無能力者の少年は、最凶を破る最強へと成り上がる~魔王、勇者、古代龍? そんなもの、俺の前じゃあ珍しくもねぇ~

異端の雀

01話 「拝啓、親からの手紙には」

「一体何が書かれているんだろうか……」

 暗い翠の髪で細身の少年は、年季の入った木箱をゆっくりと開けた。
 そして、年月が経って埃を被り、黄ばんでいる一枚の手紙を手に取った。
 それは、少年の親の残した唯一の物だった。

「これが……」

 少年は、幼い頃に親に捨てられた。
 少年は赤子の頃ある夫婦に拾われたのだが、その時に彼を包んでいた布に一緒に巻かれていた手紙がこれらしい。

「少し膨らんでるな。
 なにか入っているんだろうか?」

 表面を撫でると、羊皮紙特有の細かなおうとつとは別に、明らかな膨らみがあった。
 少年は、表と裏側からその物を掴み、形を予想した。
 最初は、お金でも入っているのかと期待していたのだが、

「イヤリングか?」

 耳に付けるためのわっかのようなものと、球体のなにかがあったため、そう判断した。
 しかし、希望は膨らんでいく。

「そんなことより、中身を読みますか」

 折り畳まれた手紙をゆっくりと展開していく。
 折り目を戻す度に、パキパキと乾燥した紙の音をたてた。
 そして、頭の中に高鳴る胸の鼓動が響き渡る。

――――チャリン。

 途中、清んだ音をたてて、球体の何かが手紙の間からずり落ちた。
 少年は床に落ちたそれを手に取り、まじまじと見つめる。

「やっぱりイヤリングかぁ。
 でも、色が変わるなんて変だな」

 そう、そのイヤリングは、見る角度によって色が変化した。
 水色、黄色、紫色など、不思議な世界を作り出す。

「おっと、中身を見ないと……」

 少年が趣旨を思い出し手紙を再度開こうとするのと、その空間の静寂が破られたのはほぼ同時だった。

――――キィィィィ。

 立て付けの悪くなった扉は開かれた。 
 外の光が空気中の埃を写し出す。
 それはまるで、天からの迎えが来たようであった。

 その光景を見てぼーっとしていた少年だったが、誰かが来たことにようやく気付いた。
 そして、慌てて、ぼろくなった麻で出来たズボンのポケットに手紙をねじ込む。

 そこへ、首だけ覗かせる形で女が入って来た。
 紫の髪をしており、頭にはバンダナを巻いている。
 はみ出た髪は、くるくると渦を巻くように垂れている。

 彼女は、しばらく中の様子を伺って、扉の間から慎重に体を滑り込ませた。
 
「何やってんだい?
 また勝手に倉庫に入って」

 入って来たのは、養母であるカミラだった。
 カミラは後ろ手で髪を結わえ、袖をまくる。
 身体は筋肉質な腕や足とは対照的に、すらりと細かった。

 そして、少年の額からはいくつもの冷や汗が垂れていた。

「いやぁ、ワイバーン達にあげる餌が無くなっちゃってさ」

 ワイバーンというのは、家畜用の魔物である。
 その姿は蜥蜴のようであるが、翼が生えており、全体的におっとりした印象だ。
 戦闘能力は皆無だが、その翼で空を飛ぶことも出来る。
 このように、古くから人間と共に歩んできた魔物である。
 守り神として、貴族の家紋などに使われることもあるほどだ。
 
 話はそれたが、少年は嘘をつくことに慣れていない。
 カミラとしか話したことが無いからだ。
 そのため、とぼけようと必死だが、声は恐怖によって震えていた。
 真っ直ぐに立とうとするが、平衡感覚がおかしくなり、ぐらぐらと揺れる。
 嘘だと言うのが一瞬でばれるレベルのものである。

「まったく……。
 次餌がなくなったら、あたしにいいなさいよ!」

 カミラは、少し怒り気味にそう少年に言い残して、倉庫から出ていった。
 気付かなかったらしい。

 少年は、用心深く、カミラが離れたことを外へ出て確認する。
 よーく目を凝らし、辺りを見渡す。
 納得したのか、頭を右へ左へと動かし、周りを気にしながら倉庫へと入った。
 そして、そっと扉を後ろ手で閉じ、扉に寄りかかってはぁとため息を吐いた。

