的外れな催眠チート ~面倒臭がりが召喚されました~

山田 武

復讐する



 研究者はまだ諦めない。
 再び装置に近づくと、パネルを操作して離れた場所にあるゲートを開く。

「ま、まだだ! 2号、3号! 今すぐ私を助けなさい!」

「……まだいんのかよ。アイツだけじゃないのか?」

 現れたのは一組の男女。
 先ほどまでの少年には劣るものの、膨大な量の聖気を宿していた。

 彼らもまた、少年とは別の角度から最強の聖人を目指すことを強要された者たち。
 ……男と女で用意されたことから、方法は分かるだろう。

「まだ実験の最中でしたが……構ってはいられません──『私が逃げる時間を稼げ』!」

『──“聖迅”』

 二人は握り締めた盾と杖に聖気を籠め、性能を向上させていく。
 その様子を見てニーニャは──

「……メンド。チェンジチェンジ、アタシはもういいや」

 飽きていた。
 これ以上の戦闘は望んでおらず、両手を上に伸ばしている。

「ふっふっふ……そうですか。ならば、大人しく死んでください!」

「いや、アタシは面倒って話だよ。だから変わってもらう──『ヒューナ』」

「に、二重ではなく三重!?」

 人格は再び切り替わり、体もそれに付き添うように作り変わっていく。
 体躯は華奢に、瞳は金に、持っていた剣は長杖のような形へ変化する。

「ワタクシにも出番があるのですか……ニーニャったら、本当に面倒臭がりですね」

 口を手で隠し上品に笑いつつ、杖の性能を確かめていく。

「……なるほど、これならばどうにかやれそうですね。──“魂縛束ソウルバインド”」

「くっ、無詠唱持ちか」

「ワタクシは持てなかったのですが……別の方が持っていました」

 神聖な光が鎖となって研究者を縛り上げ、身動き一つ取れない状態にする。

 研究を円滑に進めるために人工聖人たちの能力を調べ尽くした研究者には、その魔法がいったい何なのかすぐに分かった。

 彼らが使える神聖魔法の中でも、特段詠唱の長い魔法の一つ──“魂縛束”。

 あらゆる存在に通用する拘束魔法であり、束縛された対象が逃れることはほぼ不可能な代物である。

「2号、3号! やれ!」

「“絶防壁盾イージスシールド”」「“聖槍ホーリーランス”」

 2号と呼ばれた少年が盾を構え、3号と呼ばれた少女が杖から聖なる槍を放つ。

 彼らもまた、無詠唱を使いこなす者たち。
 1対2ということもあり、ヒューナの方が不利なはずなのだが──

「あらあら、その程度で防げるとお思いですか? ──“神殺槍ロンギヌス”」

 彼女が生みだしたのは聖なる槍。
 だがそれは、ただ神聖な力を放つモノではなかった。

 穂先が紅く染まり、少女が生みだした聖槍よりも神々しく輝く神秘の槍。
 膨大な消費魔力のあまり、人工聖人たちでは発動不可能とされた魔法の一つだ。

 放たれた神聖な力だけで、少女が飛ばした槍を打ち砕く。
 圧倒的な力の差──そこにはただ、それだけが存在した。

「バカな……それは不可能だ。それだけは、認めてはならない。“神殺槍”は、あのお方だけの──」

「神聖魔法が使える者なら、誰でも使える魔法じゃないですか。もっとも、(神聖適正)だの(魔力消費激減)、(聖者の系譜)などで消費魔力を軽減しなければ難しかったのですが」

 廃棄とされた人工聖人たちは、それらのスキルを別々に有していた。
 複数持つ者は救われ、一つしか持たない者は捨てられる。

 イムはそれを救い上げ──『個』とした。

 その結果生まれたのが『メィリィ』たち。
 一人の少女と二人の少女の精神、それらを基にいくつかのスキルを行使して生みだした死者であり聖者。

 廃棄された人工聖人たちの怨念とスキルすべてを引き継ぎ、完全な形でこなせるようになった存在。

「……まあ、それはともかく、ワタクシは貴方を殺さなければなりません。お二方、申し訳ありませんが通してもらいますよ」

 そう言って、神々しい槍を投擲した。

 必死に盾を構える少年だが、熱したナイフがアイスを刺すようにスッと通り抜ける。
 槍は抵抗もなく少年を通過し、その先にいる少女共々一直線に貫通していった。

「あらあら、どうされたのですか? そんなに怯えた目をして」

 研究者は体を拘束されたまま、顔色を真っ青にして震えていた。
 穴という穴から液体を零し、ガタガタと揺れる口を動かして呟く。

「ば、ばけ……もの……」

「貴方がたが生みだしていたのも、そうした化け物なんでしょう? ワタクシと貴方の前に転がる死体、そこに違いなどありません」

「わ、私は! 正しき導きによって動いているのだ! そこに善も悪もなく、あのお方の先導こそが正義となる! 故に私を裁く者などな──」

「“聖迅”……これ以上言わなくても充分です。最後はお願いしますね──『リュフ』」

 再び体が作り変わり、瞳は銀色となった。
 華奢な体躯はあまり変わらず、長杖が剣へ変形する。

「……なの……き──『取らせてもらう』」

 他の二人の行動を見て、リュフの中で覚悟は定まっていた。
 震える手を押さえつけ、ゆっくりと剣を手に研究者へ近づく。

「さ……な……、もう……し……す」

「こんな、こんな場所で……私が、この私が終わると言うのか! ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな! こんな理不尽があってたまるか! わたしは選ばれし者! あのお方に導かれし者なんだぞ! それが、こんなガキ一人に阻まれるはずがない! そうだ、そうに違いない……ふっ、ふふふっ、ふはははは──」

「──『死んで』」

 心臓に一突き、リュフはそれを選んだ。
 研究者は大声で哂い、声が続く限りそれを止めることはなかった。

「……『メィシィ』」

 少女がこの部屋に訪れたときの姿になったのは、部屋に静寂が戻ってからのことだ。


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