無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

21話 「過去、その2」

「勇者が来るってのなら、やるしかねえだろ!」

「ええ、その意気です。
 時間稼ぎ程度にはなれば良いですねぇ……」

 風花は、遠い目をしてそう言う。
 やる気が無いわけではなく、死んだ魚のような目だ。
 生気を失っているとも言える。

「いや、何でそんなネガティブ思考になってんの?
 ガツガツ俺らも戦うぞ?」

「そんなぁ…………ねえ?」
 
「ねえじゃねえよ!
 お前どうした?
 腹でも下したか?」

「精霊が排泄を必要とすると思います?」

「あ、そうか。
 あるはずねえか」

 冷静に考えればそうだ。
 いくら特異体ユニークボディであるからといって、元は精神体で生きる妖精族フェアリー
 排泄などする必要があるわけが――――

「ありますけどね」

「あんのかよ!?」

「ふふっ。
 おかしいですね」

「お前がな?」

 どう考えても、馬鹿の会話だ。
 深刻な状況になっている中、どうでも良いことで笑える。
 これを幸せというのだろうか。
 しかし、幸せを味わうのはまだ早い。

「エマ、そこに居るんだろ?
 お前が木の影に隠れてんのは、まる分かりだぞ?」

「な、なんでばれたんですか?
 僕、ばれないように潜んでたのに……」

 エマは恥ずかしそうに後ろ手を組み、木の影から出てきた。
 木の影だ。
 決して、木の後ろに隠れていたのではない。
 
 彼の身体つきは悪くはない。
 余分な肉はそんなに無いが、引き締まった筋肉とのバランスが丁度いい。
 頬も、つねろうと思えば難なくつねれるぐらいだ。
 頭髪は、頭からちょこんと突き出る二本の巻き角を隠すために、盛りまくっている。
 可愛いと言えば可愛いが、何だか重そうである。
 
「お前なあ……。
 ばれないも何も、後ろを見てみろよ」

 セズイはエマの真後ろを指す。
 そこには、何かの灰が山のように積み重なっていた。
 少し風が吹くだけで、舞ってしまいそうだ。
 その後ろには、くっきりと地面に残った木の影がある。

「これがどうしたんですか?」

「どうしたんですかって……。
 何度も言うけど、お前は火精霊サラマンダーなんだ。
 緊張する度に顔から火ぃ出てんだよ!
 比喩じゃなく、本当になぁ!」

 そう、灰と地面に焼き付いた影を作り出した犯人は、エマだ。
 一応彼は火精霊サラマンダーなので、能力で炎を操れる。
 しかし、感情によって乱れる事がある(殆ど乱れてる)ので、注意が必要だ。

「知ってます。
 仕方がありませんよね?」

「仕方がなくはないような、あるような……。
 一緒じゃねえかよ!」
 
 段々と訳が分からなくなってくる。
 それもそうだ。 
 とてつもない馬鹿二人といるのだから。
 影響を受けるのは、仕方がない。

「じいさんってまだ大丈夫なのか?
 そろそろ、俺達も行こうぜ」

「そうですね。
 だけど、一つ良いですか?」

「ああ。
 どうした?」

「勇者が来る前に、私達は全滅すると思います」

「何を根拠に!?
 ほら、じいさん達だって……」

 巨人のいる方向を指差し、今の戦況を確認させる。
 ついでに、セズイも視線を移す。
 すると、有り得ない光景が広がっていた。

「じ、じいさん?」

 クルティスは巨人の手に握られており、今にも潰れそうだった。
 かなり離れているためその表情は確認出来ないが、恐らく笑っているだろう。
 クルティスならば痛みなど我慢して、「相手の片腕を封じ込めたのじゃ」と言って、喜ぶはずだ。

