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山田 武

スレ84 伝統文化はそういうもの



「はぁ、はぁ、はぁ……着いたか……」

[乙]

「はぁ……はぁ…………ふぅ……」

 移動に全力を割いた結果、肉体は酸素を求めるだけのガラクタになりかけた。

 大きく息を吐いては吸って、体内の気を巡らせ回し……ゆっくりと平時と同様の流れへと戻していく。

「はふぅ……よし、今だ」

 ある程度体を休めたので、錬金術で作っておいたポーションを一本取りだす。

 閉じておいた蓋(可食)は噛み砕けるようにしてあるので、そのままパキッと割ってそのまま液体を嚥下する。

「──ぷはぁああ! 美味い、もう一杯!」

[おっさん?]

「そういう伝統なんだよ。風呂から出たら、腰に手を当ててグイッと飲むみたいにな」

 試しにその動きを見せると、サーシャも一度だけそれを試し、スマホを弄る。
 確認して、その真偽を確かめたいんだろうな……意味ないけど。

[ほん、とう……?]

「俺の世界はそういうとこなんだよ」

[うそ……]

「吐いてどうする。女性陣は賛同していないと思うけど、男はやっぱりこうした方がいいだろ……って、教わったんだ」

 あれを最初に教えてくれたのは、たしか父親だったかな?
 コーヒー牛乳を片手に、銭湯での実践だった気がする。

「まあ、それはいいとして──ここが目的地なのか?」

[たぶん]

「なんか……ボロくないか?」

[見える]

 もともとはそれなりに使われていた建物なのだろう、だがそれは過去の話。
 荒れ果てたように古びた木造の建物、俺たちの目の前にはそういった物があった。

「──『フジソウ』、と呼ばれていた建物ですよ。サーシャ君、アサマサ君」

「先生……」

「君たちが一位と二位です。やはりどれだけ制限を設けても、序列者とその主には関係ないようですね」

「勘弁してくださいよ……」

 探知に脳を割いていなかったので、気づくのに遅れた。
 さすがキンギル先生、である。

「Xクラスの生徒は、代々ここに泊まることが義務付けられています」

「それは……どうして?」

「一つは嫌がらせ、もう一つはここがもっとも効率が好いからです」

「……なるほど、たしかに近いですね」

 俺たちが今居るのは、巨大な樹海の傍だ。
 周囲には結界が張られており、そのお蔭で森に呑まれずに残っている。

 だがそれだけ、残っているだけで風化には勝てずにここに存在した。

「かつてここは、初代勇者様が仲間たちと共に築いた建物だという……ここの名前も彼の世界の言葉に因んでいるんだとか」

「由緒正しい場所なんですね……しかし、ならばもっと綺麗にされているのでは?」

「では、生徒へ問題です……なぜそうならなかったのでしょう? 制限時間は、他の者が来る前です」

 予めアイツらから情報は訊いていたが、さすがにこういった部分は自分で考察して見つけなければならない。

 戦闘はサーシャに任せるとして、思考強化に脳を行使して推理を行う。

「……まずは場所。人の住む場所からここはかなり遠い、わざわざ大工を連れてくるだけの意味が無かった」

「ふむ──二十点」

「次に別の場所。この森を目的にしているのは他のクラスも同じ。そして、ソイツらが過ごす宿も離れた場所にある。空間魔法がある以上、わざわざ手間をかけるぐらいで安全が確保できるなら、それでいいと考えた」

「──八十点」

 これでもう及第点だろう。
 気配もかなり近づいてきているので、仕上げといこうか……。

「最後に政治。初代勇者はやるべきことを成して元の世界に帰還した。だが、その間にすべての貴族から好かれたわけじゃない。ここは小さいし、レベル上げに使う貴族には使われなかった……だからこうなった」

「──百点。おめでとうございます、アサマサ君。君には特別点をあげよう」

「ありがとうございます」

「君たちも、私が時々訊く問題に答えられれば特別点をあげよう。頑張って、そのチャンスを手放さないようにね」

 後ろを振り返ると、クラスメイトが集合していた。
 どうやらビリはブラストなようで……荒い息を吐いて一番後ろに着いている。

「なんで……アイツら……一番最後に、出たのに……一位なんだよ……」

「そりゃあ序列十位だからよ。アンタよりも実力があるのは当然でしょ」

「ふんっ、それでこそ私たちに勝利した者だと言えよう」
「……ん」

 そう言ってもらえるとありがたい。
 なんだか友情が深まったというか、信頼されているというか……気づかれなかった影が薄い時と比べると、なんとも感慨深いものがあるな……。

[最終回?]

「いや、俺もそんな気がしたけど……違うからね、たぶん」

 割りと本気で最終回、と思える出来事ならば地球で何度も遭ったしにかけた
 それでもこうして、迷いながらも生きているのでまだ最終回ではないだろう。

「全員揃ったようだね。いや、一人まだ来ていないんだけど、彼女には別のことを頼んでいるからね。交流はもう少し後だよ」

「そうなんですか」

「代わりに、これから君たちにはあることを命じよう。全員でやり遂げるんだ……アサマサ君以外でね」

[全員]

 俺を抜かれたことで、サーシャは護衛できなくなることを懸念していた。
 魔物に殺されることはないだろうが、何かあることを心配している。

「サーシャ君、少しの間アサマサ君を借りるよ。……もちろん、危険にはならないよ」

[…………]

「いいね?」

[はい]

 そんなこんなで、俺は彼らから離れた場所で何かをやることが決まった。
 ……何をやらされるんだか。


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