無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

09話 「魔王とバンクス」

「例の計画は順調か?」

 玉座に座った筋骨隆々とした黒髪の男は、重々しい声で話す。

 彼は、シモン・リトホルム。
 そこは、謁見の間とでも言うべきか。
 しかし、きらびやかな玉座以外には、一切の物が無い。
 不思議な場所であった。

 そして、一人の誰かが闇から飛び出した。
 まるで、夜を楽しむ黒猫のように。

「はい、極めて順調でございます。
 恐らく、そこまで時間はかからないでしょうな」

 黒いローブを羽織り、漆黒の仮面を付けた者が言う。
 髪は白髪で短く、声がそこまで高くない。
 そして、胸が膨らんでいないことから、男だと断定する。
 無論、男では無い可能性も否定は出来ないが。

「そうか……。
 少し心が痛むが、仕方があるまい。
 そなたが、アレのことを教えてくれていなかったら、今頃大変なことになっていたぞ。
 バンクスよ」

「は!
 見に余る御言葉であります」

 バンクスと名乗る人物は、深々と頭を下げて膝間付く。
 その顔には、凶器のような表情が浮かんでいることは、誰も知らない。

「しかし、古代龍であるとは言え、死龍王カースドラゴンを送るのはまずかったであろうか。
 もっと、目立たぬ者を送るべきであった気がするのだが、違うかバンクスよ?」

「いえ、ここで止めを刺さなくては。
 でないと、いつか必ず魔王であるシモン様の大きな障害となるでしょう」

「ふむ……。
 そうであるな」

「それに、どちらが負けたとしても、私達には関係の無いこと」

「貴様……!?」

「まあ、怒らないで下さいよ。
 死龍王カースドラゴンが負けることは無いでしょうから。
 あの不死身の帝王が、ね」

「チッ、貴様も良く分からぬ奴よ」

 魔王は唾を横に吐き捨て、当たり障りの無い受け答えしかしないバンクスに、疑問を覚える。
 いきなり、知らぬ者が自身に従い始めるのだから、当然であるが。

「所で、何故そなたは余に付くのだ?
 そなたほどの知識と力があれば、一人で生きるのも容易であろう」

「いえ、私なぞ居たところで、何も変わらぬでしょう。
 戦場で使うべきは、駒。
 必要なのは、絶対なる知識と力。
 私はシモン様と違い、何にも持っておりません」

 まるで、質問をした魔王を嘲笑うかのように、バンクスは含み笑いをした。
 なんの特にもならないであろう自身の無力さを、手を挙げ、首を振って力説して。
 
「ふんっ。 
 本当に、そなたは口が達者だな。
 一体何者なのだ?
 毎度警戒せねばならんのは、非常に疲れるのでな。
 いや、警戒を解くことは出来んのだが」

 シモンは冗談めかして詮索を始める。
 自分の一切を語らない、バンクスの正体を。

「言ったはずです。
 私はこの世界の行く末を知る者。
 故に、筋書通りの未来を行くため、こうして助力を願っているだけですよ」

 対して、バンクスはぼろを出さずに話しきる。
 自身の正体を、一切話さずに。 

「行く末を知る者とな……。
 この世界の未来は、どんなであろうな」

 シモンは杖をしっかりと立て、上を向いて遥か上に光るシャンデリアを見つめる。
 彼は、彼なりの責任というものがあるのだろう。
 それなりの、重責であるのだから。

「分かりません。
 ただ一つ言えることは――――――――」

「何だ?」

 バンクスは、ばっと手を広げて叫ぶ。

「非常に都合の良いものとなるでしょう!
 私かあなたか。
 それとも、開拓者か」

「な!?」

「ンフフ。
 では、ここでおさらばです」

 魔王の驚く顔をものともせず、バンクスはマントをひるがえす。
 そして、去ろうとするが…………。

「はたまた、この世界にかな」

 シモンの戯言が耳に入った。
 その瞬間、バンクスの動きが止まった。

「フッ。
 まぁ、良き明日を迎えましょうぞ!」

 二度目となるが、バンクスはマントをひるがえし、闇に消えた。
 そこには、ただ静寂のみが残る。

「余は。
 余は負けんぞ……」

 固く、固く拳をきつくしめる。
 己の弱さを抹殺せん、とばかりの勢いで。




 そして、バンクスが去った後、謁見の間に訪ねてくる者が現れた。

「シモン様、本当に良いのでしょうか?
 あの者、どうにも臭いのですよ」

 典型的な、フリルのついたメイドの服を着た女だ。
 髪と瞳は血のように緋く、見ていると火傷してしまいそうである。

「そうか?
 一応洗濯はしているようだが」
 
「違います、怪しいという意味ですよ」

「それは、仕方があるまい。
 余だって十分怪しいであろう」

 自分の怪しさを疑わず、それを元に会話を構築するシモン。
 自身がおかしいことには気付かないようだ。
 いや、鈍感なのか、知っていてわざとなのか。
 それは、彼の行動からは読み取れない。

「シモン様は魔王である身。
 あのような者とは違います!」

「そうか……。
 そうであるよな。
 能力であるそなた……、ルキセンに励まされるのは、これで何度目か」

 ルキセンとは、能力からとった名前である。

 『平和メルキ正義セデク
 
 魔王らしからぬ能力名だが、彼は気に入っている。
 何故なら、公正なる正義の下に、平和を望むことが出来るのだ。
 あるものに限り。
 
「いいえ、当然のことです。
 開拓者もそうですが、重々気を付けて下さい」

「分かっておる」

 シモンが信じられるのは、ルキセンと自分のみ。
 他人に頼ることなど、出来はしない。

「これからは、忙しくなりそうだぞ。
 引き続きよろしくな、ルキセン」

「勿論でございますよ」

 肩まで届く髪を揺らし、そっと微笑むルキセン。
 その笑顔は、幸せ一色である。
 シモンに仕えるのが嬉しいのか。
 はたまた、シモンを見られる事が嬉しいのか。

 それは、彼女のみぞ知る事。



◆◆◆◆
????


 バンクスは、魔王と別れてから数分が経つ。
 
「もう少しだ……」

 瘴気が辺りに立ち込めているが、それを彼は気にもしない。
 不気味で、真っ暗な空間をひたすらに歩く。
 ぶつぶつと呟きながら。

「もう少しで……!」

 バンクスは仮面を外し、興奮して赤くなった顔を外にさらした。
 それを見る者は、周りにはいない。
 何故なら、魔王の城と世界を繋ぐ空間であるから。
 いや、出入口と言った方が良いか。

 彼は、大きく息を吸って熱を冷まそうとする。
 しかし、その期待と興奮は、おさまることを知らない。

「もう少しで、完全にこの世界は私の物になるのだ!
 ンフ、ンハハハハ!」

 焦点の合わない目をぐるぐると動かし、頭を抱える。
 そして、呪いの言葉を放つ。

「この世界には、私以外は要らないのだ」

 と。
 
「魔王だろうと、開拓者だろうと利用してやればいい。
 私の望む世界のために。
 ――――さて、この戦いの勝者は誰だろうかな!?」

 鼻息を荒くし、充血させた目を見開く。
 そして、ふらつく足を動かし、出口へと向かう。

「ンフッ。
 ンァーッハッハッハ!」

 彼は、己の弱さを知らない。
 それ故、自分の未来は不安定だということを、彼は知らない。
 それでも、突き進み続けるだろうが。

 自身の欲望を胸に。


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