 しかし、状況が状況だ。
 今やられている事は、一方的な殺戮行為に他ならない。
 そんなことなど気にせずに、一瞬でクルティスを握り潰すに違いない。

「おい、助けに行くぞ!」

 急発進だ。
 片足がもつれながらも、離陸に成功する。
 だが、ここからが問題だ。

(注意を引き付けるだけなら出来るが、まともに防御出来るか分からねえ。
 これは却下だ。
 次に、攻撃してあの巨人を怯ませる。
 駄目だ、これも不可能だ。
 あいつにかすり傷一つ負わせられない事も最悪の場合として考えると、愚策。
 じゃあ、やっぱり勇者を待つしかねえのか……)

 出来るなら、セズイは自分の手で助けたかった。
 他の人の手など、借りたくもない。
 しかし巨人の前では、そんなプライドさえも打ち砕かれるのだ。

「風花、やるぞ。
 エマは、攻撃が当たらない程度の場所で待機しててくれ」

「「分かりました」」

「ンガァァァァァァ」

 鼓膜が、びりびりと揺さぶられる。
 先程よりも強く、速く。
 まあ、近付いているのだから当然だ。
  
 巨人は、セズイの事を視界にさえ捉えていないのか、クルティスを振り回している。
 その姿を見て、セズイの危機感はより高まる。

「やめやがれぇぇぇぇ!
 風花、やれ!」

――――ギギギ、ギチギチギチ。

 潰れるはずだったクルティスは、幾つもの盾に覆われていた。
 盾の間から中を観察すると、クルティスは意識を失っているのか、がくりと項垂うなだれている。
 全身に怪我を負っているが、奇跡的にも命に直接関わるものは無いようだ。

「良かった……」

 そう息を吐いたのも束の間、セズイの身体を鈍い痛みが襲う。

「ぐはぅあっ!?」

 腹が巨人の身体にぶつかった。
 それだけなのに、セズイは背中から内蔵をぶちまけるほどの勢いで吹き飛ぶ。
 そして、途中見た。
 巨人が出現した周りの村が、跡形もなく消え去っている。

 丁度、大鬼族オーガの村の辺りだ。
 木々まで地面ごと大きくえぐられているため、目を当てることも出来ない有り様だった。
 そこの地面に、背中から叩きつけられる。

――――ズドォォォォゥン。

「がはぁっ!
 痛つつつつ……」

 咄嗟とっさに傷む背中に手を伸ばすと、生温かい液体が伝っている。
 背に触れた手を見れば、真っ赤になっていた。
 脇腹を見れば、そこでもじんわりと血が滲んでいた。

「なにしやがんだてめぇ!?」

 ニマァ。
 巨人の顔に、赤子のような実直で不気味な笑みが浮かんだ。
 声に反応したのだろうか。
 とても思考が可能だとは思えないが。

 ブワッ。
 吹き抜ける死臭。
 巨人の放つ存在感は、他を圧倒していた。

「風花、やるぞ」

「ええ、いつでもどうぞ」

 セズイは、能力を使用する。
 理不尽な災厄に立ち向かうために。
 風花もそれに従う。

「『契約者メタトロン』の名において、契りを交わした我が友の力を、今こそ借り受けん!」

 パァァァァァ。
 セズイの身体は淡く発光する。
 それは、彼女を受け入れる準備だろう。

精霊融合メタモルフォーゼ!」

 セズイを覆う光が細い一本の鎖のようになり、風花へと伸びる。
 そして、風花とセズイは互いに引き寄せられていき、二人は重なった。
 文字通り、その存在が。

――――シュウウウウ。
 
 ゴキッ、ゴキキッ。
 首を鳴らしながら、体調を確かめる。

「よし、問題ねえな」

 風花と同一化したことで、髪の色は白から緑へ。
 身体つきは、あまり変わらない。
 しかし、身体そのものは特異体ユニークボディへと変化した。
 これにより、基本能力が大きく向上するのだ。
 
