無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

20話 「封印、そして過去へ」

◆◆◆◆
アインが去った後。


「で、封印を解いた者は?」

「封印……ですか」

「結界に亀裂をいれた者がいるであろう。
 そやつの容姿と、分かれば名前を」

 アルヴァスは先程とは売って代わり、強硬な姿勢でエリアーヌへと詰め寄る。
 それは、アインがいなくなったからであろう。
 一瞬にして、場の空気が凍る。

「黒い仮面をつけていて、漆黒のローブを羽織っていましたね。
 名前は分からないけど、その人の心は混沌と化していたんですよ。
 恐怖を抱いてしまうほどに」

 その男に会った瞬間を思い出したのか、エリアーヌは身震いした。
 明らかに武者震いなどではなく、恐怖によるものだ。
 細くしなやかな指を絡めて、力を込めていた。

「むう……。
 それだけでは誰か分からんな。
 他の場所で封印が解かれていなければ問題は無いのだが、そんな都合の良いことは無いであろうな」

「あの化け物と化した者に……。
 あの時は勇者様が居たものの、今は対抗できる者が居ないんじゃ無いですか?
 封印を施し直すことは殆ど不可能ですし、一体どうすれば……」
 
 アルヴァスは、深く考え込んだ。
 
「ここの封印を解いた者は、確実にアレを利用しようとしておるな。
 それに、我の施した結界を破るとなると、我と同等かそれ以上の力を持つ者と限られる。
 だが、そのような存在は限られておるのだ……」

 アルヴァスに心当たりは無いわけではない。
 むしろ、あるから余計に悪い。
 無い方がきっと良かったはずだ。
 
「シモン、そなたなのか。
 魔王となったお前を、何がそんなに変えたと言うのだ……」

 最早、落胆する他あるまい。
 信じていた者が。
 契りを交わした友が、このような事をするとは。
 事情は知っているはずだ。
 その上で行うと言うなら、容赦はしない。
 
 魔王になったことで、責任を感じているのかもしれない。
 それでも。
 何者かが入れ知恵しているとしか思えない。
 シモンただ一人では、ここまで行うことは無いだろう。
 何せ、アインの事を知るはずが無いのだから。

「シモン……。
 そなたに真実を見せてやろう。
 そして、黒幕を炙りだしてやるぞ。
 待っておれ、シモン!」

 エリアーヌの覚えている不安もよそに、アルヴァスはかたく決意をした。


◆◆◆◆
レイズの大森林 過去


「あ?
 こいつらが先に喧嘩吹っ掛けて来たんだ。
 それなのに俺が悪いって、どう考えてもおかしいだろうが!」

 鳥獣族ウィンデンの青年は血まみれになった身体で、その身長の二倍ほどの大きさのある物を担いでいた。
 その血は、彼が流した物ではない。
 そして、担いでいるのはかつて者であった物。

 ドンッ、と背負っていた物を地面に投げつける。
 その行動には、少しのいたわりも感じられない。

「セズイ。
 お主も手を出したのなら、そやつらとなんの変わりもない。
 しかし、お主は一つだけ過ちを犯したのじゃ。
 それは、何だと思うかの?」

 落ち着いた雰囲気で、不思議なオーラをまとった初老の鳥獣族ウィンデンはそう言う。
 さらに、その立ち振舞いには一切の隙がない。
 積み重ねてきた戦いの経験が、彼を必要以上に強く見せるのだろう。
 
「間違い?
 一撃で殺してやらなかった事かよ?
 中々にこいつら硬くて、手こずっちまったんだ」

「そのような事を聞いているのではない!」

 大きい声で、初老の老人は怒鳴った。
 声は何度も木にぶつかり、森の中に木霊する。
 その身体のどこでそんな声を出しているのか、と気になるほどに。
 そして、彼の目は真剣だった。

「お主が犯した過ち。
 それは、意味無き殺生じゃ」

「……」

「生物は、生きるために殺生を行わねばならぬ時がある。 
 しかし、お前のそれは何のための殺生じゃ?
 意味の無い殺生、これこそ大きな罪」

「だけど、殺さなきゃ殺されてたかもしれないんだぜ?
 んな心配、してられねえよ!」

「事を急くでない!
 機はいずれ熟すのだ。
 それまで耐え忍ぶ事も、修行なのじゃよ。
 それに、そんな気持ちでいては、いつか大事な者を失うことになるぞ?」

「ッ……。
 何であんたはそんなに甘いんだよ!
 俺は怖くて仕方がねえ。
 いつ殺されるんだろう、てな!」

 セズイは、言葉を吐き捨てるように老人をにらみ付ける。
 対して、老人も物怖じせずにセズイを見つめる。
 すると、二人の間に微妙な雰囲気が流れる。

 こういう時は、根気勝負。
 どちらが先に目を離すかだ。
 だが惜しくも、そこまで発展することは無かった。

――――ドドォォンッ。

 立っていられない程の揺れが、地面から足へと伝う。 
 最初は、浮遊感さえあった。
 しかし、直ぐにそれは治まる。

「な、なにが起きてる!?」

 セズイは情報収集に努めるが、誰も知るはずがない。
 震源も特定不可能な程の強烈な揺れは、正常な思考さえも奪ったのだ。
 そして、あることに気付く。

「煙……?
 まさか、火事か!?」

 呼吸をする度に鼻腔をくすぐる、焦げた匂い。
 その場でぐるっと回りながら空を見れば、東の方向にもくもくと灰色の煙が上がっている。
 だが、それは不定期に揺らめいていた。

