていないがそう思える。
 何故なら、巨人の全身は焼けただれ、その目は焼けた事で真っ白になっていたからだ。
 幾ら巨人とはいえ、これはかなりの大打撃になったと思う。
 
「剣よ!」

 この機を逃さぬまいと、剣を具現化する。
 そして、決意を込めて握る。
 
「うりゃぁぁぁぁ!」

 一気に巨人の目の前まで空間を駆け、上段に剣を振りかぶり、重力に任せて振り下ろす。

――――ズシャァァァァ。
  
 剣は額に大きく食い込んだ。
 その勢いを保ったまま、一気に左足の腱まで切り裂く。
 噴水のように血液が溢れ出て、滴(したた)り落ちた血液は流れる川となる。
 
「ンガァァァァァァ、ンガァァァァァァ!!」

 そこまで深い場所まで切りつけていないとはいえ、身体の筋肉が断裂しているのだ。
 巨人はうまく動けず、頭を抱えながら足をドンドンと踏み鳴らす。
 苦しんでいるようだが、顔に張り付いた笑みは消えない。

「やったか?」

 巨人の肉質は思ったよりも硬く、使用した剣はボロボロになってしまった。
 一度具現化を解除し、汗ばんだ手で再度剣を握る。 
 しかし、巨人は動かない。
 うつむいたまま、魂が抜けたようにその場に立ち尽くす。 
 
(何だこの胸騒ぎは!?
 あいつはもう、満足に動けないはずだ!)

 自分が納得出来るように大丈夫大丈夫と言い聞かせるが、嫌な予感がしてならない。
 しかし、行動をとることにした。
 瞬時に巨人の側まで翔ぶ。

「はあぁぁぁぁぁ!」

 左周りに回転しながら、体重を乗せて斜めに筋肉を断つ。
 すると、巨人の左腕はだらんと垂れる。
 それでも、反撃してくるなどの抵抗が無い。

(おかしい、何かがおかしいぞ……。
 まるで反応がない!)

 セズイを未知の恐怖が襲う。
 不可解で、不可思議で、不思議で、異様で、不自然で。
 不気味で、気味が悪くて、奇怪で、恐ろしくて。
 あらゆる言葉を並べても、それを表現することが出来ない。

(もう一撃……、右腕も壊しておかねえと) 

 取り敢えず、今のうちに少しでも多くダメージを与えておかないと。
 そうでもしなければ、理性を保てない。
 戦場であるというのに剣を捨て、その場に崩れ落ちてしまいそうで。

 巨人の身体になるべく近付かないようにし、反対側へとまわる。
 改めて巨人の顔を見るが、セズイの本能が危険だと警鐘を鳴らす。
 巨人の一部を見るだけで、身体が硬直するくらいに。
 咆哮を食らった時と一緒だが、弱気でいることは出来ない。

「うおぉぉぉぉぉぉ!」
  
 剣を突き刺し、下降しながら滑り込むように刃を肉に沈ませていく。
 筋肉がブチブチと断たれている音が聞こえるが、今はそれが心地よかった。
 少なくとも、これにより助かる命があると思えるから。
 
「はあ、はあ、はあ、これでどうだ?」

 神経を研ぎ澄ませながら行動しているため、セズイの顔には早くも疲労の色が見える。
 しかし、巨人はそれに応えない。
 逢えて無視してるのかと思ったが、それも違うらしい。

 セズイは行動する気力を失い、巨人の傷口を見詰める。

(これだと、俺が悪者じゃねえかよ……。
 俺は何か間違ってるか?)

 思い、悩む。
 戦場で迷いなどあってはならない。
 しかし、迷うことで生物は強くなる。
 失敗をして、知識を蓄える。 
 そうやって生きるのだ。

 ぼーっとしながら湧いてくる罪悪感に心を浸食されるセズイだったが、異様な光景に目を引き付けられる。
 筋肉繊維や血管が、うにょうにょと動いてるではないか。
 そしてそれらは接合し、何もなかったかのように皮膚さえも取り戻していく。
 
「これは……?
 まさか、再生してやがんのかよ!?」

 千切れた血管や断たれた筋肉は、欠けた部分を補うように自動的に修復されていく。
 それだけではない。
 先程付けた筈の傷も、今ではすっかり元通りだ。
 
(こんな奴には…………勝てねえ。
 こいつには、勝てねえ!)

 この時、セズイの魂は敗北を認めた。
 巨人を、圧倒的な力を持つ強者として。
 だが、セズイは忘れていた。
 それ以上の強者が、この世界にはいることを。

「あーっ、待たせてしまいましたか?
 申し訳ございません。
 私は、アルドランド・ペンドラゴン。
 アルド、とでもお呼びください!」

「い、いつの間に!?」

「えーとー……。
 今、というのは遅すぎますよね。
 あなたが瞬きした、刹那の時間というのが正答でしょう」

 アルドは、濃い青色の髪を持つ品行方正な美少年だった。
                 、、、、
 一つ彼の短所を言うとすれば、彼は完璧主義である。
 あらゆる事について完全でなければならない、完璧主義者。

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