俺と異世界とチャットアプリ

山田 武

スレ77 鳴り止まない喝采と金槌



 翌日のことだ。
 いつものように朝食を取り、学園に登校して教室の席に着く。

 たとえ序列入りが認められようと、俺の細やかな日常に変化は無い。

 ……そう、ないのだ。
 たとえ夕食の時間に遅れ、従者が聖剣と魔剣を振り回して襲いかかってこようと。

「やあみんな、おはよう」

 教師であるキンギル先生が教室に来た。
 挨拶を行う者も居れば、ただ黙ってそれを見ているだけの者も居る。

 だが、キンギル先生はいつもと変わらない笑みを浮かべて俺たち生徒を見ていた。
 まあ、サーシャ以外全員、先生から見れば子供みたいなものだ──(ザクッ)……。

[…………]

「す、すみません」

「サーシャ君、アサマサ君が何か悪いことでもしたのかな?」

 飛んできたのは筆記用具、なんて甘い物ではなく──巨大な斧だった。
 というか、昨日お土産に渡した斧をぶん投げてきたのだ。

[主に不利益なことを言おうとしていた]

「それはアサマサ君、君が悪いね。罰は、そうだな……壁を元に戻しておきなさい」

「……分かりました」

「もちろん、魔法は使わないでね」

 ぐっ、“原点回帰リセット”を使えば一瞬で戻せたモノを……すぐに工具を用意すると、釘と金槌でトントンと修理を始める。

「いや、なんでそんなもん持ってんだよ」

「従者として、主が何をしようと対応できるようにな。たとえば、こんな風──」

 ザシュッ ザシュザシュザシュッ

[次はない]

「あっ、はい」

 複製したであろう斧が無数に放たれ、壁一面に突き刺さるようにして飾られた。
 それが何を意味するか、考えずとも分かることにため息を吐いて……釘を打っていく。

「さて、本題です。かねてより候補に挙がっていたアサマサ君ですが、昨日の試験を経て正式に序列入りが認められました」

『…………』

「と言っても、ああいった様子を見ている君たちではそこまで驚かないことは分かっています。彼の戦闘能力は、未知数のサーシャ君以外では敵わないと分かっているからね」

 全員が頷く反応をした。
 ちなみにサーシャだが、毎回長剣だけを用いて勝利している。

 しかし他にも使える武器があるのは分かっており、そのすべてが達人級であることを俺たちXクラスは知っていた。

 重ねて言うと、従者である俺はサーシャとの戦いは常に負けで終わらせている。
 勝ったら主に逆らう者として、割とマジで追放されかねないからだ。

 それを分かっているのか、本気を出さない俺にたまに苛立ちを感じているサーシャ。
 昨日のように武具を振り回し……おっと、鳥肌が立ってき──(グサッ)……。

「あー、サーシャ君。もう、その辺にしてくれないかな? そろそろ魔法を使わないと、直せなくなってしまう」

[すみません]

「分かってくれたなら、それでいいよ」

 生徒の気持ちを察せられる優しい教師は、見事サーシャの心を宥めて隣接する教室を守ることに成功する。

 もちろん、この中に俺の心は含まれていないのだが。
 軽快に金槌を振るう音が響く中、キンギル先生は話を続ける。

「このクラス二人目・・・の序列入りだ。さすがに他の教師たちも、少々慌てているようでね。少しばかり優遇してやる、と上から目線で告げてくることが多くなってきたよ」

[二人目?]

「不登校だけれど、名簿上はこのクラスに属しているんだよ、序列二位の子はね。君たちにとっては、先輩にあたる子だよ」

 序列二位、たしか『絶壁』と呼ばれているヤツだったっけ?

 まあ、そんな二つ名はともかく全学年の問題児が集まるこのクラスであればこそのクラスメイトだな。

「先生、優遇って具体的に何を?」

「特殊教室の優先使用権かな? 要するに、これまではなかなかできなかった実習が多くできるようになるということだね」

「マジかよ……ってことは、水泳も!」

「まあ、プールに関する優先権もあったね」

「うぉっしゃぁあああああぁっ!」

 一人盛り上がるブラスト、そしてそれを冷ややかな目で見る女子たち。
 いつだって、男の子とは純粋に異性に興味深々なのさ。

 俺は……命懸けって行為を何度も繰り返していたら、自然と悟りが開けた。

 人並みの欲望はあるが、だいたい無視しようと思えば無視できるようになった……眠くてもお腹が空いても、今は活動可能なのだ。

「プールだけじゃない、錬金術や調合用の部屋の権利もある。……本当はこれ、普通のクラスならあって当然の権利なんだけどね」

 Xクラスは問題クラス。
 そのため平等に扱われず、権利すら剥奪されていたのだろう。

 だが、俺というしっかりと登校している生徒が序列入りしたことで、彼らは恐れた。

 ──自身の株が下がることを。

 だからキンギル先生に媚を売り、俺を差し向けないように労わっているのだろう。
 あって当然の物を慈悲深い聖者のように振るまい渡す、なんと厚顔無恥な教師なのか。

「まあ、そんなわけでXクラスもAクラスとまではいかないが、一般クラスと同じくらいの待遇を得られたよ。アサマサ君に、拍手でも送ろうじゃないか」

 みんなそれを受けて、万雷の喝采を送ってくれる。
 少し目から熱い物が流れ、視界がぼやけてしまう。

「あ、ありがとう、みんな……あと、それならこの手伝いも」

「──さぁ、では授業を始めましょう。今日は神学から始めますよ」

「…………」

 授業中、俺は怒られるまで延々と金槌を力強く振り回すのだった。


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