 否、自然の所為ではない。
 それは、巨大な人の腕によってなされていた。
 それを見た大抵の者は、腰がすくんで動けないだろう。

 口を開けば、その大きな咆哮ほうこうで全てを吹き飛ばす。

 一歩歩けば、その重量と風圧で辺りを破壊し尽くす。
 それほどの者なのだ。
   、、
 あの巨人は。
 
「嘘…………だろ?
 何で。
 何で、何で、何で!
 何であいつが出てくるんだよ!?」

 あまりの恐怖に、セズイも動揺を隠しきれない。
 息が出来ないくらい。
 顔を手で覆いたいくらい。
 このまま逃げ出したいくらい。
 恐怖しか感じられない。

 それは、当然の事かもしれない。
 たった一つの生命いのちを守るための防衛本能なのだから。
 しかし、それでも行動しないといけない時は、必ずあるのだ。

「チッ、ふざけおってからに!」

 初老の老人は、くたびれた着物の帯を結び直す。
 その目付きは鋭く、間合いに入った瞬間に死を覚悟するほど。
 そして、同じ鳥獣族ウィンデンの仲間達に命令を下す。

「我が同胞達よ。
 鳥獣族族長ウィンデン・クラン、クルティスが告ぐ!
 総員、命をとして、この村を守るのじゃ!」」

 覇気。
 それ以外に言い表せない気配オーラが、クルティスを包む。
 しかも、その覇気だけでも命が取られそうな凶器だ。
 目の前に立つことはおろか、一歩、また一歩と近付いて行けば、心が負けてしまう。
 しかし、絶対的な差を見せ付けるようなそれは、一瞬途切れた。

「これは、最後の命令じゃ……」

 己の死期が分かっているようだ。
 というより、予感しない方が不謹慎な程のこの状況。
 誰も死なずに立ち回れる確信などない。

 それでも、諦めないと。
 己の全てをあの化け物へとぶつけてやると。
 クルティスは、生涯最後の闘志を燃やす。

「死ぬ気なのか?」

 これは、聞いてはいけない事だろう。
 不断の決意と、勇気を振り絞って行く者にかける言葉ではない。
 人が居たならば、空気が読めないと馬鹿にするだろう。
 だが、この場には誰もいない。
 それは、二人だけの世界であることを示していた。

「分からんの……。
 もしかすれば、ポックリと逝ってしまうかもしれぬのじゃ。
 さすれども、お主らだけは何とか生かさねばならない」

 クルティスは、脇差しの位置と刀の位置をいじる。
 その行動は、下を向くための口実に見えた。
 苦しいのだろう、このような重責は。

「ざけんじゃねえって言ってんだろうが!
 あんたに死なれると、色々と困んだよ」

「フンッ……。
 もっと早く、その言葉が欲しかったのじゃ。
 では、本当に儂は行く。
 さらばじゃ」

 バサッ。
 クルティスは翼を大きくはためかせ、空へと飛び出す。

「あうっ……」

 猛烈な喪失感が、セズイを襲う。
 慌てて手を伸ばすが、すでに遠く離れている。

 待って。
 その言葉が言えない。
 無責任に行くなとは言えまい。
 だが、その後ろ姿は寂しそうで。
 未練が残っているのかもしれない。

「死ぬなよ……」

 小さな声で。
 聞いて欲しい言葉だけど、聞こえて欲しくない。
 つまり、死を意識しないでほしい。
 責任なんて物に、押し潰されないで欲しい。
 これは、願いだった。

 改めてクルティスの姿を目で捉える。
 巨人までの距離は、そう遠くもなかった。
 それは、巨人があまりにも大きいからであろう。
 クルティスが、相対的に物凄く小さく見える。

「……」

 セズイはクルティスを救いたい。
 この年中反抗期みたいな捨て子を育ててくれた、あの老人を救いたい。
 だが、あの化け物には敵わない。
 始原の巨人とも言われるあれには、何もが無に等しい。
 
「ああもう、どうすりゃいーんだよ?」

 セズイは頭を抱える。
 最善策は、この場から逃走することだろう。
 そうすれば、生き残れる可能性は格段に上がる。
 しかし、プライドが許せない。

 そんな時、セズイを見つめる者がいた。
 彼女は木影からそっと出てきて、セズイの横に立って顔色を伺う。
 
「セズイ様、どうなさりました?
 また悩んでおられるのですか?」

「風花か……。
 なあ、俺はどうすりゃいいんだ?
 逃げたくねえ、だけど、勝つことなんて出来ねえ」

 やけくそだ。
 思考がループし続ける事に苛立ちを感じ、焦燥感に煽られる。

「好きなように。
 セズイ様の想いのままに、なさったら良いのでは?」

 優しい微笑みは、セズイの全てを包み込むようだ。
 それによって、セズイは何かがとれたかのように落ち着きを取り戻す。

「だけど、勝てると思うか?」

「思いません。
 しかし、それは確定事項ではありません」

「決まってるようなもんだろ?」

「いいえ、未来は変えられます。
 変えなくてはなりません。
 実は、…………」

 風花は、そっとセズイの耳元で報告を行う。
 そのためにここへ来たのだが。

「ま、まじかよ!?
 それなら――――、もしかすれば勝てるかもしれない」
 
 風花の報告によって、一筋の希望を見出だす事が出来た。
 それは、救世主の訪れである。

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