「ンガァァァァァァ!」

 巨人は盾に覆われたクルティスを放り、セズイに向かって一直線に走り出す。
 
――――ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ。

 地面が跳ねている。
 そう表現するしかない。
 幸いセズイは翔んでいるから良いものの、下にいたならば、間違いなく殺されるだろう。
 身動きがとれないのだから。

「まじかよ……」

 そして、巨人の通った場所を見て愕然とした。
 木々は雑草のように踏み倒され、地面には雨が降って直ぐのような足跡が大量にある。
 無茶苦茶なのだ。
 無茶苦茶過ぎるのだ。

「ンガァァァァァァ!」

 走ってきた勢いそのままに、巨人は大きく跳躍した。
 天高く舞い上がり、太陽を隠す。
 そして、刹那。
 その目が光った気がした。
 
――――ドゴォォォォォォン。

「う、うぐぁ!?」

 思わず、腕で顔を守る。
 膨大な質量を持つ巨人が着地すれば、どうなるかは明確だ。
 爆風と、巻き上げられた大量の土、砂、植物が空を舞う。
 ビシビシと身体に当たるそれらは、本来なら有り得ない破壊力をもたらす。

「面倒な奴だなあ!」

 それらは目にも止まらぬ速さで飛来するため、避けることが出来ない。
 傷だらけになろうとも、ただ過ぎ去るのを待つしかなかった。
 
 普通であるならば。
 
「盾よ!」

 セズイは、自らの前方に巨大な盾を具現化する。
 勿論、これは『契約者メタトロン』の効果による物ではない。
 風花の能力である。
 精霊融合メタモルフォーゼした対象の能力を、その間だけ使用できるのだ。
 
 カン、キン、ゴン。 
 様々な物が何度も盾にぶつかり、甲高い音を発生させる。
 当然、飛来してくる物自体の強度は変わっていないため、触れた瞬間に消滅する。
 
 少しすると、視界を塞ぐ砂埃がスーッと消える。
 そして、巨人が着地した所は広範囲で地面が陥没していた。
 その爆撃があったような場所の中心に、巨人は佇んでいる。
 やはり、笑みを浮かべて。
 
「挑発してんのか?
 てめえは、どんだけふざければ良いんだよ!」

 セズイは、盾の具現化を解除する。
 具現化することが出来る魔力の最大使用量は決まっており、盾を具現化したままでは武器を具現化出来ないからだ。

「剣よ!」
 
 剣が具現化されると直ぐに、セズイの手にそれが握られる。
 それも、業物のようだった。
 魔力が多く込められているだろうか。

「ンガァァァァァァ!」

 巨人は、セズイの怒りに答えるように雄叫びをあげる。
 そして、セズイの方向に向かって大きく口を開けた。
 ヤバイ。
 野性の勘だろうか、バンバン危険を訴えてくる。 

 まずい、そう思ってからでは遅かった。
 危険を感じた時に直ぐに動けなかったミスだ。
 そう思ったのには、理由がある。

「イァァァァァァ!」

 空気やら魔力やら音やらの塊が、一つになって巨人の咆哮ロアという形で飛び出たのだ。
 視覚でとらえることは出来ないが、他のどれかの感覚が極限まで危険信号を出してくる。
 盾を具現化しようにも、僅かコンマ一秒で百メートルを進む物理法則を無視した物が到達する前に、完了しないだろう。
 
(どうしようどうしようどうしようどうしよう、どうすればいい!)

 今まではクルティスが変わりに考えてくれた。
 しかし、もうクルティスには頼れない。
 自らの力で、そう思うほど焦りが増す。

「もう、ダメなのか……」

 諦めるしかない。
 なぜなら、破壊の暴挙はセズイの直ぐそばに迫っていたから。
 咆哮ロア自体は見えなくても、破壊された物ならば見える。
 よって、セズイは死を覚悟した。
 のだが、
 
「うっ、うあぁぁぁぁ!!」

 そう悲鳴をあげたのは、エマだった。

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