「危ないな……」
 
 少年の体は汗でびっしょりだった。
 肌に、チクチクとした安物の衣服が吸い付く。
 気持ち悪いのか、服を脱ぎ、絞り始めた。

「うぇぇ。
 こんなに汗かいたのかよ……」

 土間の地面に、滝のように流した汗が吸い込まれていった。
 少年は服に袖を通し直すと、体を大きく広げて伸びをした。

「取り敢えず、箱をもとの場所に戻して……と」

 箱を回収し、背伸びしながら中身の入っていない箱を、そっと元の場所へ戻す。
 そして、手が触れて埃が落ちた部分まで、周りについている埃を薄く指先に付け、完璧にコーティングし直す。

「これでよしと。
 はぁ……、五年は寿命が縮まったな」

 カミラが訪れてからずっと、少年は緊張によって動機が激しかった。
 そして、やっと落ち着いたかと思うと

――――バタンッ。

 またしても、扉が勢いよく開かれた。
 扉を開いたのは、カミラだった。

 少年は、今度は何だよ! と若干の苛立ちを覚えた。

「早く出なさい、このろくでなしが!」

 その首には青筋が浮かんでいた。
 何を思ったのか、倉庫まで走って戻って来たようだ。
 肩で息をしながら腰に手を当て、倉庫の入り口に仁王立ちする。

「わ、わかったから、怒らないで、ね?」

 そっと少年は立ち上がり、カミラの機嫌を伺いながら入り口に向かう。

 そこで、カミラが何かに気付いたように、

「あんた、まさか手紙を!?」

 流石に、少年はびくついた。
 かなり不自然な顔で、

「そんなわけないじゃないか!
 それに、ほら、俺が触った後なんて無いだろ?」

 さっきコーティングしたので、一見した程度なら触った事はばれない。
 しかし、カミラは目を細めてじっと見つめた。

 少年は、
 これはヤバイ。
 ばれたらどうなるんだろうか。
 殺されたりしないよな?
 と一人で焦っていた。

 思わずひっ! と声を出してしまったほどに。
 だが、それは勘違いだった。

「目にごみが入ったみたい。
 ううぅ、目がごろごろする……」

 目の調子を試していただけのようだ。
 手でごしごしと目を擦る。

 そしてごみが取れたのか、片目をつぶりながら少年に向き直り、指を指す。

「次からは、勝手にここに入らないこと!」

 と釘を指して。

「はい、分かりました!」

 本当に恐かったんだけど?
 次はばれないようにしないとな。

 反省はしてるのだが、する場所がおかしい少年だった。

 そして、促されるままに外へと出る少年。
 大きく深呼吸をしてから、両手を頭の後ろに置き、空を見上げた。

「世界は、広いなぁ」

 暗くてせまい倉庫から出て、解放感に浸っている少年。
 目の前に広がるのは、一面の畑。
 ずっと奥に見えるのは、ワイバーンなどの家畜。
 ゆるやかに物事が進んでも良かった。

 しかし、カミラの心は狭かった。

「早く仕事場に戻ってよ!
 もうかなり遅れているんだから」

 腕を組んで、貧乏揺すりをし始めた。
 辺りは日が昇ったばかりで、さほど時間が問題にはならないはずなのだが。
 
 正直、少年は早く手紙が読みたかった。
 しかし、ぐっとこらえて

「分かりましたよ。
 じゃあ、行ってきます」

 感情を一切外に出さず、カミラにそう言った。
 別れてからなら、いくらでも手紙は読めるから。

 なんて考えながらカラカラに乾いた大地をひた走り、少年の仕事場である農場の近くにたどり着いた。

 ぜぇぜぇと息を吐きながら、
 よっしゃあ、うまく撒けたな!
 なんて考えていると、入り口に人影があった。
 近づくにつれて、それは鮮明に目に写ってくる。
 それは、他の誰でもない、カミラだった。

「遅いぞ!
 ほんとに、無能力は困るな。
 何をするにも、ちんたらちんたらってさぁ」

 少年は、唖然とした。
 だってそうだろう。
 カミラと別れてから、少年は全力疾走して来たのだ。
 なのに、汗一つ掻いていないカミラが目的地にいたらどうだろう?
 理解が追い付かないのも道理である。

 そして、思い出したかのように少年は、

「まさか、また能力を使った?
 それなら、追い付けるわけがないじゃないか」

 と言い返す。
 カミラは、何を今さら? といった顔で少年を見た。

「言い訳無用。
 能力は、自分の特技みたいなものでしょ?
 使うなって言う方がおかしいわよ」

 能力の使用を正当化しようと、少年に力説する。
 だが、少年は、何一つ分かっていないようだった。

 そう、彼には理解が出来ない。

 何故なら彼は――――

「無能力」

 カミラは呟いた。
 少年はそれにびくっ、と過敏に反応した。

「それは……」

 少年は、感情が高ぶったのだろうか。
 目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「何か?
 親のせいにでもするか?」

