Sランクパーティーを追放された暗殺者は、お世話になった町で小さな英雄になる

白季 耀

夜の御膳とは、祝福のひと時である。
今考えた言葉だ。

ケインの酒場にやって来た。

ケインのお店はなかなかいい物だと思う。
素朴な感じだが、店の隅々まで行き通った掃除に食器の清潔さ。丁寧な接客。
お客に対しての配慮が滲み出たいいお店だ。
この様な店はグラズヘイム(蒼穹の牙が拠点としていた都市、ルシアが昨日まで居た場所)でも中々ない。

しかし、今そんな事よりも、遥かに重大な事が起きていた。

「で?これは一体どういう事だ!」

ケインの酒場には、町長やニコルさんやシスカノ他、見知った顔の町の人々が集まっていたのだ。

「どういう事って、見ての通り宴会さ!」 

そう、俺はちょっとした飲みの筈が、半ば強制的に大宴会に参加させられていた。

「見ての通りじゃない!町長、俺変に目立つの嫌だから宴はいいって言いましたよね!」
「そっ?そうだったか?はて、何の事だろうか?はて?」

くっ、この野郎!片手にエール持って酔っ払ったフリしたって意味ないぞ!あんたが酒に強くて、エール程度のアルコール度数じゃ屁でもない事くらい知ってんだぞ!

ニコルさんが含み笑いで町長の肩を触って…掴んでいるところ見ると、町長はニコルさんに手篭めにされたらしい。

町の人々も既に片手にエールを握り、既成事実を作らんとしている。

完全に八方塞がりだ!
やられた!

「まぁまぁそんな苦い顔すんなよ!折角お前の新しい生活が始まるんだから、今日くらいいいじゃねえか!」
「そうよルシアちゃん!今日くらい良いじゃない!みんなでパアッとやりましょうよ!」
「そうだぜルシア!」
「やろうぜやろうぜ!」

皆んな乗り気な様だ。

「はぁ~。分かったよ!今日だけだぞ」

こうなってしまっては収拾がつかない。
それに、皆善意でやってくれている訳だし、主役の俺が拒絶するのも薄情な気がするし。
悪い気はしないので、今日の所は良いだろう。

俺の許可が降り、ケインが机の上に立つ。
落ちるなよ~(気が滅入ってます)

「それじゃ、今宵の宴の主役であるルシアの許可を得た所で、本格的に始めるとしますか!皆んな、ルシアの5年ぶりの帰還を祝して、カンパ~イ!!」
「「「「カンパ~イ!!」」」」

ケインが音頭を取りこうして宴は始まった。

俺としてはケインとちょっと土産話をしつつ軽く飲んで終わろうとしていたが、皆の幸せそうというか、楽しそうにしているので水を刺す事は出来なかった。


皆がとても美味しそうに料理を頬張るのでそんなに甘いのかと、机に乗せられた料理を頂戴すると…

「うまい!何だこれ?こんなの食べた事ないぞ?」
「へへ、そうだろそうだろ?俺の作った料理は世界一だからな」

料理を褒めるとケインはドヤ顔で背中を叩いてくる。

なんかケインに負けた気分だが、お世辞抜きで料理は美味かったので言い返す事は出来なかった。

俺は大宴会などでど真ん中に居座る度胸などないので、隅の席に重い腰を預け、皆の様子を傍で見守っていると、お酒を上品にも両手で持ったシスカの下にやって来て、見下ろす様に立って言ってきた。

「あんた、何でこんな隅にいるのよ?今日はあんたの為の宴会なんだからね?分かってるの?」
「分かってるよそれくらい。俺はどうにもこういった宴会が苦手でな。ケインの様に馬鹿騒ぎが出来ないんだよ」
「別にあんな頭悪そうな事しなくていいわよ。頭堅いわね」

おっと手厳しいですね。
今日のシスカは何処かトゲトゲしている。皆と話している時は普通なのに、俺と話す時だけ怒っている。

全くもって分からない。

「それにしても、あんな小さかったルシアがこんなに大きくなってよぉ~」
「俺は寂しいゼェ~」

完全に酔っ払った男衆がそんな事を口ずさみ始めた。

あぁ~視線の照準が俺にシフトする。

その突き刺さる苦手な視線を、暗殺家業で培った殺気で一喝しようかと思い至った時、ケインが俺の腕を掴み強引に引っ張ってきた。

「そら、こっち来いよ!主役様がそんなとこいちゃダメたってぇ~」

酒臭っ!もう、出来上がってやがる。

「おい、やめろ…離せ!」

ケイン程度の腕なら問題なく引きはがせると思ったが矢先、あの豪腕が俺の首に炸裂する。

「ちょっとぉ~ニコルちゃんノリが悪いわよぉ~!
ほらこっち来て~」

やベロ、死ぬ、まじヤバイ…くそ、流石は元二つ名持ち【先陣の姫】、なんて力だ。しかも首に絡みついてくるから余計に離れない。

蛇にドクロ巻かれた状態で、既に気が落ちそうな状態の俺に、むさ苦しい男共がのしかかってくる。

「今宵は~大宴会、主役様は早く此方ぇ~」
「さっさとこいよルシア!」
「カモ~ん」
「やめろ~離れろ!お前らぁぁぁ~!」

その日の夜、俺は男達にまだ慣れていない酒を無理矢理飲ませられ、店内が先の馬鹿騒ぎが嘘の様に閑散した午前3時、人知れず下水道にモドスのであった。

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