 そう、これこそ少年が手紙を早く読もうとしていた理由だった。
 『無能力』
 それは彼が悩んでいたもの。
 
「俺は、何もしていないじゃないか……。
 なのに、何故……」

 『無能力』
 それは、ある意味運命と言えるかもしれない。

 少年は、疑問と不信感をあらわにする。

「何もしないのが問題なんだろうが。
 何もしてないくせにうだうだ言ってんじゃねえよ」

 カミラは、滅多に怒鳴ることはない。
 それは、白髪が増えるだとか、喉が痛むと言った理由ではない。
 単純に、面倒くさいからだ。

 それなのにカミラは怒鳴っている。
 よっぽどの何かがあるのだろう。

「……」

 それに対して、少年はうつむいていた。
 言い返す言葉が無いのだろう。
 強く拳は握られている。

「あんたは、無能力をどうにかしようとしたか?
 今までずっと逃げてただろ?
 あんた自身が何とかして、変えなきゃいけないんだ。」

 カミラは、少年にそう訴える。

 少年は、
 分かっていると。
 そんなのとっくにやったと。
 だけど何も変わらなかった。
 どうしようもないんだと。
 そう心の中で叫ぶが、誰も聞き入れてはくれない。

 無念だった。

「……。
 あんたに言わなきゃならないことがある。
 無能力っていうことは……」
 
 カミラが何か言いかけたが、その続きを聞くことはなかった。

 大きな何かが大地を駆ける振動が、足から伝わってくる。

――――ドシン、ドコドッドコドッ、ドシン

 慌てて振動の伝わってくる方向を向くと、複数の火の手が上がっている。

――――ギャアアアアオ。

 ワイバーン達、家畜の鳴き声が響き渡る。
 そして、肉の焼ける匂い。
 葬儀を行っているときのようなものだ。
 思わず、顔をしかめる。

 そして、次第に辺りは薄暗くなっていき、空から黒い雨が降ってきた。

――――ボチャッ、ボチャボチャッ。

 上を向けば、複数のなにかによって太陽は遮られていた。
 そして、時々なにかの隙間から入ってくる光によって、その正体は判明する。
 
「竜……なのか?」

 そう、カミラの言う通り、それは竜だった。
 爬虫類にも似た形状だが、その体は鱗に覆われている。
 そして、鋭利な爪や、長く大木のような太さの尾があった。
 よく見ると、口にある鋭利な牙の間から、黒い液体がこぼれていた。
 黒い液体は雨ではなく、竜の唾液だったのだ。
 竜がその翼をはためかせる度、突風が大地を襲う。
 そして、細かな砂や、火の粉が辺りに降り注ぐ。
 
――――サアァァァ。
    ボフッ、ゴォォォァ。

 次々と畑の作物に火が移っていく。
 ものの数分で、目に捉えるのも恐ろしい景色が広がっていく。

「一体何が起きてるんだ……」

 少年は、しばらく口を開けたまま呆けていた。
 息をするのも忘れるほどに。
 その間にも、着々と火の手は彼らに迫る。

――熱い。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
 炎の熱が強く、肌が焼けるようだ。 

――――ジュウウウウ。

 遂に、近くの作物にも燃え移った。

――――パチッパチパチッ。

 あっという間に、それらの形は失われていく。
 そして、何を思ったのか、少年は灰になった元植物にぎこちなく手を伸ばした。

――――サァァァァ。

 しかし、その手が届く前に、儚くも竜の巻き起こした風によって飛散した。

「何をボケーッとしてるんだ?
 早く立ちなさいよ!」

 カミラは少年にそう言うが、微塵も動く様子はない。
 そのため、少年の肩を掴んで揺さぶると、ポケットから手紙が顔を出した。
 それをカミラは抜き取り、呆れた様子で少年を見つめた。

「やっぱり……まだ早いって言ってるじゃないか!」

 少年は、はっと気付いたように立ち上がり、カミラから手紙を奪い取った。 
 そして、手紙を人差し指と中指の間に挟んで、見せびらかすように上下に動かした。

「何がどう早いのか、ここで調べさせてもらう」

 少年は、カミラの制止も聞かず、手紙を開き始めた。

「待って!
 これは約束なんだよ。
 だからやめてくれ!」

 カミラは、泣きながら手紙を見るのを止めるように言う。
 しかし、少年の耳には入らない。
 正確には、耳に入ってはいるのだろうが、今さら止めることなど出来ないだろう。

 そこにあるのは絶望か、希望か。

 少年は、知ることとなる。
 、、、、、
 自らの運命を   

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